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企業はなぜ存在するのか:金剛組から考える価値創造とイノベーションの変化 #放送大学講義録(経営情報学入門第5回その1)

  テーマ:組織における知識の創造と活用
  (全7回 ブログシリーズ)
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■ 講義のポイント
 
この講義のポイントは次の2点です。
 
  第1に、なぜ知識の創造と活用が企業・組織にとって中心的な課題となってきたのか、
  という「なぜ(Why)」の問い。
 
  第2に、どうすれば知識の創造と活用を促進できるのか、
  という「いかに(How)」の問いです。
 
この2つの問いについて考えていきましょう。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

企業の存在意義と価値創造の変化

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■ 企業の存在意義

初めに、知識の創造と活用の主体となる企業の存在意義について考えてみたいと思います。人類社会はなぜ企業を必要としているのでしょうか。

現代に残る企業の中で、創業年から見て世界最古の企業の一つ、あるいは世界最古の企業とよく言われているのが、日本の金剛組です。金剛組は、公式には西暦578年創業とされ、現在も社寺建築の設計・施工、文化財建造物の復元・修理などを業務としています。ただし、現在の株式会社としての会社設立は2006年であるため、ここでは「創業の歴史を継承している企業」として理解しておくのが正確です。

金剛組の創始者とされる金剛重光は、聖徳太子が百済から招いた工匠の一人であり、四天王寺の造営に関わったと伝えられています。金剛組の社史に基づく説明では、金剛重光は百済から渡来した3人の工匠の一人で、聖徳太子が発願した四天王寺の建立に関わったとされています。ただし、金剛重光本人については史料が十分に残っておらず、その活動の詳細ははっきりしない部分もあります。

このような大きな建造物を1個人の力で作ることはできません。また、完成した寺の維持・修理・継承を数百年、場合によっては千年以上続けようとするならば、個人の寿命では到底足りません。そこでは、技術と精神を後世に継承していく仕組みが必要になります。

「1人では生み出せない価値を生み出す、もしくは人間の一生では達成できないような価値を生み出すために、企業・組織が存在している」のです。

企業組織の一形態である株式会社の場合、現代の経営論では、顧客・社員・株主、そして社会というステークホルダー、すなわち利害関係者に対して価値を生み出すことが、企業の重要な存在意義であると考えることができます。東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードでも、会社は株主をはじめ、顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえて意思決定を行うものと説明されています。

価値を生み出すという企業の存在意義は、時代が移っても大きくは変わっていません。しかし、価値を生み出す方法については、大きな変化の時期が訪れています。経済産業省の「価値協創ガイダンス2.0」でも、企業は自社のビジネスモデルや戦略を価値創造ストーリーとして位置づけ、投資家等との対話に活用することが期待されています。

その変化の大きな流れは、次のように整理できます。

【生産量の確保を中心とする価値創造から、革新による価値創造をより重視する方向への移行】

ここで注意しておきたいのは、生産による価値創造が不要になったという意味ではない、ということです。社会が必要とするものを安定して生産し、供給することは、今も企業の重要な役割です。ただし、多くの市場では、単に作れば売れる時代ではなくなり、顧客にとって新しい意味や体験、利便性、安心、共感を生み出すことが、より重要になっているのです。

■ 4つの観点からの考察:その1——経営環境の変化

説明を簡単にするために、ステークホルダーの中で顧客に焦点を当てて、この「生産から革新」への変化を説明していきます。その際に4つの観点を用いていくことにします。

第1の観点は、経営環境の変化です。

需要が拡大して物不足となっている局面では、顧客がすでに価値を認めている製品・サービスを生産し続けることが、顧客価値創造の近道となります。たとえば、コロナ禍でマスクや医療用品が品不足となったように、「必要なものが足りない」状態では、生産そのものが非常に大きな価値創造活動となります。経済産業省の通商白書でも、新型コロナウイルス感染拡大時には、マスク、防護服、消毒液などに対する需要が大幅に増加し、日本を含む多くの国で品不足が続いたことが説明されています。

このような局面では、企業がより多く、より早く、より安定して製品を供給できること自体が、顧客にとっての価値になります。つまり、「作れば売れる」という物不足状態では、生産そのものがすなわち価値創造活動となっているのです。

ところが、現在の先進国における経営環境の多くは、需要が一方的に拡大する局面ではなく、むしろ「物余り」の局面になっています。現代の日本の大学生、より正確に言えばZ世代を中心とする若者に、「何か欲しいものはないか、何かしてみたいものはないか」と聞いてみると、かつての高度成長期のようなハングリーな答えは、必ずしも返ってきません。なお、世代区分については、ミレニアル世代を1981〜1996年生まれ、1997年以降をその次の世代とする定義が広く用いられており、現在の大学生を「ミレニアル世代」と呼ぶのは正確ではありません。

「大体なんでも持っている、だから特に欲しいものはない、かっこいいものなら欲しい、本当にワクワクするような特別な体験だったらしてみたい」というように、いわば顧客は贅沢になっているわけです。ここで言う「贅沢」とは、単に高価なものを求めるという意味ではありません。すでに多くの商品やサービスが手に入る環境にあるため、顧客は「ただ物があること」ではなく、「自分にとって意味があること」「自分の生活を変えてくれること」「他では得られない体験であること」を求めるようになっている、という意味です。

この「物余り」の局面では、顧客がすでに価値を認めているような従来製品・従来サービスを生産し続けるだけでは、価格競争に巻き込まれる羽目になり、十分な顧客価値創造に結びつきにくくなります。もちろん、品質、納期、価格、信頼性を高める生産活動は今も重要です。しかし、それだけでは競争優位を維持しにくい市場が増えています。

したがって、企業は新規の製品・サービスやビジネスシステムを創出する「革新」を課題にしなければならないわけです。ここでいう革新とは、単なる技術発明だけではありません。新しい製品、新しいサービス、新しい顧客体験、新しい販売方法、新しい収益モデル、新しい組織の組み合わせなどを通じて、顧客がまだ明確には意識していなかった価値を形にすることです。

つまり、物不足の時代には「必要とされているものを、きちんと作って届けること」が価値創造の中心でした。これに対して、物余りの時代には「まだ見えていない価値を見つけ、組み合わせ、形にすること」が、企業により強く求められるようになっているのです。

3. 講義用整理表

観点 物不足の局面 物余りの局面
顧客の状態 必要なものが足りない 基本的なものはすでにある
価値創造の中心 生産量・供給力・安定供給 新規性・体験・意味・差別化
企業の課題 早く、多く、安定して作る 顧客が気づいていない価値を創る
競争の焦点 生産能力、品質、価格 革新、ビジネスモデル、顧客体験
典型例 コロナ禍のマスク・医療用品不足 体験型サービス、サブスクリプション、デジタルサービス