ーーーー講義録始めーーーー
組織形態の変化——情報処理型から知識創造型へ
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今度は価値創造方法ではなく、「組織形態の変化」という側面からの説明です。組織形態が情報処理型から知識創造型へ変化していることを、3つの観点から説明していきます。
■ 第1の観点——組織観
第1の観点は、組織をどう捉えて表現するかという「組織観」です。
これまで組織を表現する際に多く用いられてきたのは、「組織を機械になぞらえる」やり方です。個人の情報処理能力には限界があるので、個人では歯が立たない大きな情報負荷を、組織が階層構造や分業制度を用いることで、対処可能なサイズにまで小さく分解するというのです。これは、サイモンが展開した組織論や意思決定論の重要な考え方とつながっています。サイモンは、組織における分業を、単に作業を分けることとしてではなく、意思決定や情報処理を分けることとしても捉えました。その趣旨は、次のように要約できます。
「情報処理という観点から見ると、分業とは、なされるべき意思決定の全体システムを、相対的に独立したサブシステムへと分けることである。それぞれのサブシステムは、他のサブシステムとの相互作用を最小限に抑えながら設計される。」
これは、複雑システムを、相互作用関係の比較的弱いサブシステムに分解して捉える「準分解可能システム(nearly decomposable system)」という概念とも関係しています。ここで大切なのは、全体を完全にバラバラな部品に分けるという意味ではない、ということです。サブシステムの内部では相互作用が強く、サブシステム同士の相互作用は相対的に弱い。そのように複雑なものを扱いやすくする考え方が、準分解可能性です。
組織を機械になぞらえると、その組織で働く個人は機械の部品に相当します。チャップリンの映画『モダン・タイムス』(1936年)で描かれているように、流れ作業の中で働く人間が、巨大な機械の一部であるかのように扱われる。もちろん、これは映画的な誇張であり風刺です。しかし、機械のリズムに人間が合わせるような働き方を考えるうえでは、非常に印象的な例です。
組織という情報処理機械は、限られた情報処理能力しか持たない人間を部品として使いながらも、その組み合わせを工夫することで、全体システムとして高い情報処理能力を発揮するというわけです。組織の各部門と各個人には、全社目標からブレイクダウンされてきた定型的活動を、機械の一部品のように粛々と遂行することが期待されます。これが、情報処理に基づく組織モデルです。
ただし、このモデルは決して無意味だったわけではありません。大規模な工場、大規模な官僚制、大規模な販売網のように、多数の人間が同じ方向に向かって、間違いなく、速く、安定して仕事を進める必要がある場合には、機械になぞらえた組織観は大きな力を持ちました。問題は、それだけでは新しい意味や価値を生み出しにくい、という点にあります。
これとは異なる組織観が、「組織を生命ある有機体になぞらえる」見方です。ここでは、組織では情報処理活動だけではなく、知識創造活動も行われていることに注目します。野中郁次郎は「組織的知識創造理論」を提唱しました。この理論では、組織における知識創造は、暗黙知と形式知の相互変換として捉えられます。代表的には、共同化、表出化、連結化、内面化という4つのプロセスからなるSECIモデルとして説明されます。
知識創造とは、単に頭の中にある情報を文書にすることではありません。現場で感じている違和感や思いを言葉にし、言葉にしたものを概念や仕組みとして形にし、その形を実践に移し、実践の中でまた新しい気づきや思いが生まれてくる。このような、「暗黙知と形式知の相互循環作用」として理解できます。
野中は、新たな意味形成には異なる文脈を持つ主体同士の対話が必要であると考えました。そして、知識が生まれ、共有され、磨かれていく文脈や関係性を「場」として捉えています。「場」は、会議室のような物理的な場所だけを意味するのではありません。人と人が経験を共有し、言葉を交わし、互いの見方をぶつけ合いながら意味を作っていく関係性のことでもあります。
「場」は企業内部だけに閉じているわけではありません。企業の境界を超えて、顧客、供給業者、地域社会、場合によっては大学や行政、NPOなどとの間にも生まれます。組織の各部門と各個人には、企業の境界を超えたチーム作業を通じて問題発見と問題解決を行い、一連の作業が終わった時には、さらに新たな問題を発見しているということが期待されます。
機械と生命の相違点は、第1に部分と全体の関係性、つまりミクロ・マクロリンクにおいて、第2に外界との関係性において認められます。
部分と全体の関係性において、機械は要素還元的に捉えやすいのに対して、生命は「創発的」であると言えます。機械全体の働きは、ある程度までは、個々の部品の働きの組み合わせとして説明できます。部品を取り外しても、その部品の形や基本的な機能は残ります。もちろん、機械も部品同士の関係で動いていますから、完全に単純な足し算だけで説明できるわけではありません。それでも、有機体に比べれば、部品に分けて考えやすいのです。
しかし、有機体をバラバラにすると、生命は保てません。心臓、肺、血液、神経、細胞は、それぞれが単独で生命を成り立たせているのではなく、全体の中で互いに関係しながら働いています。生命の働きは、部分の単純な総和ではなく、部分同士の関係から生まれる全体的な働きとして捉える必要があります。これが、創発的であるということです。
もう1つの相違点である外界との関係性において、機械は基本的に、自分自身の目的や構造を自律的に変化させるわけではありません。機械も電力、燃料、部品、潤滑油などを外部から取り入れることはあります。しかし、それらを取り込んだからといって、機械が自らの身体を作り替え、成長し、環境に応じて自己を更新していくわけではありません。
これに対して生命は、外界と絶えずやり取りをしながら変化します。生命は、外界から物質やエネルギーを取り込み、それを代謝によって自己の成分や活動へと組み替え、環境の変化に応じて自らを維持しようとします。組織を生命になぞらえるということは、組織もまた、外界との関係の中で学び、変化し、自己を更新していく存在として見る、ということなのです。
■ 第2の観点——人間観
情報処理型から知識創造型への組織形態の変化を説明する第2の観点は、「人間観」です。
情報処理型組織は、人間の「限定合理性(bounded rationality)」に注目します。これは、サイモンが構築した理論の中心にある概念です。限定合理性とは、人間は完全な情報を持ち、すべての選択肢を比較し、常に最適な答えを選ぶ存在ではない、という考え方です。人間は、限られた情報、限られた時間、限られた認知能力の中で、十分に納得できる解を探します。サイモンは、このような意思決定のあり方を通じて、完全に合理的な経済人という見方を修正しました。
サイモンは、海岸を歩くアリのたとえを用いて、人間や組織の行動を考える手がかりを示しました。海岸を歩くアリの軌跡が複雑に見えるとしても、それはアリの頭の中だけが複雑だからではありません。砂、石、波の跡、障害物など、アリを取り巻く環境が複雑であるために、その軌跡も複雑に見えるのです。このたとえは、人間の行動も、本人の能力だけでなく、環境や制約との関係の中で理解する必要があることを教えてくれます。
アリと同様に、人間も無限に複雑な情報処理能力を持っているわけではありません。したがって、個人で処理できる範囲を超えた情報負荷に関しては、組織が階層構造や分業制度を用いて情報負荷を小さく分割してやらなければ、合理的な意思決定が導かれにくいというのです。
この見方には、たしかな説得力があります。私たちは、あまりにも多くの情報を一度に処理することはできません。大きな会社で、すべての社員がすべての情報を見て、すべての意思決定に参加することも現実的ではありません。その意味で、情報処理型組織は、人間の限界をよく見ています。
しかし、これとは異なり、知識創造型組織は人間の「知りたがり」の側面に注目します。知識創造型組織の人間観について野中がしばしば重視するのは、アリストテレスが『形而上学』の書き出しで記した有名な一文です。それは、次の命題です。
「すべての人間は、生まれながらにして知ることを欲する。」
限定合理性をあえて否定する必要はありません。人間の情報処理能力に限界があることは、たしかです。しかし、人間を見る際に光を当てる場所が変わります。情報処理型組織では、人間は「限界を持つ情報処理者」として見られます。これに対して、知識創造型組織では、人間は「知的欲求を抱き続ける存在」として見られます。
知るということは、異質なものとの遭遇によって刺激を受け、促進されます。自分と同じ考え、自分と同じ経験、自分と同じ言葉だけに囲まれていると、安心はできますが、新しい意味は生まれにくくなります。逆に、異なる経験を持つ人、異なる専門を持つ人、異なる顧客、異なる地域、異なる文化と出会うことで、「なぜそう考えるのか」「こちらの前提は間違っていないか」「別の見方はないか」という問いが生まれます。
個人が1人では得られない多様な文脈を用意するのが、組織の大切な役割です。そして、個々の人間は、異なる文脈を持つ主体との対話を通して、新たな意味を形成するという役割を担うのです。
情報処理型組織における人間は、決められた情報を正しく処理し、決められた役割をきちんと果たす存在として期待されます。もちろん、それは今でも必要です。組織が安定して動くためには、手順を守る力、正確に処理する力、責任をもって自分の仕事を果たす力が欠かせません。
しかし、知識創造型組織における人間は、それだけではありません。違和感に気づく人、問いを立てる人、他者と対話する人、経験を言葉にする人、言葉を形にする人、形をもう一度実践で試す人として期待されます。ここでは、人間は機械の部品ではなく、意味を作り出す主体なのです。
3. 講義用整理表:情報処理型組織と知識創造型組織
| 観点 | 情報処理型組織 | 知識創造型組織 |
|---|---|---|
| 組織観 | 機械としての組織 | 生命ある有機体としての組織 |
| 中心課題 | 情報負荷を分解し、効率よく処理する | 異なる文脈を結びつけ、新しい意味を創る |
| 代表的な考え方 | 限定合理性、分業、階層構造、準分解可能性 | 暗黙知と形式知、SECIモデル、場、対話 |
| 人間観 | 限られた情報処理能力を持つ存在 | 知的欲求を持ち、意味を創造する存在 |
| 部門・個人への期待 | 定型的活動を正確に遂行する | 問題を発見し、対話を通じて知識を創造する |
| 外界との関係 | 環境からの情報を処理する | 環境と関わりながら学習し、自己を更新する |
