ーーーー講義録始めーーーー
ネットワーク構造とワークスタイルの変化
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■ 第3の観点——ネットワーク構造
第3の観点は、「ネットワーク構造」です。
分業・階層制によって情報処理の効率を追求する組織は、「中央集権型」のネットワーク構造を取ることが王道です。意思決定の中心があり、そこから指示が下り、各部門や各担当者が決められた役割を果たしていく。こうした構造は、大量の情報を整理し、業務を安定して進めるうえでは大きな力を発揮します。
これに対して、文脈の多様性によって知識の創造を追求する組織は、「分散処理型」のネットワーク構造を取る方が有利になることがあります。中心がすべてを決めるのではなく、現場やチームがそれぞれの文脈の中で判断し、学び、動きながら知識を生み出していくからです。
この2つの型をそれぞれ表すメタファーが「蜘蛛(クモ)」と「ヒトデ」です。これは、Ori Brafman と Rod Beckstrom の The Starfish and the Spider で知られる比喩です。同書では、伝統的なトップダウン型組織をクモ型、中心的リーダーがいなくても動く分散型組織をヒトデ型として対比しています。
一見すると、クモもヒトデも多数の足を持つ点で似ているように見えます。しかし、その内部構造は大きく異なっています。端的な違いとして、クモは頭部や中枢を破壊されれば生きていけません。これに対して、ヒトデは種や条件によっては、切断された部位から再生することがあります。もちろん、どの断片でも必ず再生するわけではありません。しかし、比喩として見れば、クモは中央集権型、ヒトデは分散型の特徴をよく表しています。
環境が安定している場合、官僚制組織に代表されるクモ型は有利だと考えられます。なぜなら、日々の仕事は学習効果によってどんどん効率的になっていくし、戦略的な意思決定の質も高めていくことができるからです。過去の経験を蓄積し、手順を整え、責任の所在を明確にし、組織全体を同じ方向に動かす。その点では、クモ型組織にはたしかな強みがあります。
とりわけ、多くの日本企業が採用してきたような長期雇用を前提とする人事システムでは、社内で時間をかけて人材を育て、生え抜きの経営者を登用することが重視されてきました。これは、会社の歴史や現場の事情をよく知る人材が経営判断を担うことで、安定した意思決定を行えるという期待に支えられていました。ただし、それが常に高い意思決定の質を保証するわけではありません。過去に失敗が少なかった人材が、未来の不確実な環境でも正しい判断を下せるとは限らないからです。
しかし、環境が不安定な場合には、クモ型は大きなリスクを背負うことになります。過去の成功体験が、かえって誤った意思決定を導くことがあるからです。これまでうまくいったやり方が、次の時代にも通用するとは限りません。むしろ、変化が激しいときほど、「昔はこれで勝てた」という記憶が、組織の目を曇らせることがあります。
こうした場合には、組織コストが高く、一見すると非効率に見えるヒトデ型が、生き残りの点では有利になることがあります。ヒトデ型組織では、現場に近いところで判断が行われ、複数の拠点やチームがそれぞれ学習しながら動きます。中心がすべてを理解し、すべてを決める必要がないため、環境の変化に対して柔軟に対応しやすいのです。
もちろん、ヒトデ型にも弱点はあります。全体の統一感を保つのが難しい。重複作業が増える。意思決定に時間がかかる。責任の所在が曖昧になる。こうした問題も起こりえます。したがって、クモ型が古く、ヒトデ型が常に新しいという単純な話ではありません。安定した業務にはクモ型の強みがあり、不確実な探索にはヒトデ型の強みがある。重要なのは、自社が置かれている環境と課題に応じて、どちらの構造をどの程度取り入れるかを考えることです。
▼ まとめ(第1のポイント——後半)
ここで一旦、これまでの説明を整理してみましょう。今回の講義の第1のポイントである「なぜ知識の創造と活用が課題となってきたのか」という問いに対するもう1つの答えとして、「組織形態が情報処理型から知識創造型へと変化しているから」だということがお分かりいただけたと思います。
情報処理型組織では、階層と分業によって情報負荷を小さくし、効率よく処理することが重視されます。これに対して、知識創造型組織では、異なる文脈を持つ人々が結びつき、対話し、現場で学びながら新しい意味を作ることが重視されます。そのため、ネットワーク構造も、中央集権的なクモ型だけではなく、分散的なヒトデ型の重要性が増してくるのです。
■ ワークスタイルの変化
さらに、同じ「なぜ」という問いへの答えを、またもや違う側面から説明していきます。今度は価値創造方法でも組織形態でもなく、「ワークスタイル(働き方)」という側面からの説明です。
企業における革新活動の担い手として、経営トップ、戦略スタッフ、あるいは外部コンサルタントらが注目された時代がありました。新しいことを考えるのはこれら一部の人間であり、その他大多数の現場従業員には、「他者が定めた目的を、他者が定めた手段に従って着実に達成するマニュアルワーク」の遂行が期待されました。
情報処理機械という組織観を持つ企業においては、仕事の目的と手段を自らが規定する「ナレッジワーク」を担う人間は、ごく少数のトップ層に限られます。これはクモの頭に相当します。残りの大多数には、階層構造や分業制度によって削減された情報負荷の処理が任されます。そして、新規業務開拓のような革新活動を支えるナレッジワークは、日常的な情報処理の邪魔になったり、情報処理を撹乱したりするものと見なされ、現場の労働作業からは基本的に切り離されてきました。
ところが現代では、革新の種として期待が寄せられているのは、「現場従業員の創造性」に対してであります。顧客と接するフロントラインこそが、革新の発火点であるという考え方が広まっています。これは、現場が単に命令を実行する場所ではなく、顧客の変化、困りごと、違和感、まだ言葉になっていない要望に最初に触れる場所だからです。
現場から遠く、過去の成功体験の呪縛が強い傾向にあるトップ層のみがナレッジワークを担っているクモ型構造よりも、変化する環境に直に接している現場従業員もナレッジワークを担うヒトデ型構造の方が、革新活動が進みやすくなると考えられるようになってきています。
このとき大切なのは、「現場に丸投げする」ということではありません。現場が気づいたことを、チームで共有し、組織として拾い上げ、実験し、失敗から学び、次の改善につなげていく仕組みが必要です。現場の創造性とは、個人のひらめきだけではなく、現場の気づきが組織の知識へと変わっていくプロセスのことでもあります。
そして、働く人の意識にも大きな変化が起きています。働くモチベーションとして、SDGsの普及に見られるように、経済的価値だけでなく「社会的な価値」も重視されるようになってきました。SDGsは、2015年に国連加盟国が採択した2030アジェンダの中核であり、17の目標を通じて、経済・社会・環境の持続可能性を統合的に扱うものです。企業で働く人にとっても、「自分の仕事は社会にとってどのような意味を持つのか」を考える語彙として、SDGsは広く用いられるようになっています。
さらには、経済的な豊かさの実現とともに、「精神的な豊かさ」の実現も重視されるようになってきました。内閣府の「国民生活に関する世論調査」でも、「物の豊かさ」と「心の豊かさ」のどちらを重視するかという問いが長く扱われており、近年も心の豊かさを重視する意識が確認されています。
ワーク至上主義から、ワーク・ライフ・バランスの両立主義に向かってきているとも言えます。厚生労働省は、長時間労働の抑制、年次有給休暇の取得促進、多様な働き方への対応を通じて、仕事と生活の調和を実現する取り組みを進めています。また、内閣府の「仕事と生活の調和憲章」でも、仕事上の責任を果たしつつ、家庭や地域生活などにおいても充実した生活を送れる社会が目指されています。
このような従業員の動機付けの変化に伴い、企業が従業員に提供する誘因、すなわちインセンティブも変更を余儀なくされています。高度成長期の多くの日本企業では、企業の成長こそが従業員全員の共通目標であり、その目標達成によって昇給や雇用の安定が期待されました。すなわち、企業成長への参画こそが働きがいの源泉として機能していたのです。
ところが、経営環境が変化し、企業の成長が必ずしも従業員の動機付けに直結しなくなってきています。企業が成長しても、自分の生活が豊かになるとは限らない。売上が伸びても、自分の仕事に意味を感じられるとは限らない。そう感じる人が増えれば、企業は単に「会社のために頑張ろう」と呼びかけるだけでは、人を動かしにくくなります。
目標が設定され、そのノルマ達成に金銭的報酬を与えるという「外発的動機付け」に作用する方式も、もちろん残るでしょう。金銭的報酬、昇進、評価、表彰などは、今後も重要なインセンティブです。しかし、それ以上に、従業員が日々の仕事に好奇心や社会的意義を見出すこと、さらには本人の価値が高まっているという成長実感を抱くこと、このような「内発的動機付け」に作用する要因が重要になっています。
Ryan と Deci の自己決定理論では、内発的動機付けや自律性が、人間の行動やウェルビーイングに深く関わると説明されています。また、Teresa Amabile の創造性研究でも、仕事そのものへの関心、楽しさ、満足感、挑戦感によって動機づけられるとき、人は創造的になりやすいとされています。
トップダウン型のマネジメントを脱し、個の創造性を生かして知識を創造するために、チームビルディングの手法が注目されています。中でも、クラシック音楽のオーケストラのように役割分担が固定的なチームよりも、ジャズセッションに見られるような「即興的なチーム」をいかに作るかに関心が集まっています。
クラシック音楽のオーケストラでは、楽譜があり、指揮者がいて、各演奏者の役割はかなり明確です。これは、統一された完成度の高い演奏を実現するうえでは非常に優れた仕組みです。一方、ジャズセッションでは、共通のテーマやコード進行を土台にしながらも、演奏者同士が互いの音を聴き、その場で反応し、即興的に音楽を作っていきます。知識創造型のチームに求められるのは、どちらかと言えば後者に近い力です。決められた楽譜を正確に演奏するだけでなく、その場の状況を読み、仲間の動きを感じ取り、自分の判断で新しい展開を作っていく力です。
システム論では、インプット・アウトプット型のシステムから、自己組織化のシステム、さらに自己制作、すなわちオートポイエーシスのシステムへと、理論的枠組みが広げられてきました。ただし、この「第1世代・第2世代・第3世代」という整理は、すべての研究者が共通して用いる標準的な分類というより、講義上の見取り図として理解するのがよいでしょう。オートポイエーシスは、Maturana と Varela が生命システムを説明するために提示した概念であり、システムが自らの構成要素を産出し、自己を維持することを指します。
この考え方をチームにたとえて言えば、強いチームとは、単に外から与えられた目標をこなす集団ではありません。仕事を進める中で、自分たちの役割、関係性、学び方、判断基準そのものを作り替えていく集団です。つまり、チームがチーム自身を作り直していく。これが、これからのチーム強化の鍵になると考えられます。
経営学や心理学の研究では、革新活動には個人作業だけでなく「チーム作業」が適している場合が多いこと、また外発的動機だけでなく「内発的動機付け」が重要な要因として働くことが報告されています。Google の Project Aristotle でも、効果的なチームでは心理的安全性が重要であり、メンバーが相互依存しながら計画、問題解決、意思決定、進捗確認を行うことが重視されています。
外発的動機付けの例は金銭的報酬です。内発的動機付けの例は好奇心です。ただし、ここでも単純に「外発的動機は悪く、内発的動機は良い」と分ける必要はありません。金銭的報酬が生活を支えることは当然ですし、評価や承認が人を励ますこともあります。問題は、報酬だけで人を動かそうとすると、仕事そのものへの興味や誇りが弱くなってしまう場合があるということです。
報酬を期待する個人作業だけではなく、好奇心に基づくチーム作業もできて、状況に応じて即興的にこの両方を切り替えていく。こうしたことができる従業員が、これからのプロフェッショナルとして重宝されることになるでしょう。
プロフェッショナルとは、単に専門知識を持っている人ではありません。決められた仕事を正確にこなす力を持ちながら、同時に、まだ決まっていない問題を見つけ、仲間と対話し、自分の仕事の意味を問い直せる人です。情報処理型の能力と知識創造型の能力を、状況に応じて使い分けられる人です。
▼ まとめ(第1のポイント——全体)
以上では、知識の創造と活用が新たな課題となってきた理由を、
(1)価値創造方法の変化
(2)組織形態の変化
(3)ワークスタイルの変化
という3点から説明してきました。
価値創造方法の変化とは、単に効率よく作るだけでなく、新しい価値を生み出すことが求められるようになったということです。組織形態の変化とは、中央集権的な情報処理型組織だけでなく、分散的に知識を創造する組織が重要になってきたということです。そしてワークスタイルの変化とは、少数のトップだけが考え、多数の現場が実行する働き方から、現場の従業員もまた知識創造の担い手になる働き方へと変わりつつあるということです。
知識の創造と活用は、もはや研究開発部門や経営企画部門だけの課題ではありません。顧客と接する人、製造現場で働く人、サービスを支える人、データを扱う人、地域と関わる人、その一人ひとりが、日々の仕事の中で新しい意味を見つけ、組織の知識に変えていくことが求められています。
次に、本日の第2の学習ポイントに移りましょう。
3. 講義用整理表:クモ型組織とヒトデ型組織
| 観点 | クモ型組織 | ヒトデ型組織 |
|---|---|---|
| ネットワーク構造 | 中央集権型 | 分散処理型・分権型 |
| 意思決定 | 中心が判断し、周辺へ指示する | 現場やチームが状況に応じて判断する |
| 得意な環境 | 安定した環境、標準化された業務 | 不安定な環境、探索的・創造的な業務 |
| 強み | 効率性、統一性、責任の明確さ | 柔軟性、現場適応力、知識創造 |
| 弱み | 過去の成功体験に縛られやすい | 重複や混乱が起こりやすい |
| ワークスタイル | マニュアルワーク中心 | ナレッジワークを現場にも広げる |
| 比喩 | 指揮命令で動く組織 | 即興的に学び合う組織 |
