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知識創造を促す3つの条件:場・知識資産・リーダーシップでSECIモデルを動かす #放送大学講義録(経営情報学入門第5回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

知識創造を促進する要件

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知識の創造と活用が起こるSECIプロセスを促進する要件としては、「場」「知識資産」「リーダーシップ」の3つを取り上げて説明します。

前回までに見たように、SECIプロセスは、共同化、表出化、連結化、内面化という4つの知識変換によって進んでいきます。しかし、これらは放っておけば自然にうまく回る、というものではありません。人と人が出会い、経験を共有し、言葉にしにくい思いを言葉にし、形式化された知識を組み合わせ、それを実践の中で自分のものにしていく。そのためには、知識が生まれやすくなる条件を整える必要があります。

そこで重要になるのが、「場」「知識資産」「リーダーシップ」です。

■ 場

「場」とは、知識が生まれ、共有され、活用されるための文脈共有の関係性のことです。野中・遠山・紺野の議論では、知識創造には文脈が必要であり、「場」は知識創造のための共有された文脈として説明されます。ここでいう場は、単なる会議室やオフィスのような物理的な場所だけを意味するのではありません。人と人が経験を共有し、言葉を交わし、互いの見方をぶつけ合いながら意味を作っていく関係性を含んでいます。

場の状態や場の結合具合が、組織的知識創造プロセスに影響を及ぼします。たとえば、同じメンバーが集まっていても、互いに遠慮して本音を言えない場では、暗黙知は表に出てきません。逆に、立場や専門が違っていても、安心して語れる場、問い直しが許される場、未完成のアイデアを出しても笑われない場であれば、知識創造は起こりやすくなります。

この関係性を創設したり、関係性を活性化したりすることが、知識創造の促進要件となります。

具体的な場作りの要諦は、共通経験と共通言語を作ることでしょう。共通経験とは、同じ現場を見る、同じ顧客に会う、同じ問題に向き合う、同じ失敗を振り返る、といった経験です。共通言語とは、その経験を語り合うための言葉です。どちらか一方だけでは足りません。経験があっても語る言葉がなければ共有できませんし、言葉だけがあっても、共に経験した実感がなければ空回りしてしまいます。

マネージャーは、日々の業務とは異なるシチュエーションを人為的に作ることで、組織成員1人1人の価値観や思いを表出させ、共感や共有を醸成し、組織を関係性と相互作用による化学変化の場とすることができます。

たとえば、部門を越えたワークショップ、顧客の利用現場への同行、プロジェクト後の振り返り、失敗事例を責めずに語る会議、若手とベテランが一緒に考える対話の場などは、単なるコミュニケーション施策ではありません。暗黙知を共有し、表出化し、次の知識創造につなげるための場づくりです。

大切なのは、場を「イベント」として一度だけ作るのではなく、知識が行き来する関係性として育てていくことです。知識創造は、立派な会議室を用意しただけでは起こりません。そこに、互いを見ようとする姿勢、問いを立てる余白、経験を語れる空気が必要なのです。

■ 知識資産

「知識資産」とは、組織的知識創造プロセスのアウトプットとして生じた無形資産を指します。これは、次に続く知識創造サイクルのインプットともなります。野中・遠山・紺野は、知識資産を、知識創造プロセスの入力・出力であり、同時にそのプロセスを調整する要素として説明しています。

つまり、知識資産とは、知識創造の結果であると同時に、次の知識創造を支える土台でもあります。あるプロジェクトで得られたノウハウ、顧客との対話から得られた気づき、製品開発で生まれたコンセプト、業務改善で整備された手順、組織の中に根づいた価値観。こうしたものは、一度生まれれば終わりではありません。次の仕事、次の顧客、次の開発、次の挑戦に使われていきます。

元の講義録では、知識資産は「人的資産」と「構造的資産」に分けられると説明されていました。この整理は、知的資本論でよく用いられる「人的資本」「構造資本」と近い考え方です。ただし、知的資本論では、これに「関係資本」を加えた3分類で説明されることが多く、ブランドや顧客との関係は関係資本として扱われることが一般的です。

一方、野中らの組織的知識創造理論では、知識資産を「経験的知識資産」「概念的知識資産」「体系的知識資産」「ルーティン的知識資産」の4種類に整理する説明もあります。したがって、ここでは講義の分かりやすさを保つため、まず人的資産・構造的資産・関係資産という整理で説明し、そのうえでSECIプロセスとの関係を意識しておくことにします。

・人的資産:
社員個々人の持つ知識、技能、経験、判断力、直観、問題発見力、学習能力などを指します。単に資格やスキルの一覧だけではありません。その人が現場で身につけてきた勘どころ、顧客との関わり方、困難な状況での判断、仕事への姿勢なども含まれます。また、企業の価値観や理念が社員の行動様式として根づいている場合、それも人的資産と深く関わります。

・構造的資産:
社員が退社した後にも組織の中に残る知識資産を指します。たとえば、業務プロセス、データベース、マニュアル、情報システム、特許、設計図、組織ルール、標準作業手順、教育制度などです。知的資本論では、構造資本は「従業員が帰宅した後も企業に残る知識」と説明されることがあります。つまり、個人の頭の中だけにある知識ではなく、組織として再利用できる形になった知識です。

・関係資産:
顧客、取引先、地域社会、大学、行政、パートナー企業などとの関係から生まれる知識資産を指します。ブランド、顧客との信頼関係、顧客データ、販売チャネル、企業イメージなどもここに含めて考えると分かりやすいでしょう。ブランドや顧客との関係は、企業内部の構造だけでなく、企業と外部との関係の中で価値を持つため、関係資産として扱う方が整理しやすくなります。

ただし、分類そのものにこだわりすぎる必要はありません。大切なのは、知識資産が「どこにあるか」だけではなく、「次の知識創造にどう使われるか」です。人の中にある知識、組織の仕組みに埋め込まれた知識、顧客や取引先との関係に蓄積された知識。これらが結びついたとき、知識創造のサイクルは強くなります。

たとえば、ある営業担当者が顧客の困りごとを深く理解しているとします。これは人的資産です。その内容をチームで共有し、顧客課題のデータベースや提案書テンプレートに反映すれば、構造的資産になります。さらに、その提案を通じて顧客との信頼が深まれば、関係資産になります。このように、知識資産は互いに切り離されたものではなく、SECIプロセスの中で形を変えながら増幅していきます。

■ リーダーシップ

「リーダーシップ」とは、知識創造によって追求する価値の方向性を示し、組織的知識創造のプロセスで不可避に生じてくる問題や矛盾を、当事者として解決・統合していく機能を指します。知識創造におけるリーダーシップは、単に命令を出すことではありません。知識ビジョンを示し、知識資産を見極め、場をつくり、場にエネルギーを与え、SECIプロセスを促進し、正当化する働きとして説明されます。

そもそも知の創造は、完全に計画どおりに起こせるものではありません。新しい発想は、会議の議題として設定した瞬間に必ず生まれるわけではありません。社内で就業時間中に起こるとも限りませんし、トレーニングや教育をすれば必ず起こるという類のものでもありません。顧客との何気ない会話、現場での小さな違和感、異なる専門を持つ人との雑談、失敗の振り返りの中から、思いがけず生まれることもあります。

したがって、知識創造を直接的に管理したり、監視したりすることには限界があります。むしろ、これからのリーダーに求められるのは、単に部下を管理するだけでなく、「新しい出会いの場やきっかけを創出して、知識創造を促す環境作り」をすることでしょう。

ただし、ここでいう環境作りは、放任とは違います。リーダーが何もしないという意味ではありません。むしろ、リーダーは方向性を示さなければなりません。何のために知識を創造するのか。どのような価値を社会や顧客に届けたいのか。どのような矛盾に向き合うのか。どこまで失敗を許容し、どこからは責任を持って判断するのか。こうした問いを引き受けることが、知識創造型リーダーシップには求められます。

創造性を発揮できる組織において必要となるリーダーシップは、直接的にすべてを主導し管理するというものよりも、「機会を作る」「意味を与える」「関係をつなぐ」「矛盾を統合する」というような、間接的でありながら深く関与するリーダーシップであると考えられます。

たとえば、部門間の壁を越えた対話の場を作る。若手が提案しやすい雰囲気を作る。顧客との接点を現場だけに閉じず、開発や管理部門にも開く。失敗を責めるのではなく、そこから何を学んだかを問う。バラバラに見える活動を、企業の理念や顧客価値と結びつけて意味づける。こうした行動が、知識創造を支えるリーダーシップです。

知識創造のリーダーは、答えをすべて持っている人ではありません。むしろ、答えがまだ見えていない状況で、人と人をつなぎ、場を整え、問いを立て、組織が自ら知識を生み出していけるように支える人です。その意味で、知識創造型リーダーシップは、管理する力であると同時に、育てる力でもあります。

■ まとめ

ここまで、知識の創造と活用が起こるSECIプロセスを促進する要件として、「場」「知識資産」「リーダーシップ」の3つを見てきました。

場とは、知識が生まれる文脈共有の関係性です。知識資産とは、知識創造の結果として生まれ、次の知識創造を支える無形資産です。リーダーシップとは、価値の方向性を示し、場をつくり、知識資産を生かし、矛盾を統合しながら知識創造のプロセスを支える働きです。

知識創造を促進するということは、単にアイデアを出せと命じることではありません。人と人が出会い、経験を共有し、言葉にならないものを語り合い、知識として形にし、実践の中で磨き直す。その流れを組織として支えることです。

SECIプロセスは、個人の努力だけでは回りません。場があり、知識資産があり、リーダーシップがあって初めて、個人の気づきは組織の知識へと育っていきます。そして、その知識がまた次の場を生み、次の知識資産となり、次の価値創造につながっていくのです。


3. 講義用整理表:知識創造を促進する3つの要件

要件 内容 具体例 リーダー・マネージャーの役割
知識が生まれ、共有される文脈共有の関係性 対話の場、現場訪問、部門横断ワークショップ、振り返り会議 共通経験と共通言語を作り、安心して語れる関係性を育てる
知識資産 知識創造の成果であり、次の知識創造の土台となる無形資産 人的資産、構造的資産、関係資産、ノウハウ、ブランド、顧客関係 個人の知識を組織に残し、再利用できる形に整える
リーダーシップ 価値の方向性を示し、SECIプロセスを促進・統合する働き 知識ビジョン、場づくり、対話促進、矛盾の統合、意味づけ 直接管理よりも、機会を作り、関係をつなぎ、知識創造を支える