ーーーー講義録始めーーーー
『成長の限界』が鳴らした警鐘――時空間的な視野を拡げる
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さて、「持続可能な発展」の概念を理解する上でヒントを与えてくれるのが、『成長の限界(The Limits to Growth)』、いわゆるローマ・クラブ報告書です。この報告書は、1972年に公表され、持続可能性を考えるうえで現在でも古典としての価値を持つ重要な文献です。MITの研究チームが、World3と呼ばれるコンピューター・モデルを用いて、世界の人口、工業化、食料生産、資源利用、環境汚染などが相互にどのように関わり合うのかを分析しました。
この報告書がコンピューター・シミュレーションに基づいて訴えたことは、「人類がこのままの人口増加、資源利用の増大、工業化、食料生産の拡大、環境汚染の増大などを伴う成長傾向を続けていけば、100年以内に地球上の成長は限界に達し、その結果として人口や工業生産が急激で制御困難な低下に直面する可能性がある」という、当時としては非常にショッキングな警告でした。重要なのは、この報告書が「何年に必ず世界が破滅する」と単純に予言したものではないという点です。むしろ、現在の傾向をそのまま続けた場合に、地球という有限なシステムの中で何が起こりうるのかを示し、人類が早い段階で進路を変える必要を訴えたものと理解するのが適切です。
ここでよく引き合いに出される古典的な考え方に、人口は指数的、つまり幾何級数的に増える一方で、食料生産は算術級数的、つまり等差数列的にしか増えにくいという説明があります。これはもともと、18世紀末のトマス・マルサスの人口論に由来する有名な考え方です。人口が急速に増えるのに、食料や資源の供給がそれに十分追いつかなければ、やがて生活の基盤が不安定になるという警告です。この発想は、『成長の限界』を理解するうえでも入口としては役に立ちます。
ただし、『成長の限界』が示した問題は、単純に「人口が増え、食料が足りなくなる」という話だけではありません。人口が増えれば食料の需要が増えます。食料を増やそうとすれば、農地、エネルギー、水、肥料、工業生産、輸送なども必要になります。工業化が進めば、資源の消費が増え、汚染も増えます。汚染が増えれば、人々の健康や農業生産にも影響が出ます。つまり、人口、食料、工業、資源、汚染は、それぞれ別々に存在する問題ではなく、互いに結びついた1つの大きなシステムとして動いているのです。
この点が、『成長の限界』の重要なところです。報告書は、地球を無限に資源があり、無限に汚染を受け入れられる場所として考えることはできない、と問いかけました。資源にも、土地にも、水にも、環境が汚染を吸収できる力にも限りがあります。その限界を考えずに、人口、消費、工業生産、資源利用、汚染が増え続ければ、ある時点で地球のシステムは持ちこたえられなくなる。これが、ローマ・クラブの『成長の限界』が鳴らした警鐘でした。
したがって、我々がなすべきことは、長期的視点で地球の将来・人類の将来に関する想像力を持つということ、そして危機的な状況を回避する行動を今のうちに取ることです。報告書は、未来を暗く決めつけるために書かれたものではありません。人類が早い段階で選択をし、社会のあり様を変革すれば、人口や工業生産、資源利用、汚染のあり方を安定した方向へ変えていくことは可能である、という希望も含んでいました。問題は、危機が目に見えてから対応するのでは遅いということです。環境や資源の問題では、影響が現れるまでに時間差があり、対策の効果が出るまでにも時間がかかります。だからこそ、早めに気づき、早めに行動することが大切なのです。
この報告書における重要な教訓の1つは、私たちが意識して、時間的にも空間的にも視野を拡大することの必要性です。人は誰も様々な関心事や問題を抱えています。その関心事などの分布を時間と空間の2つの軸で表現すると、以下のようになります。
図:関心の時間的・空間的な広がり
| 自分・家族 | 地域 | 国 | 世界・地球全体 | |
|---|---|---|---|---|
| 今日・明日 | 関心が最も強い | 関心が届きやすい | 関心はやや弱まる | 関心が届きにくい |
| 数年後 | 関心が届く範囲 | 関心がやや届く | 意識しないと見えにくい | 見えにくい |
| 数十年後 | 関心が薄れやすい | 関心が薄れやすい | 想像力が必要 | 強い想像力が必要 |
| 数世代後 | 関心が及びにくい | 関心が及びにくい | 関心が及びにくい | 最も意識しにくい領域 |
※人は一般に、時間的・空間的に近いものへの関心が高く、遠いものへの関心は低くなる傾向があります。持続可能な発展のためには、この関心の範囲を意識的に拡大することが求められます。
私たちは今日・明日のことや、来月・来年のこと、あるいはそれから数年先の自分の将来ぐらいは考えますが、2世代先、3世代先のことまで日常的に考えるということは、あったとしても非常に稀であり、それが普通ではないでしょうか。同様に、自分の身の回りの家族・友人・職場の同僚・コミュニティのことなどは考え、気にかけますが、地球上の様々な国の人々のこと、例えば距離的に遠い国や地域の人々の暮らしぶりなどを、同じ切実さで考えたり関心を持ったりする度合いは、どうしても少なくなりがちです。
これはいわば世の常であり、それ自体を否定すべきものではありません。人間はまず、身近な人や身近な問題に心を向けるものです。ただ、自ら関心の範囲を時間的・空間的に拡大して考え、意思決定し行動していかないと、やがては今の生活を維持することさえも難しくなってしまいます。自分の生活は、遠い国の資源、食料、エネルギー、労働、環境負荷ともつながっています。また、今日の選択は、数十年後、数世代後の社会や環境にも影響を与えます。
だからこそ、意識的に視野を拡大して人類の将来を考え、地球規模で物事を考える必要があります。そして、できるだけ早く解決のための行動を起こすことが必要です。これが、ローマ・クラブの『成長の限界』が鳴らした警鐘なのです。持続可能な社会を考えるということは、遠い未来や遠い場所の問題を、ただの「他人事」としてではなく、自分たちの現在の暮らしとつながった問題として捉え直すことでもあります。
図表:『成長の限界』が示した基本的な見方
| 視点 | 内容 | 講義で押さえたい意味 |
|---|---|---|
| 有限性 | 地球の資源や環境容量には限りがある | 無限の成長を前提にした社会のあり方は見直しが必要 |
| 相互依存 | 人口、食料、工業、資源、汚染は互いに影響し合う | 1つの問題だけを切り離して考えると全体を見誤る |
| 時間差 | 問題の発生と影響の顕在化には時間差がある | 危機が目に見えてからでは対応が遅れることがある |
| 選択可能性 | 早めに行動すれば安定した未来を選びうる | 報告書は単なる悲観論ではなく、行動を促す警鐘 |
| 視野の拡大 | 時間的・空間的に遠い問題へ想像力を広げる | 将来世代や地球規模のつながりを考えることが必要 |
