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環境・経済・社会を統合する持続可能な発展――WBCSD「ビジョン2050」入門 #放送大学講義録(持続可能な社会と生活第1回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

環境・経済・社会の「3つの柱」とWBCSDの「ビジョン2050」
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そしてここで重要なことは、環境問題と貧困問題という、持続可能な発展の2つの中核的な課題は、互いに深くつながっているという点です。例えば、加速する気候変動による自然災害の激甚化や、農業・漁業への悪影響は、人々の生計や暮らしに大きなダメージを与えます。そして、こうした気候変動の影響をより強く受けてしまうのは、社会的により脆弱な立場にある貧困層の人々です。十分な住まいがない、災害に備える資金がない、移動する手段がない、保険や医療にアクセスしにくいという状況にある人々ほど、環境変化の影響を直接に受けやすくなります。環境問題は、人々の生命、健康、住まい、食料、水、安全といった権利の実現を妨げるという意味で、人権問題としても捉えるべきでしょう。近年、国連人権理事会や国連総会でも「清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利」が確認されており、環境と人権を結びつけて考える視点は、国際的にも重要性を増しています。

環境と貧困は、かつてはそれぞれ別問題とされ、解決方法もそれぞれの領域の中だけで考えられがちでした。しかし、ブルントラント委員会が指摘したように、2つの問題は実は深くつながっています。環境が破壊されれば、人々の生活の基盤が壊れます。貧困が深刻であれば、人々は環境への負荷を減らす選択肢を持ちにくくなります。そうした気づきをもとに、未来に向けて社会の何をどう変えていかなければならないかを考え、解決を図ることが求められているのです。

「持続可能な発展」を論じるときによく出てくるのが、「環境・経済・社会」という3つの柱です。ある写真は、2012年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」の会場で撮影したものですが、写真に「Rio+20(リオ・プラス20)」とあります。これは、1992年のリオ地球サミット、正式には国連環境開発会議から20年後に、再びリオデジャネイロで開催された国連会議なので、「リオ+20(リオプラス20)」と呼ばれています。国連も、2012年の国連持続可能な開発会議をRio+20として位置づけています。

会議のロゴデザインは、持続可能な発展の3つの構成要素である、社会的公正、経済成長、環境保護が、地球の形につながるように表現されていました。公式説明でも、Rio+20のロゴは、持続可能な発展の3要素である社会的公正、経済成長、環境保護が地球の形に結びついているものとされています。 つまり、環境への配慮が必要であり、同時に経済発展も必要であり、さらに社会的弱者への配慮や公正な社会の実現も必要であるということです。このロゴは、「持続可能な発展」に欠くことのできない3つの要素が、一体となってはじめて地球全体の未来を支えるという考え方を、非常にわかりやすく表現していました。

ここで、この三要素に関しては、よく「3つのバランスが大事だ」と言われます。もちろん、環境、経済、社会のどれか1つだけを重視すればよいわけではありません。しかし、単にバランスを問い、調整して、いずれもほどほどのところを目指すというだけでは不十分です。本来は、環境・経済・社会を統合的に捉えて取り組まなければなりません。国連の2030アジェンダでも、持続可能な開発は経済・社会・環境の三側面を統合するものとして位置づけられ、SDGsは相互に関連し合い、不可分な目標群として示されています。

これらの三要素は、別々の問題としてではなく、不可分一体の要素として扱うべきものです。すなわち、経済成長においては、環境や社会への配慮を最初から組み込む必要があります。例えば、成長の果実が一部の人々だけに集中するのではなく、広い層に行き渡るような、社会的に公正で包摂的な経済成長を目指す必要があります。環境問題も、経済とのトレードオフとしてだけ考えるのではなく、例えば脱炭素社会の実現に向けた積極的な投資によって、新たな産業、雇用、技術革新を生み出す方策を考えることが必要になってきます。つまり、3分野の問題や解決策を切り離すのではなく、一体化して捉え、同時に実現を目指して取り組んでいく必要があるのです。

ここからは、長期的視点で持続可能な社会を実現するためには何が必要かを考えてみたいと思います。WBCSD、すなわち「持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development)」による未来への提言レポートに、「ビジョン2050(Vision 2050)」というものがあります。ここまでお話ししてきた概念の理解をさらに深め、とるべき行動を考える上で大変示唆に富んだ提言書なので、内容を見ていきましょう。

WBCSDは、1995年1月1日に、Business Council for Sustainable Development(BCSD)とWorld Industry Council for the Environment(WICE)が合併して設立された、企業を中心とする国際的な組織です。リオ地球サミットに向けた産業界の取り組みを背景に生まれたBCSDの流れを引き継いでおり、持続可能な社会を実現するために、企業としていかに役割を果たすかを会員企業の間で議論し、提言や自らの行動によって世界の産業界の取り組みをリードしてきました。WBCSD自身も、1995年にBCSDとWICEの合併によって設立されたと説明しています。

また、WBCSDは政府、自治体、国際機関、NGOなどのステークホルダーとの対話も行ってきました。ただし、「国連において産業界の声を代表する組織として認められ、その地位を確立している」とまで言い切ると、少し断定が強くなります。より正確には、WBCSDは、国際的な持続可能性政策や企業行動に関わる議論において、産業界の重要な対話相手の1つとして影響力を持ってきた組織だと言うのが適切です。現在もWBCSDは、世界の企業が持続可能性を競争力の重要な要素にしていくためのグローバルなビジネス・コミュニティとして活動しています。

WBCSDでは、2050年のビジョンを「90億人以上の人々が、この地球の許容量、すなわちプラネタリー・バウンダリーの範囲内で、良い暮らしをできるようにすること」と表現しています。2021年に更新された『Vision 2050: Time to Transform』でも、2050年までに90億人以上がプラネタリー・バウンダリーの範囲内で豊かに暮らせる世界という共有ビジョンが掲げられています。 これは、ブルントラント委員会の「持続可能な発展」の定義を、企業や生活者にもわかりやすい言葉で言い換えたものと言ってよいでしょう。

ここで「良い暮らし」というのは、少し誤解を招くかもしれませんが、ものが溢れるような贅沢な暮らしという意味ではありません。健康で安全に暮らせること、教育や仕事の機会があること、尊厳をもって生活できること、社会に参加できること、そして将来世代の可能性を壊さない形で生活の質が支えられていることを含む表現です。つまり、2050年までに人口増加への対応と貧困問題の解決を進めながらも、大幅に環境効率を上げ、環境への負荷を減らし、地球の許容量の限界を超えないようにするということです。なお、国連の世界人口推計でも、2050年の世界人口はおおむね97億人規模と見込まれており、「90億人以上」という表現は、長期ビジョンとして妥当な規模感です。

「ビジョン2050」には、世界の国々の現状と目指すべき将来の方向を、縦横2つの軸のグラフで示した図が掲載されています。これは、人間開発指数、つまりHDIと、エコロジカル・フットプリントを組み合わせた散布図です。2010年版のVision 2050では、Global Footprint Networkのエコロジカル・フットプリントと、UNDPの人間開発指数を重ね合わせることで、「人間らしい生活水準を高めながら、地球の生態学的限界内に収める」という持続可能な発展の課題を可視化しています。

図:人間開発指数とエコロジカル・フットプリントの関係

領域 特徴 代表的に示される状態 持続可能な発展から見た課題
右上 HDIが高く、環境負荷も高い 多くの高所得国・先進国に見られる状態 生活水準を維持・改善しつつ、環境負荷を大幅に下げる必要がある
左下 HDIが低く、環境負荷も低い 貧困や社会基盤の不足が深刻な国・地域に見られる状態 環境負荷を急増させずに、教育・健康・所得・生活条件を改善する必要がある
右下 HDIが高く、環境負荷が低い 目指すべき領域 高い生活水準と低い環境負荷が両立している状態
左上 HDIが低く、環境負荷が高い 最も避けたい領域 環境にも社会にも大きな負荷がかかっている状態

 

このグラフ上の点が、世界各国それぞれの現状を示しています。例えば、グラフの右上のほうにプロットされている国々というのは、米国など、一人当たりの環境負荷が高く、人間開発指数も高い国々です。一方でグラフの左下の方には、例えばサブサハラ・アフリカの諸国など、人間開発指数は低く、環境負荷もまた低い国々があります。

こういう国々の現状がある中で、将来に向かって途上国の発展の軌道を考えたとき、右上方向へのシフト、つまり現在の多くの先進国のような高い生活水準を実現するとともに環境負荷も大幅に増加するという事態になれば、全体として地球の許容量を超えてしまい、地球がいくつあっても足りない事態となってしまいます。そこで目指す状態は何かというと、グラフの右側下方の領域、つまり高い生活水準と低い環境負荷が両立した状態です。先進国も途上国も、あらゆる国がこの領域に入るように努力することが目標となります。「90億人以上の人々がこの地球の許容量の範囲内で良い暮らしができるようにする」というWBCSDのビジョンをわかりやすく表現したものが、この図なのです。WBCSDの2021年版Vision 2050でも、同じ趣旨の図が引き続き参照され、持続可能な発展の二重の目標、すなわち「高い人間開発」と「低い生態学的負荷」を同時に達成する必要が示されています。

ここでのポイントは、環境と経済を単純なトレードオフにしないということです。特に、2050年に向けて人口増加が著しい途上国や新興国が、経済成長政策に環境配慮を組み込んでおくことは重要です。WBCSDの2010年版Vision 2050でも、2050年までに世界人口は69億人から90億人以上へ増え、その増加の98%は途上国・新興国で起こるとする国連推計を前提に議論していました。 ただし、これは2010年版当時の推計に基づく表現であり、最新の国連推計では2050年の世界人口は約97億人と見込まれています。

そこで実際に、WBCSDは政府、自治体、都市、NGO、企業などとの対話や協働を通じて、中長期的な政策や都市づくりに企業がどのように関われるかを示してきました。ここでは「途上国政府との対話を繰り返し行って政策に助言してきた」と限定的に言い切るよりも、より広く、持続可能な社会への移行に向けて、政府・都市・企業・市民社会との連携を進めてきたと説明する方が正確です。

もう一つのポイントは、長期的視点に立って何をすべきかを導き出すことです。例えば、「ビジョン2050」では、長期的な都市への人口流入による都市人口の大幅な増加予測を前提に、都市インフラに関する提案を行っています。橋や道路、鉄道、上下水道、エネルギー設備、住宅、公共交通などのインフラは、一度作れば数十年以上使われます。ということは、都市インフラは計画段階において、数十年以上先の社会を想定して設計する必要があるのです。

従来、企業は計画が固まってから建設や設備導入を受注する立場になりがちでした。しかし、今後はこうした背景を理解して、もっと上流工程の計画段階から参加し、企業の持つ技術力や提言力を長期的な都市計画に活かしていくことが求められます。実際にこうした考え方に基づいて、WBCSDは「Urban Infrastructure Initiative(都市インフラ・イニシアティブ)」を立ち上げました。このイニシアティブでは、14のグローバル企業が世界の10都市と協働し、都市の持続可能性ビジョンを現実にするために、企業が早い段階から計画や戦略づくりに関わる意義を示しました。WBCSDの最終報告書も、都市が持続可能性目標を実現するには、計画・戦略策定の早い段階から企業と関わることが有益であると述べています。

WBCSDが「ビジョン2050」の初版を発表した2010年当時、40年先の世界全体のあるべき姿に関して、産業界が提言書を発表することは、決して当たり前のことではありませんでした。短期的な利益や四半期ごとの業績が重視されやすい企業の世界において、2050年という長期の視野から、社会全体の姿を描き、そこから現在の行動を考えるという発想には、大きな意義がありました。

ただし、WBCSDの加盟企業の一部に「絵空事だ」という見方があったかどうかについては、今回確認できる公的資料だけでは裏づけられませんでした。そのため、本文では、そこを事実として断定するのではなく、当時としては長期ビジョンを産業界が共有すること自体が挑戦的であった、という表現にとどめるのが適切です。将来ビジョンを描いた上で、その実現のために現在なすべき行動を考えようという姿勢は、後のSDGsにも通じる考え方です。持続可能な発展において重要なのは、遠い未来をただ予測することではなく、「望ましい未来」を描き、そこから逆算して、いまの制度、投資、技術、生活、企業活動を変えていくことなのです。

図表:環境・経済・社会の3つの柱とVision 2050の関係

視点 内容 講義で押さえたい意味
環境 気候変動、生物多様性、資源循環、汚染防止 地球の許容量を超えない範囲で社会を成り立たせる
経済 仕事、所得、産業、技術革新、投資 環境負荷を減らしながら、生活を支える経済をつくる
社会 公正、包摂、人権、健康、教育、生活の質 誰一人取り残さず、人間らしい生活条件を整える
統合 3つを別々に扱わず、同時に実現する 持続可能な発展の中心的な考え方
Vision 2050 90億人以上がプラネタリー・バウンダリー内で豊かに暮らす 高い人間開発と低い環境負荷を両立させる長期ビジョン
企業の役割 技術、投資、事業モデル、都市づくり、政策対話 企業は問題の原因であるだけでなく、解決の担い手にもなりうる