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気候非常事態とは何か:永久凍土・メタン・気候安全保障から考える温暖化の悪循環 #放送大学講義録(持続可能な社会と生活第3回その3)

ーーーー講義録始めーーーー

 

フィードバックループの脅威と「気候非常事態」という言葉
——温暖化の悪循環と言葉の進化が示す危機感の高まり

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【フィードバックループ——温暖化が温暖化を加速する悪循環】
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気候変動の現状において、1つ強く懸念されているのが、フィードバックループと呼ばれる悪循環のメカニズムです。これは、温暖化がある変化を引き起こし、その変化がさらに温暖化を強めてしまう、という循環のことです。気候科学では、このような働きを「正のフィードバック」と呼びます。「正」という言葉が付いていますが、望ましいという意味ではありません。変化をさらに増幅する、という意味です。

例えば、シベリアや北極圏に広がる永久凍土が、温暖化の影響で融け始めています。永久凍土には、長い時間をかけて蓄積された大量の有機物が閉じ込められています。凍っていた土壌が融けると、微生物の働きによってその有機物が分解され、二酸化炭素(CO₂)やメタン(CH₄)が大気中に放出される可能性があります。特に、酸素が少ない湿った環境ではメタンが発生しやすくなります。

メタンはCO₂よりも強い温室効果を持つ気体です。評価する期間によって数値は変わりますが、IPCC第6次評価報告書で用いられる100年の時間軸では、メタンの地球温暖化係数はCO₂の約27〜30倍です。20年という短い時間軸で見ると、さらに大きく、約80倍前後になります。つまり、メタンは大気中に長く残るCO₂とは性質が異なりますが、短期的には非常に強い温暖化作用を持っているのです。

このため、永久凍土の融解によってCO₂やメタンの放出が増えると、温暖化がさらに進みます。そして温暖化が進むことで、さらに永久凍土の融解が進み、また温室効果ガスが放出される。このようにして、温暖化が温暖化を呼ぶ悪循環が生じる可能性があります。シベリアの大規模な森林火災も、この問題と無関係ではありません。火災によって地表を覆っていた植生や有機物が失われると、地表が温まりやすくなり、永久凍土の融解が進みやすくなる場合があります。また、森林火災そのものも大量のCO₂を放出し、煙やすすが雪や氷の表面に付着すれば、太陽光を反射しにくくして融解を進めることがあります。

こうした温暖化のフィードバックループは、永久凍土だけではありません。例えば、北極海の海氷が減ると、白い氷が反射していた太陽光を、より暗い海面が吸収しやすくなります。その結果、さらに海水温が上がり、海氷が減りやすくなります。これも代表的なフィードバックです。また、森林の乾燥化や枯死が進めば、森林がCO₂を吸収する力が弱まり、場合によってはCO₂を放出する側に回ることもあります。

ただし、ここで注意しなければならないのは、「一度スイッチが入れば、ただちに地球全体が完全に暴走して、人類には一切止められなくなる」と単純に考えることではありません。気候システムには不確実性があり、変化の速度や規模は、今後の温室効果ガス排出量、森林や土地利用の変化、各国の対策、自然の応答によって変わります。とはいえ、ある段階を超えると、変化が長期間続き、元に戻すことが非常に難しくなる可能性があることは強く懸念されています。だからこそ、フィードバックループは、温暖化対策を先送りしてはいけない理由の1つなのです。

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【「地球温暖化」から「気候変動」、そして「気候非常事態」へ】
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従来から国内では「地球温暖化」という呼び方が一般的でしたが、グローバルには、United Nations Framework Convention on Climate Change、つまり気候変動枠組条約の名称にも使われているように、「Climate Change=気候変動」という表現が広く使われてきました。最近では日本国内でも、「気候変動」という言葉が一般に広まってきました。「温暖化」という言葉は、単に気温が少し上がるだけのように聞こえることがあります。しかし、今起きているのは、平均気温の上昇だけではありません。豪雨、熱波、干ばつ、海面上昇、生態系への影響、食料や水のリスクなど、社会全体を揺さぶる変化です。その意味で、「温暖化」という言葉だけでは、現実の厳しさを十分に伝えきれなくなってきています。

また、「温暖化」というと、少しずつ影響が出てくる緩やかな変化をイメージしがちです。もちろん、地球全体の平均気温の上昇は、年ごとの変動を伴いながら長期的に進んでいきます。しかし、自然界や社会への影響は、必ずしもなだらかに進むとは限りません。あるポイントを超えたときに、氷床、海氷、森林、生態系、農業生産、沿岸地域の暮らしなどが、急に大きく変化したり、変化が加速したりすることがあります。このような非連続的な変化や、元に戻しにくい変化の可能性があるからこそ、気候変動は単なる環境問題ではなく、社会全体のリスクとして考える必要があります。

気候変動の現状にふさわしい表現としては、「気候リスク」であり、「気候危機」でもあります。さらに強い危機意識を込めた「気候非常事態」という言葉も、世界各地で使われるようになりました。これは、現状を緊急事態として認識し、今すぐ行動しなければならないという思いを込めた言葉です。

世界では、2016年にオーストラリア・メルボルン近郊のDarebin Councilが行政機関として最初期の気候非常事態宣言を行ったとされています。その後、各国の自治体や地域政府、議会などに動きが広がりました。2025年時点の民間集計では、世界40か国の2,300を超える自治体・管轄区域が気候非常事態を宣言し、その対象人口は10億人を超えるとされています。ただし、この数は国連のような公的国際機関が一元的に認定している数字ではなく、気候非常事態宣言を推進・記録している団体による集計です。そのため、講義では「世界中で2,000以上」と表現しても大きな方向性は間違いではありませんが、「集計によれば」と添える方が正確です。

日本でも、自治体が先行して気候非常事態宣言を行いました。日本で最初に宣言した自治体は、2019年9月の長崎県壱岐市とされています。その後、他の自治体にも広がりました。国レベルでは、日本政府が単独で「気候非常事態宣言」を出したというより、国会の衆参両院が決議を行った、というのが正確です。衆議院は2020年11月19日に、参議院は2020年11月20日に「気候非常事態宣言決議」を可決しました。参議院の決議では、「もはや地球温暖化問題は気候変動の域を超えて気候危機の状況に立ち至っている」との認識が示されています。

このように、事態の深化に伴って、使われる言葉も変化してきました。「地球温暖化」から「気候変動」へ、そして「気候危機」「気候非常事態」へ。言葉が強くなっているのは、単に表現を刺激的にしているからではありません。科学的知見の蓄積、被害の現実化、社会的な危機感の高まりが、より切迫した言葉を必要としているのです。

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【気候安全保障・気候戦争という概念】
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そして気候変動は、人間の命と生活、社会の安定や安全にも甚大な影響をもたらします。気候変動は、もはや環境政策だけの問題ではありません。食料、水、健康、移住、貧困、紛争、経済、エネルギー、国家安全保障にも関わる問題です。このような観点から、「気候安全保障(Climate Security)」という概念が用いられるようになりました。

英国は、早くから気候変動を安全保障上の課題として位置づけた国の1つです。特に2007年4月には、英国の主導により、国連安全保障理事会で気候変動が平和と安全に与える影響について初めて公開討論が行われました。この討論では、気候変動を安全保障理事会で扱うべきかどうかについて意見の違いもありましたが、小島嶼国など気候変動の影響を強く受ける国々からは、気候変動を安全保障の問題として考える必要性が強く訴えられました。

また、今後、気候変動によって水や食料、農業生産に適した土地、住み続けられる地域が制約される可能性があります。そうなれば、資源をめぐる競争が激しくなり、社会不安や移住、地域紛争を悪化させるおそれがあります。このような文脈で、「気候戦争(Climate Wars)」という言葉も使われるようになりました。ただし、気候変動が単独で戦争を引き起こすと考えるのは単純化しすぎです。実際には、貧困、政治的不安定、資源管理の失敗、民族・宗教・地域対立、国際関係など、複数の要因が重なって紛争が起こります。気候変動は、それらの既存の不安定要因を増幅する「脅威の乗数(Threat Multiplier)」として理解するのが適切です。

つまり、気候変動とは、暑くなるか寒くなるかという気象の話にとどまりません。永久凍土、森林、海氷、生態系、食料、水、移住、安全保障にまで関わる、社会の土台そのものの問題です。だからこそ、私たちはこの問題を、将来世代だけの問題としてではなく、いまの社会と生活の問題として受け止める必要があります。