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貧困の罠とは何か――水・衛生・教育の欠乏が連鎖するSDGsの核心 #放送大学講義録(持続可能な社会と生活第4回その2)

ーーーー講義録始めーーーー

 

貧困の罠と連鎖:欠乏の複合状態

■ 貧困の罠・貧困の連鎖とは

格差問題の根底にある貧困問題の解決にも、構造的理解と、原因を取り除くための多面的な対策が必要です。そこで重要になる言葉に、「貧困の罠」や「貧困の連鎖」があります。英語では、poverty trap や cycle of poverty と表現されます。これは、貧困が単に「所得が少ない」という状態にとどまらず、教育、健康、栄養、住居、水と衛生、エネルギー、情報、金融、雇用、政治参加などの欠乏と結びつき、その欠乏が次の欠乏を生み出していく状態を指します。

例えば、家が貧しく学校に通えない子どもは、自分の能力を開花させるための教育の機会を得ることができません。読み書きや計算、基礎的な知識、社会の中で自分の選択肢を広げる力を十分に身につけられなければ、将来、安定した仕事に就く機会も狭くなります。すると、所得を得る力が弱まり、次の世代にも貧しさが引き継がれてしまうことがあります。これが、貧困の連鎖です。

ただし、ここで注意したいのは、貧困を「努力不足」や「能力不足」の問題として見てはいけないということです。貧困の罠とは、本人が怠けているから抜け出せない、という話ではありません。むしろ、抜け出すための足場そのものが奪われている状態です。教育を受ける時間がない。病気になっても医療にかかれない。安全な水を得るだけで一日の多くの時間を使う。電気がなく夜に勉強できない。インターネットにつながらず情報が得られない。身分証や銀行口座がなく金融サービスにアクセスできない。このような条件が重なると、人はどれほど努力しても、発展のはしごに足をかけることが難しくなります。

このような貧困をめぐる悪循環の中で、そこから脱出するための梯子に足をかけることができない人々は、様々な欠乏の複合状態に置かれています。複合状態というのは、一つの問題だけが存在しているのではなく、いくつもの問題が同時に存在し、それぞれが互いを悪化させているという意味です。水がないことは、健康を損なう問題であると同時に、学校に通う時間を奪う問題でもあります。教育が不足することは、将来の所得を低くするだけでなく、保健、衛生、権利、政治参加に関する知識を得にくくする問題でもあります。医療が不足することは、命と健康の問題であると同時に、働く力や学ぶ力を奪う問題でもあります。

したがって、問題の構造を理解して、それらの原因を取り除き、人々を貧困の罠や連鎖から解き放つためには何が必要なのか、何が最も効果的なのかを分析して対策を講じていく必要があります。単にお金を配ればすべて解決するわけではありませんし、学校を建てればそれだけで教育が成立するわけでもありません。学校まで安全に通える道が必要です。家庭が子どもを働かせなくても生活できる最低限の所得も必要です。女子が安心して通えるトイレや衛生環境も必要です。教員の育成、教材、給食、保健サービス、地域の理解も必要です。貧困の罠は複合的であるからこそ、対策も複合的でなければなりません。

また、多くのケースに共通する原因はあるとしても、地理的条件、歴史的背景、文化的背景、政治体制、紛争の有無、気候変動の影響、産業構造、行政能力などによって、各地域の貧困をめぐる事情は異なります。乾燥地帯では水へのアクセスが最優先課題になるかもしれません。紛争地域では学校や医療施設の安全確保が最初の課題になるかもしれません。都市のスラムでは、住居、衛生、雇用、法的地位の問題が重なっているかもしれません。農村地域では、農業生産性、道路、市場へのアクセス、電力、金融サービスが発展の入口になることもあります。

農業、水と衛生、医療、教育、エネルギー、情報ネットワークなどのどこに特に力を入れて改善することで、人々が発展のはしごに足をかけることができるのか。そして、そこで生まれた所得や知識や健康が、次の資本として蓄積され、自力ではしごを登っていけるようになるのか。地域ごとの事情をよく見極めながら対策を講じる必要があります。ここでいう資本とは、単にお金だけではありません。人的資本、すなわち教育や健康、社会関係資本、すなわち人々のつながりや信頼、そして自然資本、すなわち水、土壌、森林、生態系なども含まれます。持続可能な社会を考えるときには、これらの資本を同時に守り、育てていく視点が不可欠です。

■ 欠乏状態の現実(国連・国際機関統計より)

様々な欠乏状態に置かれた人々の現実を示す国連・国際機関の統計があります。ここでは、現在の国際統計に合わせて、指標名をできるだけ正確にして整理しておきます。

2024年時点で、約22億人が安全に管理された飲料水を利用できない。
2024年時点で、約34億人が安全に管理された衛生施設を利用できない。
2024年時点で、約17億人が家庭で基本的な衛生設備を利用できない。
2024年時点で、約3億5400万人が屋外排泄をしている。
2024年時点で、約2億7300万人の子ども・若者が学校に通っていない。
そのうち、約7900万人は初等教育年齢の子どもである。
不就学の子ども・若者は、サブサハラ・アフリカなど低所得国・低所得地域に大きく集中している。

ここで「安全に管理された飲料水」とは、単に水源があるというだけではありません。基本的には、必要なときに利用でき、汚染されておらず、住居の敷地内または近くで利用できる飲料水サービスを意味します。また、「安全に管理された衛生施設」とは、トイレがあるだけでなく、排泄物が人間の接触から安全に隔離され、適切に処理されることを含みます。つまり、水やトイレの問題は、施設の有無だけでなく、安全性、継続性、距離、管理、衛生行動まで含めて考えなければならないのです。

これらの個々の欠乏の問題は、それぞれが独立しているとともに、複合的に生じていて、互いに影響し合っています。安全な水がなければ、下痢症などの感染症のリスクが高まり、子どもは体調を崩して学校を休みやすくなります。衛生的なトイレがなければ、感染症のリスクだけでなく、女性や女の子の安全、尊厳、月経時の通学継続にも影響します。学校に通えなければ、将来の所得機会が狭まり、健康や衛生に関する知識を得る機会も失われます。電気や通信がなければ、学習、仕事、情報アクセス、災害時の避難情報にも影響します。

逆に言えば、一つの欠乏状態の解決は、他の欠乏状態の改善にもつながり、貧困から脱出する機会を生む場合があります。例えば、安全な水へのアクセスが改善されれば、水汲みに使っていた時間が減り、子どもが学校に行ける時間が増えるかもしれません。衛生状態が改善されれば、病気で休む日が減り、学習や労働の継続性が高まるかもしれません。学校給食が導入されれば、栄養状態が改善し、保護者が子どもを学校に通わせる動機も高まるかもしれません。小さな改善に見えるものが、実際には複数の欠乏を同時にほどいていく入口になるのです。

■ 水と教育の連鎖:写真が示す現実

例えば、この写真が示しているものを考えてみましょう。ポリタンクを背負った子どものように、家の近くで安全な水が得られず、家族全員が一日に必要な量の水を入手するために、何度も遠くまで歩いて水汲みに行かなければならない子どもがいます。あるいは、子どもだけでなく、女性や女の子が水汲みの主な担い手になっている地域もあります。水を得ることは、命をつなぐために欠かせない行為です。しかし、そのために毎日何時間も使わなければならないとしたら、学校に通う時間も、宿題をする時間も、友人と遊ぶ時間も、十分な睡眠をとる時間も失われていきます。

【左の写真】遠方まで水汲みに行く子ども
   ↓ 時間・体力・気力を水汲みに費やす
【右の写真】学校に通える子ども
   ↓ 教育の機会が将来の仕事・可能性を開く

そうやって教育の機会を失ってしまうと、将来より良い仕事を手にする機会も失ってしまいます。教育は、単に知識を得るためだけのものではありません。自分の健康を守る力、社会の制度を理解する力、不当な扱いに対して声を上げる力、仕事を選ぶ力、家族や地域を支える力にもつながります。だからこそ、教育の機会を失うことは、その子どもの将来の選択肢を狭めるだけでなく、次の世代の貧困にもつながりかねないのです。

身近で安全な水を手にすることができれば、子どもは学校に行けるようになるかもしれません。衛生的なトイレが学校に整備されれば、思春期の女の子も安心して通学を続けられるかもしれません。家庭の所得が安定すれば、子どもが家計を助けるために働く必要が減るかもしれません。医療や栄養が改善されれば、学ぶための体力と集中力が戻ってくるかもしれません。

つまり、水の問題は水だけの問題ではありません。教育の問題は教育だけの問題ではありません。衛生の問題は衛生だけの問題ではありません。貧困とは、こうした欠乏がいくつも重なり合い、人の可能性を少しずつ奪っていく状態です。だからこそ、持続可能な社会をつくるためには、欠乏を一つずつ切り離して見るのではなく、そのつながりを見なければなりません。水を届けること、トイレを整えること、学校を支えること、医療につなぐこと、家庭の所得を守ること、地域の安全を確保すること。それらは別々の政策に見えて、実は一人の子どもが未来を切り開くための同じはしごの段なのです。

SDGsの視点から見ると、これは目標1「貧困をなくそう」、目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標4「質の高い教育をみんなに」、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標6「安全な水とトイレを世界中に」、目標10「人や国の不平等をなくそう」と深く結びついています。貧困の罠から人々を解き放つということは、一つの目標だけを達成することではありません。複数の目標をつなぎ合わせ、人々が自分の力を発揮できる条件を整えていくことです。そこに、持続可能な社会と生活を考えるうえでの大切な視点があります。