ーーーー講義録始めーーーー
恐怖からの自由と欠乏からの自由——2つの脅威要素と国家安全保障との対比
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人間を取り巻く脅威の要素を大きく分けてみると、紛争、内戦、テロ、暴力、迫害といった「恐怖」の問題と、食料、水、衛生、医療、住まい、教育、雇用などへのアクセスが十分に満たされない「欠乏」の問題があるといえます。国連開発計画、つまりUNDPの『人間開発報告書1994』でも、人間の安全保障の主要な要素として、freedom from fear、すなわち「恐怖からの自由」と、freedom from want、すなわち「欠乏からの自由」が示されました。人間の安全保障を考えるとき、この2つは非常に重要な出発点になります。
そして、恐怖と欠乏の2つの要素は、互いに原因と結果になりながら、深く関連しています。紛争は、経済の疲弊、生活基盤の破壊、地域社会の分断、教育や医療の停止を招き、貧困や生活の困窮を深刻化させます。一方で、食料不足、失業、水や土地をめぐる不安、医療や教育へのアクセス不足、政治的な排除などは、社会の不満を高め、暴力や紛争の背景要因となることがあります。ただし、欠乏がただちに紛争を生むという単純な関係ではありません。紛争には、統治の失敗、差別、資源配分の不公平、歴史的な対立、外部からの介入など、複数の要因が絡み合っています。だからこそ、人間の安全保障では、脅威を一つの原因だけで説明するのではなく、人々の生活の現場で何が重なり合っているのかを丁寧に見る必要があります。
こうした「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」のいずれをも、すべての人に保障することが重要です。さらに、現在の国連の整理では、人々が尊厳を持って生きること、つまり freedom to live in dignity も重視されています。暴力から逃れ、飢えや病気から守られたとしても、差別され、声を奪われ、自分の人生を選ぶ機会がなければ、人間らしく安全に生きているとは言いにくいからです。恐怖からの自由、欠乏からの自由、そして尊厳を持って生きる自由。この3つを結びつけて考えるところに、人間の安全保障の大きな特徴があります。
人間の安全保障は、伝統的な国家安全保障とは異なる新しい視点を持つ概念であり、非伝統的安全保障の一つとして説明されることもあります。ただし、ここで注意したいのは、人間の安全保障が国家安全保障を否定するものではないという点です。国家安全保障は、国家の独立、領土、主権、国民の生命と財産を守るために重要です。他方で、人間の安全保障は、国家が守られていても、その中に生きる一人ひとりが貧困、暴力、病気、災害、差別、排除に苦しんでいるなら、それは本当の意味で安全とは言えないのではないか、という問いを投げかけます。つまり、人間の安全保障は、国家安全保障を置き換えるものではなく、補完し、深めるものなのです。
ここで、「何を守るか・何から守るか・どうやって守るか」という点から、国家安全保障と人間の安全保障を比較してみましょう。あくまで理解しやすくするための整理であり、現実には両者が重なり合う場面も多くあります。
【国家安全保障と人間の安全保障の対比】
| 比較の視点 | 国家安全保障 | 人間の安全保障 |
|---|---|---|
| 何を守るか | 国家の独立、領土、主権、国民の生命と財産 | 一人ひとりの人間の生存、生活、尊厳 |
| 何から守るか | 他国からの侵略、主権侵害、軍事的脅威、国際テロなど | 貧困、飢餓、感染症、災害、環境破壊、暴力、紛争、迫害、人身取引、社会的排除など |
| どうやって守るか | 外交、防衛力、同盟、国際法、抑止、危機管理など | 保護、能力強化、開発、医療、教育、社会保障、防災、法制度、地域参加、国際協力などを組み合わせた包括的・予防的対応 |
| 主な担い手 | 国家が中心。政府、外交当局、防衛当局、警察、国際機関など | 国家に加え、国際機関、地方自治体、NGO、市民社会、地域コミュニティ、企業、教育機関、そして当事者である人々自身 |
| 国連との関係 | 安全保障理事会をはじめ、国連憲章に基づく国際の平和と安全の維持に関わる仕組みが重要 | 国連総会、経済社会理事会、UNDP、UNHCR、WHO、UNICEF、UN Trust Fund for Human Securityなど、開発・人権・人道・保健・教育を含む国連システム全体が関わる |
この表から分かるように、国家安全保障は、国家の独立や領土、主権を守ることに重点を置きます。これに対して人間の安全保障は、一人ひとりの人間の生存、生活、尊厳に焦点を当てます。国家安全保障が「国をどう守るか」という問いから出発するのに対し、人間の安全保障は「人々が実際に安全に、そして尊厳を持って生きられているか」という問いから出発します。
ただし、ここで両者を対立するものとして理解してはいけません。たとえば、紛争や侵略が起きれば、人々の生命や生活は直ちに脅かされます。その意味で、国家安全保障は人間の安全保障の前提になることがあります。一方で、貧困、感染症、気候災害、社会的排除などが放置されれば、社会の不安定化を招き、やがて国家の安全保障にも影響を及ぼします。その意味で、人間の安全保障は国家安全保障の土台を強くする役割を持っています。
なお、ここでは人間の安全保障の特徴を際立たせるために対比表としましたが、この2つは対立するものでも、相互排他的なものでもありません。むしろ、人間の安全保障は、伝統的な国家安全保障を補い、安全保障の概念をより広く、より深く捉えるための考え方です。人々が恐怖から自由であり、欠乏から自由であり、尊厳を持って生きられる社会をつくることは、持続可能な社会の基盤そのものです。安全保障を軍事や国境の問題だけに閉じ込めず、暮らし、健康、教育、環境、地域社会、参加の機会まで含めて考えること。そこに、人間の安全保障という概念が私たちに与えてくれる新しい視点があります。
