【要約文】
市民社会組織とは、政府や営利企業とは異なる立場から、市民が自発的に組織し、社会的・公共的な課題に取り組む主体である。代表的なものにNPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)があるが、CSO(市民社会組織)はそれらを含むより広い概念であり、労働組合、協同組合、当事者団体、地域団体なども含まれ得る。NPOやNGOに共通する特徴は、非政府性、非営利性、自発性、組織性、そして広い意味での公共性である。非営利とは、収益を得てはならないという意味ではなく、得られた剰余金を構成員に分配せず、活動目的のために用いるという意味である。また、単発のボランティア活動とは異なり、市民社会組織には継続的な目的、運営体制、意思決定の仕組みが必要となる。NGOは国連との関係の中で広く用いられるようになり、国際協力、人道支援、人権、平和構築、環境保護などの分野で使われることが多い。一方、NPOは日本では国内の福祉、まちづくり、環境、子育て支援などに取り組む民間非営利組織を指す場合が多い。ただし、日本にはNGO法人という独立した法人制度はなく、国際協力NGOでもNPO法人などの法人格を取ることがある。CSOという言葉は、単に政府でも企業でもないという否定的な説明ではなく、市民が社会の担い手として公共的課題に関わる主体であることを積極的に示す表現である。持続可能な社会の実現には、政府や企業だけでなく、市民社会組織が問題を発見し、当事者の声を届け、政策を提言し、地域のつながりを作り直す役割が欠かせない。
ーーーー講義録始めーーーー
市民社会組織とは何か——NPO・NGO・CSOの定義と特性
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今回からは、持続可能な社会の実現に向けて、さまざまな主体がどのような役割を果たしているのかを考えていきたいと思います。これまで私たちは、政府、企業、国際機関、地域社会、そして一人ひとりの生活者という視点から、持続可能性の問題を見てきました。今回取り上げるのは、その中でもとくに「市民社会組織」と呼ばれる主体です。環境問題、貧困、災害支援、人権、福祉、教育、国際協力、地域づくりなど、現代社会の多くの課題は、政府だけでも、企業だけでも十分には解決できません。そこに、市民が自発的に集まり、問題を見つけ、声を上げ、実際に活動を担っていく組織の重要性があります。
市民社会組織は、英語ではCSO、すなわちCivil Society Organizationと呼ばれます。この講義では、とくにNPO(Non-Profit Organization:非営利組織)やNGO(Non-Governmental Organization:非政府組織)を中心に、市民社会組織の意味を考えていきます。ただし、厳密に言えば、CSOはNPOやNGOだけに限られる言葉ではありません。国際的には、労働組合、協同組合、宗教団体、社会運動団体、当事者団体、地域団体、場合によっては業界団体なども、市民社会を構成する組織として広く扱われることがあります。したがって、CSOはNPOやNGOと完全に同じ意味だと言い切るよりも、NPOやNGOを含む、より広い概念だと理解しておくほうが正確です。【根拠1】
では、NPOやNGOに共通する性格は何でしょうか。大きく言えば、それらは政府そのものではなく、営利企業そのものでもなく、市民が自発的に組織し、社会的・公共的な課題に取り組む組織です。ここで重要になるのは、非政府性、非営利性、自発性、組織性、そして広い意味での公共性です。非政府性とは、政府機関そのものではないということです。もちろん、政府から補助金や委託を受ける場合はありますが、それでも組織としての意思決定や活動の目的が、政府の一部としてではなく、市民社会の側から形成される点が重要です。非営利性とは、利益を上げてはいけないという意味ではありません。事業収入を得ることも、サービスの対価を受け取ることも、職員に給与を支払うこともあります。大切なのは、得られた剰余金を出資者や構成員に配当のように分配するのではなく、組織の目的や活動の継続のために使うという点です。【根拠2】
したがって、例えば一度だけ集まって行う単発のボランティア活動は、それ自体としては大切な市民参加ではありますが、通常は市民社会組織とは呼びません。市民社会組織というためには、一定の目的、意思決定の仕組み、継続的な活動、そして活動を支えるメンバーや運営体制が必要になります。もちろん、最初は小さな任意団体として始まる場合もあります。法人格を持っていないからといって、ただちに市民社会組織ではないというわけではありません。しかし、単なる一回限りの善意ではなく、社会課題に継続的に向き合うための組織的な形を持っていることが重要です。
また、活動目的についても、単に構成員だけの利益を追求するのではなく、社会的な意味や公共的な意義を持っていることが求められます。日本の特定非営利活動法人、いわゆるNPO法人の場合には、法律上、「特定非営利活動」は20種類の分野に該当し、不特定かつ多数のものの利益に寄与することを目的とする活動とされています。つまり、日本のNPO法人制度では、福祉、教育、まちづくり、環境、災害救援、人権、国際協力など、社会に開かれた公益的な活動であることが重視されているのです。ただし、CSOという広い言葉で見れば、当事者団体や相互扶助組織のように、特定の人々の困難や権利を出発点にしながら、結果として社会全体の包摂や公正に関わっていく組織も含まれます。ですから、ここでは「公益性」という言葉を、狭い意味での慈善活動だけではなく、社会の課題を公共的に扱う性格として理解しておきたいと思います。【根拠3】
次に、NGOという言葉について見てみましょう。NGOはNon-Governmental Organization、つまり非政府組織のことです。この言葉は国連との関係で広く知られるようになりました。国連憲章第71条は、経済社会理事会が、その権限内の事項に関係する非政府組織と協議のための適切な取決めを行うことができると定めています。つまり、NGOという言葉は、政府代表だけで国際問題を扱うのではなく、政府ではない組織の知識、経験、声を国際的な議論に取り入れていく文脈で重要になったのです。ただし、「政府代表以外のすべて」をそのままNGOと呼ぶというよりも、国連との協議や協力の文脈では、国際、地域、国内の非営利で公共的・自発的な組織がNGOとして位置づけられてきた、と理解するほうが正確です。【根拠4】
NGOという言葉は、国際協力、開発援助、人道支援、人権、平和構築、環境保護などの分野でよく使われます。例えば、紛争地や災害地で支援活動を行う団体、途上国の教育・保健・農村開発に関わる団体、国際会議で政策提言を行う団体などは、しばしばNGOと呼ばれます。ここで大切なのは、NGOが政府から完全に切り離されているという意味ではないことです。NGOの中には、政府機関や国際機関から資金提供を受ける団体もあります。しかし、組織の性格としては政府機関そのものではなく、市民社会の立場から課題に取り組む点に特徴があります。
一方、NPOはNon-Profit Organization、つまり非営利組織のことです。NPOという言葉は、特に米国の非営利セクターを語る際によく用いられてきました。米国では、慈善団体、宗教団体、教育機関、財団、地域団体、社会福祉団体など、多様な非営利組織が発達してきました。米国の税制上よく知られている501(c)(3)組織については、宗教、慈善、科学、教育などの一定の免税目的のために組織・運営され、組織の利益が私人に帰属してはならないとされています。ここから分かるように、NPOの中心にあるのは、収益を得るかどうかではなく、利益を私的に分配せず、社会的目的のために活動するという点です。【根拠5】
もとの講義録では、米国を「欧州における政府の束縛から脱した人々が建国した自由の国」と説明していました。この表現は、米国社会における市民の自発性や小さな政府の理念を印象的に伝えるものではあります。しかし、制度の説明としては少し単純化が強すぎます。米国の非営利セクターは、宗教的伝統、地域自治、寄付文化、財団制度、税制、大学や病院の発展、市民運動など、複数の歴史的要因によって形成されてきました。したがって、ここでは「政府にすべてを委ねるのではなく、市民や民間の団体が社会課題の解決に関わる文化と制度が発達してきた」と表現しておくのが適切です。
では、NPOとNGOという用語は、どのように使い分けられているのでしょうか。国際的な場面、とくに国連、国際会議、国際協力、開発援助、人権、環境などの分野では、NGOという呼称が広く使われてきました。一方、日本国内では、地域福祉、まちづくり、子育て支援、環境保全、文化活動、災害支援など、国内の社会課題に取り組む民間非営利組織を、包括的にNPOと呼ぶことが多くあります。さらに、日本では、国際協力に取り組む団体をNGO、国内の問題に取り組む団体をNPOと呼び分ける慣用的な使い方もあります。外務省関連資料でも、日本では国内の貧困や高齢化などに取り組む非営利組織をNPO、海外で緊急人道支援、開発、人権、平和構築などに取り組む非営利組織をNGOと呼ぶことが多いと説明されています。【根拠6】
ただし、この使い分けは絶対的なものではありません。日本には「NGO法人」という独立した登録制度があるわけではないため、国際協力NGOであっても、法人格としては特定非営利活動法人、一般社団法人、公益社団法人、公益財団法人などの形を取ることがあります。つまり、NGOは主に活動分野や自己認識を示す言葉であり、NPO法人は日本の法律上の法人格を示す言葉として使われる場合があります。ここを混同しないことが大切です。【根拠7】
また、NPO・NGOと近い意味で使われる言葉として、CSO、すなわちCivil Society Organizationがあります。日本語では「市民社会組織」と訳されます。CSOという言葉の特徴は、NPOやNGOが「非営利」「非政府」というように、政府や営利企業ではないという否定形で組織を説明しているのに対して、市民社会という積極的な位置づけを前面に出している点です。つまり、CSOという言葉は、単に「政府ではない」「営利企業ではない」というだけではなく、市民が社会の担い手として組織され、公共的な課題に関わる主体であることを強調する表現なのです。
ここで言う市民社会については、その解釈や意義をめぐって、歴史的にさまざまな議論がなされてきました。国家権力から自立した自由な討議の空間として捉える考え方もあれば、市場とも国家とも異なる第三の領域として捉える考え方もあります。また、社会運動や住民自治、協同組合、労働運動、宗教活動、当事者団体、ボランティア活動などを含めて考える立場もあります。この講義では、少し長くなりますが、市民社会を次のように捉えておきたいと思います。すなわち、グローバル化が進む中で、人間の尊厳、平等、自由、公正、包摂といった根源的・普遍的な価値を共有しつつ、持続可能な社会の実現を目指して、市民が自発的な連帯のもとに、政府、企業、国際機関、地域社会などの主体と関わりながら行動する、そのような市民と組織によって形成される自律的な公共空間です。
このように考えると、市民社会組織は、単に行政サービスの不足を補う存在ではありません。もちろん、福祉、教育、環境、災害支援などの現場で、政府の手が届きにくい部分を支える役割は大きいです。しかし、それだけではありません。市民社会組織は、社会の中にまだ十分に見えていない問題を可視化し、当事者の声を社会に届け、政策を提言し、企業活動を監視し、地域のつながりを作り直し、新しい価値や実践を試みる存在でもあります。持続可能な社会を考えるうえで、この役割は非常に重要です。
SDGs、すなわちSustainable Development Goalsは、政府だけで達成できるものではありません。貧困、教育、ジェンダー平等、気候変動、平和、地域の包摂といった課題は、制度だけでなく、人々の暮らし、価値観、地域の関係性、企業活動、市民参加と深く結びついています。その意味で、NPO、NGO、CSOは、持続可能な社会を実現するための「担い手」であると同時に、社会の問題を発見し、問い直し、変えていく「媒介者」でもあります。市民社会組織を見ることは、社会を政府と企業だけで捉えないということです。そして、私たち自身が、社会を受け取るだけの存在ではなく、社会を作り変えていく主体でもあるということを考える入り口になるのです。
【根拠1】CSOはNPO・NGOに限られず、市民社会組織、労働組合、業界団体などを含めて扱われることがあり、OECD文書でも「非市場・非国家の組織」と広く定義されています。
【根拠2】内閣府NPOホームページは、「営利を目的とした事業」とは剰余金を構成員に分配・還元する活動を指し、収益を目的とする事業そのものではないと説明しています。
【根拠3】日本のNPO法人制度では、特定非営利活動は20分野に該当し、「不特定かつ多数のものの利益に寄与すること」を目的とするものとされています。
【根拠4】国連憲章第71条は、ECOSOCがNGOと協議のための取決めを行えると定めており、国連ECOSOCの説明では国際・地域・国内のNGO、非営利の公共的・自発的組織が協議資格の対象になり得るとされています。
【根拠5】米国IRSは、501(c)(3)組織について、免税目的のために組織・運営され、収益が私人に帰属してはならないと説明しています。
【根拠6】外務省関連資料は、日本では国内課題に取り組む非営利組織をNPO、海外で緊急人道支援、開発、人権、平和構築などに取り組む非営利組織をNGOと呼ぶことが多いと説明しています。
【根拠7】JANICは、日本にはNGOの登録制度がないため、国際協力NGOでも法人格としてNPO法人を取得して活動する団体が多いと説明しています。
