【要約】
国連消費者保護ガイドラインは、1985年に国連総会で採択された消費者保護の重要な国際文書です。当初は、危険な商品や不当な取引から消費者を守り、各国が消費者保護法制や救済制度を整えるための指針として出発しました。1999年には「持続可能な消費形態の促進」が追加され、消費者政策は環境や社会課題にも関わるものへと広がりました。2015年改訂では、電子商取引、プライバシー、金融サービス、紛争解決・救済、国際協力などが強化されました。持続可能な消費は、現在と将来の世代のニーズを、経済的・社会的・環境的に持続可能な方法で満たすことを意味します。その実現には政府だけでなく、事業者、消費者、労働団体、消費者団体、環境団体など社会全体の協力が必要です。消費者は保護される存在であると同時に、情報を得て判断し、選択を通じて社会を変える主体でもあります。
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国連消費者保護ガイドラインの変遷――「保護」から「持続可能な消費」へ
■ 1985年の採択と国際文書としての意義
1985年、国連は消費者保護に関する国際的なガイドラインを定めました。この「国連消費者保護ガイドライン(United Nations Guidelines for Consumer Protection)」は、1985年4月16日の国連総会決議39/248によって、コンセンサスにより採択された消費者保護に関する重要な国際文書です。このガイドラインは、各国が消費者保護政策、消費者保護法制、執行機関、救済制度などを整備する際の基本的な考え方を示すものとして位置付けられています。もともとは、消費者が安全な商品・サービスにアクセスし、必要な情報を得て、被害を受けた場合には救済を受けられるようにするなど、消費者の利益を保護するための政策指針として出発しました。しかし、その後の市場、技術、国際取引、環境問題の変化を受けて、段階的に拡充されてきました。
■ 1999年・2015年の拡充
1999年の拡充では、「持続可能な消費形態の促進(Promotion of sustainable consumption patterns)」に関する項目が追加されました。これは、国連消費者保護ガイドラインの歴史の中でも非常に重要な転換点です。消費者保護というと、以前は「危険な商品から消費者を守る」「不当な表示や取引から消費者を守る」「被害を受けた消費者を救済する」といった、いわば保護の視点が中心でした。しかし1999年以降は、消費者の選択や市場のあり方そのものが、環境や社会にどのような影響を与えるのかという視点が明確に加わりました。
さらに2015年には、国連総会決議70/186により改訂版のガイドラインが採択されました。この2015年改訂では、電子商取引、消費者プライバシー、金融サービス、良好な商慣行、紛争解決・救済、国際協力など、現代の消費者問題に対応するための内容が強化されました。特に電子商取引については、インターネット上で商品やサービスを購入する消費者にも、他の取引形態に劣らない水準の保護が与えられるべきだという考え方が示されています。また、プライバシー保護についても、個人情報やデータの流通がグローバル化する時代に対応した重要な論点として位置付けられています。
この持続可能な消費形態の促進に関する条項では、持続可能な消費とは、「物品及びサービスに対する現在及び将来の世代のニーズを、経済的・社会的及び環境的に持続可能な方法で満たすこと」を含むとされています。ここで大事なのは、持続可能な消費が単に「環境にやさしい買い物」を意味しているわけではない、という点です。もちろん、省エネルギー、資源効率、リサイクル、廃棄物削減などは重要です。しかし同時に、貧困の撲滅、社会のすべての構成員の基本的ニーズの充足、国内及び国家間の不平等の削減といった社会的側面も、持続可能な消費を考える上で欠かせない要素とされています。
■ 責任主体の拡大
また重要な点として、責任主体に関する考え方も広がっています。国連消費者保護ガイドラインは、基本的には加盟国が消費者保護政策を整備する際の指針です。したがって、各国政府が法制度、監督機関、相談・救済制度、教育・情報提供の仕組みを整えることは、今でも中心的な課題です。しかし、持続可能な消費については、政府だけが責任を負うのではありません。ガイドラインは、持続可能な消費に対する責任は「社会のすべての構成員及び組織によって共有される」とし、その中でも、十分な情報を得た消費者、加盟国、事業者、労働団体、消費者団体、環境団体が特に重要な役割を果たすとしています。
ここから分かるのは、持続可能な消費は、行政だけで実現するものでも、消費者の心がけだけで実現するものでもない、ということです。政府は制度をつくり、事業者は商品やサービスの設計・生産・流通のあり方を見直し、消費者団体や環境団体は情報提供や社会的議論を促し、消費者は自分の選択が生産者や市場に影響を与えることを自覚して行動する必要があります。つまり、持続可能な消費は、複数の主体がそれぞれの立場から責任を分担し、協力して進める課題なのです。
また、消費者が十分に情報を得た上で消費行動を行えるようにすること、つまり権利と責任を自覚した判断力のある消費者として行動できるようにすることも、重要な課題です。そのためには、教育と情報提供が欠かせません。表示や広告を読み解く力、価格だけでなく品質・安全性・環境影響・社会的影響を考える力、契約やデジタル取引のリスクを理解する力、被害に遭ったときに相談し救済を求める力が必要になります。持続可能な社会における消費者教育は、単なる節約術や買い物の知識ではなく、社会の中で自立して判断し、必要なときには声を上げるための基礎教育でもあるのです。
■ グローバルな視点の進化
以上、グローバルな議論の変遷を追ってみると、国連消費者保護ガイドラインは、単に消費者を「保護される対象」として扱う文書にとどまっていないことが分かります。出発点には、危険な商品、不当な取引、情報不足、交渉力の弱さなどから消費者を守るという、消費者保護の基本的な発想がありました。その重要性は今も変わりません。しかしその後、持続可能な消費、電子商取引、プライバシー、金融サービス、国際協力といった課題が加わることで、消費者政策の視野は大きく広がりました。
その中で、消費者像も変化しています。消費者は、ただ守られるだけの存在ではありません。十分な情報を得て、学び、選び、問い、必要な場合には異議を申し立て、社会や環境に配慮した行動をとる主体でもあります。つまり、もともとの「保護の対象としての消費者とその権利の実現」という視点に加えて、自らの行動の社会的影響を考えた「責任ある自立した主体としての消費者像」へと、議論は広がってきたのです。
そして現在では、消費行動を通じて社会課題の解決に参加し、政府、事業者、消費者団体、環境団体、労働団体など他の主体と協力しながら持続可能な社会を実現するという「消費者の社会的役割」の視点が、欠かせない要素となっています。これは、持続可能な社会と生活を考える上で非常に重要です。私たちの日々の選択は小さなものに見えますが、その選択が積み重なることで、市場の方向、企業の行動、政策の優先順位、そして社会の価値観に影響を与えていきます。国連消費者保護ガイドラインの変遷は、消費者政策が「守る政策」から「ともに社会をつくる政策」へと広がってきたことを示しているのです。
