【要約】
日本の消費者政策は、1968年の消費者保護基本法に見られる「弱い消費者を保護する政策」から、2004年の消費者基本法による「消費者の権利の尊重」と「消費者の自立支援」へと転換しました。さらに2012年の消費者教育推進法では、消費者が自らの行動の社会的・環境的影響を自覚し、公正で持続可能な社会の形成に参画する「消費者市民社会」が定義されました。その後、消費者庁は倫理的消費、すなわちエシカル消費を、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動として注目しました。フェアトレード、食品ロス削減、地産地消、被災地支援、障害者就労支援、エコラベル商品の選択などは、その具体例です。ただし、持続可能な消費は消費者だけの責任ではありません。企業の持続可能な生産、行政の制度整備、教育や情報提供と一体で進める必要があります。SDGs目標12が示すように、持続可能な社会には「つくる責任」と「つかう責任」の両方が欠かせません。
ーーーー講義録始めーーーー
日本における消費者政策の変遷とエシカル消費――消費者保護から消費者市民社会へ
■ 消費者保護基本法から消費者基本法へ
こうしたグローバルな流れは、日本国内の消費者政策にも反映されています。1968年に制定された消費者保護基本法では、弱い立場に置かれやすい消費者を事業者との関係で保護することが、日本の消費者政策の基本姿勢でした。もちろん、この「保護」の視点は今でも重要です。商品事故、不当表示、悪質商法、契約トラブル、デジタル取引上の被害などを考えると、消費者を守る制度は欠かせません。しかし、社会や市場の変化に伴い、消費者をただ保護される存在としてだけ捉えるのではなく、十分な情報と教育を得て、自ら判断し、必要なときには声を上げる主体として位置付ける必要が強くなっていきました。
その流れの中で、2004年に消費者保護基本法は改正され、名称も「消費者基本法」となりました。名称から「保護」という言葉が消えたことは、単なる言い換えではありません。消費者基本法は、「消費者の権利の尊重」と「消費者の自立支援」を基本理念とする法律として位置付けられました。つまり、消費者政策は、消費者を被害から守るだけでなく、消費者が自立した主体として安全で安心な消費生活を営むことができるよう支援するものへと、大きく転換したのです。その後、2009年には消費者庁が創設され、消費者行政を一元的に推進する体制が整えられていきました。そこでも、「消費者・生活者が主役となる社会」を実現するという理念が重視されました。
■ 消費者教育推進法と「消費者市民社会」
さらに2012年には、議員立法により「消費者教育の推進に関する法律」、いわゆる消費者教育推進法が成立しました。この法律は、消費者教育を単に「トラブルに遭わないための知識を身に付ける教育」としてではなく、社会の形成に参加する消費者を育てる教育として位置付けた点に、大きな特徴があります。
この法律で重要なのが、「消費者市民社会」という理念です。「消費者市民社会」という考え方は、欧州などで発展してきたconsumer citizenshipの議論とも関係しながら、日本でも2000年代後半から政策文書の中で使われるようになりました。2008年6月の消費者行政推進基本計画や、同年12月に公表された平成20年版『国民生活白書』では、「消費者市民社会」という用語が登場し、消費者・生活者の行動が市場や企業、社会に与える影響が論じられました。その後、2012年の消費者教育推進法において、消費者市民社会は法律上の概念として定義されることになりました。
同法第2条第2項では、消費者市民社会について、消費者が、個々の消費者の特性や消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が、現在及び将来の世代にわたって、国内外の社会経済情勢や地球環境に影響を及ぼし得ることを自覚し、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会である、と定義しています。少し長い定義ですが、要するに、消費者は自分の利益だけを考えて買い物をする存在ではなく、自分の選択が社会、経済、環境、そして将来世代に影響を与えることを理解しながら行動する存在だ、ということです。
また第2条第1項では、消費者教育について、消費者の自立を支援するために行われる教育であり、消費生活に関する知識を修得し、適切な行動に結び付ける実践的な能力を育む教育を含むとしています。さらに、消費者が消費者市民社会を構成する一員として、主体的に消費者市民社会の形成に参画し、その発展に寄与できるよう、その育成を積極的に支援する教育も含まれます。つまり、消費者教育の概念は、これまでの「被害に遭わないための教育」や「自立した消費者になるための教育」からさらに広がり、消費者市民社会を構成する一員として、よりよい社会づくりに参画する市民としての消費者を育てる教育へと拡張されたのです。
■ 倫理的消費(エシカル消費)の広がり
その後、消費者庁では、持続可能な消費を促進する動きの一つとして、倫理的消費に注目するようになりました。消費者庁の「倫理的消費」調査研究会は、その普及に向けた議論を進め、2017年に「あなたの消費が世界の未来を変える」という副題を持つ取りまとめを公表しました。この副題は、まさに消費者市民としての消費者の意識と行動に焦点を当てたものです。そこでは、倫理的消費は、日々の消費という身近な行動を通じて社会的課題の解決に貢献するものとして位置付けられています。また、商品やサービスを選ぶ際に、従来の安全・安心、品質、価格に加えて、倫理的消費という「第四の尺度」を加えるという考え方も示されています。
例えば、倫理的消費の一つの形態として、フェアトレードがあります。フェアトレードとは、開発途上国の原料や製品を、生産者や労働者に対して公正な収入、賃金、労働条件が確保されるような形で継続的に購入し、立場の弱い人々の生活改善と自立を支える貿易の仕組みです。フェアトレードは単なる「少し高い商品を買うこと」ではありません。その背景には、農産物や衣料品などの国際的な生産・流通の中で、誰がどのような条件で働いているのか、価格の安さが誰かの低賃金や不安定な生活に支えられていないか、という問いがあります。消費者庁の取りまとめでも、倫理的消費を広げるためには、国民の間での幅広い議論や、学校教育を含む消費者教育を通じた意識の向上が重要であることが示されています。
国内でも、若い世代を中心に「エシカル消費」という言葉が知られるようになり、エシカルファッション、食品ロス削減、フェアトレード商品の購入、被災地支援、障害者就労支援、地産地消、環境配慮型商品の選択など、さまざまな消費行動やライフスタイルの見直しにつながっています。ただし、エシカル消費という言葉は、時に「環境にやさしい商品を買うこと」や「フェアトレード商品を選ぶこと」といった狭い意味で受け止められがちです。しかし、消費者庁は倫理的消費を、地域の活性化や雇用なども含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動として広く説明しています。つまり、エシカル消費には、国内外を問わず、環境面、社会面、経済面でのさまざまな配慮が含まれるのです。
■ エシカル消費の具体例
エシカル消費の問題意識としては、次のようなものが挙げられます。フードマイレージを意識して地産地消を心がけること。被災地の商品を購入して復興を応援すること。障害者の就労を支援する商品やサービスを選ぶこと。ダイバーシティを理解し、社会的に不利な立場に置かれやすい人々を支える消費を考えること。気候変動や生態系への影響を考えること。海外の貧困、児童労働、強制労働、低賃金、劣悪な労働条件といった社会的課題に目を向けること。これらはいずれも、日常の買い物が社会とつながっているという感覚を持つことから始まります。
具体的な行動としても、できることはたくさんあります。マイバッグやマイボトルを持参すること。食品ロスを減らすこと。必要以上に買いすぎないこと。長く使える商品を選ぶこと。修理しながら使うこと。フェアトレード認証やエコラベルの付いた商品を選ぶこと。売上の一部が寄付につながる商品や、障害者支援、被災地支援、地域活性化につながる商品を選ぶこと。省エネ性能に優れた製品に買い替えること。再生可能エネルギー由来の電力を選ぶこと。プラスチックごみを減らすこと。地域の農産物や伝統産業の商品を選ぶこと。こうした行動は一つ一つを見ると小さいものですが、社会全体で積み重なれば、企業の商品開発や流通、自治体の政策、地域経済のあり方にも影響を与えていきます。
ただし、ここで注意すべきなのは、エシカル消費を消費者だけの責任にしてはいけないということです。消費者がいくら意識を高めても、選択肢が市場に存在しなければ、持続可能な消費は広がりません。正確な情報表示がなければ、消費者は適切に選ぶことができません。価格があまりにも高ければ、多くの人にとって継続的な選択は難しくなります。したがって、企業には持続可能な生産、調達、流通、販売の仕組みを整える責任があります。行政には、制度づくり、監視、情報提供、教育、相談・救済の仕組みを整える責任があります。学校や地域には、消費者が社会とのつながりを学ぶ機会をつくる役割があります。
SDGsの目標12も、「持続可能な消費と生産のパターンを確保する」ことを掲げています。ここで重要なのは、消費と生産は切り離せないということです。私たちが何を選ぶかは、企業が何を作るかに影響します。同時に、企業が何をどのように作り、どのような情報を示し、どのような価格で提供するかは、消費者の選択に大きく影響します。だからこそ、持続可能な社会を実現するためには、消費者の意識改革だけでなく、企業の生産・販売のあり方、行政の制度設計、教育の充実、地域社会の支え合いを含めて考える必要があります。日本の消費者政策は、消費者を保護する政策から、消費者の自立を支援する政策へ、さらに消費者が社会づくりに参加する消費者市民社会の政策へと広がってきました。エシカル消費は、その広がりを日常生活の中で実践するための一つの入口なのです。
