【要約】
ナイキの事例は、製品の環境負荷を下げるにはデザイン段階の意思決定が重要であることを示している。素材選択や工程設計は、製造時のエネルギー、廃棄物、リサイクル可能性に大きく影響する。ナイキはMSIやMakingアプリを通じて素材の環境影響を可視化し、Flyknitでは従来的な製法より廃棄物を約60%削減した。一方、消費者が持続可能な商品を選ぶには情報が必要であり、FSC、MSC、国際フェアトレード認証などのラベルが手がかりとなる。企業評価や商品情報を提供する「企業のエシカル通信簿」「ぐりちょ」「Ethical Consumer」も、買い物を社会的意思表示に変える支援となる。さらにDoconomyのDO Blackのようなカーボン管理カードは、消費によるCO₂排出を可視化する。持続可能な消費には、企業の設計努力と、消費者が信頼できる情報に基づいて選べる仕組みの両方が欠かせない。
ーーーー講義録始めーーーー
企業の取り組み事例② ナイキと認証ラベル・情報ツール――デザインフェーズの重要性と消費者への情報提供
■ ナイキのケース:デザインフェーズが最も重要
ライフサイクル全体を俯瞰した上で、どの段階に最も大きな環境負荷があり、どこに働きかければ効果が大きいのかを考えることは、持続可能な消費と生産を進める上で非常に重要です。もう一つの企業事例として、ナイキ(Nike)を取り上げてみましょう。ナイキは、スポーツシューズ、アパレル、スポーツ用品などを世界中で展開する企業であり、製品のデザイン、素材選択、製造、販売、使用後の回収・リサイクルに至るまで、ライフサイクル全体を視野に入れたサステナビリティの取り組みを進めてきました。
ナイキの事例で特に重要なのは、製品の環境負荷を大きく左右する意思決定が、かなり早い段階、つまりデザインフェーズで行われるという点です。製品ができあがってから環境対策を考えるのでは遅い場合があります。どの素材を使うのか、どのくらいの部品点数にするのか、どのような加工工程を必要とするのか、修理やリサイクルがしやすい構造にするのか。こうした設計段階の判断が、製造時のエネルギー使用、廃棄物の量、輸送効率、耐久性、使用後の回収可能性に大きく影響します。
例えば、シューズに天然皮革を使うのか、合成繊維を使うのか、再生素材を使うのか、あるいは複数素材を複雑に貼り合わせるのかによって、環境負荷は変わってきます。素材にはそれぞれ、水使用、化学物質、エネルギー使用、温室効果ガス排出、廃棄物、リサイクル可能性などの違いがあります。そこでナイキは、素材の選択を感覚や経験だけに頼るのではなく、より科学的・定量的に判断するために、Materials Sustainability Index(MSI)などの仕組みを整えてきました。さらに、デザイナーが素材の環境影響を比較しやすいように、Makingというアプリも公開しました。このアプリは、水使用、化学物質、エネルギー、廃棄物などの観点から素材の環境負荷を示し、デザイン段階でより持続可能な選択を促すものです。
ここで注意しておきたいのは、この種のツールは、素材選択を完全に自動化するものではないということです。どの素材が最もよいかは、製品の用途、耐久性、性能、安全性、価格、供給可能性、消費者の使い方によっても変わります。しかし、少なくともデザイン段階で環境負荷の情報が見えるようになることで、従来は後回しにされがちだったサステナビリティの視点を、製品開発の初期段階に組み込むことができます。これは、企業のサステナビリティ戦略にとって非常に大きな意味を持ちます。
こうした取り組みは、素材選択だけでなく、工程の見直しにも及びました。代表的な例が、Flyknit(フライニット)です。Flyknitは、シューズのアッパー、つまり甲部分を、糸状の繊維を編み込むようにして作る技術です。従来のように複数のパーツを裁断して縫い合わせる方法では、どうしても端材が出ます。しかし、必要な部分に必要な量の素材を配置するニット構造にすれば、余分な素材を減らすことができます。公開資料では、Flyknitは従来的な製法と比べて廃棄物を約60%削減すると説明されており、2012年以降、約350万ポンドの廃棄物削減にもつながったとされています。
ナイキは、こうした努力をサステナビリティ関連の情報発信や製品紹介の中で伝え、サステナビリティを単なるコストや制約としてではなく、イノベーションの推進力として位置付けてきました。これは、消費者への情報提供という点でも重要です。消費者は、製品の性能やデザインだけでなく、その製品がどのような素材で、どのような考え方のもとに作られているのかを知ることで、企業や商品に対する理解を深めることができます。もちろん、企業の情報発信は常に批判的に見る必要があります。サステナビリティを訴える広告が、実際の取り組みやデータに支えられているのか、製品全体のライフサイクルをどこまで見ているのかを確認する姿勢も大切です。しかし、デザイン段階の意思決定を可視化し、素材や工程の改善を消費者に伝えることは、持続可能な消費を広げる上で重要な一歩です。
■ 認証ラベル:消費者の選択を支える情報
次に、消費者向けの情報やツールについてお話しします。消費者が持続可能な消費行動を行うには、選択に必要な情報が提供されている必要があります。いくら「環境に配慮した商品を選びましょう」「人権に配慮した商品を買いましょう」と言われても、店頭やウェブサイトで何を手がかりに選べばよいのか分からなければ、行動にはつながりません。その観点から、消費者にとって分かりやすい情報提供の仕組みが重要になります。
消費者の買い物の際に役立つ情報の一つが、認証ラベルです。認証ラベルとは、商品そのもの、または商品の生産・流通過程が、環境、人権、労働、動物福祉、地域社会などに関する一定の基準を満たしているかどうかを、第三者機関や専門機関が確認し、その結果を商品に表示するラベルやマークのことです。もちろん、認証ラベルがあればすべて安心というわけではありません。認証の対象範囲、審査の厳しさ、監査の頻度、情報公開の程度には違いがあります。しかし、消費者が複雑なサプライチェーンを一つ一つ調べることは難しいため、認証ラベルは選択を支える重要な手がかりになります。
商品によって、さまざまな認証ラベルが開発され、運用されています。例えば、木材や紙に関するFSC認証は、責任ある森林管理に由来する製品であることを示す国際的な認証です。MSC、いわゆる「海のエコラベル」は、認証された持続可能な漁業に由来する天然水産物であることを示します。また、コーヒー、チョコレート、バナナ、紅茶、コットンなどで見られる国際フェアトレード認証は、開発途上国の生産者や労働者がより公正な条件で取引できるようにするための仕組みです。
例えば、国際フェアトレード認証の基準は、経済・社会・環境の三要素を含んでいます。不均衡な国際貿易の問題点を背景に、開発途上国の小規模生産者や労働者を支え、より公平な貿易を目指して発展してきた仕組みですが、現在では、単に価格を少し高くするという話にとどまりません。生産者の生活を支える価格、地域の発展に使われるプレミアム、労働条件、人権、環境保全などを含む、幅広い基準として運用されています。

このうち環境面は、農薬使用の制限や自然環境への配慮など、消費者自身の健康や安全への関心とも結び付きやすい項目です。一方で、児童労働・強制労働の禁止、結社の自由、団体交渉権の尊重といった社会面や、フェアトレード最低価格、フェアトレードプレミアムといった経済面は、消費者の日常生活からは見えにくい部分です。チョコレートやコーヒーを買うとき、その背景にある農園の労働条件や国際価格の変動まで想像することは、簡単ではありません。だからこそ、認証ラベルには、見えにくい人権・労働・社会的公正・地域発展の問題を、消費者の選択の場に引き寄せる意義があります。
■ 情報誌・ウェブサービスによる情報提供
次に、情報誌やウェブサービスによる企業情報・商品情報の提供について見ていきましょう。1989年に米国で発行された “Shopping for a Better World” という消費者向けガイドがあります。これは、Council on Economic Prioritiesが作成したもので、企業の社会的責任に関する取り組みを独自基準で評価し、消費者が社会的責任のある買い物をするためのガイドとして活用されました。企業の環境対応、寄付、地域社会への貢献、女性や社会的少数者の雇用、労働環境、情報公開、軍需産業への関与、動物実験など、さまざまな項目で企業を評価していた点に特徴があります。
消費者向けの企業情報・商品情報の提供には、いくつかの方向性があります。一つは、問題のある企業や商品を批判し、不買や改善要求につなげるキャンペーン型の情報提供です。もう一つは、望ましい取り組みを行っている企業や商品を紹介し、購入を通じて応援する情報提供です。現実には、この二つは対立するものではありません。問題を可視化することと、よりよい選択肢を示すことの両方があって初めて、消費者は自分の購買行動を社会的な意思表示として使いやすくなります。
この日本版を作ろうと考えたのが、日本のNPOである環境市民をはじめとする市民団体の取り組みです。環境市民などは、さまざまな分野のNPO・NGOに呼びかけ、「消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク」、略称SSRCを形成しました。このネットワークは、「買い物は投票である」という考え方のもと、消費者の積極的な行動を促す情報を提供しています。その代表的な取り組みの一つが「企業のエシカル通信簿」です。どの企業が持続可能な消費に配慮しているかを、環境、人権、社会・社会貢献、アニマルウェルフェア、平和・非暴力などの視点から、市民・NPOの目線で調査・評価し、その結果を公表するとともに、企業との対話の場も設けています。
またSSRCでは、より消費者の具体的な行動に踏み込んだ情報提供も行っています。それが「ぐりちょ Green & Ethical Choices」という情報サイトです。これは、環境・人権・社会・未来を大切にした商品を選ぶための情報サイトとして運営されています。エシカルな商品やグリーンな商品として具体的にどのような商品があるのか、またそれらをどこで購入できるのかといった情報を提供し、消費者が実際の買い物に移しやすいように支援しています。
英国には、1989年に創刊された “Ethical Consumer” という情報誌・ウェブメディアがあります。Ethical Consumerは、企業やブランドを社会・倫理・環境の観点から調査し、消費者がより倫理的な選択をするための情報を提供してきました。現在の公式サイトでは、ファッション、食品、エネルギー、家電、金融、旅行など多様なカテゴリーについて、40,000以上のブランドや商品に関する倫理的評価を提供していると説明されています。この数の多さは、エシカル消費が一部の特別な商品だけに関わるものではなく、私たちのほとんどすべての消費行動に関わる可能性があることを示しています。
■ デジタル技術を活用したツール:カーボン管理クレジットカード
これからの時代は、デジタル技術を活用して消費者の行動をサポートするツールも重要になってきます。その可能性を示す例として、2019年に発表されたユニークなクレジットカードがあります。スウェーデンのフィンテック企業Doconomy、Mastercard、UNFCCC、つまり国連気候変動枠組条約事務局などが関わった “DO Black” です。これは、カード決済に伴う消費のCO₂排出量を可視化し、金額ではなく炭素排出量を基準とした上限を設けることを特徴とするカードとして紹介されました。
このカードの考え方は、非常に示唆的です。私たちは日々、食品、衣料品、交通、家電、サービスなどにお金を使っています。しかし、その消費がどれくらいのCO₂排出につながっているのかを、普段の生活の中で意識することは簡単ではありません。DO Blackは、買い物ごとのCO₂排出量をアプリ上で表示し、消費者が自分の消費行動の気候影響を見えるようにすることを目指しました。さらに、一定の炭素排出量の上限に達すると利用を制限するという、かなり踏み込んだ仕組みも示されました。これは、従来のクレジットカードが「どれだけ使えるか」を金額で管理してきたのに対し、「どれだけ環境負荷を出しているか」を管理しようとする発想です。
また、Doconomyの関連するDOカードの説明では、カード利用に伴うCO₂排出量を表示し、必要に応じて排出削減プロジェクトへの支援やオフセットにつなげる仕組みも紹介されています。講義の観点から重要なのは、このカードが単なる決済手段ではなく、消費者の行動を可視化し、振り返り、変えるための情報ツールとして構想されている点です。「多くの人はカーボンニュートラルを目指す意思を持っているが、その意思に基づいて行動するためのツールが不足している」という問題意識は、持続可能な消費を考える上で非常に重要です。
もちろん、このようなツールには課題もあります。購買データからCO₂排出量を推計するには、商品の種類、製造方法、原材料、輸送距離、使用段階、廃棄段階など多くの情報が必要です。推計が粗ければ、消費者に誤った印象を与える可能性があります。また、個人の購買履歴や行動データを扱う以上、プライバシーやデータ管理の問題も避けられません。さらに、炭素上限のような仕組みは、選択の自由、所得格差、生活上不可欠な消費との関係など、慎重に考えるべき論点を含みます。したがって、デジタル技術を使えばすぐに持続可能な消費が実現するという単純な話ではありません。
それでも、認証ラベル、企業評価、商品情報サイト、カーボン可視化ツールのような情報提供は、消費者が自分の選択の社会的・環境的影響を理解するための重要な支えになります。持続可能な消費を広げるには、消費者に「正しい行動をしてください」と呼びかけるだけでは不十分です。選びやすい情報、比較しやすい基準、信頼できる認証、行動を振り返るためのデータ、そして実際に購入できる選択肢が必要です。ナイキの事例が示すように、企業はデザイン段階から環境負荷を下げる努力をする必要があります。同時に、認証ラベルや情報ツールは、その努力や商品の背景を消費者に伝え、日常の選択を社会づくりにつなげるための橋渡しの役割を果たすのです。
