【要約】
持続可能な消費を進めるには、消費者への呼びかけだけでなく、NGO、企業、政府、公共調達の役割が重要である。ACEはガーナのカカオ生産地で「スマイル・ガーナ プロジェクト」を行い、子どもを児童労働から守り、教育支援や農家の自立支援を進めている。また「しあわせへのチョコレート」プロジェクトでは、日本企業や消費者と連携し、児童労働のないチョコレートが広がる社会を目指している。東京2020大会では、持続可能性に配慮した調達コードが策定され、木材、農産物、畜産物、水産物、紙、パーム油などに個別基準が設けられた。パーム油は多くの商品に使われる一方、熱帯林破壊、泥炭地開発、人権侵害、児童労働、強制労働などの課題を抱える。RSPOなどの認証制度や公共調達基準は改善の手段となるが、認証だけで問題は解決しない。企業の調達改革、NGOの監視と支援、政府の制度設計、消費者の理解と選択が結び付く必要がある。
ーーーー講義録始めーーーー
NGOの役割と公共調達の可能性――チョコレートとパーム油に見るサプライチェーンの課題
■ NGOの果たす役割
情報提供やツールの開発に加えて、さまざまなセクターによる消費者への働きかけも重要になります。持続可能な消費は、消費者が一人で正しい情報を集め、すべての商品の背景を調べ、毎回完全に合理的な判断をすることで実現するものではありません。商品やサービスの背後には、原材料の生産、加工、輸送、販売、廃棄に至るまで、長く複雑なサプライチェーンがあります。消費者がその全体を自力で把握することは、現実には非常に難しいのです。
そこで重要な役割を果たすのが、NGOやNPO、市民団体です。これらの団体は、現地調査、企業への働きかけ、政策提言、認証制度の改善、消費者への情報提供、学校や地域での啓発活動などを通じて、見えにくい問題を社会に見える形にしていきます。特に、フェアトレードの普及、児童労働の撤廃、森林破壊の防止、人権侵害の是正、労働環境の改善といった課題では、国内外のNGOが大きな役割を果たしてきました。
NGOの役割は、単に「悪い企業を批判すること」だけではありません。もちろん、問題を告発し、企業や政府に改善を求める監視機能は重要です。しかし同時に、企業や行政と協働し、消費者が参加しやすい仕組みをつくり、現地の生産者や労働者を支える実践的な活動も行っています。持続可能な社会を実現するには、対立と協働の両方が必要です。NGOはその間に立って、見えにくい問題を可視化し、消費者、企業、政府をつなぐ役割を担っているのです。
■ ACEの「しあわせへのチョコレート」プロジェクト
例えば、児童労働をなくすために活動している日本のNGO、ACE(エース)の活動があります。西アフリカ、とりわけガーナやコートジボワールは、世界のカカオ生産において非常に重要な地域です。カカオ生産では、収穫、実を割る作業、発酵、乾燥、運搬など、さまざまな工程で多くの労働力が必要になります。しかし、小規模農家の多くは十分な収入を得られず、必要な大人の労働者を雇うことが難しい場合があります。その結果、子どもが家族労働の一部として、あるいは危険で有害な労働に従事させられることがあります。さらに、学校に通うために必要な学用品や制服の費用、家庭の貧困、地域の教育環境などの問題が重なると、子どもの教育へのアクセスが妨げられてしまいます。
ACEは、2009年からガーナのカカオ生産地で、子どもたちを危険で有害な児童労働から守り、学校へ継続して通えるように支援する「スマイル・ガーナ プロジェクト」を実施してきました。この活動では、子どもへの学用品支援だけでなく、カカオ農家の自立支援、地域の意識啓発、行政や現地団体との連携なども行われています。児童労働をなくすには、子どもに「働いてはいけない」と言うだけでは不十分です。家庭が子どもを学校に通わせ続けられるようにすること、農家がより安定した収入を得られるようにすること、地域全体で教育の価値を共有することが必要になります。
ACEはまた、「しあわせへのチョコレート」プロジェクトにも取り組んでいます。これは、チョコレートを食べる人と作る人の双方がしあわせになれるように、カカオ生産地の子どもたちを児童労働から守り、日本の企業や消費者と協力して、児童労働のないチョコレートが当たり前に手に入る社会を目指す活動です。講義録の元の表現では「幸せのチョコレートプロジェクト」となっていましたが、ACEの表記に合わせれば「しあわせへのチョコレート」プロジェクトとするのが正確です。
この取り組みでは、日本のお菓子メーカーなどとの連携も重要です。対象商品の売上の一部がACEへの寄付となり、その寄付金がガーナのカカオ生産地での子どもの教育支援や、カカオ農家の自立支援、児童労働撤廃のための活動に使われる仕組みがあります。消費者にとっては、ただチョコレートを買うだけではなく、その購入が生産地の子どもたちの教育や生活改善につながる可能性を持つことになります。もちろん、寄付付き商品だけで児童労働の構造的問題がすべて解決するわけではありません。しかし、消費者の関心を高め、企業の取り組みを促し、現地支援の資金を生み出す入口として、大きな意味があります。
さらにACEは、長年にわたる現地支援の経験を生かし、ガーナ政府などと連携して「チャイルドレイバー・フリー・ゾーン(Child Labour Free Zone)」、つまり児童労働のない地域を認定する制度づくりにも取り組んでいます。ここで重要なのは、児童労働を「一つの商品」や「一つの企業」だけの問題として見るのではなく、地域全体の仕組みとしてなくしていこうとしている点です。子どもが学校に通い、家庭が生活を維持し、農家が持続的に生産でき、企業が責任ある調達を行い、消費者がその背景を理解して選ぶ。このように、チョコレートをめぐる取り組みは、サプライチェーン全体を変えていくための実践例として見ることができます。
■ 東京オリンピック・パラリンピックと持続可能な調達
また、持続可能な生産と消費を促進する仕組みとして、公共機関や企業が調達する際に、価格や品質だけでなく、環境、人権、労働、安全、地域社会への影響などを意思決定に組み込むことが、世界的に進みつつあります。これを持続可能な調達、公共部門の場合には持続可能な公共調達と呼びます。公共調達は、行政や公的機関が税金などの公的資金を使って物品やサービスを購入する行為です。その購買力は大きいため、調達基準にサステナビリティを組み込むことは、市場全体に対して「こういう商品やサービスを求めている」という強いメッセージになります。
日本における注目すべき事例の一つが、東京2020オリンピック・パラリンピック大会で策定された「持続可能性に配慮した調達コード」です。東京2020大会組織委員会は、大会の準備・運営段階の調達プロセスにおいて、経済合理性だけでなく持続可能性にも配慮した調達を行うために、この調達コードを策定しました。調達コードは、調達する物品やサービスに共通して適用する基準や運用方法を定めるものであり、その一部として、木材、農産物、畜産物、水産物、紙、パーム油の個別基準も策定されました。元の講義録では紙が抜けていましたが、東京2020大会の説明では紙も個別基準の対象に含まれています。
オリンピック・パラリンピックのようなメガスポーツイベントは、短期間に大量の物資やサービスを調達し、多くの人々が注目する場でもあります。そのため、サステナビリティとの関係が近年強く意識されるようになっています。持続可能なイベント運営の国際規格としては、イベントの持続可能性マネジメントに関するISO 20121も知られています。東京大会でも、こうした国際的な流れを背景に、持続可能な調達を組み込むための検討が進められました。
東京大会の調達コードは、すべての問題を解決した完全な制度だったと言うよりも、日本で持続可能な調達を実践する上での重要な先行事例と見るべきです。調達基準をつくることで、サプライヤーは自社の原材料やサプライチェーンを確認する必要が出てきます。発注者側も、安さだけではなく、環境や人権、労働への配慮を評価する視点を持つことになります。こうした経験は、今後の公共調達や企業調達において、参照されるべきレガシーの一つです。
■ パーム油問題とRSPO
この調達基準の中で、パーム油の調達基準を取り上げてみましょう。パーム油は、アブラヤシの果実から得られる植物油です。油脂作物としての生産性が高く、比較的安価で、加工食品、菓子、マーガリン、ショートニング、揚げ油、洗剤、シャンプー、石けん、化粧品など、非常に幅広い用途に使われています。日本では、単体の「油」として店頭で販売されることはあまり目立ちませんが、実際には多くの加工食品や日用品に含まれています。WWFジャパンは、パーム油は世界で一番多く使われている植物油であり、スーパーに並ぶ商品の約半分に含まれていると言われると説明しています。
パーム油が広く使われる背景には、単位面積当たりの収量の高さがあります。同じ量の植物油を得るために必要な土地面積が比較的小さいため、単純に「パーム油を使わなければよい」と考えるだけでは問題は解決しません。他の油脂に置き換えた場合、より広い農地が必要になる可能性もあります。したがって、重要なのは、パーム油そのものを一律に否定することではなく、環境や人権、労働に配慮した形で生産・調達されているかを問うことです。
一方で、パーム油生産の拡大が深刻な問題を引き起こしてきたことも事実です。主な生産地であるインドネシアやマレーシアなどでは、油ヤシ農園の拡大に伴い、天然の熱帯林や泥炭地が農園に転換されてきました。熱帯林は多様な生物のすみかであり、大量の炭素を蓄える重要な生態系です。泥炭地もまた、長い時間をかけて植物遺体が蓄積した巨大な炭素貯蔵庫です。これらが破壊されたり火災が起きたりすると、温室効果ガスの排出、生物多様性の喪失、煙害、地域住民の生活への影響など、複合的な問題が発生します。
また、環境問題だけではありません。農園開発に伴って、先住民族や地域住民の土地に関する権利が十分に尊重されない場合があります。さらに、農園や搾油工場での児童労働、強制労働、低賃金、危険な労働環境、移民労働者の権利侵害なども、国際的に問題とされてきました。東京2020大会のパーム油調達基準でも、合法性、生態系の保全、泥炭地や天然林を含む環境上重要な地域の保全、先住民族等の土地に関する権利の尊重、児童労働・強制労働の不存在、適切な労働環境の確保が要件として示されています。
こうした問題に対応するため、世界ではRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議)が設立されました。RSPOは2004年に、WWF、Malaysian Palm Oil Association、Unilever、AAK、Migrosを創設メンバーとして形成されたマルチステークホルダー組織です。油ヤシ生産者、搾油業者、商社、消費財メーカー、小売業者、銀行・投資家、環境NGO、社会・開発NGOなどが参加し、持続可能なパーム油の基準づくりと認証制度の運用を進めています。
東京2020大会のパーム油調達基準では、RSPOだけでなく、ISPO、MSPO、RSPOが活用可能な認証制度として位置付けられました。また、これらと同等以上と組織委員会が認める認証スキームによる認証パーム油や、農園までのトレーサビリティが確保され、第三者確認が行われたものも扱えるとされています。したがって、東京大会では単純に「RSPO認証だけを使う」と定めたわけではありません。複数の認証制度や確認方法を組み合わせながら、持続可能性に配慮したパーム油の調達を進めようとしたのです。
東京大会を一つのきっかけとして、パーム油の問題は日本国内でも少しずつ知られるようになりました。RSPOに参加したり、認証パーム油の利用を進めたりする日本企業も増えてきました。政府や公的機関が調達基準にサステナビリティを組み込むことは、持続可能な生産と消費を推進する上で有効な手段です。国連消費者保護ガイドラインも、持続可能な消費を促進する責任が、消費者、加盟国、事業者、労働団体、消費者団体、環境団体など社会の多様な主体に共有されること、加盟国が持続可能な消費政策を他の公共政策と統合すべきことを示しています。さらに、SDGs目標12.7やUNEPなどの議論では、持続可能な公共調達が、政府の購買力を通じて市場を変える重要な需要側の政策手段として位置付けられています。
ただし、認証基準が作られ、政府や企業の調達方針に組み込まれたからといって、問題が一気に消えるわけではありません。大規模農園であっても監査や実効性の課題がありますし、小規模農家にとっては、認証取得の費用、書類作成、技術的支援、流通経路へのアクセスなどが大きな壁になります。認証パーム油が増えても、サプライチェーンのすべての段階で透明性が確保されなければ、実際にどこでどのように生産された油なのかを追うことは難しくなります。
パーム油のバリューチェーンの変革は、一朝一夕には進みません。認証制度、企業の調達方針、政府の公共調達、NGOの監視と支援、現地の生産者の改善努力、消費者の理解と選択が、長い時間をかけて結び付く必要があります。特に、事業者側の行動変容が伴わなければ、認証制度の影響力は限られたものになってしまいます。同時に、国内での認知度を高め、消費者や市民が「安ければよい」「見えなければ関係ない」という態度を超えて、自分の消費が遠い生産地の環境や人権とつながっていることを理解することも重要です。チョコレートとパーム油の事例は、持続可能な消費が、単なる個人の買い物の工夫ではなく、サプライチェーン、企業責任、公共調達、NGO、市民参加が重なり合う社会的な課題であることを教えてくれるのです。
