昨日は七夕だった。艶めかしいことは何も無かったけど。国際ロマンス詐欺などには注意のこと。
【要約】
責任投資原則PRIは、2006年にUNEP FIとUN Global Compactの支援のもとで開始された国連支援の投資家イニシアチブである。PRIは、投資分析と意思決定、所有方針、企業への開示要求、投資業界への働きかけ、協働、活動報告という6原則を掲げ、ESG課題を投資実務に組み込む流れを国際的に広げた。2022年3月時点で署名機関は4,902、2025年3月末時点では5,261に達している。CalPERSのような大規模年金基金は、長期投資家として将来世代、ガバナンス、人的資本、環境への配慮を重視し、インベストメント・チェーンを通じてESG投資の主流化を後押ししてきた。
ーーーー講義録始めーーーー
責任投資原則(PRI)とESG投資の広がり
―UNEP FI・UN Global Compactの取り組みからCalPERSまで―
さらなるサステナブルファイナンスの拡大に重要な役割を果たしたのが、2006年に始まった責任投資原則PRI(Principles for Responsible Investment)です。PRIは、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI:United Nations Environment Programme Finance Initiative)と国連グローバル・コンパクト(UN Global Compact)の支援のもと、当時の国連事務総長コフィー・アナンの呼びかけを背景に開始された、国連支援の投資家イニシアチブです。PRIは、この原則への支持と原則に沿った投資行動の実践を、世界の機関投資家や金融機関に呼びかけました。ここで重要なのは、PRIが単なる倫理的な宣言ではなく、投資分析、意思決定、所有方針、企業への働きかけ、情報開示、投資業界全体の変化にまで踏み込んだ実践的な枠組みであったという点です。
PRIは以下の6つの原則からなっています。
◆ 責任投資原則(PRI)の6原則
┌─────────────────────────────────────────────────────┐
│ 原則1 │ 私たちは、投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込みます。 │
├─────────────────────────────────────────────────────┤
│ 原則2 │ 私たちは、活動的な所有者となり、所有方針と所有慣行にESG課題を │
│ │ 組み込みます。 │
├─────────────────────────────────────────────────────┤
│ 原則3 │ 私たちは、投資対象の主体に対して、ESG課題についての適切な開示を │
│ │ 求めます。 │
├─────────────────────────────────────────────────────┤
│ 原則4 │ 私たちは、投資業界において、本原則の受け入れと実行を促進します。 │
├─────────────────────────────────────────────────────┤
│ 原則5 │ 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために協働します。 │
├─────────────────────────────────────────────────────┤
│ 原則6 │ 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況を報告します。 │
└─────────────────────────────────────────────────────┘

その中身を見てみると、原則1と原則2にあるように、まず自らが投資分析と意思決定、そして所有方針と所有慣行にESG課題を組み込むことが謳われています。ここでいうESGとは、Environmental、Social、Governanceのことであり、日本語では環境・社会・ガバナンスと訳されます。環境には気候変動、生物多様性、資源利用、汚染防止などが含まれます。社会には人権、労働、安全衛生、地域社会、消費者保護などが含まれます。ガバナンスには取締役会のあり方、役員報酬、株主権、情報開示、腐敗防止などが含まれます。それとともに、原則3から原則5にかけて、この原則を投資業界に広めていくために、投資対象となる企業や発行体に適切な開示を求め、投資業界に対して受け入れと実行を促し、関係者と協働して行動するという、ESG投資推進のための積極的なリーダーシップが述べられています。そして原則6では、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況を報告することが求められています。つまりPRIは、投資家に対して「考慮する」と言うだけでなく、「組み込む」「働きかける」「協働する」「報告する」という一連の行動を求めているのです。
現在、用語として定着し、サステナブルファイナンスと重なり合う広い概念としても使われるようになったESG投資は、PRIによって投資実務の中に本格的に組み込まれていきました。ただし、ESGという言葉そのものは、2006年のPRIで初めて現れたものではありません。2004年の国連グローバル・コンパクトの報告書『Who Cares Wins』などを通じて、すでに環境・社会・ガバナンスを投資判断に組み込む考え方は示されていました。PRIの重要性は、その考え方を、世界の機関投資家が署名し実践する国際的な原則として制度化し、広めたところにあります。署名機関は、環境・社会・ガバナンスの三要素が投資パフォーマンスに影響を及ぼすことがあり得るとし、同時にこの原則の適用によって、投資家がより広範な社会の目的に貢献することも可能であるとして、運用受託者としての責任に反しない範囲で6つの原則にコミットすることを宣言します。ここでいう運用受託者としての責任とは、顧客や年金加入者など、資金の最終的な受益者の利益のために、慎重かつ忠実に資産を運用する責任のことです。PRIは、ESGへの配慮をその責任と対立するものではなく、むしろ長期的なリスクとリターンを考えるうえで必要な要素として位置づけた点に特徴があります。
PRIは発足後、急速に広がりました。2022年3月時点では、PRIの年次報告において、世界の署名機関数は4,902とされています。講義録の文脈で「2022年3月現在、世界で4,900以上の機関が署名している」と説明することは妥当です。なお、その後も署名機関は増加し、PRIの2025年の年次報告では、2025年3月末時点で署名機関数は5,261、署名機関の運用資産総額は139.6兆米ドルとされています。この数字が示すように、PRIはサステナブルファイナンス拡大の大きな推進力となってきました。ただし、署名機関数の増加は、ただちにすべての投資家が同じ水準でESGを実践していることを意味するわけではありません。署名したうえで、実際にどのように投資分析、エンゲージメント、議決権行使、情報開示を行っているのかが問われます。
そして、規模拡大以上に大きな意味を持っているのが、これまでのネガティブスクリーニングやポジティブスクリーニングなどとは異なり、投資の原則としてESGへの配慮を常に組み込むこと、すなわちESGインテグレーションを求めたことです。特定の企業を投資対象から外したり、逆に特定の銘柄だけに投資したりするのではなく、PRIでは、投資判断においてESG課題を継続的に考慮し、投資家として企業に働きかけ、必要な情報開示を求めることが重視されます。これは、サステナブルファイナンスが「善意のある一部の投資家の特別な投資」から、「市場全体のリスク管理と企業価値評価に関わる通常の投資実務」へと移っていくうえで、非常に大きな転換でした。
例えば、PRI署名機関の中でも年金基金は、機関投資家として、資産規模の大きさから市場において強い影響力を持っています。ESG投資に早くから取り組んでいるところも多く、米国最大級の公的年金基金であるCalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金:California Public Employees' Retirement System)はその代表格です。CalPERSは、資金規模とともに、長期投資家としての運用方針、企業統治への関心、株主としての積極的な行動などで、世界の投資関係者から注目されてきました。
CalPERSでは、2013年9月に投資方針を「CalPERS Investment Beliefs」という文書にまとめて公表しています。その中では、「長期の投資期間は責任であり優位性である」として、将来世代の加入者や納税者への影響を考慮すること、投資先企業や外部運用者に長期的な影響を考えるよう促すこと、長期的で持続可能な価値創造につながる投資戦略を重視することなどが示されています。また、CalPERSの投資信条では、長期的な価値創造には金融資本、物的資本、人的資本の効果的な管理が必要であるという考え方も示されています。ここには、サステナビリティ、ガバナンス、人的資本、環境への取り組みなどを、長期投資家として重視していく姿勢が表れています。機関投資家がこのように投資家としての信条、あるいは基本的な方針として、責任投資への姿勢を明確にすることは重要であり、しかもこの分野をリードするCalPERSがそれを公表したことには大きな意味があります。
発表の翌年にCalPERSのマネージャーにヒアリングする機会があったのですが、重要なのはこの方針を絵に描いた文字にしないことであり、そのためにCalPERSの組織内部での従業員への浸透と徹底に特に力を入れているとのことでした。この点は、サステナブルファイナンスを考えるうえでとても大切です。立派な原則や方針を掲げること自体は、もちろん意味があります。しかし、それが実際の投資判断、運用担当者の評価、外部運用者の選定、企業との対話、議決権行使、情報開示に反映されなければ、金融市場を変える力にはなりません。サステナブルファイナンスでは、理念を組織の中に落とし込み、日々の判断の中で使える形にしていくことが求められます。
PRIは、責任ある投資を原則化することで、ESG投資をニッチな投資戦略としてではなく、メインストリームの投資に組み込むことを求めました。そして巨大な年金基金をはじめとするアセットオーナーを動かし、そのインベストメント・チェーン(investment chain)を通じて、アセットマネージャー、投資顧問、企業、情報開示機関、格付け・評価機関など、幅広い投資関係者の間で責任投資を浸透させ、規模を拡大させる大きな役割を果たしてきたのです。PRIの意義は、ESGを単なる社会貢献やイメージ戦略ではなく、投資家の責任、長期的な企業価値、金融市場の健全性、そして持続可能な社会の実現をつなぐ実務的な枠組みにした点にあります。
