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発達とは何か――「老いの坂」から学ぶ生涯発達心理学と人生の変化 #放送大学講義録(発達心理学特論第1回その1)

【要約】

 

発達は、年齢とともに一方向へ成長することではなく、生涯にわたる獲得・維持・変容・喪失の過程である。「老いの坂」は伝統的な人生像を示すが、現代の発達心理学は人生を単純な上昇と下降では捉えない。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

発達とは何か――人生を捉える伝統的なイメージ

「発達とは」というテーマでお話しします。本日取り上げるテーマは次の3つです。

まず1つ目は「発達とは何か」ということで、発達的変化をどのようなものとして捉えるのかをお話しします。2つ目は発達理論ということで、これまでさまざまな理論家が発達をどのように捉えてきたかについて、理論を整理したいと思います。3つ目は「発達を捉える」ということで、発達研究の方法という副題をつけていますが、発達心理学において発達をどのように捉えていくのか、その捉え方・方法にはどのようなものがあるのかについてお話ししたいと思います。

発達とはどういうことでしょうか。日常的には、年齢を重ねることに伴って人に生じる変化だと考えることができます。ただし、発達心理学における「発達」は、単に年齢の数字が増えることや、身体が大きくなることだけを意味しているわけではありません。受胎から死に至るまでの時間の中で生じる、身体、認知、感情、対人関係、社会的行動などの比較的組織的な変化と連続性を広く捉える概念です。また、そこには能力の獲得や成長だけでなく、それまでの機能の維持、再編成、衰退、喪失も含まれます。生涯発達心理学では、発達は生涯を通して続き、獲得と喪失を伴いながら多方向に進む過程として理解されています。

それでは、この絵をご覧ください。

 

rekihaku.pref.hyogo.lg.jp

 

これは一般に「熊野観心十界図」、あるいは「熊野観心十界曼荼羅」と呼ばれている絵図です。熊野比丘尼と呼ばれる女性の宗教者たちは、このような絵図を携えて各地を巡り、「絵解き」と呼ばれる語りによる解説を行いました。その活動には、熊野信仰を広めること、熊野への参詣を勧めること、熊野三山などへの寄進を募ることが含まれていました。この種の絵図は、主として戦国時代から近世にかけて熊野比丘尼の宗教活動に用いられ、現存する作品には江戸時代に制作されたものもあります。

絵の上のほうには、人生の坂道、いわゆる「老いの坂」が、弧を描くように配置されています。作例によって細かな配置には違いがありますが、坂の一方の端には子どもの誕生が描かれています。子どもは誕生した後、乳児、幼児、少年・少女、青年へと少しずつ成長し、この坂道に沿って人生を進んでいきます。そして大人になり、壮年期を経て老人となり、やがて老い、死や葬送、墓地へと至ります。人間の一生を、坂を上り、頂点を越え、再び下っていく形で表しているわけです。

この「老いの坂」は、人の一生と時間の経過を視覚的に表したものです。しかし、この絵が描いているのは、誕生から死までの人生だけではありません。画面には、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六道の世界と、仏、菩薩、声聞、縁覚という四つの悟りの世界、すなわち四聖界が描かれています。六道と四聖界を合わせた十の世界が「十界」です。また、絵の中央付近には大きく「心」の文字が置かれ、その「心」と十界とが線によって結ばれています。

人が亡くなった後についても、閻魔の裁きや地獄の責め苦、輪廻の諸世界、仏や菩薩などの悟りの世界が描かれています。したがって、この絵は、死者が必ず地獄に堕ちるということや、死後の行き先が地獄と極楽の二つだけであることを表したものではありません。むしろ、人の心や行いのあり方によって、迷いの世界にも悟りの世界にも向かいうるという、仏教的な世界観を視覚化したものと考えることができます。生きている間の心や行いが重要であることを、見る人に強く訴えかける絵だったのです。

死後の世界の話は、今回の発達心理学の本題からはいったん外れます。しかし、生きている時間の中で人がどのように変化していくのかを、坂を上り、頂点を迎え、その後に坂を下っていくというアーチ状の形で捉えている点には注目する必要があります。ここでは、誕生から成人期にかけての変化が「上昇」として、老年期における変化が「下降」として表されています。

人生を上昇と下降の階段や坂として描くイメージは、日本だけに見られるものではありません。少なくとも近世以降のヨーロッパにも、乳幼児から成人、老人へと至る人物を、上り下りする階段や半円形の段の上に配置した「人生の諸段階」の図像が存在します。したがって、人生には上り坂と下り坂があり、成長の頂点を過ぎれば衰えていくという捉え方は、複数の歴史的・文化的文脈の中で確認できる、伝統的な人生イメージの一つだといえます。

もっとも、現代の発達心理学では、人生の前半を一律に上昇、後半を一律に下降とみなすことはしません。人間の発達には複数の領域があり、同じ年齢の人であっても、ある能力は向上し、別の能力は維持され、さらに別の能力は低下することがあります。老年期にも、新たな知識や対人関係、役割、価値観を獲得する可能性があります。その一方で、子どもや青年の発達にも、以前の行動様式や可能性を失うという側面があります。この意味で、発達は単純な上昇でも下降でもなく、生涯を通じた獲得、維持、変容、喪失が重なり合う過程です。伝統的な「老いの坂」のイメージを出発点としながら、そのイメージでは十分に表せない人間の変化を考えていくことが、現代の発達心理学を学ぶ第一歩になります。