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発達は年齢だけで決まらない――バルテスの生涯発達理論と獲得・喪失・3つの発達要因 #放送大学講義録(発達心理学特論第1回その2)

【要約】

 

人の発達は生涯にわたり、あらゆる時期に獲得と喪失が併存する。機能の低下には、道具や経験などを用いた補償が可能だが、自動的に生じるとは限らない。発達には、年齢と結びつく年齢規範的影響、時代や世代に共通する歴史規範的影響、事故や病気、偶然の機会など個人に固有の非規範的影響が重なって作用する。三要因の図は実測値ではなく、相対的重要性を示す概念図である。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

発達を捉える3つの視点――生涯発達性・獲得と喪失・発達を形づくる文脈

時間の中で人の変化、つまり発達を捉えようとするときに、重要な3つの視点があります。なお、ここで取り上げる3つは、生涯発達心理学の考え方を理解するための代表的な視点です。生涯発達心理学には、このほかにも発達の多次元性、多方向性、可塑性、歴史的埋め込み、学際性などの重要な視点がありますが、ここではまず、生涯発達性、獲得と喪失、発達を形づくる文脈という3点に絞って考えていきます。

1つ目は生涯発達性、つまり発達を生涯にわたる変化と連続性として捉えるという視点です。発達は子どもが大人になるまでにだけ起こるものではなく、受胎から死に至るまで、生涯を通じて続きます。また、発達心理学が扱うのは、何が変化するかという問題だけではありません。年齢を重ねても何が維持されるのか、どのような条件によって変化が生じるのか、同じ年齢の人の間にどのような共通性と個人差があるのかという問題も含まれます。これについては後ほどもう少し詳しくお話しします。

2つ目は「獲得と喪失」というものです。人の発達は、獲得と喪失が相互に関係しながら進行する、ダイナミックなシステムとして捉えることができます。ここでいう獲得と喪失は、単純に成長と衰退と言い換えられるものではありません。新しい能力や知識、役割を獲得することもあれば、その過程で、それまで持っていた行動の仕方、役割、選択可能性の一部を失うこともあります。どの時期の発達にも獲得と喪失の両面があり、その組み合わせや比重は、年齢、発達領域、個人、環境によって異なります。

例えば、子どもが一つの言語の音韻体系を身につけていくことは重要な獲得ですが、その一方で、乳児期に区別できた多様な言語音の一部を区別しにくくなることがあります。また、成人が職業上の専門性を高めることは知識や技能の獲得ですが、特定の領域に時間と努力を集中することで、ほかの活動に使える時間や選択肢が狭くなる場合があります。このように、獲得は喪失を伴うことがあり、喪失が生じたからといって、発達そのものが停止したことにはなりません。

加齢に伴って、利用しにくくなる能力や失われる機能が出てくる場合があります。その一方で、人は、その影響を小さくするために、別の方法や資源を利用することがあります。例えば、以前より忘れやすくなった人が、予定表、メモ、スマートフォンの通知、薬の整理箱などを用いることがあります。これは、低下した機能を外部の道具によって補う方法です。また、経験によって蓄積された知識を利用し、覚える情報を整理したり、重要な情報に注意を集中したりすることもあります。

ただし、年齢を重ねれば、こうした補償の仕組みが自動的に発達するというわけではありません。補償を行えるかどうかは、本人の健康状態、知識、動機づけ、利用できる道具、家族や周囲の支援、社会制度などによって異なります。また、補償には、ある程度の時間、努力、経済的資源が必要になる場合もあります。

こうした問題と関係する考え方に、Selection, Optimization, and Compensation model(SOC model)、日本語では「選択・最適化・補償モデル」または「選択的最適化・補償モデル」と呼ばれるものがあります。これは、限られた資源の中で目標や活動を選択し、選んだ領域に資源を投入して能力を最適化し、利用できなくなった手段を別の手段で補償するという考え方です。ただし、SOC modelと「獲得と喪失」は関連するものではありますが、同じ概念ではありません。

人の発達に獲得と喪失という相反する側面が併存することに着目し、生涯発達心理学に大きな影響を与えた研究者の一人が、Paul B. Baltesです。Baltesは1980年頃だけに研究を行った研究者ではなく、1970年代から2000年代にかけて、生涯発達、加齢、知能、知恵、可塑性、選択・最適化・補償などについて研究を続けました。1980年には、Paul B. Baltes、Hayne W. Reese、Lewis P. Lipsittによる生涯発達心理学の重要な総説が発表され、1987年には、発達における獲得と喪失の力動を論じた代表的な論文が発表されています。

3つ目は「発達を形づくる文脈」というものです。人の発達は、遺伝か環境かという二者択一によって説明できるものではありません。遺伝的・生物学的条件と環境的・社会文化的条件は、互いに独立して一方向に働くのではなく、発達の過程を通じて相互に関係します。また、その関係の仕方は、発達の時期、本人の特徴、家族や社会の状況、歴史的な時代によって異なります。

Baltesらは、発達に関係する多数の要因を整理するために、三つのカテゴリーを示しました。それが、normative age-graded influencesnormative history-graded influencesnonnormative influencesです。日本語では、それぞれ「年齢規範的影響」「歴史規範的影響」「非規範的影響」と呼ぶことができます。ここでいう「規範的」とは、「正しい」「望ましい」「従わなければならない」という意味ではありません。同じ集団に属する多くの人に、比較的共通して生じるという意味です。

以下の図は、Baltesらが示した考え方をもとに、発達に関係する三つの影響の相対的重要性を講義用に整理したものです。これは、年齢別の実測データから算出されたグラフではありません。発達の時期によって、三つの影響の相対的な重要性がどのように変わりうるのかを説明するための、仮説的・概念的なプロフィールです。また、三つの影響は互いに完全に分離して働くのではなく、生涯を通して重なり合い、相互に関係します。

 

[図:生涯発達に関わる3種類の影響の相対的重要性――仮説的・概念的プロフィール]

 

baltes_three_influences_conceptual.png

 

図の実線は「年齢規範的影響」を表しています。年齢規範的影響とは、暦年齢と比較的強く結びつき、その開始時期や順序をある程度予測でき、多くの人におおむね共通する方向で作用する生物学的・環境的要因です。

発達の初期には、身体の成長、脳や神経系の成熟、運動能力の発達、言語獲得など、年齢と関係する変化が比較的規則的に進みます。そのため、年齢規範的影響の相対的重要性は、とりわけ乳幼児期や児童期に大きいと考えられます。ただし、年齢規範的影響は生物学的変化だけではありません。一定の年齢で学校に入ること、義務教育を受けること、就職すること、退職することなど、社会制度や社会的役割にかかわる出来事も、特定の年齢と強く結びつく社会的な年齢規範的影響となります。

高齢期には、身体機能や感覚機能の変化、疾病リスクの上昇、退職や社会的役割の変化など、年齢と関連する要因の重要性が再び大きくなる場合があります。しかし、すべての人が同じ年齢で同じ変化を経験するわけではありません。また、就学年齢や退職年齢のような社会的な年齢区分は、国、時代、制度によって変わります。そのため、年齢規範的影響も、歴史や文化から独立しているわけではありません。

図の点線は「歴史規範的影響」を表しています。歴史規範的影響とは、特定の歴史的時代を生きる人々や、同じ時期に生まれた世代・コーホートに比較的広く作用する影響です。戦争、経済恐慌、感染症の世界的流行、災害、教育制度の変更、雇用制度の変化、情報技術の発達などが、その例になります。歴史規範的影響にも、生物学的要因と環境的・社会文化的要因の両方が含まれます。

歴史規範的影響は、成人期になって初めて生じるものではありません。例えば、戦争や感染症の流行、学校制度の変更、インターネットやスマートフォンの普及は、乳幼児、児童、青年、成人、高齢者のすべてに影響する可能性があります。ただし、同じ歴史的出来事を経験しても、その出来事が起きたときの年齢によって影響は異なります。幼児期に戦争を経験した人と、成人期に戦争を経験した人とでは、生活、教育、仕事、家族関係などへの影響の現れ方が違うでしょう。

現在を生きている私たちは、例えばコンピュータ、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディア、生成AIなどが生活の中に入り込んだ時代を生きています。しかし、これらの技術がいつから生活に入ってきたかは、世代によって異なります。幼い頃からデジタル機器に接してきた人と、成人後に初めて接した人とでは、技術の学び方や使い方、対人関係への組み込み方が異なる可能性があります。このように、歴史的時代と、それをどの年齢で経験するかとが組み合わさって、発達に影響します。

Baltesらの仮説的プロフィールでは、平均的には、幼少期には年齢規範的影響が特に顕著であり、子ども期を過ぎるにつれて歴史規範的影響や非規範的影響の相対的重要性が増す可能性があると考えられています。しかし、これはすべての人、すべての発達領域、すべての時代に一定の形で当てはまる法則ではありません。三つの影響の強さや組み合わせは、取り上げる現象や社会によって異なります。

年齢規範的影響や歴史規範的影響とは別に、個々人によって異なる「非規範的影響」というものもあります。非規範的影響とは、その出来事の発生、順序、時期が、多くの人に共通する年齢の流れや歴史的時間からは明確に予測できない影響です。例えば、予期しない事故、重大な病気、家族との早すぎる死別、突然の失業、移住、災害への遭遇などが考えられます。その一方で、思いがけない人との出会い、予想していなかった進学や就職の機会、偶然に始めた活動が人生の方向を変えることなど、本人にとって好ましい出来事も非規範的影響になりえます。

非規範的影響は、パーソナリティや「個性」そのものを意味するわけではありません。例えば、「物事をきちんとしないと気が済まない人が、年齢とともにますます几帳面になる」ということを、そのまま非規範的影響の例にすることはできません。パーソナリティ特性は成人期以降も変化する可能性がありますが、あらゆる性格傾向が年齢とともに強くなるわけではありません。特性によって平均的な変化の方向は異なり、同じ特性でも人によって変化の仕方が異なります。

年齢を重ねるにつれて、非規範的影響の相対的重要性が増すと考えられる理由の一つは、一人ひとりが経験してきた出来事が時間とともに積み重なり、それぞれの人生経路が異なっていくからです。もっとも、非規範的な出来事は、子ども期にも青年期にも起こります。また、一つの出来事が本当に非規範的かどうかは、時代や社会によって変わることがあります。ある社会では珍しい経験が、別の社会では多くの人に共通する経験である可能性もあります。

さらに重要なのは、年齢規範的影響、歴史規範的影響、非規範的影響が、別々に人を動かすのではないという点です。例えば、ある人が高齢期に失業したとします。そこには、年齢や退職制度にかかわる年齢規範的影響、景気後退や産業構造の変化という歴史規範的影響、その人に固有の職場や健康上の事情という非規範的影響が、同時に関係しているかもしれません。

このように、人の発達は、年齢だけによって決まるものでも、遺伝だけによって決まるものでも、環境だけによって決まるものでもありません。生物学的条件、社会制度、文化、歴史的時代、家族、教育、本人の選択、偶然の出来事などが、時間の中で相互に作用しながら、一人ひとりの発達を形づくっています。発達を理解するためには、年齢に伴う共通性を見るだけでなく、その人がどの時代を、どの場所で、どのような経験をしながら生きてきたのかを捉えることが必要になります。