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フロイトの心理性的発達理論とは――口唇期・肛門期・エディプス・コンプレックスを現代心理学から検証 #放送大学講義録(発達心理学特論第1回その4)

【要約】

 

Freudは、libidoの満足の中心が口、肛門、性器へと移るとして、発達を口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期に整理した。男根期にはエディプス・コンプレックスが生じ、葛藤の解消を通じて超自我が形成されると考えた。また、葛藤が残る固着や、以前の段階へ戻る退行を想定した。この理論は、幼児期の経験と無意識の重要性を提起した点で歴史的意義が大きいが、段階の普遍性や成人性格との対応は十分に実証されておらず、男性中心・異性愛中心の前提にも限界がある。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

フロイトの心理性的発達理論

人の発達的変化をどのように捉えるかという発達理論として、まず挙げることができる研究者の一人がSigmund Freudです。1856年に生まれ、1939年に亡くなったFreudは、オーストリアの神経学者であり、精神分析を創始した人物です。Freudは、人間の心や行動が、本人には意識されていない欲動や願望、葛藤、防衛などによって動かされていると考えました。こうした考え方は、一般に精神力動理論、英語ではpsychodynamic theoryと呼ばれます。

ただし、精神力動理論とは、発達段階だけを説明する理論ではありません。無意識、心的葛藤、防衛機制、夢、症状、治療関係などを含む広い理論体系です。その中で、人間の発達を説明するために示されたものが、心理性的発達理論、英語ではpsychosexual theory of developmentと呼ばれる考え方です。

Freudは、人間の発達を、libidoと呼ばれる心的エネルギーのあり方が変化していく過程として捉えました。libidoは「性的エネルギー」と訳されることがありますが、ここでいう「性的」という言葉は、成人の性交や狭い意味での性欲だけを指すものではありません。Freudは、身体的な快、愛情、欲望、他者への心的な関心や投資などを含む、かなり広い意味でこの言葉を用いていました。

Freudが幼児性欲を論じたことは、当時としては非常に衝撃的でした。ここでいう幼児性欲とは、子どもが成人と同じ意味で性的関係を求めているということではありません。乳を吸うこと、身体に触れること、排泄することなどに伴う身体的な快を、Freudが性欲動の初期的な表れとして解釈したということです。この「性」の広い捉え方を理解しておかないと、Freudの理論が必要以上に奇妙なものに見えてしまいます。

Freudの発達理論は、一般に、口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期という5つの段階から成るものとして整理されています。少し奇妙に思われる名称かもしれませんが、各段階では、libidoによる満足の中心となる身体部位、すなわち性感帯が変化すると考えられています。

ただし、Freudが最初から、現在の教科書に掲載されているような明確な五段階表を完成させていたわけではありません。Freudの性理論は、複数の著作とその改訂を通して形成され、その後の精神分析家による整理も加わっています。そのため、ここでは、Freudの理論が後世に五段階として体系化され、一般的に説明されていると理解してください。

一般的な年齢区分では、口唇期は出生からおよそ1歳まで、肛門期はおよそ1歳から3歳まで、男根期はおよそ3歳から6歳まで、潜伏期はおよそ6歳から思春期まで、性器期は思春期以降とされます。ただし、これらの年齢は厳密な境界ではなく、文献によって多少異なります。

口唇期・肛門期という名前は、単に外の世界との接触点を示すものではありません。それぞれの時期に、快を得る活動の中心になるとFreudが考えた身体部位を表しています。また、その身体活動をめぐって、子どもの欲求と養育者の応答、満足と制限、自分で調整することと他者から統制されることとの間に葛藤が生じると考えられました。

最初の口唇期では、口が快を得る活動の中心になるとされます。乳児は、乳房や哺乳瓶などから乳を吸う、飲み込む、口に物を入れる、やがて歯が生えると物を噛むといった、口を使う活動を行います。授乳は栄養を得るために不可欠な行為ですが、同時に、吸うことや満腹になること、養育者に抱かれることなどに伴う安心や身体的快もあります。Freudは、こうした口を通じた満足を、libidoの初期的な表れとして捉えました。これが口唇期です。

ただし、乳児が吸啜や授乳によって快や安心を経験することと、それをFreudの意味で性的なlibidoの表れとみなすこととは区別する必要があります。前者は乳児の行動や養育関係について観察できる事実ですが、後者はFreudの理論による解釈です。現代の発達心理学で、口唇期という段階がFreudの述べた通りに存在することが実証されているわけではありません。

およそ1歳から3歳頃になると、多くの子どもは、排泄を自分で調整することを学び始めます。Freudの理論では、肛門期には、便を保持することや排出することに伴う身体的感覚が、快や緊張の中心になると考えられました。同時に、トイレットトレーニングを通して、養育者から、いつ、どこで、どのように排泄するかを求められるようになります。

そのため、この時期には、単に排泄に快感を感じるというだけでなく、自分の身体を自分でコントロールしようとすることと、養育者の要求に従うこととの間に葛藤が生じると考えられました。子どもは排泄をめぐるやり取りを通して、自己統制、自律性、他者からの期待、規則などを経験することになります。これが肛門期です。

Freudや後の精神分析家は、この時期のしつけが過度に厳しい場合や、反対に一貫性を欠く場合には、後の几帳面さ、頑固さ、秩序へのこだわり、反抗などに影響する可能性があると考えました。しかし、トイレットトレーニングのあり方によって、その人の成人後の性格が特定の型に決まるという因果関係は、現代の心理学では十分に実証されていません。したがって、これはFreud理論の内容として学ぶ必要はありますが、確認された発達法則として受け取るべきではありません。

3つ目の男根期は、およそ3歳から6歳頃に位置づけられています。この時期には、性器に対する関心や、身体の違いへの気づきが強まるとFreudは考えました。そして、男根期の中心的な葛藤として示されたのが、Oedipus complex、すなわちエディプス・コンプレックスです。

Oedipusは、ギリシア神話に登場し、Sophoclesの悲劇『Oedipus Rex』、日本語では『オイディプス王』で広く知られている人物です。Oedipusは、自分ではその事実を知らないまま実父を殺し、実母と結婚します。Freudは、この物語に、子どもが親に対して抱く無意識的な欲望と葛藤が象徴的に表現されていると考え、この名称を用いました。

エディプス・コンプレックスは、単純化して説明される場合には、男児が母親を自分だけのものにしたいと願い、父親を競争相手として敵視することだとされます。しかし、単に「母親を性的に愛し、父親を憎む」と理解するだけでは不十分です。Freudが問題にしたのは、子どもが親に対して抱く愛情、独占したいという願い、嫉妬、競争心、敵意、不安などが入り混じった、無意識的でアンビバレントな葛藤です。

また、「男の子は母親に、女の子は父親に性的関心を持ち、同性の親を憎む」と、男女を単純な鏡像として説明することも正確ではありません。Freud自身、女児の発達について、男児とは異なる過程を想定していました。ただし、その説明は男性を発達の基準として女性を捉えていることや、女性の心理を身体的差異によって説明しすぎていることなどから、後の精神分析家、発達研究者、フェミニズム研究者によって強く批判されてきました。

「Electra complex、エレクトラ・コンプレックス」という言葉が、女児が父親に愛情を向け、母親を競争相手とする状態を指して使われることがあります。しかし、この名称を提案したのはCarl Gustav Jungであり、Freud自身はこの呼び方を積極的には採用しませんでした。Freudは、女児についてもOedipus complexという言葉を用いました。

エディプス・コンプレックスを、主要な養育者との二者関係だけで成り立っていた子どもの世界に、第三者が入ってくることだと捉える解釈もあります。つまり、自分と養育者だけの関係ではなく、養育者にも自分以外の関係や関心があり、世界には複数の人間関係や規則が存在することを子どもが理解していく、という解釈です。

ただし、これはFreudの心理性的発達段階説をそのまま言い換えたものではなく、後の精神分析理論を含めた発展的な読み方です。また、すべての子どもが母親と父親からなる家族の中で育つわけではありません。ひとり親家庭、同性の親を持つ家庭、祖父母や里親などが主要な養育者となる家庭もあります。そのため、現代的には、子どもが主要な養育者との関係だけでなく、第三者を含む複数の人間関係や社会的規則を理解していく過程として考えるほうがよいでしょう。

Freudの理論では、子どもは最終的に、競争相手とみなしていた親に同一化することなどによって、エディプス的葛藤を解消するとされました。そして、その過程を通じて、社会的規範や親の価値観が内在化され、超自我、英語ではsuperegoの形成が進むと考えられました。

その次は潜伏期、英語ではlatency stageまたはlatency periodと呼ばれる段階です。「潜在期」と訳されることもありますが、日本語の心理学や精神分析では「潜伏期」という訳語が比較的よく用いられています。一般には、およそ6歳頃から思春期までとされます。

Freudはこの時期に、幼児期に目立っていた性的欲動や葛藤が抑圧され、相対的に表面へ現れにくくなると考えました。そのエネルギーは、学習、遊び、文化的活動、スポーツ、友人関係など、ほかの活動に向けられるとされます。このように、欲動のエネルギーが社会的・文化的に価値を認められる活動へ向けられることを、精神分析では昇華、英語ではsublimationと呼びます。

ただし、潜伏期とは、子どもの身体的関心や性的関心が完全になくなる時期という意味ではありません。Freudの理論においても、欲動が消滅するのではなく、抑圧されたり、別の活動へ向けられたりすると考えられています。また、現代の発達研究では、児童期にも身体、ジェンダー、親密さ、性的な事柄に対する関心が存在することが知られているため、性的関心が普遍的に休止する段階があると断定することはできません。

最後は性器期、英語ではgenital stageと呼ばれます。思春期以降、身体的な性成熟に伴って始まるとされる段階です。Freudは、それまで身体の部分的な活動に向けられていた欲動が統合され、自分自身の身体だけを満足の対象とする状態から、他者との相互的な性愛関係へ向かうと考えました。

したがって、性器期は単に「心理的に成熟していく時期」というだけではなく、Freudの理論では、愛情と性欲、自己の満足と他者への配慮、親密さと社会的責任などが統合されていく段階として位置づけられています。前の段階に大きな固着を残さず性器期に達した人は、他者を愛し、働き、社会生活を営むことができる、比較的成熟した人格を形成すると考えられました。

ただし、Freudが想定した性器期の成熟像は、当時の西欧社会における異性愛、結婚、性別役割を標準とする考え方に強く影響されています。そのため、現代における性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、家族やパートナー関係の多様性を、そのまま説明できる理論ではありません。

Freudの心理性的発達理論を理解するうえでは、固着と退行という考え方も重要です。固着、英語ではfixationとは、ある発達段階の欲求や葛藤が十分に処理されず、libidoの一部がその段階に強く結びついたままになることを指します。Freudは、欲求が過度に満たされた場合にも、反対に著しく満たされなかった場合にも、固着が生じうると考えました。

退行、英語ではregressionとは、後の時期に強い不安や葛藤に直面したとき、以前の発達段階に対応する、より幼い行動や満足の仕方へ戻ることを指します。例えば、大きな不安を経験したときに、依存的になったり、以前の習慣が再び現れたりすることを、精神分析では退行として理解する場合があります。

ただし、口唇期への固着が特定の性格を生み、肛門期への固着が別の性格を生むという対応関係は、現代の発達心理学において十分に確認されているわけではありません。固着や退行は、精神分析の理論や臨床において用いられてきた概念ですが、そのまま客観的な発達法則として扱うことはできません。

ここまで説明してきたように、Freudの心理性的発達理論は、子どもの発達を口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期という段階に分け、各時期の身体的快、欲動、養育者との関係、葛藤の処理が、その後の人格形成に影響すると考える理論です。とりわけ、幼児期の経験が成人後の人格や心の問題に長期的な影響を与えること、子どもの心にも無意識的な願望や葛藤があることを強調した点は、心理学や精神医学の歴史において大きな意味を持ちました。

その一方で、五段階がすべての人に普遍的な順序と形で現れることや、各段階での経験が特定の成人性格を生み出すことは、現代の発達心理学では十分に実証されていません。Freudの理論は、主として成人患者の臨床例や、患者が語った幼少期の記憶をもとに形成されました。そのため、子どもを大規模に追跡した発達研究によって構築された理論ではなく、仮説を客観的に検証し、同じ結果を再現することが難しいという問題があります。

また、Freudの理論には、男性の発達を基準とする傾向、異性愛を成熟の標準とする傾向、母親と父親からなる家族を普遍的な前提とする傾向もあります。現代では、性別、ジェンダー、性的指向、家族形態、文化の多様性を踏まえて、人の発達をより広く捉える必要があります。

したがって、Freudの心理性的発達理論を学ぶ際には、理論の内容をそのまま現在の科学的事実として覚えるのではなく、歴史的にどのような問題を提起した理論なのかを考えることが重要です。無意識、幼児期の経験、親子関係、心の中の葛藤が人の発達に関係するという視点は、その後の心理学、精神医学、臨床心理学、文化研究に大きな影響を与えました。しかし、口唇期から性器期までの段階や、エディプス・コンプレックスを、現代の実証的発達心理学によって確定された普遍的事実とみなすことはできません。

Freudの理論には、現代の知見から見れば受け入れにくい部分が少なくありません。それでも、人間の行動を表面に現れたものだけで説明せず、その背後にある欲望、不安、葛藤、過去の経験に目を向けた点は重要です。理論の限界を理解したうえで、その歴史的意義と、現在にも残る問いを見極めることが、この理論を学ぶ意味だといえるでしょう。