【要約】
乳児のコミュニケーションは発語以前から始まり、一語文、二語文、多語文へ連続的に発達する。幼児期以降には言語自体を考えるメタ言語意識も育つが、発達時期には個人差がある。
ーーーー講義録始めーーーー
はじめに――言語とコミュニケーションの発達
コミュニケーションの発達についてお話しします。私たちが人と関わっていく上で、言葉は極めて重要な役割を果たします。私たちにとって重要な言語がどのような過程をたどって発達するのか、そうした言葉の発達を周囲の大人はどのように支えることができるのか、そして言葉を使えることが私たちに何を可能にしているのか、といったことについて考えてみましょう。
本日取り上げるテーマは3つです。言語の発達、言葉を育てること、そして語り(ナラティブ、narrative)という3つについてお話しさせていただきます。
赤ちゃんのことを英語で infant といいます。Infant は、古フランス語の enfant を経て、ラテン語の infans に由来する言葉です。語源をたどると、in- は「~でない」、fant- は「話す」という意味を持ち、infans は「まだ話さない者」「話すことのできない者」という意味になります。ただし、これはあくまで語源上の意味です。現代英語の infant は主として乳児や幼い子どもを指す言葉であり、「言葉がない」という意味で用いられているわけではありません。
私たちは、生まれたときには、成人のような意味のある単語や文をまだ話すことができません。しかし、これは新生児や乳児がコミュニケーションの手段をまったく持っていないということではありません。赤ちゃんは泣き声、表情、視線、身体の動きなどによって周囲の人に状態や要求を伝えています。その後、周囲の音声を聞き、他者とのやり取りを重ねながら、喃語、身振り、言葉の理解、最初の発語へと進んでいきます。多くの子どもは1歳前後までに意味のある言葉を使い始め、1歳後半から2歳頃になると複数の語を組み合わせ、3歳頃までには短い文を使って要求、経験、理由など、さまざまな内容を話せるようになります。ただし、こうした発達の時期や進み方には、子どもによってかなりの個人差があります。
ある3歳児は、床に蚊取り線香を出した大人に対して、弟のことを心配し、「ちゃん、まだちっちゃくてわかんないんだから、そんなとこ置いちゃだめよ」と注意したとされています。「まだちっちゃくてわかんないんだから」という理由を示す部分と、「そんなとこ置いちゃだめよ」という禁止を伝える部分が結び付けられており、弟が危険を理解できないことを理由として、大人の行動を止めようとする発話になっています。また、「そんなとこ」という指示表現は、その場にいる相手と場所を共有しているからこそ意味が通じる表現です。この発話からは、子どもが単に単語を並べているのではなく、相手、場面、理由、行動の結果を結び付けながら言葉を使っている様子がうかがえます。ただし、この発話例については出典や記録時の詳しい状況が示されていないため、実際の年齢や発話の正確な形を確認することはできません。また、冒頭の「ちゃん」は、弟の名前や愛称の一部が省略されたものとも考えられますが、原資料がないため確定することはできません。
同じ内容を英語で表す場合には、日本語とは異なる語順や文法形式が用いられます。しかし、日本語と英語では文法体系や、文の意味を理解するために利用される手掛かりが異なるため、この一つの発話例だけから、日本語を話す3歳児の方が英語を話す3歳児よりも複雑な内容を容易に表現できると結論づけることはできません。言語ごとに、子どもが早く習得する表現や難しさを感じる文法形式には違いがありますが、それは言語能力全体の優劣を示すものではありません。
就学年齢頃までの言語発達は、理解しやすく整理するために、次のようないくつかの時期に区分して捉えることができます。まず、意味のある言葉を安定して話し始める以前の「前言語期」、初めの言葉が出てくる「一語文期」、単語と単語をつなげて話すようになる「二語文期」、さらに長く複雑な文を話せるようになる「多語文期」、そして言語そのものを意識して考える力が顕著に発達していく時期です。
「前言語期」とは、おおむね最初の意味のある言葉が現れる以前の時期を指します。一般には出生から1歳頃までが中心になりますが、発語の時期には個人差があります。また、「前言語」という名称から、コミュニケーションがまだ始まっていない時期だと考えてはいけません。赤ちゃんはこの時期にも、泣き声、発声、喃語、表情、視線、身振りなどを使って、周囲の人と活発に関わっています。
次に、初めの意味のある言葉が現れる「一語文期」があります。「マンマ」「わんわん」などの一つの語が出てくる時期です。一つの語であっても、子どもが「マンマ」と言いながら食べ物に手を伸ばしている場合には、「マンマが欲しい」「マンマを食べたい」という文に相当する意味を伝えていることがあります。また、「わんわん」と言いながら犬を指さしている場合には、「犬がいる」「犬を見て」という意味を表していることがあります。このように、一つの語が文全体に近い働きをする発話を一語文、英語では holophrase と呼ぶことがあります。ただし、その意味は語だけで決まるのではなく、視線、指さし、表情、発話が行われた状況などを併せて考える必要があります。
その後、単語と単語をつなげて話すことができるようになる「二語文期」があります。「わんわん、いた」「わんわん、来た」「マンマ、ちょうだい」などのように、二つの語の関係によって、物や人の存在、動作、所有、要求などを表すようになります。多くの子どもでは1歳後半から2歳頃に二つ以上の語の組み合わせが現れますが、一語発話から二語発話へ、ある日を境に一斉に切り替わるわけではありません。一語発話と二語発話がしばらく併存することもあります。
さらに、二語を超えて、より長い文を使う「多語文期」へと進みます。語彙が増え、助詞、助動詞、活用、接続表現などを使いながら、人や物の関係、時間的な順序、理由、条件、自分や他者の気持ちなどを表せるようになります。先ほどの「まだちっちゃくてわかんないんだから、そんなとこ置いちゃだめよ」という発話も、理由と禁止を結び付けた多語発話の例として捉えることができます。ただし、子どもの文法発達は一様ではなく、使用している言語の文法的特徴や、周囲の人との会話経験などによって現れ方が異なります。日本語の発達を英語の語順や文法項目だけで測ることはできず、日本語の助詞、述語、活用、主語や目的語の省略などを考慮する必要があります。
そして、幼児期後半から学童期にかけては、自分や他者が使っている言葉そのものに注意を向ける力が発達していきます。これをメタ言語意識、英語では metalinguistic awareness といいます。メタ言語意識とは、話されている内容を理解するだけでなく、語の長さ、音の似ているところ、文法的な正しさ、言葉の複数の意味など、言語の形や仕組みについて考えたり、それを意識的に操作したりする力です。例えば、しり取りをする、韻を見つける、言い間違いに気付く、同じ意味を別の言葉で言い換える、文を単語に分けるといった活動には、さまざまな形のメタ言語意識が関係しています。
ただし、「メタ言語期」という独立した段階が、多語文期の後に突然始まるわけではありません。語用論的な判断や音への気付きなど、メタ言語意識の一部は幼児期にも見られます。その後、就学と読み書きの学習を通して、言語を音、文字、語、文などの単位として捉え、意識的に分析する力が一層発達していきます。したがって、ここでいう「メタ言語期」は、就学前後にメタ言語意識が顕著に伸びる時期を便宜的に表したものとして理解してください。
以上の区分は、言語発達の大まかな流れを理解する上では役立ちます。しかし、全ての子どもが同じ月齢や年齢で、前言語期、一語文期、二語文期、多語文期、メタ言語意識の発達という段階を明確に区切って進むわけではありません。実際の発達は連続的であり、複数の特徴が重なり合いながら進みます。また、言葉を理解する力と話す力の発達速度が異なることもあります。そのため、これらは固定された発達の階段ではなく、子どもの言語発達を観察し、整理するための目安として捉える必要があります。この点を踏まえた上で、まずはそれぞれの時期にどのようなコミュニケーションが見られるのかを順番に見ていきましょう。
