【要約】
Well-being研究には、幸福感や生活満足、快と不快に注目するhedonic approachと、人生の意味、自己実現、人間として十分に機能することを重視するeudaimonic approachという代表的な二つの流れがある。ただし、hedonic well-beingとsubjective well-being、eudaimonic well-beingとPsychological Well-Beingは、それぞれ完全な同義語ではない。Carol D. Ryffはeudaimonicな立場を代表するPsychological Well-Beingモデルとして、Self-Acceptance、Positive Relations with Others、Autonomy、Environmental Mastery、Purpose in Life、Personal Growthの6次元を提示した。これらは、単なる快い感情だけではなく、自分を受け入れ、人と良好な関係を築き、自律的に生き、環境に主体的に関わり、人生に意味と目的を持ち、成長を続けるという「よく生きること」の多面的な姿を示している。Positive Psychologyもpositive emotionsだけでなく、人間のstrengthsやpositive institutions、flourishingなどを含めてwell-beingを研究している。
ーーーー講義録始めーーーー
ウェルビーイングとRyffの6要素
(生きる意味とwell-being)
生きる意味、生きがいについては、心理学でも大きなテーマとして扱われてきています。その重要な研究領域の一つが、well-beingについての心理学です。well-beingという言葉はWHOの健康の定義でも使われています。WHO憲章の健康の定義にある“complete physical, mental and social well-being”の“well-being”がそれです。日本語では「良好な状態」「満たされた状態」などと訳されますが、一語の日本語に完全に置き換えることが難しいため、近年では「ウェルビーイング」とそのまま表記されることも多くなっています。ただし、WHOが健康の定義で用いているwell-beingと、心理学において発展してきたさまざまなwell-beingの理論は、同じ言葉を使っていてもまったく同一の理論体系ではありません。そこは区別したうえで考えておきましょう。
(hedonicとeudaimonicという二つのアプローチ)
心理学におけるwell-being研究には、代表的な二つの大きなアプローチがあります。それが、hedonicなものとeudaimonicなものです。「well-beingにはこの2種類しかない」という意味ではありませんが、well-being研究の大きな流れを理解するうえで非常に重要な区別です。hedonic approachとは、幸福感、快、不快、生活満足度などに注目する考え方で、幸福をpleasureの獲得やpainの回避という観点から捉えます。この流れを代表する研究領域の一つがsubjective well-being、すなわち主観的well-beingです。そこでは、「自分の人生にどのくらい満足しているか」「positiveな感情をどの程度経験しているか」「negativeな感情をどの程度経験しているか」といった、本人自身による人生の評価が重視されます。ただし、hedonic well-beingとsubjective well-beingは研究上非常に密接に関係していますが、厳密に完全な同義語というわけではありません。
(eudaimonic well-beingとは何か)
他方、eudaimonic approachとは、単に「気分がよい」「楽しい」ということだけではなく、生きる意味、人生の目的、自己実現、自分自身の可能性をどの程度実現しているかというところに注目する考え方です。RyanとDeciは、eudaimonicなwell-beingについて、meaningやself-realizationに焦点を当て、人がどの程度“fully functioning”、つまり人間として十分に機能し、自分自身の可能性を生かしているかという観点から捉えています。このeudaimonic well-beingを考える代表的な理論の一つが、Carol D. RyffによるPsychological Well-Beingです。したがって、「eudaimonic well-beingとはPsychological Well-Beingそのものである」というよりも、Psychological Well-Beingはeudaimonicなwell-beingを具体的に捉える非常に重要なモデルの一つである、と考えるとよいでしょう。
(Positive Psychologyとwell-being)
近年大きく発展してきたPositive Psychologyでも、well-beingは中心的な研究テーマになっています。ただし、Positive Psychologyとは単純に「人間のpositive emotionsだけに焦点を当てる心理学」という意味ではありません。もちろんjoy、hope、gratitudeなどのpositive emotionsも重要な研究対象ですが、それだけではなく、人間のstrengthsやvirtues、人を成長させるrelationships、meaning、achievement、さらには人や集団がflourish、つまりよりよく生き、よりよく機能することを可能にするinstitutionsや社会的条件まで研究対象になります。SeligmanとCsikszentmihalyiが2000年にPositive Psychologyを本格的に提唱した際にも、positive subjective experienceだけでなく、positive individual traits、positive institutionsという複数の水準が示されました。したがって、well-beingを考えるということは、ただ「気分よく暮らせればよい」と考えることではなく、人がどのように自分の可能性を生かし、人とつながり、人生に意味を感じながら生きていけるのかまで考えることでもあります。
(RyffのPsychological Well-Being)
Carol D. Ryffは、Psychological Well-Beingを一つの幸福感だけで捉えるのではなく、6つの異なる側面から捉えるモデルを提示しています。それは、Self-Acceptance、Positive Relations with Others、Autonomy、Environmental Mastery、Purpose in Life、Personal Growthの6つです。それぞれ独立した側面を持ちながら、合わせて人がどのようによく生きているかを多面的に考えようというものです。
(1.Self-Acceptance――自己受容)
まず1つ目はSelf-Acceptance、自己受容です。それは、自分自身に対してpositiveな態度を持つことです。ただし、これは単に「自分は素晴らしい」と思い込むという意味ではありません。自分には長所も短所もあり、過去にはうまくいったこともうまくいかなかったこともある。そのような自分自身のさまざまな側面や、自分がこれまで歩んできた人生を含めて受け入れられることです。自分の一部分だけを肯定するのではなく、自分自身をある程度まとまりのある存在として受け止められる感覚だと考えるとよいでしょう。
(2.Positive Relations with Others――他者とのpositiveな関係)
2つ目はPositive Relations with Others、他者とのpositiveな関係です。それは、他者と温かく、満足でき、信頼できる関係を持つことです。人への共感や愛情を持ち、親密な関係を築き、他者の幸福にも関心を持つことが含まれます。well-beingというと「自分自身が幸せであるかどうか」に目が向きやすいのですが、Ryffのモデルでは、自分だけで完結する幸福ではなく、人との間にどのような関係を築いているのかも重要な要素になっています。
(3.Autonomy――自律性)
3つ目はAutonomy、自律性です。自己決定ができ、自立していることです。ただし、単に「誰にも頼らず一人で何でもできる」という意味ではありません。他者からの評価や社会的な圧力だけに流されるのではなく、自分自身の考えや価値基準を持ち、それに基づいて判断し、行動を調整することができるという意味です。もちろん私たちは社会の中で生きていますから、他者の意見を聞かなくてよいということではありません。他者の意見を受け止めながらも、最終的に自分はどう考え、どう生きるのかを自分自身で判断できることがAutonomyです。
(4.Environmental Mastery――環境制御力)
4つ目はEnvironmental Mastery、日本語では環境制御力、環境統制力などと訳されます。これは、自分の周囲の環境にただ受動的に適応するということだけではありません。自分の置かれた状況を効果的に扱い、生活上必要なさまざまな活動に対応し、自分自身のニーズや価値に合うように環境を選んだり、可能な範囲でつくり変えたり、そこにある機会を活用したりする能力を意味しています。ですから、「環境に対応する能力と達成感」というよりも、自分と環境との関係を主体的かつ効果的に扱うことができるという感覚だと考える方が、この概念には近いでしょう。
(5.Purpose in Life――人生における目的)
5つ目はPurpose in Life、人生における目的です。人生に目標や方向性を持ち、自分の現在や過去の人生には意味があると感じられることです。「自分は何のために生きているのだろう」「これからどちらに向かって生きていきたいのだろう」という問いに対して、何らかの方向性を感じられている状態だと言えるでしょう。人生の目的は、必ずしも非常に大きな社会的使命である必要はありません。自分自身にとって意味があり、「こちらへ進んでいきたい」と感じられる何かを持っていることが重要になります。ここは、先ほどからお話ししている「生きる意味」や「生きがい」と非常に深く関係するところです。
(6.Personal Growth――人格的成長)
6つ目はPersonal Growth、人格的成長です。これは、自分が成長し続けている、自分自身の可能性をさらに発展させていると感じられることです。人生のある時点で「これで自分は完成した」と止まってしまうのではなく、新しい経験に開かれ、それまで気づかなかった自分の可能性を見つけ、時間とともに自分自身が変化し、成長していく感覚です。年齢にかかわらず、人間には変化し、学び、発達していく可能性があるという考え方が背景にあります。
(6つの側面から「よく生きる」を考える)
私も初めてこれを知った時は、確かにこれだけの感覚があればいいだろうなと思いました。自分自身をある程度受け入れることができる。他者との温かい関係がある。他人に流されるだけではなく自分自身で判断することができる。自分の生活環境をある程度自分で扱うことができる。人生に何らかの目的や意味を感じられる。そして、自分は今も成長していると思える。RyffのPsychological Well-Beingが興味深いのは、「幸せですか」という一つの質問だけでは捉えられない、人が「よく生きる」ということのさまざまな側面を示してくれるところにあります。
