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ヘルスプロモーションとは何か――オタワ憲章・バンコク憲章と「犠牲者非難」から考える健康を選べる社会 #放送大学講義録(健康への力の探究第1回その12)

【要約】

 

Health promotion(ヘルスプロモーション)は、salutogenesis(健康生成論)から直接生まれたものではなく、Alma-Ata Declaration(アルマ・アタ宣言)やHealth for All(すべての人に健康を)などの流れを背景に、1986年のOttawa Charter(オタワ憲章)で体系化された。そこでは、人々が自らの健康へのcontrolを高めることに加え、healthy public policy(健康的な公共政策)、supportive environments(支援的環境)、community action(地域活動)、personal skills(個人の技能)、health services(保健医療サービス)の再方向づけが重視される。生活習慣は本人の意思だけでなく、所得、教育、職場、地域環境、social norms(社会規範)、企業のmarketingなどから影響を受けるため、不健康を単純に本人の責任とすることはvictim blaming(犠牲者非難)につながり得る。2005年のBangkok Charter(バンコク憲章)は、globalization(グローバル化)を踏まえ、健康そのものだけでなくhealth determinants(健康決定要因)へ働きかける重要性をさらに明確にした。Health promotionの核心は、個人へ健康行動を要求するだけでなく、「より健康的な選択を、より容易な選択にする」社会条件をつくり、個人のempowerment(エンパワーメント)と社会的resources(資源)の双方を高めることにある。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

ヘルスプロモーションと犠牲者非難批判

(健康生成論とhealth promotion――直接の親子関係ではない)
ここまで見てきたsalutogenesis(健康生成論)の考え方と深く響き合う社会的な健康戦略として、次にhealth promotion(ヘルスプロモーション)について考えてみましょう。ただし、ここで年代と成立の経緯には少し注意が必要です。Antonovskyがsalutogenesisの基本的な考え方を提示したのは1979年ですが、「健康生成論の流れがそのままhealth promotionを生み出した」とする直接的な因果関係は確認できません。WHOの1986年Ottawa Charter for Health Promotion(ヘルスプロモーションに関するオタワ憲章)は、1978年のDeclaration of Alma-Ata(アルマ・アタ宣言)、WHOのHealth for All(すべての人に健康を)、さらに健康のためのintersectoral action(部門横断的行動)など、それ以前から積み重ねられてきたnew public health(新しい公衆衛生)の流れを背景として成立しました。一方で、salutogenesisとhealth promotionには、人を病気のrisk(リスク)だけから見るのではなく、本人やcommunity(地域社会)が持つresources(資源)や、健康をつくり出す条件に目を向けるという大切な共通点があります。その意味で、両者を互いに関連する考え方として理解することはできます。

(health promotionとは何か)
Health promotionとは、人々が自らの健康についての意思決定や行動により主体的に関わり、健康をよりcontrol(コントロール)し、改善できるようにしていく社会的なprocess(過程)です。Ottawa Charterでは、“Health promotion is the process of enabling people to increase control over, and to improve, their health.”、すなわち「health promotionとは、人々が自らの健康をよりcontrolし、改善できるようにするprocessである」と定義されました。ここで大切なのは、「専門家が人を健康にしてあげる」という考え方ではなく、人々自身が自分たちの健康や生活に関わるdecision-making(意思決定)へ参加できるような能力と条件を整えることです。またOttawa Charterは、health(健康)を人生そのものの目的ではなく、“a resource for everyday life”(日常生活のための資源)と位置づけ、social and personal resources(社会的・個人的資源)やphysical capacities(身体的能力)を重視するpositive concept(積極的な概念)として捉えています。

(supportive environmentは重要だが、それだけがhealth promotionではない)
Health promotionでは、supportive environment(支援的環境)をつくることが非常に重視されます。これは、人々に「もっと健康的な生活をしなさい」と求めるだけではなく、その人が実際により健康的な選択をしやすい環境をつくろうということです。ただし、supportive environmentをつくることだけがhealth promotionの唯一の目標なのではありません。Ottawa Charterは、Build Healthy Public Policy(健康的な公共政策をつくる)、Create Supportive Environments(支援的環境をつくる)、Strengthen Community Actions(地域活動を強化する)、Develop Personal Skills(個人の技能を高める)、Reorient Health Services(保健医療サービスの方向を転換する)という5つのaction areas(行動領域)を示しています。つまり、個人の能力を高めることと、その能力を実際に発揮できる社会・環境をつくることの両方を行うのがhealth promotionです。

(「より健康的な選択を、より容易な選択にする」)
その背景には、個人のlifestyle(生活様式)を自分自身でcontrolすることが重要であるとしても、実際には「変えたいと思えばいつでも自由に変えられる」とは限らないという問題があります。Ottawa Charterは、健康へのequity(公平性)を実現するためには、supportive environment、information(情報)へのaccess(アクセス)、life skills(生活技能)、そしてhealthy choices(健康的な選択)を行う機会が必要だとしています。またhealthy public policy(健康的な公共政策)の目標について、“the healthier choice the easier choice”(より健康的な選択を、より容易な選択にすること)という考え方を示しています。例えば、「運動してください」と言われても、安全に歩ける道路や公園がなければ難しいでしょう。「健康的な食事をしてください」と言われても、身近に入手できる食品や価格、所得、労働時間などによって実行可能性は変わります。したがって健康行動は、本人の意志だけで決まるものではありません。

(生活習慣は社会の中でつくられる)
そもそも、現代の個人のlifestyleの多くは、本人だけが孤立して決めているものではありません。家族や友人、職場、学校など所属する集団の行動pattern(行動様式)、所得や教育、働き方、居住環境、文化的なnorms(規範)、さらに企業によるadvertising(広告)やmarketing(マーケティング)などの影響を受けています。WHOは現在、social determinants of health(健康の社会的決定要因)を、人々が生まれ、育ち、働き、生活し、年を重ねる条件と、それらを形づくるより大きな社会的・経済的な力として説明しています。またcommercial determinants of health(健康の商業的決定要因)という考え方では、企業の活動や製品、marketingなどが、私たちのphysical and social environments(物理的・社会的環境)、health behaviours(健康行動)、そして健康そのものへ影響することが問題になります。

(広告やmediaが「当たり前」をつくる)
例えば、かつての映画やテレビなどのentertainment media(娯楽メディア)や広告では、喫煙や飲酒などが大人らしさ、成功、魅力、social status(社会的地位)などと結びつけられて提示されることがありました。ただし、「映画やテレビのスターは煙草を吸い、酒をあおり、車を飛ばし、それが一人前の大人とされた」とすべてを一括して歴史的事実のように表現するのは避けた方がよいでしょう。より確実に言えるのは、tobacco(たばこ)やalcohol(アルコール)のadvertisingやmarketing、media exposure(メディアへの曝露)が、それらをめぐるsocial norms(社会的規範)に影響し、とくに若者の使用開始や消費行動と関連するということです。WHOは現在も、alcohol marketingへの曝露が若者のより早い飲酒開始や飲酒量の増加と関連することを指摘し、その規制を求めています。このように、本人の「選択」の背景には、その選択を魅力的に見せたり、当たり前に感じさせたりする社会・商業環境が存在するわけです。

(victim blaming――なぜ本人だけを責めてはいけないのか)
そう考えると、健康上の問題を抱えた人に対して、「あなたが不健康なlifestyleを選んだのだから、あなた自身の責任だ」と本人だけを責めることには問題があることが分かります。このような議論はvictim blaming(犠牲者非難)という言葉でも批判されてきました。例えば、貧困、教育機会の不足、安全な住宅の不足、不安定な雇用など、本人が簡単には変えられない条件によって健康的な選択が難しくなっている場合があります。その条件を無視して、結果だけを本人の「自己責任」とするなら、すでに社会的に不利な状況に置かれている人をさらに責めることになります。WHOもhealth determinants(健康決定要因)について、人々の健康は生活のcontext(文脈)によって強く規定され、本人が直接controlできない決定要因が多いため、健康状態について単純に本人を非難したり、反対に健康であることを本人だけの功績としたりすることは適切でないとしています。

(Ottawa Charterが示したhealth promotion)
そこで強調されたのがhealth promotionという考え方です。WHOの1986年Ottawa Charterでは、先ほど述べたように、health promotionは“the process of enabling people to increase control over, and to improve, their health”(人々が自らの健康をよりcontrolし、改善できるようにするprocess)と定義されました。そして、単に個人へ健康教育を行うだけではなく、健康を可能にする社会条件そのものへ働きかける必要があるとしました。憲章では、peace(平和)、shelter(住居)、education(教育)、food(食料)、income(所得)、stable ecosystem(安定した生態系)、sustainable resources(持続可能な資源)、social justice(社会正義)、equity(公平性)などを健康のfundamental conditions and resources(基本的条件・資源)として挙げています。健康は個人の努力だけでつくられるものではない、という考え方がここには明確に表れています。

(2005年Bangkok Charterとhealth determinants)
その後、2005年のBangkok Charter for Health Promotion in a Globalized World(グローバル化した世界におけるヘルスプロモーションのためのバンコク憲章)では、globalization(グローバル化)によって変化する健康問題を踏まえ、health determinants(健康決定要因)への働きかけがさらに明確に強調されました。WHOは当時、health promotionを、人々が“their health and its determinants”(自らの健康とその決定要因)へのcontrolを高めていくものとして説明しています。ですから、「健康だけではなく、その健康を決めている条件にも働きかける」という理解は正しいでしょう。ただし、これはOttawa Charterの定義を取り消して別の定義に正式変更したという意味ではありません。Bangkok CharterはOttawa Charterの基本原則を継承しながら、health inequalities(健康格差)、urbanization(都市化)、global environmental change(地球規模の環境変化)、trade(貿易)、products(製品)、services(サービス)、marketing strategies(マーケティング戦略)など、globalized worldで重要になったhealth determinantsへの対応を強化したものです。

(企業もhealth promotionの担い手になる)
Bangkok Charterで特に注目されるのは、health promotionを医療専門家や行政だけの仕事とはしていないところです。Government(政府)だけでなく、community and civil society(地域社会と市民社会)、international organizations(国際機関)、そしてprivate sector(民間部門・企業)にも責任を求めています。企業活動は、製品やmarketingだけでなく、職場環境、文化、wealth distribution(富の分配)などを通して人々の健康とhealth determinantsへ直接影響し得るためです。したがって、「健康的な生活を選んでください」と消費者へ求めるだけではなく、その選択肢をつくり出す企業や政策の側にも責任を問うという考え方が、現代のhealth promotionではますます重要になっています。

(medical careだけでも、個人への健康教育だけでも足りない)
疾病のdiagnosis(診断)やtreatment(治療)を中心とするmedical care(医学的ケア)は、もちろん健康を守るうえで不可欠です。しかしOttawa Charterが指摘したのは、それだけでhealth promotionのすべてを担うことはできないということです。だからといって、「medical careの代わりにhealth careを行えばよい」という単純な話でもありません。Health promotionでは、health services(保健医療サービス)そのものを、治療中心から予防や健康づくりにもより関与する方向へreorient(再方向づけ)すると同時に、healthy public policy、supportive environments、community action、personal skillsなどへ幅広く働きかけます。つまり、疾病を治療するmedicine(医学)を否定するのではなく、それだけでは扱えない健康のsocial、economic、environmental dimensions(社会的・経済的・環境的側面)にも視野を広げるということです。

(個人のresourcesと社会のresourcesを結びつける)
それは、個人が持つknowledge(知識)、skills(技能)、health literacy(ヘルスリテラシー)、SOC(sense of coherence:首尾一貫感覚)などのresourcesだけに注目するのではなく、その人が生活する社会にどのようなresourcesがあるのかにも目を向ける考え方です。情報へのaccess、相談できる人、安全な住宅、働きやすい職場、利用可能なhealth services、十分な所得、教育機会、communityのつながり、健康を守る法律や公共政策なども健康を支えるresourcesになります。Ottawa Charterが、人々にpersonal skillsを身につけてもらうことと同時にsupportive environmentsやhealthy public policyを必要としたのは、このためです。健康への力とは、本人だけを「強くする」ことではなく、本人の力が実際に発揮できる社会的条件をつくることでもあるわけです。

(「より健康的な選択」を可能にする社会へ)
したがってhealth promotionの考え方では、「本人の責任か、社会の責任か」という二者択一にする必要はありません。人は自分自身の健康について学び、選択し、行動する主体です。その一方、その選択肢そのものがどのような社会の中でつくられているのかを考えなければなりません。本人が健康についてcontrolを高めるためには、本人にskillsを求めるだけではなく、健康的な選択が現実に可能で、利用しやすく、公平に提供されている必要があります。Ottawa Charterの“the healthier choice the easier choice”という考え方は、このhealth promotionの発想を非常によく表しています。個人のempowerment(エンパワーメント)と、社会環境への働きかけを同時に進めることが、「健康への力」を社会全体で支えることにつながります。