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ソーシャルキャピタルとは何か――ヘルスリテラシー・対話・全人的医療から考える「共に育てる健康への力」 #放送大学講義録(健康への力の探究第1回その14)

【要約】

 

Social support(ソーシャルサポート)はhealth literacy(ヘルスリテラシー)を支えるresourceになり得る。Health literacyとsocial capital(ソーシャルキャピタル)は相互に関連し、social capitalはnetworks、trust、reciprocityなど、人々の協力を可能にする社会関係上のresourceとして捉えられる。Social capitalは健康やQOLとも関連するが、単純な因果関係ではない。Nightingaleについて「健康とは潜在能力が十分に使われる状態」という直接の一次資料は確認できなかったが、本人はnursing(看護)について、環境を整えて患者のvital power(生命力)の消耗を抑え、Natureのreparative process(自然の回復過程)を助けることを重視した。CBT(認知行動療法)やmindfulness(マインドフルネス)は健康生成論と同一ではないが、対処能力や気づきを支える場合がある。Family medicine(家庭医療)やpeople-centred care(人間中心のケア)では、diseaseだけでなく本人のillness experience、家族、community、利用可能なresourcesも含めて考える。健康への力は本人の生まれ持った能力だけではなく、学習で育つhealth literacyやskills、人とのsocial support、communityのsocial capital、制度やhealth servicesなどが結びつく中で形成される。専門家を含む人々が対話し、参加し、それらのresourcesを共に育てていくことが重要である。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

ソーシャルキャピタルと、共に育てる健康への力

(social supportとhealth literacyの関係)
その意味で、social support(ソーシャルサポート)はhealth literacy(ヘルスリテラシー)の向上を支えるresource(資源)の一つとして注目されています。健康情報を探したり理解したりするときに、相談できる家族、友人、同僚、患者仲間、health professional(医療専門職)などがいることは、情報へのaccess(アクセス)や理解、意思決定を支えることがあります。WHO Europeのhealth equity(健康の公平性)に関する資料でも、health literacyを高めるための取り組みとしてsocial networks(社会的ネットワーク)やpeer support(ピアサポート)を改善することが挙げられています。ただし、「social supportがあれば必ずhealth literacyが高くなる」という単純な因果関係ではありません。本人の教育経験、利用できる情報、医療機関の分かりやすさ、digital environment(デジタル環境)など多くの要因が関係しています。Social supportは、その中の一つの重要なresourceとして考えるとよいでしょう。

(health literacyとsocial capitalは相互に関係する)
そして、health literacyとsocial capital(ソーシャルキャピタル:社会関係資本)の間にも関係があります。ただし、「health literacyがsocial capitalを一方向につくり出す」とまで断定することはできません。研究では、social capitalが人々の情報交換やtrust(信頼)を通してhealth literacyを支える可能性が報告されていますし、反対に、health literacyを持つ人々が地域活動へ参加し、健康情報を互いに共有することによってcommunity(コミュニティ)のつながりを強める可能性も考えられます。したがって、health literacyとsocial capitalは、一方がもう一方を単純に生み出すというより、相互に支え合いながら発達し得るものとして捉える方がよいでしょう。

(social capitalとは何か)
Social capitalとは、日本語では「社会関係資本」と訳されます。この概念には研究者によって複数の定義がありますが、代表的な考え方では、人と人とのnetworks(ネットワーク)、trust、norms of reciprocity(互酬性の規範)、つまり「困った時には互いに助け合う」という期待や規範など、人々が協力することを可能にするsocial relationships(社会関係)の特徴を指します。Robert Putnamは、social capitalを、mutual benefit(相互利益)のためのcooperation(協力)とcoordination(協調)を促すnetworks、norms、trustなどとして説明しました。地域や職場、学校、組織などで、人々が互いをある程度信頼でき、情報を交換し、必要な時に協力できることは、目には見えないけれど人々の活動を支える一種の「資本」になる、という考え方です。

(social capitalはhealth literacyのためだけのものではない)
ただし、social capitalとは「health literacyを向上させるために互いに信頼し協力する文化や風土」だけを指すものではありません。Social capitalはもっと広い社会学的概念です。そのnetworkやtrust、reciprocityが、結果として健康情報を共有したり、困っている人を支援したり、地域で健康課題に取り組んだりすることを助ける場合があります。その意味で、social capitalはhealth literacyやhealth promotion(ヘルスプロモーション)を支えるresourceにもなり得る、ということです。

(social capitalと健康・well-being)
Social capitalが高い地域や集団では、情報が共有されやすい、困った時にsupportを得やすい、collective action(集団的行動)を起こしやすい、といった可能性があります。実際、systematic review(系統的レビュー)やmeta-analysis(メタ分析)では、trustやreciprocityなどのsocial capitalとself-rated health(自己評価健康)、mental health(精神的健康)、quality of life(QOL:生活の質)などとの関連が報告されています。ただし、「social capitalを高めれば必ず健康になる」という単純な因果関係ではありません。どのようなnetworkなのか、誰がそこに参加できるのか、そのnetworkが外部の人を排除していないかということも重要です。強い結束がある集団であっても、その規範が健康に望ましくない行動を促すこともあり得ます。Social capitalも、それ自体が無条件に「善いもの」なのではなく、その質や使われ方を見る必要があります。

(共に健康をつくる経験)
それでも、互いに信頼し、必要な時に助け合い、情報や経験を共有できる関係を築くことは、自分たちのhealth literacyや健康行動を支えるresourceになる可能性があります。そして、「みんなで取り組んだことで以前より暮らしやすくなった」「自分たちの活動によって利用できるresourceが増えた」と実感できる経験は、communityのcohesion(結束)やcollective efficacy(集合的効力感)を支えることも考えられます。自分一人だけが健康になるのではなく、他者とともに健康やwell-beingを支える環境をつくっていく。そのような経験を積み重ねることが、social capitalを育てる一つのprocessになり得ます。

(健康専門職に求められるresource-orientedな視点)
このように見てきますと、健康に関わる専門家には、empowerment(エンパワーメント)やsalutogenesis(健康生成論)の視点を持ちながら活動することが求められるでしょう。つまり、「この人には何ができないのか」「どのrisk(リスク)を取り除かなければならないのか」だけを見るのではなく、「この人にはすでにどのような力やresourcesがあるのか」「家族やcommunityにはどのようなresourcesがあるのか」「それらを生かすために何が必要なのか」と考える視点です。ただし、riskの除去や疾病治療を軽視するという意味ではありません。Risk reduction(リスク低減)とresource enhancement(資源の強化)の両方を考える必要があります。

(Nightingaleが看護について実際に述べたこと)
看護の歴史で著名なFlorence Nightingale(フローレンス・ナイチンゲール)については、「健康とは、持てる力、あるいは潜在的な力が十分に活用されている状態であり、看護とはその力を引き出すものである」という説明が紹介されることがあります。しかし、今回確認したNightingale自身の主要な一次資料であるNotes on Nursing: What It Is, and What It Is Not(『看護覚え書――看護であること、看護でないこと』)では、この文章そのものを彼女自身のhealth(健康)の定義として確認することはできませんでした。したがって、Nightingaleの直接の言葉として引用することは避けた方がよいでしょう。

(Nightingaleの看護観と「生命力」)
一方、Nightingale自身が看護について示した考え方には、ここまで話してきたresource-orientedな視点と響き合うところがあります。彼女はNotes on Nursingの中で、nursing(看護)とはfresh air(新鮮な空気)、light(光)、warmth(温かさ)、cleanliness(清潔)、quiet(静けさ)、appropriate diet(適切な食事)などを利用し、それを“at the least expense of vital power to the patient”、すなわち患者のvital power(生命力)の消耗をできるだけ少なくするように整えることだと述べています。また、nursingはNature(自然)が行うreparative process(回復過程)をassist(援助)すべきだとも述べています。つまり、看護者が外から患者を「治してあげる」というより、本人の身体が持つ回復過程が働きやすいenvironment(環境)を整えることを重視していました。この意味で、「対象が持つ力を発揮しやすい条件を整える」という現代的な理解と関連づけて考えることはできます。

(CBTを単純に「資源を見つける療法」としない)
Psychotherapy(心理療法)についても同様に考えてみましょう。Cognitive Behavioral Therapy(CBT:認知行動療法)は、単純に「健康riskを取り除くのではなく、自分のresourceに気づかせる療法」と定義されるものではありません。CBTでは、thoughts(思考)、emotions(感情)、behaviours(行動)の関係を検討し、苦痛を維持しているthinking patterns(思考パターン)やbehaviour patterns(行動パターン)を見直し、より適応的な対処方法を学んでいきます。そのprocessの中で、本人がすでに持っているskills(技能)やsuccessful experiences(成功経験)、coping strategies(対処方略)などに気づき、それらを活用することもあります。その結果としてfunctioning(機能)やquality of lifeが改善することもあります。しかし、CBTそのものをsalutogenesisと同一視することはできません。

(mindfulnessと「気づく力」)
Mindfulness(マインドフルネス)については、今この瞬間に生じているthoughts、emotions、bodily sensations(身体感覚)、周囲の状況などへ、過度にjudgment(評価・判断)せずにattention(注意)を向けるpractice(実践)として説明できます。Mindfulness-based interventions(マインドフルネスに基づく介入)はstressやmental health、well-beingなどとの関係が研究されています。その意味では、自分の心身の状態に気づき、すぐに反応するのではなく一度立ち止まって対応する力を育てる可能性があります。ただし、mindfulnessの本来の定義も「健康のためのresourcesを発見すること」そのものではありません。CBTやmindfulnessをここまでの健康生成論と関連づけるなら、「本人が状況への新しい対処方法や自分自身の能力に気づくことを支える場合がある」という限定した形で考える方がよいでしょう。

(family medicineとgeneral practiceへの期待)
また、人をwhole person(全人的な人間)として捉え、その人が生活する家族やcommunityまで視野に入れるfamily medicine(家庭医療)やgeneral practice(総合診療)の考え方も重要です。WHOが推進するintegrated people-centred care(統合された人間中心のケア)では、health system(保健医療システム)をdiseaseや医療機関の都合を中心として設計するのではなく、people and communities(人々と地域社会)のcomprehensive needs(包括的なニーズ)を中心に組み立てることが求められています。Primary care(プライマリ・ケア)でも、first-contact access(最初に相談できるアクセス)、continuity(継続性)、coordination(調整)、comprehensiveness(包括性)、people-centredness(人間中心性)が重視されています。

(diseaseだけでなくillness experienceを見る)
そこでは、医学的なdiagnosis(診断)によって明らかになるdisease(疾病)だけではなく、その病気を本人がどのように経験しているのかというillness experience(病いの経験)も重要になります。同じdiagnosisを受けた二人でも、仕事、家族関係、経済状況、価値観、将来への希望などによって、その病気が人生に持つ意味はまったく異なる場合があります。People-centred careでは、医療者が一方的にdiseaseだけを見て治療を決めるのではなく、患者本人のneeds(ニーズ)、preferences(選好)、values(価値観)を尊重し、本人がdecision-making(意思決定)へ参加できることが重視されます。

(患者・家族・地域のresourcesを統合する)
そして、患者や家族がすでに持っているknowledge(知識)、skills、coping experience(対処経験)を生かすとともに、地域にあるmedical services(医療サービス)、social welfare services(福祉サービス)、patient groups(患者会)、community organisations(地域組織)などのresourcesを必要に応じて結びつけていくことも重要です。WHOのintegrated people-centred careでも、engaging and empowering people and communities(人々と地域社会の参加とエンパワーメント)、servicesのcoordination、enabling environment(可能にする環境)の形成が主要なstrategy(戦略)として挙げられています。つまり専門家自身がすべてのresourceを提供するのではなく、本人や家族、地域が持っている力をつなぎ合わせる役割も重要になるわけです。

(health literacyとcommunication)
また、health literacyの向上のためには、市民、患者と医療者とのcommunication(コミュニケーション)が重要です。Health literacyは、ただ情報を「渡せば」高まるものではありません。専門家が分かりやすく説明し、患者が分からないことを質問でき、本人の価値観や生活条件について話し合い、選択肢のbenefits and risks(利益とリスク)を一緒に検討できることが重要になります。WHOのpeople-centred careでも、people、providers、health systemの間でinformation(情報)、decision-making、service delivery(サービス提供)をshared(共有)する長期的な関係が重視されています。

(dialogueが持つ可能性)
そこではdialogue(対話)の持つ力にも注目できます。もちろん、対話さえすれば誰もが必ず共感し合いempowered(エンパワーされた状態)になるわけではありません。医療者と患者の間にはknowledgeやauthority(権限)の違いがありますし、十分な時間がない場合もあります。しかし、互いの立場や経験を尊重しながら話し合い、本人がdecision-makingへ実質的に参加できる対話の機会を増やすことは、患者が自分自身のvaluesやresourcesへ気づき、医療者も患者や家族が持っているknowledgeに気づく可能性を高めます。このようなparticipation(参加)とshared decision-makingは、empowermentを支える重要な条件の一つと考えることができます。

(健康への力は一人ではつくられない)
健康への力は、専門家だけが人々へ「与える」ものでもなければ、本人が一人で努力して身につけなければならないものでもありません。本人、家族、友人、community、患者仲間、health professionals、行政など、さまざまな人々が参加し、それぞれが持つknowledge、experience(経験)、skills、social support、制度、servicesなどを結びつける中で形成されていくものと考えることができます。ここまで見てきたhealth literacy、empowerment、salutogenesis、social support、social capitalという考え方は、それぞれ別の概念ですが、健康を個人の中だけに閉じ込めず、人と環境のinteraction(相互作用)の中で捉えるという点で共通しています。

(「生まれ持った力」だけでなく育てられる力を見る)
Riskを取り除くことだけではなく、一人一人がすでに持っているpotential(可能性)やresourcesに目を向けることは重要です。しかし「誰もが生まれつき十分な健康への力を持っており、それを引き出せばよい」と単純に考えることにも注意が必要です。人が利用できるresourcesは、教育、所得、家族関係、community、health services、社会制度などによって大きく異なります。またhealth literacyやself-management skills(セルフマネジメント技能)のように、経験やeducation(教育)、supportを通して後から学び、育てることのできる力もあります。したがって健康への力とは、生まれ持った能力だけではなく、人生を通じて育てられるpersonal resources(個人的資源)と、人々が互いに関係し合うことで形成されるsocial resources(社会的資源)の双方から成り立つ、と考える方がよいでしょう。

(共に育てる健康への力)
そして、それらのresourcesを一人一人が持ち寄り、互いに学び、支え、必要に応じて社会のenvironmentや制度そのものも変えていくことが、「健康への力を共に育てる」ということなのだと思います。専門家の役割も、健康について正しい答えを一方的に教えるだけではありません。本人が持っている力を見つけ、利用できるresourcesを一緒に探し、必要な情報を理解できるよう支え、本人が自分の意思で選択できる条件をつくり、さらにcommunityが持つ力を引き出していくことが求められます。そのようなparticipatory(参加型)でpeople-centredな関係を積み重ねることで、個人のhealth literacyやempowermentだけでなく、人と人とのtrustやcooperationを含むsocial capitalも育っていく可能性があります。健康への力とは、完成したものを誰かから受け取るのではなく、人と人、人と社会との関係の中で、共に育て続けていく力だと捉えることができるでしょう。