【要約】
アントノフスキーの健康生成論では、人間を単純に「健康か病気か」に二分せず、ease/dis-ease continuum(健康―健康破綻の連続体)のどこかに位置する存在として捉えます。人は完全な健康か完全な健康破綻のどちらかに固定されるのではなく、その位置は様々な条件によって変化します。そのため、疾病を持つことと健康であることも必ずしも相互排他的ではありません。疾病生成的な医学が病気の原因や危険因子、予防・治療を重視するのに対し、健康生成論は、それに加えて「何が人を健康側へ動かすのか」を問います。なお、一般的なかぜは多くが自然に改善するウイルス感染症であり、風邪薬は主として症状を和らげるもので、「薬を飲めば風邪そのものが治る」とする説明は正確ではありません。
ーーーー講義録始めーーーー
健康とは何か──二分法モデルと連続体モデル
(私たちになじみ深い健康観) 多くの人にとって、このような考え方はわかりやすいのではないでしょうか。つまり、病気になったら病院やクリニックに行って、お医者さんに診断してもらい、必要な治療を受ける。そして、病気にならないように予防する。これは私たちにとって非常になじみ深い考え方です。ただし、例えば「風邪をひいたらクリニックに行って、風邪薬をもらって、しばらく飲み続ければ治る」と単純に考えるのは正確ではありません。一般的な common cold(コモン・コールド、いわゆるかぜ)の多くはウイルスによるもので、特異的にかぜそのものを治す薬があるわけではなく、多くの場合は自然に改善していきます。いわゆる風邪薬は、鼻水、咳、発熱、のどの痛みなどの症状を和らげる symptomatic treatment(対症療法)として使われるものが中心です。また、抗菌薬はウイルスそのものには効きません。一方、運動したり、食事に気をつけたり、喫煙を避けたりすることで病気になる危険性を下げようとする取り組みがあります。危険因子を減らして疾病を予防するという意味では、これは pathogenic orientation(疾病生成的志向)に沿った考え方として理解できます。ただし、運動や食生活を整えることは、それ自体が健康やウェルビーイングを高めるという健康生成的・ヘルスプロモーション的な意味も持ちます。したがって、「健康な人と病気の人を分け、病気の原因を見つけ、それを予防・治療する」という部分が、疾病生成的な健康観の典型だと考えるとよいでしょう。
(健康生成論では健康をどう捉えるのか) では、健康生成論での健康の考え方を見ていきましょう。ここで非常に重要になるのが、アントノフスキーが用いた dis-ease(ディス・イーズ)という表現です。通常の disease(ディジーズ、疾病)という言葉をそのまま病名や疾患の意味で用いるのではなく、dis-ease とハイフンを入れて表記することで、ease(イーズ、安楽・良好な状態)の反対側、つまり健康が損なわれた方向を表現しています。日本の健康生成論研究では、この dis-ease を「健康破綻」と訳すことがあります。ただし、これを単純にアントノフスキーが一から作った「造語」と説明するよりも、既存の disease という語をあえて dis-ease と分けて表記し、疾病の有無だけではない健康状態の程度を表現しようとした、と理解する方が正確です。
(健康の極と健康破綻の極) それと対になる健康側について、アントノフスキーの理論を説明する文献では ease(イーズ、安楽・良好な状態)あるいは health ease(ヘルス・イーズ、健康側の良好な状態)という表現が用いられています。日本の健康生成論研究では、こちらを「健康」、反対側の dis-ease を「健康破綻」として説明することが一般的です。したがって、health-ease もアントノフスキーが独立した新語として作った、と強く断定する必要はありません。むしろ重要なのは、「健康」と「健康破綻」を二つの独立した箱として分けるのではなく、その間に連続性を持たせたことです。
(健康―健康破綻の連続体) この dis-ease(健康破綻)の極と ease、あるいは health ease(健康)の極を両端に配置した一本の連続線をイメージしてください。人間の健康状態は、その連続線上のどこかに位置するという考え方が、健康生成論における健康観の基本になります。アントノフスキーの理論では、これを ease/dis-ease continuum(イーズ/ディス・イーズ連続体)あるいは health ease/dis-ease continuum(健康―健康破綻の連続体)として表現しています。日本語の健康生成論研究では「健康―健康破綻の連続体」と呼ばれることが多いので、この講義でも、以後はわかりやすく「健康の連続体モデル」と呼ぶことにしましょう。ここで大切なのは、人間を単純に「健康な人」と「病気の人」に分けないことです。私たちはそれぞれ、この連続体上のどこかに位置しており、その位置は固定されたものではなく、様々な条件によって健康側にも健康破綻側にも移動していく、と考えます。
(健康状態はどちらの方向にも動く) この健康の連続体モデルで重要なことは、先ほど説明した健康を支える要因の位置づけです。健康を支える資源や要因が働くことによって、人は健康―健康破綻の連続体上をより健康な方向へ移動できる、というのが健康生成論の重要な考え方です。ただし、「病気を持っている人は必ず健康破綻側、病気のない人は必ず健康側」という意味ではありません。健康生成論では、疾病の診断の有無とは別に、その人が連続体のどこに位置し、どちらへ動いているのかを考えます。では反対に、この健康の連続体モデルでは、どのようにして人は健康破綻の方向へ移動するのでしょうか。そこには、次に説明する stressors(ストレッサー、ストレスを生じさせる刺激や要求)、tension(テンション、緊張)、そしてそれらにどう対処するかという問題が深く関係してきます。
