F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

ストレスは大事件だけではない?ホームズ&レイのライフイベント尺度と「デイリー・ハッスルズ」をわかりやすく解説 #放送大学講義録(健康への力の探究第2回その7)

【要約】

 

Holmes & Raheは1967年、43の life events(ライフイベント)について、健康への悪影響そのものではなく、生活上必要となる social readjustment(社会的再適応)の大きさを Life Change Units(LCUs)として数値化しました。配偶者の死は100、離婚73、夫婦別居65などですが、結婚など肯定的な出来事も含まれます。高い合計得点と疾病との関連は報告されていますが、個人の発症を確定的に予測する尺度ではありません。Kanner、Coyne、Schaefer、Lazarusらは1981年、日常生活で繰り返される小さな負担を daily hassles として研究し、主要ライフイベントより心理症状をよく予測する結果を報告しました。一方、長期間持続する雇用不安、過重な仕事、経済的負担、環境刺激などは慢性ストレッサーになり得ます。健康生成論では、これらのストレッサーの存在そのものだけでなく、その人が利用できる資源を使いながら、どのように対処し健康側へ動くかを重視します。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

ライフイベント(ホームズ&レイ)とデイリー・ハッスル

(人生上の大きな出来事──ライフイベント) まず life events(ライフイベント、人生上の出来事)です。事故に巻き込まれたり、親しい人が亡くなったり、災害に遭ったりする出来事は、突然起こることがあります。そのような出来事に直面したとき、私たちは大きな驚きや悲しみを経験し、精神的にも身体的にも様々な影響を受けることがあります。ただし、ライフイベントは必ずしも突然起こる不幸な出来事だけを意味するわけではありません。結婚、妊娠、転職、退職など、ある程度予測できる出来事や、一般には好ましいと考えられる出来事であっても、生活に大きな変化をもたらし、新しい状況への適応を必要とする場合にはライフイベントとして扱われます。つまり、ライフイベントを理解するうえで大切なのは、その出来事が「良いか悪いか」だけではなく、生活にどの程度大きな変化をもたらし、再適応を必要とするのかという点です。

(ホームズ&レイの社会的再適応評価尺度) こうした人生上の出来事に注目した研究として有名なのが、米国のThomas H. Holmes(トーマス・H・ホームズ)とRichard H. Rahe(リチャード・H・レイ)による研究です。彼らは1967年に The Social Readjustment Rating Scale(SRRS:社会的再適応評価尺度)を発表し、43種類のライフイベントについて、その出来事を経験した際にどの程度の social readjustment(社会的再適応)、つまり生活の変更や調整が必要になるかを数値化しました。ここで注意してほしいのは、この点数が「健康への悪影響の強さ」を直接表したものではないということです。点数は、その出来事の後に生活をどの程度変え、再適応する必要があるかを表す相対的な重みで、後に Life Change Units(LCUs:生活変化単位)と呼ばれるようになりました。

(ライフイベントの点数) この尺度では、death of spouse(配偶者の死)を100とし、それを基準に様々な出来事の生活変化量が示されました。例えば、divorce(離婚)は73、marital separation(夫婦別居)は65、detention in jail or other institution(刑務所その他の施設への収容)は63とされています。このほかにも、death of a close family member(近親者の死)が63、major personal injury or illness(本人の大きなけがや病気)が53、marriage(結婚)が50、being fired at work(解雇)が47など、肯定的・否定的な出来事の双方が含まれています。結婚のように一般には喜ばしい出来事まで含まれていることからも、この尺度が単に「嫌な出来事の強さ」を測ったものではなく、「生活にどの程度の再適応が必要になるか」を測ろうとした尺度であることがわかります。

(合計得点と疾病との関係) そして、一定期間に経験したライフイベントの得点を合計し、その値とその後の健康状態との関係が検討されました。現在一般に用いられているSRRSでは、過去1年間に経験した出来事をチェックし、その Life Change Units を合計する方法が知られています。HolmesとRaheらの一連の研究では、生活変化の合計量が大きい人ほど、その後に疾病を経験する可能性が高い傾向が報告され、この考え方がライフイベント研究の発展につながりました。ただし、「得点が高ければ必ずストレス関連疾患になる」という意味ではありません。実際の健康状態には、本人の認知的評価、コーピング、社会的支援、経済的・社会的条件、既往歴など多くの要因が関係します。また、1967年の尺度は当時の米国社会を背景として作成されたもので、現代では時代に合わない項目や文化差の問題も指摘されています。そのため、この点数は病気を診断する検査というより、ライフイベントによる生活変化を考える歴史的・研究的な指標として理解するのがよいでしょう。

(日常の小さな負担──デイリー・ハッスルズ) 次に、daily hassles(デイリー・ハッスルズ、日常的ないらだちや煩わしさ)です。日常生活を送る中で、私たちは様々な小さな負担や不愉快な出来事を経験します。例えば、通勤の際に交通渋滞に巻き込まれたり、夫婦喧嘩をしたり、職場で不本意な対応をされたり、予定通りに物事が進まなかったりすると、いらだちや心配を感じることがあります。このように、人生を大きく変えるほどではないけれども、日常の仕事や生活の中で繰り返し経験する小さな要求、不愉快な出来事、心配事などを daily hassles と呼びます。この概念はRichard S. Lazarus(リチャード・S・ラザルス)のストレス研究の流れの中で発展し、1981年にはAllen D. Kanner(アレン・D・カナー)、James C. Coyne(ジェームズ・C・コイン)、Catherine Schaefer(キャサリン・シェーファー)、Lazarusの4人が、Comparison of two modes of stress measurement: Daily hassles and uplifts versus major life events(「ストレス測定の二つの方法の比較──日常的ハッスルズとアップリフツ対主要ライフイベント」)という研究を発表しました。

(日常の小さな出来事が持つ影響) デイリー・ハッスルズが興味深いのは、一つ一つの出来事はそれほど重大ではなくても、それが繰り返されることで心理的な負担と関係する可能性があることです。Kannerらは、中年成人からなる地域住民のサンプルを対象に、Hassles and Uplifts Scales(ハッスルズ・アップリフツ尺度)を10か月間にわたって毎月実施し、主要ライフイベントとの比較を行いました。その結果、ハッスルズ得点は、ライフイベント得点よりも同時点およびその後の心理症状をよく予測しました。また、ライフイベントの影響を統計的に取り除いた後にも、ハッスルズと心理症状との関連が残りました。したがって、「日常の苛立ち事は必ず適応性を低下させる」とまで言うことはできませんが、頻繁に続く小さな負担が心理症状や適応状態と関連することは、研究によって示されています。日常の小さなストレスだから無視してよい、というわけではないのです。

(慢性ストレッサーとは何か) 最後に chronic stressors(クロニック・ストレッサーズ、慢性ストレッサー)です。慢性ストレッサーとは、一度起こって終わる出来事ではなく、長期間にわたって持続する生活上・社会上・身体上の要求や負担を指します。例えば、サービス残業のような形で長期間にわたって超過勤務が続いていたり、極めて負担の大きな仕事をしているにもかかわらず十分な支援や報酬が得られなかったりする状況は、本人にとって慢性的な負担になり得ます。また、有期雇用などで契約終了後の見通しが立たず、雇用の継続について長期間不安を抱えている状態や、不安定な雇用と収入の中で生活を続けなければならない状態も、慢性ストレッサーになり得ます。ただし、日雇いやパート、有期雇用という雇用形態そのものが直ちにストレッサーなのではありません。雇用の不安定さ、将来の予測困難性、所得不足、支援の乏しさなどが長期的に本人へ負担を与えている場合に、慢性的なストレス源として考える必要があります。また、騒音や振動などの物理的刺激に長期間さらされながら生活しなければならない状況も、慢性的な環境ストレッサーとなる可能性があります。このような状態が長期間続けば、心理的・身体的な負担と関連する可能性があります。

(慢性ストレッサーと健康生成論) ここでも健康生成論らしい考え方が重要になります。慢性ストレッサーが存在するからといって、全員が同じように健康を損なうわけではありません。アントノフスキーは、人間はストレッサーの存在しない世界に生きているのではなく、様々なストレッサーが常に存在する世界に生きていると考えました。そのうえで問うべきなのは、「なぜストレッサーがあるのか」だけではなく、「そのような状況の中で、人はどのような資源を使い、どのように緊張を処理し、健康側へ動いていくことができるのか」ということです。また、長期間続く社会的・生活上の状況は、それ自体が慢性的な負担になるだけでなく、そこから主要なライフイベントや日常的なハッスルズが生じる背景にもなります。だからこそ、健康生成論では個人の心の持ち方だけでなく、その人を取り巻く社会的・経済的・環境的条件にも目を向ける必要があるのです。