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慢性ストレスで体に何が起こる?交感神経・コルチゾール・HPA軸と免疫への影響をわかりやすく解説 #放送大学講義録(健康への力の探究第2回その8)

【要約】

 

慢性ストレスは、自律神経系、内分泌系、免疫系などに影響します。急性ストレスでは、交感神経―副腎髄質系が働いてアドレナリンやノルアドレナリンが増え、心拍数・血圧の上昇や血糖の動員などが起こります。一方、HPA軸では副腎皮質から cortisol(コルチゾール)が分泌され、エネルギー動員や炎症・免疫反応の調節に働きます。これらの反応は短期的には適応に重要ですが、慢性的に繰り返されたり調節が乱れたりすると、心血管、代謝、免疫、創傷治癒などへ悪影響を及ぼす可能性があります。ただし、慢性ストレスではコルチゾールが常に高くなるわけではなく、HPA軸の調節異常や糖質コルチコイド抵抗性もみられます。また、NK細胞は副交感神経で単純に活性化し、交感神経で単純に低下するわけではなく、急性・慢性ストレスやホルモン環境によって変化します。なお、慢性ストレスとがん発症との直接的な因果関係は、現在も明確ではありません。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

慢性ストレッサーとストレスの生体反応(自律神経・糖質コルチコイド)

(慢性ストレッサーとは何か) このように、日常生活や社会生活の中で、長期間持続したり、繰り返し経験されたりするタイプのストレッサーを chronic stressors(クロニック・ストレッサーズ、慢性ストレッサー)と呼びます。慢性ストレッサーに長期間さらされることは、心理面だけでなく、心血管系、代謝系、免疫系、睡眠など様々な身体機能と関連することが、多くの研究から示されています。ただし、同じストレッサーにさらされてもすべての人に同じ影響が生じるわけではなく、その人の認知的評価、利用できる資源、対処方法、既往歴などによって影響は異なります。慢性的なストレスは高血圧や心血管疾患の危険性と関連する可能性がありますが、その関係には生活習慣などを介した間接的な経路も含まれています。

(ストレスと病気の関係は単純ではない) ストレッサーへの反応は、次に説明するような自律神経系や内分泌系、免疫系などの生物学的な仕組みを通じて、心身の健康に影響します。ただし、「ストレッサーが精神疾患、がん、心臓病を直接引き起こし、かかりやすくする」と単純に断定するのは正確ではありません。慢性ストレスは、抑うつや不安、睡眠障害、高血圧、心血管疾患などと関連することが知られています。一方、がんについては、慢性ストレスとがん発症との関係を調べた研究結果は一致しておらず、米国National Cancer Institute(NCI:米国国立がん研究所)も、「ストレスががんを発症させるかどうかは明らかではない」としています。ただし、喫煙、飲酒、過食、運動不足など、慢性ストレスに伴って生じる行動が、間接的に一部のがんの危険性を高める可能性はあります。

(自律神経は常に働いている) 夜に寝ているときや、家の中で座ってリラックスしているときには、一般に parasympathetic nervous system(PNS:副交感神経系)の活動が相対的に優位になりやすくなります。ただし、副交感神経は安静時だけに突然「働き始める」神経ではありません。autonomic nervous system(ANS:自律神経系)を構成する交感神経系と副交感神経系は、どちらも常に一定程度活動しており、状況に応じてそのバランスが変化しています。副交感神経が優位な状態では、心拍数が低下する方向に働き、消化管の運動や分泌が促進されます。このため、副交感神経系はしばしば rest and digest(休息と消化)の系と説明されます。なお、「副交感神経によって血液やリンパ液が体の隅々まで運ばれる」という説明は正確ではありません。血流は心臓・血管系によって維持され、血管の多くはむしろ交感神経の調節を強く受けています。リンパ液の循環も、副交感神経だけによって行われるわけではありません。

(交感神経による急性ストレス反応) そのような安静状態の中で、危険や緊張を伴う出来事に直面すると、sympathetic nervous system(SNS:交感神経系)の活動が高まります。交感神経が強く活動すると、心拍数や心筋収縮力が増し、血圧が上昇しやすくなり、気管支が拡張し、肝臓からの糖の動員が促進されます。また、皮膚や消化管の血管が収縮して、骨格筋など活動に必要な部位へ血流を振り向ける方向に働きます。消化管運動は抑えられる傾向があります。この反応は、Walter Cannon(ウォルター・キャノン)が有名にした fight or flight response(闘争・逃走反応)として説明されるものです。ただし、集中して勉強したり仕事をしたりしているときに、常に強い闘争・逃走反応が生じているという意味ではありません。交感神経活動には程度があり、必要に応じて変化します。

(胃の働きとストレス) ストレス時には消化管の機能も変化します。交感神経活動が強まると、消化管への血流が減少したり、消化管運動が抑制されたりすることがあります。ただし、「交感神経が働くと必ず胃酸の分泌が増える」と単純に説明するのは適切ではありません。胃酸分泌は自律神経、ホルモン、胃内の状態など複数の要因によって調節されています。ストレスによって胃酸分泌が増える場合もあれば、逆に低下する場合もあり、その反応は一様ではありません。一方、強いストレス状態では、胃粘膜血流の低下や粘膜防御機構の変化などを介して胃粘膜障害が起こりやすくなる可能性があります。

(アドレナリンと急性ストレス反応) 交感神経系が活性化すると、adrenal medulla(副腎髄質)から adrenaline(アドレナリン、英語では epinephrine とも呼ばれます)や noradrenaline(ノルアドレナリン、norepinephrine)などの catecholamines(カテコールアミン)が分泌されます。これらは心拍数や血圧の上昇、肝臓からのグルコース動員などを促し、身体が急な要求に対応できる状態を作ります。アドレナリンは血糖値を上げる方向に作用します。ただし、「アドレナリンが体温を上げる」と一律に説明するのは正確ではなく、体温反応はストレッサーの種類や状況によって異なります。実験研究ではアドレナリン刺激によって体温低下が観察された例もあり、単純に体温上昇作用とまとめることはできません。

(糖質コルチコイドは別の経路から分泌される) そして、ここでもう一つ重要なのが glucocorticoids(グルココルチコイド、糖質コルチコイド)です。人間では代表的な糖質コルチコイドが cortisol(コルチゾール)です。ただし、糖質コルチコイドは「交感神経が働いている最中に、さらに嫌な出来事が起こったときに血液中へ増える」という単純な仕組みではありません。ストレッサーに対しては、交感神経―副腎髄質系とは別に、hypothalamic-pituitary-adrenal axis(HPA axis:視床下部―下垂体―副腎皮質系)が活性化します。視床下部から下垂体、さらに副腎皮質へと信号が伝わり、副腎皮質からコルチゾールが分泌されます。交感神経系とHPA軸は互いに関連しながら働きますが、同じ経路ではありません。

(コルチゾールの役割) 糖質コルチコイドは、ストレス時に身体が利用できるエネルギーを確保するために重要な役割を果たします。コルチゾールは糖新生を促進し、血糖を維持・上昇させる方向に働きます。また、炎症や免疫反応を抑制・調節する重要な作用があります。ただし、「脳の働きを良くし、ストレッサーによる症状を改善する物質」と一括するのは適切ではありません。糖質コルチコイドには、ストレス反応を成立させる permissive(許容的)作用、反応を促進する作用、過剰なストレス反応を抑制する作用、次のストレッサーに備える作用など、状況によって異なる多面的な働きがあります。短期的には生存や適応に重要ですが、長期間の過剰な曝露や調節異常は有害になり得ます。

(慢性ストレスと糖質コルチコイド) しかし、不快な状況や強い心理社会的負担などが長期間続くと、HPA軸の活動が繰り返されたり、その調節そのものが変化したりすることがあります。ここも、「慢性ストレスではコルチゾールが常に作られ続け、必ず高値になる」と説明するのは正確ではありません。慢性ストレスでは、コルチゾールが高い状態になる場合だけでなく、日内変動の変化や、組織側の glucocorticoid resistance(糖質コルチコイド抵抗性)など、HPA軸の調節異常が起こることがあります。その結果、代謝、炎症、免疫など様々な生理機能への影響が生じる可能性があります。

(タンパク質代謝と創傷治癒) 糖質コルチコイドには、タンパク質の分解を促してアミノ酸を供給し、それを肝臓での gluconeogenesis(糖新生)などに利用する方向の作用があります。しかし、「皮膚や粘膜がタンパク質でできているため、タンパク質を壊して糖を作ることで傷が治らなくなる」という一直線の説明は単純すぎます。糖質コルチコイドが創傷治癒を遅らせる機序には、線維芽細胞の増殖抑制、コラーゲン産生低下、再上皮化や血管新生の抑制などが関係します。したがって、長期間の過剰な糖質コルチコイド作用や薬理学的なステロイド曝露は、創傷治癒を遅延させる可能性があります。

(胃粘膜障害はコルチゾールだけでは説明できない) また、慢性的・強いストレスが胃腸症状や胃粘膜障害に関係する場合がありますが、「コルチゾールによるタンパク質分解と交感神経によって胃粘膜が傷つく」とだけ説明するのは適切ではありません。胃粘膜血流、自律神経活動、酸分泌、粘液・重炭酸などの粘膜防御機構、炎症反応など複数の要因が関与します。さらに興味深いことに、急性ストレス時の内因性糖質コルチコイドには、胃粘膜障害を抑える保護的作用も報告されています。糖質コルチコイドは常に胃を傷つける物質というわけではありません。

(糖質コルチコイドと免疫系) 糖質コルチコイドは免疫系にも大きな影響を与えます。炎症性サイトカインの産生を抑えたり、リンパ球、マクロファージ、樹状細胞などの機能や分布を変化させたりします。ただし、「胸腺の働きが悪くなり、免疫能力が一律に低下する」とだけ説明するのは不十分です。セリエの初期動物実験では、強いストレス条件で胸腺などリンパ組織の萎縮が観察されましたが、現在ではストレスと免疫との関係ははるかに複雑であることがわかっています。急性ストレスでは一部の免疫機能が一時的に高まることもあり、慢性ストレスでは免疫抑制だけでなく、逆に慢性的な炎症や糖質コルチコイド抵抗性が生じることもあります。したがって、「慢性ストレス=免疫全体の低下」と単純化することはできません。

(NK細胞と自律神経) 例えば natural killer cells(NK cells:ナチュラルキラー細胞)は、ウイルス感染細胞や一部の腫瘍細胞を認識して傷害する自然免疫系のリンパ球です。しかし、「副交感神経が働いているとNK細胞がよく働き、交感神経が働くと弱くなる」という単純な関係は確認されていません。ストレス時に分泌されるカテコールアミンや糖質コルチコイドは、NK細胞の分布や活性に影響しますが、その作用は急性か慢性か、刺激の強さ、時間経過などによって変わります。短時間のカテコールアミン上昇によってNK細胞が血液中へ動員され、活性が高まる場合もあります。一方、慢性ストレスや持続的な糖質コルチコイド曝露ではNK細胞の細胞傷害活性が低下することが報告されています。したがって、NK細胞については「副交感神経=活性化、交感神経=抑制」という二分法ではなく、ストレス反応の時間経過やホルモン環境によって機能が変化すると理解する必要があります。

 

 

慢性ストレス_交感神経系とHPA軸_模式図.png