F-nameのブログ

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恥。

「恥の多い生涯を送ってきました。」と太宰治は書いた。書いた時点で作家といて生きていられるとは考えていなかったのだろうか。この文章に限らず、太宰治にはネガティブnegativeな印象しか抱けず、「走れメロス」以外の作品には触れていない。しかし、長らく生きた人生の現実に照らすと、ネガティブに捉えた方が、真実を言い当てるのには適当なのではないかとも思う。太宰の作品を紐解こうかとも感じる。まあ、それ以前に母校の大先輩たる川端康成の作品も読んでいないのは論外かもだけど。いつまでも縋っているのは如何なのだろうかとも感じるのは、同窓会の役員として問題ありだが。

献血。

駅の高架下に献血車が来ていたので、令和初めての献血をする。

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問診票を入力して、医師の面談を受ける。血圧を測ってもらったら、下が50。元々低血圧なのだが、かなり酷い。献血をするのに支障はなかったけど。検査をする為に、献血本番と逆の手から少し血を採取する。血の濃さもOK。

献血車の中に入る。歴史があるのかやたらとメカニック。順番が来たのでベッドに横たわる。Networkが張り巡らされており、過去のデータにつき確認される。数分かけて400mlを抜く。看護師さんの指示で足を組み替えたり(立ちくらみの防止のため)、掌を握ったり解いたりしているとあっという間。献血車を出てユックリ休む。Aquariusが美味。

暫くは献血が出来ない。茨木の献血ルームにも行きたいけれど。まあ健康診断が間近なので、注射針を怖がらずに済みそう。後は景品としてボールペンを貰った。仕事に使うかも。

朝鮮半島における南北分断体制の成立(韓国朝鮮の歴史第14回)

45年からの朝鮮半島の歴史は、国際政治の変化とかなりリンケージlinkageしているのが分かる。

 

45年8月15日の朝鮮解放から。分断状態の固定化。国内的国際的背景と要因。今日にも繋がる。
45年8月10日。ポツダム宣言の受諾。15日に朝鮮建国準備委員会。全国に人民委員会。9月初めには左派が主導を。38度線で米ソは分割占領の方針。米軍政庁。アメリカソ連中国イギリスによる信託統治案が。右派は反発。46年3月から5月にかけて、米ソ共同委員会。朝鮮共産党は9月に再建。労働党の発足。共産主義運動は北部が中心に。米ソは冷戦体制に。南北で単独政権の動き。47年2月に北朝鮮人民会議。独自の統治機構。南はインフレでアメリカの援助に頼る。食糧難に。軍政への不安。46年9月、9月ゼネスト。左派政党への弾圧。47年5月。米ソ共同委員会。再び決裂。国連は南朝鮮の総選挙を。李承晩は南北協調の勢力を批判。済州島で軍事衝突。48年5月10日に単独選挙。8月15日に大韓民国の成立。韓国。北朝鮮でも単独政権の動き。貨幣体系が切り離される。最高人民会議の選出。朝鮮民主主義人民共和国の樹立。北朝鮮。武力による統一。ソ連軍米軍の撤退。韓国の軍事力の低下。朝鮮戦争。安保理で38度線北への撤退を。国連軍の上陸。中国人民志願軍の南下。一進一退。38度線で膠着。休戦への動き。53年7月21日、休戦協定の調印。国連軍と北朝鮮との間で。韓国は当事者ではない。非武装地帯。南北分断の固定化。
李承晩政権は安定していた訳ではない。57年まで反乱、レッド・パージ。国家保安法。共産主義運動の非合法化。韓国民主党は議院内閣制を主張。50年5月の選挙で支持基盤は不安定に。四捨五入改憲。進歩党への弾圧。60年にデモは全国に。419学生革命。零細農体制は改善されず。地主を産業資本家へ転換を企図。必ずしも成功せず。経営能力は高くなく、戦争で破壊されたことも。戦争後はアメリカの援助に依存して経済成長。農産物価格の下落をもたらす。離農が進む。工業化の労働力となる。49年。朝鮮労働党。投書は多様な勢力で対立。戦争開始後は金日成に権力集中。社会主義化。農業部門では既に土地改革。53年から58年に共有化など。工業部門では重要産業施設に加え共同化。49年からソ連の援助。軍需工場。経済援助。工業化に多くの資金。重工業化。軍備拡張。千里馬運動。生産意欲の誘発。59年には千里馬作業班運動。共同農場。上部からの政治工作で。
韓国では議院内閣制に。60年8月に国務総理。北朝鮮との宥和政策。中小企業の育成。経済的困窮は解消されず。軍部の青年将校は不安。61年5月にクーデタ。政党の解散とメディア統制。朴正熙。軍事政権。半民主行為の処罰。容共思想を取り締まる。KCIA。政治工作。反面で民政移行を公約。63年7月に政党の活動の解禁。朴正熙政権。日韓会談の再開。援助経済からの脱却。外貨導入の見通しを。日韓基本条約。日本の経済協力。屈辱外交との批判。デモは朴正熙の退場へ。調印直前になると再度デモ。言論統制策。65年にベトナム戦争への派兵を決定。ベトナム特需。経済成長の原資。財閥成長。輸出志向型工業化。軽工業の発達。道路網などのインフラ整備。基幹産業の整備。社会不安も増大。労働運動の件数の増大。金大中の健闘。地域の感情的対立。国家主義的教育。政権批判の動き。71年に国家非常事態宣言。北朝鮮では資金調達の躓き。ソ連東欧諸国の援助が無かった。軍事費の増加。国防費が全予算の30%以上。中ソと等しく距離を取る。関係は安定せず。援助の激減。キューバ危機。ソ連はキューバを見捨てた?軍事費の増加。農業生産の不振。内部でも路線対立。社会主義をどう理解すべきかの理論的問題。60年代後半から主体思想。思想における主体など。一国社会主義を正当化するイデオロギー。テレビなどで喧伝。抗日遊撃隊の記憶。体制形成。韓国やアメリカに強硬姿勢。遊撃隊が青瓦台に進撃。71年からアメリカが中国との和解に。南北対話路線へ転換。米中の接近で外交関係の見直しを。南北離散家族問題。南北赤十字社の会談。相互訪問が秘密裏に。南北共同声明。南北常設委員会は進展せず。南北で独裁体制の強化。

 

韓国朝鮮の歴史 (放送大学教材)

韓国朝鮮の歴史 (放送大学教材)

 

 

名誉。

名誉職とされるポジションpositionは世間に結構「あった」。過去形なのは減る傾向にあるから。昔は極端に言えば、内閣総理大臣も名誉職だった。権謀の限りを費やして登り詰め、大過なく勤めて勲章を貰う、みたいな。勿論、今はそういうのが通用する時代では無くなっている。何かとトップの責任が問われる傾向に。無責任よりはマシかもしれないけれど。日本で究極の名誉職とされるのは皇室の方々なのだろうが、同様にお気楽とはいかないのはご存知の通り。

高槻市役所。

障害者手帳が3ヶ月以上かかって、漸く更新されるとの手紙を受け取り、仕事の前に市役所に行く。2年ごとの更新は面倒臭いなあとも思うが、必要なこと。

始業時間は8時45分だが、市役所の中には早く入れる。番号札発行機がやたらとハイテク。

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呼出番号の掲示も大々的に。

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市役所の建物では耐震工事をしているのだが、そのついでに内装や業務システムを新調している模様。お金があるなあというのが印象。防災公園も順次作っている。財政面は大阪ではマシな方なのだろう。夕張みたいにならないのは高槻市民として救われる。

セルフメイド・マンが行く(政治学へのいざない第4回)

お二方の獄中日記を読んでみたくなった。

 

オモテがあればウラがある。独立独歩型人間。奔放な性格に価値。論理や言葉を必要としない。戦後は大きく変わった。共存共栄。日本船舶振興会の笹川良一。巣鴨プリズンの日記。戦犯容疑者の人間関係。同じく右翼系実業家の石原広一郎。彼も獄中日記を。学校型秀才は弱し。最後の黒幕。戦後のフィクサーなどおどろおどろしい言葉。別の価値観で生きている世界。戦前は統治システムが透明性を持っていなかった。曖昧なまま成立。戦後はデモクラシーの論理。自分たちの世界でも常識。統治の世界も透明性が。デモクラシーの論理はますます太くなる。理論や言葉を必要としない世界。戦前はそれで充分だった。独立独歩型人間。存在するだけで意味がある。しかし戦後の状況では、存在は後ろに退くことに。存在と論理との共生。デモクラシーと密教。相互補完関係に。デモクラシーとセルフメイドクラシー。スキャンダルの形で出てくる。世論で追い詰められる。黒幕、フィクサーという言葉で封じ込める。デモクラシーの論理では在ってはならない。唾棄すべき存在となってしまう。笹川良一の日記。人間模様。人間としての迫力。45年の敗戦というものは、絶好のチャンス。12月。食糧事情の悪化。食の問題が深刻。人間性を失わしめる。秩序感。食事。尊厳が失われる。ミクロに観察し続ける。敗戦責任と重なる。食欲以外にない。高位高官が順位に割り込む。こういう人間が居たから日本は負けた。食事の争奪戦が過激に。実に卑しき人物。動物化。配給において。当番が配給量を操作。煙草で買収。食事の争奪戦の本格化。所長に進言。自分の食事を盗むと投書したのでパーに。無位無官の世界で鍛えられた。肩書のみで生きた人間の弱さ。戦前の統治の世界の限界。46年後半期。酷暑との戦い。米は大丈夫?痩せ我慢の精神。食料の好転の反面で使役労働の問題が。アメリカ人は批判する資格はあるのか?何故に暴行に?所長に手紙を書いたから?懲罰を喰らった人間の逆襲。強靭な神経と体力で耐えに耐え抜く。衆人環視のもとで。弱音は禁物。身を挺したヒロイズム、美学。侮辱と虐待、韓信の股くぐりの数倍に。止む。存在をかけたサバイバルに成功する。巣鴨プリズンについては食事闘争で周囲に知らしめる。肩書が通用しない世界の存在感を。よく戦えり。周辺の人々も証言。最も酷い使役懲罰は笹川良一。無抵抗主義を通す。人間としての迫力でサバイブ。論理でなく存在。石原広一郎の獄中日記。前途に希望。夕食の折に。村田省蔵など。なかなか元気。気分は明朗。戦前の右翼系実業家。南への進出を。二・二六事件。独立独歩型人間の系譜に。戦後は石原産業の社長に。翌日からドンドン入所。梨本宮殿下。運動場。みんな揃った?名士が一同に、再開を懐かしむ。不思議に描写が明るい。6回も監房の部屋替えで人間関係も変わる。微妙な揺れ。A級に悪意?食事は唯一の楽しみ。子供のよう。オモテとウラ。高位高官の尊厳は急速に失われる。老人も不平。露骨な醜い問題。若者の前でもブツブツと。敗戦の大責任者として切腹も出来ない恥知らぬ者。極東軍事裁判では海軍善玉論だが、懐疑的。海軍の各大将は漫然と生き延びる。海軍関係者の人間の尊厳の喪失。岸信介と一緒になり、高く評価する。元々政治的な主張を異にしていたけれど。統制経済で理屈通りいかないのを痛感したのでは。巣鴨プリズン内で期待の存在に。笹川良一も岸信介を評価。学歴秀才型でない人間の評判は良かった。セルフメイドマン。中庭への自由散歩が許される。自由は代え難い。自由散歩で人間関係はどう変わった?トランプ組など趣味でグループが出来る。碁組。人数の減少で自由散歩は中止に。俳句や和歌、狂歌。何かを紙に書く。暫く経つと映画など慰問もあった。巣鴨プリズンの生活の総括。何事も癪に障るが、苦にならないように。官僚軍人は家畜の生活に馴染まず。かつての殿様や軍人であっても教養を持つ者は人間の尊厳を辱めることは無かった。巣鴨プリズンは無くなったけれど、戦犯と称される者が苦しい生活を送った縁はない。近代化で育成された官僚や軍人に意外な弱点が、人間的弱さ。現在にも共通のことかもしれない。頂門の一針。セルフメイドマンの宿命。笹川良一とその一族。糾弾をされ如何に生き延びたか。

 

政治学へのいざない (放送大学教材)

政治学へのいざない (放送大学教材)

 

 

正直。

正直なところ嘘をつかない人は居ないのでは、とパラドキシカルparadoxicalな文を綴ってみた。ううみゅ。自分でもよくわからない。嘘の効用もあるけど、自分に正直であることは、ビジネスの面でもプライベートの面でも処世術として有効なのだと考える。嘘は嘘を呼び込むし、矛盾を防ぐ為には一々話した嘘の内容を覚えていないといけない。それは至難なことだろう。せめて自分でハンドルhandle出来る範囲に嘘は留めておくべきだろう。外交でも嘘は必須なのだろうが、限界はわきまえておいて欲しいと思う。