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「都市法概説」。

都市法概説、という書籍を見かける。

 

都市法概説〔第3版〕

都市法概説〔第3版〕

 

 都市計画法などの法令を扱う書籍らしい。「都市法」とは初めて聞いたけれど。考えてみれば日本は都市だらけなので、そういう領域を扱う法分野はあって当然なのかもしれない。宅建試験では勉強した筈だけど、かなり忘れているので、勉強し直した方が良さそう。一市民として無関心では居られない分野なので。

明治維新と天皇(日本政治思想史第6回)

天皇論にリアリティrealityがあったと思う。天皇を利用する支配の仕組というか。

 

1792年。1804年。1808年。1827年。諸外国の船が。異国船打払令。会沢。攘夷論に影響。西洋列強。神州を脅かそうとしている。キリスト教が布教すると実質的植民地に。天皇の祭祀。大嘗祭。新嘗祭。収穫祭。天皇が天照大神に捧げる。キリスト教に対抗。会沢正志斎。後期水戸学。天皇の権威を強調。異国船の脅威に対するプラグマティックなもの。天皇がきちんと祭祀を。宗教になることが出来る。
明治天皇。1867年に即位。東京で大嘗祭。伊勢神宮に参拝。八咫の鏡がある。天皇が天照大神の子孫であることを印象づける。これ以降神宮に盛んに。宮中祭祀を新たに作る。紀元節。春季皇霊祭。神武天皇祭。など。祝祭日の制定。1888年には賢所。皇霊殿。宮中三殿。治定される。万世一系のイデオロギーに現実が追いついていなかった。新たな神社。明治神宮。東郷神社や乃木神社。軍人を祀る神社。戦死者を神として、東京招魂社。靖国神社。英霊。1879人に改称。陸海軍の直轄。他の神社の内務省ではなく。無条件で神になる。これまでの神道には無かった。神道の宗教性は靖国神社が一手に引き受ける。英霊として合祀。「靖国問題」。御羽車。死の悲しみはある筈だけど、喜びに転化している。
明治維新政府。神道国教化をあっさり放棄。天照大神を持ち出して天皇の権威を強調することを止める。視覚的支配を受け継ぐ。天皇の全国巡幸。歴代の天皇で初めて、北海道から九州まで全土を回る。天皇を知らない地方の人々に存在を知らしめる。天皇はSymbolに。鉄道や電気という具体的なもの。天皇を実感させる。嘉人皇太子も受け継ぐ。大正になると政治家も積極的になる。我田引鉄。巡幸では天皇は無言。帝王学。儒教の理想とされる伝説的な。言葉ではなく内面の徳を強調。民権派が各地を演説して回る。言葉を通して。天皇だけが無言で回る。儒教の民本主義。天皇での直訴を一時的に認めるも、明治3年に早くも禁止される。建白書を受理する機関に。結果として民主化がスムーズに。儒教思想が全面的に排除される訳ではなく、徳としての側面は継承。教育勅語。徳は深くあついもの。徳の道を歩いていきたい。天皇が徳を発する源。1879年、憲法が発布。久野収「現代日本の思想」。帝国大学では密教。天皇機関説。天皇への直訴が無くなった訳ではない。田中正造。1927年1928年に頻発。未遂に終わったが。新聞に大きく報道され、社会的反響が。非常手段によって。

 

日本政治思想史 (放送大学教材)

日本政治思想史 (放送大学教材)

 

 

機械的行為。

日常の行動は殆どルーティンroutineで済ませている。いちいち注意を払うことは無い。けれども、後になって本当に実行したのか分からなくなることが、私の場合は往々にしてある。無意識的にしていることの代償を払っているのだろうか?かと言って全て意識的にするとなると疲れてしまうかもしれない。一番良いのは行為自体に意識を集中させて、五感を持ちながら行動をすることだろうか。過去や未来のことは意識からシャットダウンshutdownするのが良いのかも。現在のみが存在する全てなのだから。過去は及ばず未来は知られず。

国学と復古神道(日本政治思想史第5回)

高校で日本史をやらなかったのが祟ったか、固有名詞が、、、orz 国学についてはなんとなくわかった気がする。

本居宣長。儒学の多様化。儒学を否定する国学。日本の古典を研究。中国とは違う日本の特有のものを。平田篤胤。本居宣長。歌論。人間の本質は和歌を詠むことにある。もののあはれをしる。儒教朱子学の批判に繋がる。やまとごころとからごころ。中国では周辺諸国と比較をするという発想自体がない。小中華。朝鮮こそ儒教朱子学を引き継ぐもの。中華思想ではなく、儒教そのものを批判。からごころに汚染される前の日本精神。古事記伝。記紀。日本書紀にはからごころが入っている。「日本」と言う必要はない。国産み。天照大神。スサノオ。出雲に追放。荒唐無稽でしかない?古事記は事実のストーリーだと宣長はみなす。中国は?革命によってしばしば王朝が交代する。卑しい国民。日本とは対照的。古事記第一主義と、必要に応じて日本書紀を。顕。タカミムスビ。オオクニヌシ。復古神道。平田篤胤。顕は天皇が治める。国学の宗教化。平田篤胤。キリスト教からの影響を。オオクニヌシが判断。国学の前提そのものが崩れる。
明治維新以降。「夜明け前」。王政復古。実際は?明治維新によって神祇官が設立。太政官の上。天照大神を主祭神に。天皇がオオクニヌシに審判されることを避ける。仏教とは異なり神道は民衆的根拠がない。文明開化。明治維新を正当化する一時的方便に。明治維新の夢が破れる。一気に全てが否定された訳ではないけれど。出雲大社。神道の国教化は敗れる。伊勢派。出雲派。神道事務局。オオクニヌシを合祀すべきか?出雲派が事実上敗北。宣長や篤胤の思想の排除?国家神道体制。教派神道に限る。国家神道は宗教的なものを排除。

 

日本政治思想史 (放送大学教材)

日本政治思想史 (放送大学教材)

 

 

「問題解決のための忘却メソッド」

昨日から今日にかけて1冊書籍を読了する。この書籍↓

 

思考の整理術 問題解決のための忘却メソッド

思考の整理術 問題解決のための忘却メソッド

 

 記憶につき「宣言的記憶」(文章のような記号や言葉を使って表されるもの)と「スキルの記憶」(練習や経験を積むことでスキルとして身につく、一本足打法やスピーチ能力)に分けていて、両者は相半端するようなことが書かれている。けれど、理由がいまいち良く分からなかった。宣言的記憶が多い方が事例が多くて、スキルの記憶も増すのではないかと思うが。

後、失敗をノートにつけて、何故に失敗したのか理由を突き止めて、後は綺麗サッパリ忘れること、というのは説得力があったので、実践したい。まあ忘れられることが出来れば苦労しないとは思うけれど。

厳格さ

失敗などを許さないということ。他者に求める人間は多いけれど、自分にブーメランが飛んでくることもこれまた多い。「そういう自分はどうやねん」等と。かと言って自分自身に厳格さを要求する、つまりは完璧主義者になると、自分自身が追い詰められてしまう。勿論、失敗やミスをしないようにするのは必要なことだけど、過剰に自分を追い詰めるのは控えなければ。仮に起こったとしても、後から対処すれば良いのだから。一番良いのは、他者にも厳格さを求めないこと。過ちを認めて一緒にリカバーrecoverすることが求められているのではと思う。

netでresearchを。

今日の午前は、行き当たりばったりという私の欠点が、そのまま行動に現れてしまった。事前にnetでresearchをすること。事前にresearchしておけば、科学館の展示場閉鎖には気づいたから、他所に行くことが出来たかもしれない。というか京都か神戸へ行くことも出来たはず。ジュンク堂大阪本店の開店時間が10時で無く9時であったことも事前に分かっておけば、スタバで時間を潰すことも無かった。まあ読書を味わえたし、京阪特急には乗れて、書店開拓も出来たから結果オーライだけど。次の休みには気をつけよう。