F-nameのブログ

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落胆。#アラン定義集

昨年の5月に放送大学の特別講義の書き殴りで、或る車椅子の女優が語っていたのを書き起こした。

私、あきらめない!~車いす女優・萩生田千津子の原点~(放送大学特別講義) - F-nameのブログ

荻生田千津子氏は交通事故が原因で車椅子の生活になられた。不幸中の幸いなのは、お亡くなりにはならなかったことだろう。私が子供の頃は「交通戦争」と呼ばれるほど交通事故の数は多かった。警察庁の統計から交通事故の死者の経緯のグラフを引っ張り出したが、減少傾向は明らかであり安堵している。それでも警戒するのは必要だが。

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商店街での自転車の問題。

今朝のことだが、たまたま高槻センター街にあるマクドMcDonaldで朝食をとっていると、自転車で来られたお客様が店舗の前に駐輪した。それを見た店員さんは「他の所に止めていただけませんか」と声をかけ移動してもらった。まあ少しくらいなら止めても大丈夫だと思っただろうけど、ここ高槻センター街でも自転車の問題は深刻である。自転車から降りないで通行したり勝手に店の前に駐輪したり。センター街もわざわざキャンペーンソングを作ったりしている。まあ阪急やJRの駅の周辺には、3時間までなら無料の駐輪スタンドもあるが、空きが見つからないと大変である。ううみゅ。

愛護。#類語新辞典

昨年の7月に自宅で飼っていた犬2頭について書いた。

なつかない。 - F-nameのブログ

犬に限らずペットを飼っている家庭は多い。大概はペットを愛護していると見做すことができる。しかし複数の人間で家庭が構成されていると、中にはペットが嫌いな者も出てくる。私の家では、主に母と姉が食事や散歩をしていたが、私はどうも感覚的に好きになれなかった。それでも小学校で高学年になると多少は慣れたのか、2匹一緒に外に連れ出すことも出来るようになったけど。

蓋然性。#アラン定義集未定義語

或る事柄が起こる確実性や、或る事柄が真実として認められる確実性、この2つの度合い。確らしさ。これを数量化したものを確率と呼ぶ。天気予報の中で降水確率予報と呼称するものがある。雨か雪の降る確率が何%なのかを示す。日本で始められたのは昭和の末期である。私の感覚で言うと、0%なら雨も雪も降らないと見做してよいが、10%以上だと微妙である。個人的には折り畳みの傘を所持しておくことが推奨される。なので確率予報の信憑性はけっこう高いと言い得るだろう。

日経の「法学部離れ」の匿名コラム。

今日5月24日の日本経済新聞の教育欄に、法学部離れについてのコラムが掲載されている。執筆者は或る高校の教諭らしいけど、今年は法学部に進学する生徒がかなり減少したそうである(統計は示されておらずあくまでも印象論の雰囲気を覚えるが)。また論拠として、東京大学に於いて主に法学部に進む文科一類の合格点が二類と三類より低かったのも指摘されている。しかし今年がたまたまそういう結果になったと言えないこともない。

私は浪人時代に法学部に的を絞り大学受験に挑んだ。ターゲットを絞ったことで上手くいったと思う。今でも法学部は「潰しがきく」と思われているのだろうか。まあ日本に居る限り日本国の法律を無視して生きるのも難しいので、今後に役立ちそうなのは肯定は出来ると考えられるけれど。

愛国。#類語新辞典

自分の国を愛すること。今年の2月にロシア軍がウクライナUkrainaに侵攻を改めて開始して、Ukraina周辺に限らず国際環境は激変したと言える。それで防衛費(日本での呼称であるが一般には軍事費とされる)を周辺国の脅威に備え増額するべきだとの意見を頻繁に耳にする。もちろん無抵抗で降伏するべきだと考える人は少ないと思われる。では際限なく防衛費を増やして良いのかとなると判断は難しい。政府の他の支出を振り向けるか、増税でもしない限りは増加分を捻出できないからである。愛国心を持つのは人間にとり自然なことでもあるが、悪事の隠れ蓑になるようなこともある。

真の。#アラン定義集未定義語

神戸大学法学部の元教授の五百旗頭眞先生については、何回かこのblogでも書いたし、放送大学の特別講義についても書き殴りをした。

東日本大震災からの復興に携わって―復興構想会議を中心に―(放送大学特別講義) - F-nameのブログ

教授は1995年1月17日の阪神・淡路大震災で被災をされた。たまたま相方さんの意向で2×4を建てたので家族の方々ともども無事であったのは不幸中の幸いであろう。ただ当日は震源から遠く離れた高槻市でさえ酷い揺れであった。私の友人が神戸市の六甲の辺りで下宿をしていたのだが、辛うじて建物の全壊は免れ生きながらえたそうである。五百旗頭教授の経験は貴重なもので、2011年の東日本大震災の復興では政府の復興会議の議長を務められるに至る。