F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

人生100年時代の老年期課題(発達心理学特論第14回)#放送大学講義録

------講義録始め------

 

21世紀に入り、人生100年時代と言われています。この背景には超高齢化の現状があります。一方で、少子化による労働力不足という社会的課題もあります。平均寿命が伸び、健康寿命も延びる中で、高齢者の労働者としての社会参加の要請が増し、数十年前の高齢者に対するイメージは変容してきていると言えます。

今回は、現代の社会背景に触れるとともに、老年期の発達課題について概観したいと思います。今回取り上げるテーマは以下の通りです。

  1. 老年期とは 老年期における社会背景や発達課題について取り上げます。

  2. 老年期の心理的特徴 老化が心身に与える影響や老年期のパーソナリティーの特徴、また適応について考えます。

  3. 老年期のメンタルヘルスの課題 老年期における喪失体験や鬱などの気分障害について取り上げます。

  4. 老年期の臨床心理学的支援の実際 老年期における臨床心理学的支援の具体例についてお話しします。

 

 

 

会議体の限界と政策決定(公共政策第11回)♯放送大学講義録

-----講義録始め------

 

最後に、会議体であることから来る限界も指摘しておきましょう。先ほど述べたように、近年では、政策過程の透明化の要請から審議の公開が進んでいます。しかし、この公開性は合意形成にとって足かせになることもあります。合意形成とは、言ってみれば妥協を伴う取引ですが、外の目がある中では譲歩しにくいことが想像できるでしょう。そのため、特に対立が目立つ案件では、全会一致の合意を得ることが難しいこともあります。

また、会議体の目的が実質的な政策決定、すなわち管理的な活動にまで踏み込むかどうかも関わります。政府の意向もある程度踏まえつつ、様々な利害を調整することができれば、会議体の結論は尊重されるでしょう。しかしながら、その分、論理や根拠の不明確さを受け入れざるを得ないこともあります。逆に、明確な結論を出すことに集中することによって、管理的活動を担う政策決定権者に影響を与えようとする方針もあります。

政府の内部で政策領域に関する専門知識を持つ技術系職員や専門職の存在も重要です。しかし、過度な自立性を持つと、特殊な利害が政策に反映されやすくなるという問題が生じます。こうなってしまうと、業界と結託して独自の王国を作り、組織上の上司も口出しできないといったことがこれまでも指摘されてきました。例えば、1990年代の薬害エイズ問題では、医師でもある厚生省の医系技官、医学の専門家たち、そして製薬企業とが癒着し、安全性がないがしろにされたのではないかという問題が指摘されました。また、道路やダムといった公共工事については、土木技官とも呼ばれる技術系職員が、大学の研究者やゼネコン企業と一体になって強い影響力を保持してきたことが指摘されています。

その背景となっている一つの要因が、人事グループ別管理と呼ばれる仕組みです。技術系や専門職はそれぞれの視点で自律的に人事を行っているため、専門知識を保つことに役立っていると見ることもできますし、それが逆に閉塞的な考え方を生んでいると見ることもできます。また、技術の発展が加速している現代においては、新しい専門知識を持つ人材をどのように取り込むかがより重要になっています。そのため、民間企業や大学で仕事をしてきた経験者を中途採用するケースも増えてきましたし、非常勤の参与のような形で知恵を借りることもあります。

しかしながら、社会が複雑化し、一つの問題が別の問題に波及するという相互の連関が広がっていくと、個別の領域の専門性にとどまらない総合的な観点から公共政策を形成する必要が出てきます。どのような形で複数の専門家を活用し、政策を練り上げていくことができるのかが問われています。先に述べたように、内閣レベルで様々な会議体が乱立するのも、その試行錯誤の一つと見ることができるかもしれません。これからも注視していくべき課題と言えます。

 

 

 

諮問機関と政策形成の限界(公共政策第11回)♯放送大学講義録

-----講義録始め-------

 

次に、諮問機関の限界について考えます。まず、管理的活動に引きずられやすいことがあります。この諮問機関を作り運営するのが、そもそも管理活動を担う行政組織であることを忘れてはなりません。行政官たちは、これまでの経緯や業界の利害、自治体の実施体制、政治状況など、政策過程に関する専門知識も有しています。

その観点から見て、膨大な行政資源が必要となったり、自分たちの組織を揺るがせたりするような知見は、やはり受け入れられないとの判断がなされがちです。同じことは委員の人選にも言えます。学会の中で路線対立があったり、そもそも関係者が少なかったりするような分野の場合は、参集する専門家に偏りができてしまう可能性が捨て切れません。所管する府省が中心になって政策形成を行う場合、大なり小なり既存の人間関係のネットワークの中でのみ政策を作ることになります。

そうすると、異なる知見は政策に反映されにくい構造が生まれます。しかし、社会にはそれとは異なる利害も当然ありますから、政権中枢や他の府省と対立する場合もあります。政権中枢から見ると、所管府省が自分たちの利害に反しないように異なる知見をブロックしているとも見えるわけです。そうなると、既存の諮問機関を使わずに別の機関を設置して政策転換を図ることが試みられることがあります。

つまり、新しい会議体に政権の意向を体現するような専門家を集めることで、既存の諮問機関とは異なる知見を政策過程に取り入れようとします。今までにない知見を基に政策形成がなされるという利点もありますが、他方で、思わぬ副作用を伴う政策になってしまう可能性もあります。

 

 

 

専門家の自立性と政策決定(公共政策第11回)♯放送大学講義録

-----講義録始め------

 

しかし、注意しなければならないのは、2つの専門家を適切に組み合わせることがいつもできるとは限らないことです。ここでは、どこまで専門家や専門職に委ねるのかが絶えず問われることになります。専門家が重要だとしても、民主的な基盤を持たない専門家が決めて良いことにはなりません。言い換えれば、政策領域に関する専門家を使った判断が尊重されることを自立性と捉えることによって、どのような限界があるのか考えていきましょう。

最初に取り上げるのは、評価的活動の自立性です。評価的活動を担う組織を制度的に分離すれば、それだけで自律性が確立できるわけではありません。そのことは、例えば権力分立の観点で独立性が保証されている裁判所や会計検査院といった機関ですが、民主的な統制を無視することはできないことからもわかります。人事権は内閣が持っているからです。

管理的活動を担う政府と方針が鋭く対立するような場合、どちらの言い分を人々が受け入れるのかにかかっています。評価的活動を担う組織の評判が確立し、権威を持っていれば、自由に判断できる幅がそれだけ広がることにもなります。逆に、評判や権威が低いと、評価が骨抜きになるなど、結果として管理的活動に生かされないことにもなります。さらには、そもそも組織を廃止されたり改組されたりすることにもつながることがあり得ます。

この点、評価的活動の難しさは、不確実性を対象とするが故に、絶対に正しいと言い切れないところにあります。要するに、間違う可能性が絶えずあるのです。万が一間違っても仕方ないと世の中から思ってもらえるように、日頃からの評判を積み重ねておく必要があると言えるでしょう。もっとも、評価的活動に絶対に従わなければならないわけではありません。管理的活動は、社会的、経済的な様々な利害を勘案して最終的な判断を行う行為ですので、評価はそのための材料に過ぎないからです。

しかし、往々にして、本来決定の責任を負うべき管理を行う側は、評価を担当する機関の評価を持って自己正当化を試みます。例えば、BSE事件の後にアメリカから牛肉の輸入を再開する際に、本来評価のみを担う食品安全委員会の科学的評価だけを根拠に輸入再開を正当化しようとしたことが知られています。重要なのは、どのようなプロセスで決定に至ったかに関する透明性を確保し、管理的活動を担う政府が自らの判断基準を示して説明することです。

 

 

 

技術系公務員の役割と専門的リテラシー(公共政策第11回)♯放送大学講義録

技術系の職種は公務員試験全体では穴場だとも言われていた(法学部の人間は技術もへったくれもないのでうらやましくもあったのだろう)

 

-----講義録始め-----

 

さて、このように政策過程の中には評価的な活動と管理的な活動がありますが、両者を適切に結びつけていくことが不可欠です。

そのためには、政府外部で保持される政策領域に関する専門知識についても、ある程度は政府内部で保持する仕組みが必要でしょう。そこで鍵となるのが、技術系職員や専門職という公務員の存在です。

印刷教材の図1をご覧ください。このグラフは、各府省で将来幹部公務員となりうる人材を採用する国家公務員の総合職試験の採用区分を表しています。理工学や農学分野などを学んだ学生が採用される技術系が4割弱いることがわかるでしょう。

特に大学院生を対象とする試験では、法律や経済などの事務系よりも技術系の方が多くなっています。実際、事務系よりも技術系の採用が多い国土交通省や農林水産省などもありますし、主に技術系職員で構成される特許庁や気象庁といった組織もあります。さらに、この他に別の試験で採用される医師や看護師なども、厚生労働省では一定の数を占めます。想像するよりもずっと多くの技術系職員が働いているのが公務員の職場なのだということが言えるでしょう。

こうした技術系職員は、それぞれの分野で専門知識が求められる業務に長く従事します。そのため、業界関係者や学界の専門家との人脈を築き、公共事業や医薬品の許認可をはじめとする科学的な政策形成に関して一定の役割を果たします。ただ、たとえ行政組織の中で関係する業務に従事していたとしても、日々の行政実務に追われる中では、最先端の議論を作り出したり、追いついたりすることは難しいという問題もあります。現代の科学は高度に細分化され、日進月歩で発展していますから、専門領域に関する専門知識という点では外部の専門家に依存せざるを得ないのです。

とすると、技術系職員の役割は一体なんでしょうか。それは、最先端の科学技術の知見を行政制度につなげるために適度に翻訳していくことが中核的な業務ということになるでしょう。専門的リテラシーとも呼ばれます。この専門的リテラシーとは、政府の外部のどこに専門知識があるのかを判断し、それを持つ研究者を諮問機関の委員として人選する能力のことです。その意味で、政策領域に関する専門知識と政策過程に関する専門知識を橋渡しするものとして技術系職員がいると考えることもできるでしょう。

これまでお話ししてきたように、評価的な活動を管理的な活動から適切に区分することによって、政策領域に関する専門家を政策過程に取り入れていく仕組みがあるということが言えます。

 

 

 

政策形成プロセスの全貌(公共政策第11回)♯放送大学講義録

-----講義録始め------

 

そこで、この4番目について詳しく見ていくことにしましょう。法令を作ったり改正したりする一連の政策形成プロセスの中で、専門家を集めた会議で議論をしたという体裁を取るのが一般的です。もちろん、より良い政策案とするために専門的知識を取り込むという積極的な側面もありますし、さらに政府が考える方針に専門家のお墨付きが欲しいという消極的な側面もあるでしょう。

理由はともかくとしても、学識経験者や業界関係者を集めて議論する場を作ることによって、何らかの形で政策領域に関する専門家が政策に反映されることにはなります。

では、どのように議論する場が作られるでしょうか。それは、一般的には二段階で行われます。

第一に、私的諮問機関と言われる研究会や懇談会という形式で政策案の検討が行われます。私的というのは、法令に基づかないという意味にすぎません。役所が主催し、人選も行いますし、報酬も税金から支払われますので、公的な組織の一つであると考えた方が自然です。

大学の研究者やシンクタンクの研究員といった学識経験者のほか、業界団体から推薦された人物で構成されることがよく見られます。そこでは、問題の所在について共有し、どのような方向性で政策を変更するのかといったことが審議され、一定の合意を得ます。

実質的な政策の方向性はこの段階で決まると言っても過言ではないので、私的諮問機関だからといって軽視してはなりません。その次に、そこでの結論を踏まえて、法令に基づいた公式の審議会に諮問するという手順になります。

例えば、教育に関しては文部科学省に中央教育審議会が、産業振興に関しては経済産業省に産業構造審議会といったように、各府省に関連する審議会が設置されています。法律のみならず、その下の政令なども含めた新設や改正など重要事項についての政策決定を行う際には、こうした公式の審議会に諮問することが標準的な手続きです。

最も、現在では、審議会に全体を統括する総会は形式的に開催されるのみとなっており、実際の審議は、総会の下に細かいテーマごとに設置される分科会や部会、さらにはその下に論点ごとに設けられる小委員会やワーキンググループといった多様な会議体で行われます。より実質的な議論は小さな単位で行われていることに注意する必要があります。会議においては、出された論点ごとに議員間で討議し、最終的な意見を形成していきます。

専門家の対立となることもありますが、重要なのは、学術論文と異なり、多数派と少数派が折り合いをつけながら合意を得ていくことです。そのプロセスでは、役所だけでなく、利害関係を持つ企業や団体といった関係者たちは、自分たちの意向が反映できるように、委員に対して様々な情報提供や陳情、根回しを行うことも珍しくありません。全会一致を目指すため、少数派への配慮も必要です。例えば、答申自体のトーンを弱める表現を採用したり、少数派の意見があったことを明示したりといったこともあります。

関係者の合意を広く得ることができれば、その分、会議の権威が高まり、その結論が尊重されやすくなります。なお、こうした諮問機関の議事内容や配布資料は、1990年代後半以降、インターネットで幅広く公開されるようになっています。

皆さんも関心のある領域でどのような議論が行われているのか、ぜひ調べてみてください。

 

 

 

政策過程における評価と管理の分離(公共政策第11回)♯放送大学講義録

------講義録始め------

 

そこで、次にこれら両者の関係がどうなっているのか考えていきましょう。

まず、評価的な活動と管理的な活動に関して、いかなる仕組みの下で分離を行おうとしているかが問題です。一口に分離と言ってもいくつもの方法がありますので、ここでは代表的な4つの方法を紹介します。

1番目に取り上げるのは、評価と管理を一体的に行う組織を政府から独立させて設置することで、時の政権の意向や他の要素が混入することを防止する方法です。評価を行う専門家に全面的に委ねる方法ですから、ある意味では民主主義ではないとも言えます。そのため、より重大な領域に限って活用されています。その代表例として、原子力規制があります。

ご承知の通り、2011年の福島第一原子力発電所の事故は甚大な被害を生じさせました。その後、原子力規制に対する安全規制をどのように行うかが課題となり、最終的には環境省の外局の行政委員会として原子力規制委員会が設置されました。専門家で構成される行政委員会が、科学的な見地から評価を行うだけでなく、リスクを許容する目標や手法といった管理的活動も一括して行い、最終的な決定権限を持っているところが特徴です。

2番目は、評価と管理を組織的に分離する方法です。機能を分離するならば、担当する組織自体を分離してしまえば確実であるという考え方です。代表的なものとして、内閣府の食品安全委員会があります。食品安全委員会は、2001年に発生したBSE問題での失敗をきっかけとして設置されました。それまで、食品の安全性については、生産の段階では農林水産省が、人間の健康という観点では厚生労働省がそれぞれ別々に規制していました。しかし、BSEへの対応において、農水省は食肉業界を優先する立場にあったため、汚染されていないことをアピールすることに終始し、結果として規制が不十分でした。

そのため、食品の安全性に関する評価的活動を農水省と厚労省から独立した内閣府の食品安全委員会が科学的、専門的な知見を基に実施する仕組みを導入しました。政府内外からの研究者を中心に審査を行っています。一方で、具体的な政策、すなわち管理的活動については、農水省と厚労省、そして後に設置された消費者庁がそれぞれの立場で実施する役割分担を明確化しています。また、医薬品や医療機器の審査業務という評価的な活動は、厚生労働省本体ではなく、厚生労働省の下にある独立行政法人が行うことも、組織的な分離の一例です。

3番目は、政策形成手続きの中で、評価的な活動を前もって行うことを要請する方法です。いわゆる証拠に基づく政策の理念を制度化したもので、政策評価法に基づく事前評価や、環境影響評価法による環境アセスメントの義務付けがあります。大規模開発など周囲への影響が大きい事業を行う際には、コストとベネフィットを計算する費用対効果分析や、環境への影響を調査し、その結果を公表することになっています。その結果を基に許認可手続きが行われ、管理的局面に進みます。

最後に、4番目として、政策決定手続きの中で、専門家などの関係者で構成された諮問機関を設置する方法です。この仕組みは様々な領域で取り入れられており、標準的な方法と言えます。