【要約】
市民社会組織の力は、寄付、会費、ボランティア、情報発信への共感など、市民の支えから生まれる。特に日本のNPO・NGOにとって、安定した財政基盤と人材確保は重要な課題であり、活動の理念や成果を分かりやすく伝える努力が欠かせない。第二は、自らの市民社会としてのアイデンティティを守りながら、政府、企業、国際機関、研究機関、メディア、地域社会などとの連携を強めることである。協働は重要だが、政府の下請けや企業の広報になってはならず、批判性と独立性を保つ必要がある。第三は、能力向上、ガバナンス、アカウンタビリティの強化である。市民社会組織には、調査力、政策提言力、対話力、交渉力、ファシリテーション能力が求められる。また、組織の意思決定や資金の使い方を透明にし、社会からの信頼に応える説明責任を果たさなければならない。これらの課題に取り組むことで、市民社会組織はLeave No One Behind、すなわち誰一人取り残さない社会の実現に向けた真の原動力になり得る。
ーーーー講義録始めーーーー
市民社会組織の今後の課題――支持拡大・連携強化・能力向上
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以上、グローバルな課題の解決に取り組むNGOの役割と、その活動の実際を見てきました。事業型NGOは現場で支援を行い、アドボカシー型NGOは政策や制度に働きかけ、ネットワーク型NGOは団体同士をつなぎ、共同行動を可能にします。また、BRAC、Climate Action Network、Save the Childrenのように、複数の機能を組み合わせながら活動する組織もあります。では、こうした市民社会組織が、持続可能な社会の実現に向けて、今後さらに力を発揮していくためには、どのような課題に向き合う必要があるのでしょうか。ここでは、市民からの支持の拡大、自らのアイデンティティの再確認と連携の強化、そして能力向上・ガバナンス・アカウンタビリティの三つに分けて考えていきます。
▼ 課題①:市民からの支持の拡大
市民社会組織は、地球規模の課題を解決し、持続可能な発展を実現するうえで、欠かせない存在です。貧困、気候変動、人権侵害、難民、災害、感染症、ジェンダー不平等、地域の孤立など、現代社会の課題は、政府だけでも、企業だけでも十分に解決できません。そこに、市民社会組織が、現場の声を拾い上げ、支援を行い、政策を提言し、社会に問題を問いかける意味があります。ただし、市民社会組織の力は、組織の名前や専門性だけから生まれるわけではありません。その活動を理解し、共感し、寄付し、会員となり、ボランティアとして参加し、情報を広げ、時には批判的に見守る市民の存在があってこそ、市民社会組織は社会的な力を持つことができます。その意味で、市民社会組織のパワーの源泉は、市民からの支持なのです。【根拠1】
欧米に本部を置く大規模な国際NGOの中には、政府機関からの資金、国際機関・財団からの助成、市民からの寄付、会費、キャンペーン収入など、複数の資金源を組み合わせて活動している団体があります。もちろん、欧米のNGOがすべて豊かな財政基盤を持っているわけではありませんし、政府資金に依存しすぎれば、独立性や批判性をどう保つのかという課題も生じます。それでも、幅広い個人会員や寄付者に支えられていることは、NGOにとって重要です。市民からの支持は、財政面の支えであると同時に、その組織が市民社会を代表して発言する正当性の基盤にもなるからです。
この点は、日本のNPO・NGOにとっても大きな課題です。日本の市民社会組織の中には、地域に根ざした活動を続けている団体や、高い専門性を持って国際協力に取り組む団体も多くあります。しかし、安定した会費収入や寄付収入、人材確保、広報力、組織運営体制の面で課題を抱える団体も少なくありません。助成金や委託事業だけに頼ると、活動が年度ごとの予算や事業枠に左右されやすくなります。会費や寄付、継続的な支援者の基盤を広げることは、組織の自由度を高め、長期的な活動を支えるために重要です。強固な財政基盤があって初めて、優秀な人材の安定的確保も可能となり、社会的影響力と社会的信頼の獲得にもつながっていきます。【根拠2】
また、NGOへの市民の支持を高めるためには、NGO自身が、自分たちの理念や活動を市民に分かりやすく伝える必要があります。身近な地域の問題に取り組むNPOであれば、活動の意味が比較的伝わりやすい場合があります。ところが、国際協力NGOの場合、活動の現場が遠い国や地域にあり、市民にとっては「遠い世界の問題」と受け止められがちです。だからこそ、なぜその問題が日本に暮らす私たちと関係しているのか、支援が現地でどのような変化につながっているのか、寄付や会員参加が何を可能にしているのかを、具体的に、誠実に、継続的に伝えることが求められます。市民からの支持は、自然に生まれるものではありません。対話と説明、透明性、成果の共有、失敗を含めた学びの公開を通じて、少しずつ築かれていくものです。
▼ 課題②:自らのアイデンティティ再認識と他者との連携強化
現代は、政府、企業、市民社会、国際機関、自治体、研究機関、メディア、地域社会などが、それぞれの強みを持ち寄りながら課題解決に取り組む必要が高まっている時代です。気候変動、貧困、人権、災害、感染症、少子高齢化、地域の孤立といった課題は、単独の主体だけで解決できるものではありません。市民社会組織は、こうした多様な主体をつなぐ結節点となり、時には大きな変化を生み出す触媒となることができます。現場を知り、当事者の声を聞き、制度の問題を見つめ、政府や企業に提案することができるからです。【根拠3】
ただし、連携が重要であるからこそ、市民社会組織は自らのアイデンティティを見失ってはなりません。市民社会組織は、政府の下請けでも、企業の広報部門でもありません。もちろん、政府と協働することもあります。企業と連携して社会課題に取り組むこともあります。国際機関や財団から資金を受けることもあります。しかし、その場合でも、市民社会の立場から、人間の尊厳、平等、包摂、公正、持続可能性といった価値を大切にし、必要な場合には政府や企業に対して批判的な問いを投げかけることが求められます。政府や企業と交わりつつも、緊張感を保ち、カウンターバランスを取る存在であること。それが、市民社会組織の原点です。【根拠4】
また、これまで協力関係を築いてきた国連をはじめとする国際機関との連携は、今後も重要です。国際機関は、国際的なルール形成、資金配分、専門知識の蓄積、政策調整の場を持っています。一方で、市民社会組織は、現場の状況、当事者の声、地域の細かな課題、政策の副作用を知っています。両者が連携することで、国際政策がより現実に即したものになる可能性があります。同時に、NGO同士の連携も必要です。これまでは、環境、人権、開発、平和、福祉、教育、災害支援など、それぞれの専門分野ごとに活動が分かれがちでした。しかし、実際の社会課題は分野をまたいでいます。気候変動は人権問題であり、開発問題であり、健康問題であり、平和と安全保障の問題でもあります。だからこそ、分野や地域を超えたネットワーク型の連携がますます重要になっているのです。
さらに、途上国・新興国のNGOと、先進国のNGOとの関係も見直す必要があります。かつては、資金や専門知識を持つ先進国側の団体が、途上国側の団体を支援するという構図で語られることが多くありました。しかし、現在では、途上国・新興国のNGOも大きな力を持ち、現場知、地域の信頼、制度変革の経験、社会運動の知恵を蓄積しています。国際協力の世界では、ローカルな市民社会のリーダーシップを尊重し、より公平なパートナーシップへと力の配分を見直すことが求められています。支援する側と支援される側という単純な関係ではなく、ともに学び、ともに意思決定し、ともに責任を負う関係をつくることが重要です。【根拠5】
その他にも、メディア、研究機関、労働者、消費者、自治体、学校、地域団体、宗教団体、専門職団体など、多様な主体との協働が必要になります。社会課題を解決するためには、調査研究による根拠、メディアによる可視化、消費者による選択、労働者による現場からの声、企業による事業変革、自治体による地域政策などが組み合わさらなければなりません。市民社会組織は、それぞれの主体をつなぎ、対話の場をつくり、共通の目標に向けて行動を組み立てる役割を担うことができます。
中でも今後は、企業および投資家との関係が重要になります。グローバル企業は、サプライチェーン、雇用、消費、技術、資源利用、金融を通じて、社会と環境に大きな影響を与えています。投資家もまた、資金の流れを通じて、企業行動を促したり、逆に問題を固定化したりする力を持っています。市民社会組織は、企業や投資家を単に批判するだけでなく、必要に応じて対話し、情報を提供し、改善を求め、具体的な行動を提案することができます。ただし、その連携は、企業の社会貢献活動に市民社会組織が名を貸すだけであってはなりません。人権、環境、労働、地域社会への影響を厳しく見つめ、専門性を生かして提案し、必要な場合には批判も行う成熟した関係が求められます。
▼ 課題③:能力向上・ガバナンス・アカウンタビリティ
効果的な活動を行うためには、市民社会組織は自らを磨き続ける必要があります。社会課題は複雑化しています。気候変動一つを取っても、科学、エネルギー政策、国際交渉、地域経済、雇用、金融、人権、生活様式が絡み合っています。こうした課題に取り組むには、熱意だけでは足りません。調査力、分析力、政策提言力、現場実践力、広報力、資金調達力、組織運営力、そして他者と協働する力が必要になります。
アドボカシーの能力向上も重要です。批判的精神は、市民社会組織にとって欠かせません。しかし、批判だけでは社会は動きません。何が問題なのかを明らかにし、なぜ変える必要があるのかを説明し、どのような代替案があるのかを示し、誰と協力すれば実現できるのかを考える必要があります。つまり、市民社会組織には、批判的精神と建設的な提言力、行動力、対話力、交渉力の両方が求められます。特にこれからは、異なる立場や多様な意見を持つステークホルダーの間で対話を促進するファシリテーターとしての力も重要になるでしょう。対立を避けるのではなく、対立を社会的な学びに変え、合意できる部分と合意できない部分を明確にしながら、前に進む力が求められます。
また、大前提として、自らの組織力、とくにガバナンスとアカウンタビリティの強化が不可欠です。ガバナンスとは、組織がどのような目的に基づき、誰がどのように意思決定し、どのように責任を負うのかという仕組みです。アカウンタビリティとは、活動の結果、資金の使い方、意思決定の過程、支援対象者や寄付者、市民に対する説明責任を果たすことです。市民社会組織は、政府や企業に透明性や責任を求める存在です。だからこそ、自らも透明で、説明可能で、信頼される組織でなければなりません。
この点は、日本においても重要な課題です。日本NPOセンターは、NPOセクターの基盤整備、能力形成、政策研究、災害復興支援、市民社会フォーラムなどに取り組む全国的なインフラ組織として活動しています。また、国際協力NGOセンター、すなわちJANICは、地球規模課題の解決に取り組む市民社会組織のネットワークとして、100以上の団体をつなぎ、NGOセクターの支援や連携を進めています。さらに、JANICは、NGOセクターのアカウンタビリティ向上を重要な目的の一つとして位置づけています。こうした中間支援組織の役割は、個々の団体の活動を支えるだけでなく、市民社会全体の信頼性を高めるうえでも重要です。【根拠6】
▼ まとめ――市民社会組織が持続可能な社会の真の原動力となるために
以上の課題に取り組むことで、市民社会組織は、その役割をこれまで以上に発揮することができます。市民からの支持を広げること。自らの市民社会としてのアイデンティティを守りながら、政府、企業、国際機関、研究機関、メディア、地域社会と連携すること。能力を高め、ガバナンスとアカウンタビリティを強化すること。これらはすべて、市民社会組織が持続可能な社会の担い手として信頼されるために欠かせない条件です。
SDGsの中心には、Leave No One Behind、すなわち「誰一人取り残さない」という理念があります。これは、貧困、差別、排除、不平等、脆弱性をなくし、最も取り残されやすい人々にこそ届く社会をつくるという約束です。市民社会組織は、この理念を現場で実感し、社会に問い返し、制度や行動を変えるために働きかけることができます。政府の政策だけでは届かない声、企業の論理だけでは見落とされる痛み、統計だけでは見えにくい暮らしの現実を、社会の中心に持ち込むことができるのです。【根拠7】
市民社会組織は、万能ではありません。資金不足、人材不足、組織運営の難しさ、社会的認知の不足、政治的圧力、支援者との関係、現場との距離など、多くの課題を抱えています。それでも、市民社会組織には、社会を受け身で眺めるのではなく、市民自身が社会を作り変えていくという可能性があります。共感を社会の力に変え、現場の声を政策につなぎ、批判を提案へと深め、連携を通じて変化を生み出す。そのような市民社会組織こそ、持続可能で誰一人取り残さない社会を実現するための、真の原動力になり得るのです。
今回の講義は以上で終わります。
【根拠1】OECDは、市民社会の関与が政策提言の質や社会的影響を高め、市民社会が専門知や現場経験を政策変化に生かす役割を持つと説明しています。
【根拠2】日本NPOセンターは、NPOセクターの全国的なインフラ組織として、能力形成、政策研究、フォーラム、災害復興支援などに取り組んでいます。
【根拠3】OECDは、開発協力において市民社会組織が、人権擁護、サービス提供、地球市民教育、ローカルな市民社会のリーダーシップ促進、公平なパートナーシップ形成などに関わると説明しています。
【根拠4】OECDは、活力ある市民空間が政府の有効性や応答性、社会的結束の向上に寄与すると説明しています。
【根拠5】OECDの開発協力に関する説明は、ローカルな市民社会のリーダーシップ促進や、より公平なパートナーシップへの力の移行を重視しています。
【根拠6】JANICは、地球規模課題の解決を目指すCSOネットワークとして100以上の団体を支援・連携しており、Sphereの紹介では、JANICがNGOセクターのアカウンタビリティ向上を目的の一つとしていることが示されています。
【根拠7】国連持続可能な開発グループは、Leave No One Behindを2030アジェンダとSDGsの中心的・変革的な約束とし、貧困、差別、排除、不平等、脆弱性をなくすという全加盟国のコミットメントだと説明しています。
