ーーーー講義録始めーーーー
競争戦略・生産性向上・中核資源
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■ 4つの観点からの考察:その2——競争戦略
第2の観点は、競争戦略です。
事業戦略論、とりわけマイケル・ポーターの競争戦略論では、競合に対する自社の優位性の基本的な源泉は、「低コスト」か「顧客の認める特異性、つまり差別化」に整理できるとされています。正確に言えば、ポーターの一般戦略では、低コストと差別化に加えて、広い市場を狙うのか、特定の市場に集中するのかという競争範囲も関わってきます。しかし、ここでは説明を分かりやすくするために、競争優位の源泉を「低コスト」と「差別化」の2つに絞って考えてみます。
従来の製品・サービスの生産活動による顧客価値創造では、低コスト競争に傾きやすくなります。なぜなら、解決すべき問題がある程度決まっているからです。言い換えると、処理すべき情報がすでに与えられているので、企業努力は、その情報処理の無駄をなくし、より速く、より安く、より正確に処理することに向けられます。そして、競合と比較してより効率のよい情報処理を達成した企業が、有利な立場に立つことになります。
たとえば、同じような製品を、同じような顧客に、同じような流通経路で届ける場合、顧客から見た違いはどうしても小さくなります。そうなると、企業は「いかに安く作るか」「いかに早く届けるか」「いかに在庫を少なくするか」「いかに作業ミスを減らすか」という競争に入りやすくなります。これはもちろん重要な競争です。品質、納期、安定供給、価格は、いつの時代にも企業の基本です。ただし、それだけで長く勝ち続けるのは難しくなってきます。
ところが、処理すべき情報がまだ十分に与えられていない場合には、企業はコスト削減だけに専念することができません。既存の製品・サービスを作れば顧客が価値を認めて購入してくれる、という見込みが立たない不透明な状況では、「何を作ればよいのか」「どのような体験なら顧客が喜ぶのか」「どのような仕組みなら選んでもらえるのか」という問いそのものから考えなければなりません。
このような状況で競合に打ち勝つためには、顧客が認める特異性、すなわち差別化の実現が鍵となります。差別化とは、単に目立つことではありません。顧客が「これは自分にとって意味がある」「これは他とは違う」「これなら少し高くても選びたい」と感じるような違いを作ることです。
15世紀から17世紀にかけての大航海時代には、ヨーロッパ諸国による海洋進出と新しい交易路の開拓が進みました。この時代の商業資本主義では、地理的な差、つまり「ある場所では安く手に入るものが、別の場所では高く売れる」という差が、利潤の大きな源泉となりました。大航海時代は、ヨーロッパ諸国が金、香辛料、交易品、新航路を求めて世界各地へ進出した時代として説明されています。
20世紀の産業資本主義では、大規模な工場、生産設備、労働力、資本を組み合わせることで、大量生産と大量販売が可能になりました。マルクス経済学的に言えば、労働力の価値と生産物の価値との差異、すなわち剰余価値が利潤の源泉として説明されます。ただし、経営学の立場から見るなら、20世紀の利潤の源泉はそれだけではありません。規模の経済、生産技術、標準化、流通網、ブランド、組織能力なども、企業の競争力を支える重要な要因でした。
しかし、均一化やグローバル化が進んだ21世紀の社会では、かつてのような自然発生的な差異は生まれにくくなっています。世界中の企業が同じような技術を使い、同じような部品を調達し、同じような市場を狙えるようになれば、単に「場所が違うから儲かる」「設備を持っているから有利だ」というだけでは、競争優位を守りにくくなります。
それゆえ、企業は差異を意図的に作り出す必要があります。
ユニークな製品・サービスを開発したり、ユニークなビジネスシステムを構築したりする「知識創造」を成し遂げた企業、あるいは既存知識を効果的に利用して、顧客から選んでもらう「知識活用」を成し遂げた企業が、競争の中で有利な位置を得るのです。
ここで大切なのは、差別化は思いつきだけで生まれるものではない、ということです。顧客の行動を観察し、社会の変化を読み取り、技術の可能性を理解し、自社の資源を組み合わせる。そのような知識の創造と活用を通じて、初めて「顧客が認める違い」が形になっていきます。
■ 4つの観点からの考察:その3——生産性向上方法
第3の観点は、生産性向上方法です。
企業が競争環境下で持続的競争優位を獲得し、目的を達成しながら存続していくためには、企業活動の生産性を向上させ続けなければなりません。生産性とは、広く言えば「投入に対する産出の比率」です。OECDも、生産性を、生産投入がどれだけ効率的に産出を生み出しているかを示す指標として説明しています。経営の現場では、これを「投入費用あたりの産出価値」と理解すると分かりやすいでしょう。
したがって、生産性を高めるには、大きく分けて、産出価値を増大するか、投入費用を削減するかの必要があります。産出価値の増大には、従来産出物の産出量を増やす方法と、従来産出物よりも大きな価値を持つ産出物に切り替える方法があります。投入費用の削減には、従来投入物の投入量を減らす方法と、従来投入物よりも少ない費用で済む投入物に切り替える方法があります。
これらをまとめると、生産性を向上させる方法は次の4種類になります。
| 区分 | 量の調整 | 質の転換 |
|---|---|---|
| 産出側 | 従来産出物の産出量増大 | 新規産出物への切り替え |
| 投入側 | 従来投入物の投入量削減 | 新規投入物への切り替え |
このうち、「従来産出物の産出量増大」と「従来投入物の投入量削減」という量の調整による改善は、着実な生産性向上が見込めるという長所があります。
たとえば、同じ製品をより多く作る。同じ作業をより短い時間で終える。同じ人数でより多くの注文を処理する。材料の無駄を減らす。設備の稼働率を高める。こうした改善は、企業活動の足腰を強くします。決して軽視できるものではありません。
しかし、量の調整による改善には、到達範囲に限界があります。改善を重ねれば重ねるほど、次に削れる無駄は小さくなります。時間が経つほど向上幅が減っていくのです。さらに、従来産出物そのものに顧客が価値を認めなくなる危険もあります。どれほど効率よく作っても、顧客が欲しがらないものを作っているのであれば、それは高い生産性とは言いにくくなります。
残った方法である「新規産出物への切り替え」と「新規投入物への切り替え」という質の転換は、シュンペーターの言うイノベーション、すなわち「新結合(Neue Kombinationen)」に近い活動として理解できます。シュンペーターの「新結合」は、新しい財貨、新しい生産方法、新しい市場、新しい供給源、新しい組織などを含む広い概念であり、単なる技術発明だけを意味するものではありません。
つまり、質の転換とは、知識創造を伴う革新活動そのものなのです。
新しい産出物に切り替えるとは、顧客に提供する価値そのものを変えることです。新しい投入物に切り替えるとは、価値を生み出すための資源や方法を変えることです。たとえば、紙の書類をデジタルデータに置き換える。人手で行っていた作業をソフトウェアで支援する。売り切り型の商品をサブスクリプション型のサービスに変える。店舗だけで販売していたものを、オンラインと組み合わせる。こうした変化は、単なる節約ではなく、企業が価値を生み出す仕組みそのものを組み替える活動です。
したがって、生産性向上というと、すぐに「コスト削減」や「効率化」が思い浮かびますが、それだけではありません。むしろ、これからの企業にとって重要なのは、「何を減らすか」だけではなく、「何に切り替えるか」「何を新しく組み合わせるか」を考えることなのです。
■ 4つの観点からの考察:その4——中核資源
第4の観点は、中核資源です。
企業活動に不可欠な経営資源としては、これまで「人(労働力)」「物(生産設備や原材料)」「金(資本)」「情報」の4つが主要なものとして挙げられてきました。これは、経営を考える上で非常に分かりやすい整理です。人が働き、設備や原材料を使い、資金を調達し、必要な情報を集める。企業活動は、これらの資源を組み合わせることで成り立っています。
しかし、経済活動におけるイノベーションの重要性が増すようになると、これらの経営資源に加えて、企業の経営者や従業員が持つ「知識」が、イノベーションの源泉として注目されるようになりました。
ここでいう知識とは、単なるデータや情報のことではありません。データを読み取り、意味を見いだし、経験と結びつけ、判断し、行動に移す力まで含んでいます。顧客の小さな不満に気づく力、技術の可能性を見抜く力、複数のアイデアを組み合わせる力、まだ形になっていない市場を想像する力。こうしたものが、企業の革新活動を支える知識です。
また現在では、ブランドも重要な経営資源として取り上げられるようになっています。ここで注意したいのは、ブランドは単に企業が持っている名前やロゴだけではない、ということです。ブランドは、企業の活動、製品、サービス、広告、顧客体験などを通じて、顧客の記憶や認知の中に形成されていきます。つまり、ブランド価値は、企業側の知識や表現だけでなく、顧客の頭の中にある連想、信頼、期待によって支えられているのです。無形資産には、データ、情報、知識、ブランド、企業イメージ、特許などが含まれると説明されています。
「知識は無形であるが、いかなる有形資産よりも大きな価値を企業・組織にもたらす」という指摘もあります。実際、多くの有形資産とは異なって、知識は「同時多重利用」が可能です。経済学では、このような性質を「非競合性」と呼ぶことがあります。無形資産は、複数の利用者が同時に使っても、その価値や使用可能量が大きく減らない場合があるのです。
もし有形資産を2か所で活用しようとすると、それぞれの箇所では半分しか使えません。1台の機械を同じ時間に2つの工場で使うことはできません。1個のお饅頭を2人で分けると、それぞれは2分の1の大きさになります。
しかし、無形資産である知識は、2か所で活用しても、それぞれの箇所での使用可能量がそのまま残る場合があります。むしろ、知識は人に伝えられ、別の経験と結びつき、新しいアイデアを生み出すことがあります。お饅頭を2人で分けると半分になりますが、知識を2人で分けると、それぞれの頭の中で新しい理解が生まれ、結果として2倍にも3倍にも広がっていくことがあるのです。
もちろん、すべての知識が簡単に共有できるわけではありません。職人の勘、熟練者の判断、現場でしか身につかない感覚のような暗黙知は、文章やマニュアルにすることが難しい場合があります。また、企業秘密やノウハウのように、共有しすぎると競争優位を失う知識もあります。したがって、知識は「分ければ必ず増える」と単純に言い切ることはできません。それでも、有形資産とは異なる増殖性、再利用性、組み合わせ可能性を持っていることは、知識の大きな特徴です。
企業が生産活動を行う際に従業員が提供する主たる資源は、身体活動から生まれた労働力でした。もちろん、現在でも現場で働く身体、手を動かす力、ものを運び、組み立て、点検する力は重要です。企業活動は、抽象的な知識だけで成り立つものではありません。
しかし、企業が革新活動を行う際には、従業員の筋肉から生じる労働力だけでなく、頭脳から生じる発想力も必要です。かつてのように仕事を細かく分割して、分割した個々の仕事をマニュアルや経験則に従ってこなしていくだけでは、新しい価値を創造することはできません。
新しい価値を創造するには、「なぜ顧客は困っているのか」「なぜこの作業はうまくいかないのか」「別の業界の仕組みを応用できないか」「この技術を別の使い方に転用できないか」と問い直す力が必要になります。そこでは、知識を覚えているだけでは不十分です。知識を結びつけ、試し、失敗から学び、もう一度組み立て直す力が求められます。
その意味で、現代企業にとっての中核資源は、単に人・物・金・情報だけではありません。それらを結びつけ、新しい価値へと変換していく知識こそが、企業の競争力を左右する重要な資源になっているのです。
▼ まとめ(第1のポイント——前半)
ここで一旦、これまでの説明を整理してみましょう。本日の講義の第1のポイントである「なぜ知識の創造と活用が課題となってきたのか」という問いに対する1つの答えとして、「企業の価値創造方法が、生産を中心とするものから、革新をより重視するものへと変化してきたから」だということがお分かりいただけたと思います。
競争戦略の観点から見ると、低コストだけではなく、顧客が認める差別化が重要になります。生産性向上の観点から見ると、単なる量の調整だけではなく、新しい産出物や新しい投入物への切り替えが重要になります。中核資源の観点から見ると、人・物・金・情報に加えて、知識やブランドのような無形資産が企業の競争力を支えるようになります。
つまり、企業はただ効率よく作るだけでは足りません。何を作るのか。どのように作るのか。誰に、どのような意味を届けるのか。その問いに答えるために、知識の創造と活用が必要になっているのです。
次に、同じ問いへの答えを違う側面から説明していきます。
3. 講義用整理表:生産から革新へ
| 観点 | 生産中心の価値創造 | 革新重視の価値創造 |
|---|---|---|
| 競争戦略 | 低コスト、効率化、標準化が重要 | 差別化、独自性、顧客体験が重要 |
| 情報処理 | 解くべき問題が比較的明確 | 何が問題かを探すところから始まる |
| 生産性向上 | 量を増やす、無駄を減らす | 新しい産出物・投入物へ切り替える |
| 中核資源 | 人・物・金・情報 | 知識、ブランド、ノウハウ、組織能力 |
| 企業に求められる力 | 決められたことを効率よく実行する力 | 未知の価値を見つけ、形にする力 |
