F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

秋空。

朝から秋空が綺麗。写真をば。

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10月初旬と比較して、空の模様が明らかに違っている。というか初旬は夏空と見分けがつかなかった。夏の延長が近年は著しい。流石に台風19号の通過から秋に移行をした模様。最近は少し冷えるけど、これからは急に寒くなることが予測される。冬物の季節になるのかな。

今日は高槻阪急を開拓する。西武に慣れきっているので違和感が消えない。

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中身も言うほどの変化は見受けられない。UNIQLOなどのテナントもあまり変わらない。阪急色にするのはこれからか。改装した紀伊国屋書店が目当てで来たけれど、品揃えは現状維持か。まあJR高槻の周辺は大きな書店が3つあるので、使い分ければ良いのだけど。

 

若者たちと心理療法(臨床心理面接特論(2)第3回)

インターネット社会と今の若者との相互影響はあるのだろうか?社会はともかくとして、若者が昔と変化しているようには感じられない。

 

ムンクの少女。思春期を。少女から女性への身体的変化と戸惑う心の裡を。巨大な影。物理的時間は過ぎ去る。恐怖と不安と。劇的に心身ともに変化を。大切に過ごしていかなければ。若者について。何歳から何歳まで?年齢が下である、子供っぽい、あどけない、未熟な、など。若い、と言ってもimageは様々。年の若い人。男女を含め思春期から青年期まで。幅広く若者の現状を。実際の心理臨床場面を理解する。学部専門科目でも講義された先生。若者のimage。思春期青年期。82年の日本映画、転校生。主人公はとある出来事で身体が入れ替わってしまう。これまでに気が付かなかった世界が異型として現れてしまう。理想を思い描く一方で暗部を感じ取る。現在の若者は語りづらい。異界にうつる。私とは違うからこそ感覚の違いと言うか、理解のしづらさが。16年には君の名は。お互いに夢の中で入れ替わる。時空を超えて異界に入り込む。
臨床実践。先人の理論や実践。不登校や引き籠もり。思春期。見守るのは難しい。かさぶたの状態を見守る。傷口をいじると皮膚は再生されない。膜も大事。自分の様々な要素を外に出さない。内面を形成する。殻や膜が上手く作れない若者も多くなっている。袋にまとめてしまう。膜の形成が出来るように。多元的な自己。様々な場面で自分が代われるということ。内面の意識。バリヤ。身体的な接触の内在化。膜が曖昧に。被膜がないと内面が形成されづらくなる。一面的と言うか。ウラとオモテがない感じ。何処からが現実か。内と外がハッキリしすぎて曖昧なところが無いクライアントも。都会と田舎。時間のズレや人間のズレ。差をつけないと出会いが強調されない?とある番組で、草。という書き込みは?削除しなければならない?笑いを表す。意味や文脈、ストーリーで考える。事柄を意味であまり考えない傾向がある?表面的?ストーリーを期待しすぎてしまう。落とし込めてしまうほど自我が強くない。物事を考えることが優れているということはないが。考えすぎて答えが出ない場合も。面接を続けているとときにはほのかにストーリーの人格が。興味も個別化している。90年代は小中学生の興味は共通だった。今はnetのせいかバラバラ。若者の時に流行りのことを変に知っていることも。netの時代の若者には当たり前のことかも。心理相談室で院生の指導を。自分の若い頃との違いが。怖いもの知らず。イニシャルケースであっても物怖じしないでケースに入っていける。遊戯療法の指導。色んな知識があるが、言葉通りにしてしまう面がある。遊ぶのも上手だが、その場を深めていくことは難しい。相手に内面があることを想定せずに人に関わる?こちらがコミットしていかないといけない。色んな面でこちらから歩み寄る。臨床家の卵を養成する立場として。色んなことが慌ただしく、ゆっくり味わえない。やることが多い。時間の流れが早い。踊り場のないエスカレータ。中井久夫。不登校やうつ状態。身体や心からのメッセージ。自分を見つめ直すキッカケに。答えを焦ってしまいジックリ考えない。すぐに答えを出したがる。すぐに「分かりません」と言って答えを求める。社会がそう強いている?大人が?すごく大切なことを身体で知っている。ネット社会。未知なものはほぼ無い。疑問に思ったことは検索すれば誰かが考えている。行ったことがない場所でも写真や動画が。分からないことは身体を使って調べないといけなかったし、自分でも考える必要があった。それだけに実感で分かることが出来た。今は知っているつもりになってしまう。身体や心でショックで分かるという実感は得られない。自分という概念も把握が出来ない。netは便利な社会を作ったが、在る種の貧困も。考える力を奪っている。自分の足で大地を踏んでフィールドワークを。臨床スタイルを。私生活でも、辞書で調べる代わりに検索結果を答えとして書いてしまう。自分探しの旅をいろんな形でしていた。オリジナルな自分が。今はあらゆる情報が世界中で共有化される。人と違うのに勇気が。自分を作り上げるのが大変。違うことを受け止めて自分のオリジナリティを作るのが困難に。内面の形成に繋がる体験が。その人自身を否定してしまう、縛ってしまうものが。軽さの中で新しいものを生み出す。日本人は人の眼に縛られることもあったけれど。自分という体験。自分探しの体験。netの世界を歩き回ることで。netの異界。行き過ぎた行為がupされて炎上するのも自分探しの過程。人前で交流するのが嫌な人が、netで不特定多数の人の反応に嬉しがる。90年代には思春期を引き籠もりで暮らせる。かまってもらいたいけれどかまってもらいたくない。アンビバレントな感覚。今の若者にはどの程度体験している?自分がメチャクチャになってしまう感覚も少なくなっている。先に知識がある。第二の誕生。疾風怒濤。それらの単語。今の実像にどれだけ合うのか、が問題。今の若者、という設定自体がノスタルジーだったり学問の投影だったりする可能性もある。simpleに耳を傾ける為に。窓論。共有する体験が無いのが難しい。知らないというだけで話をしてくれないことが。話しをしてまで共有する必要がない?教えてもらう姿勢。臨床の基本中の基本。インテークや初回面接で気をつけることは?あまりゆっくり話を聞いてもらえる機会はない?じっくり話して疑問に答えると素直に話をしてくれることも。話せば反応がかえってくると分かって初めて話が出来る。ラポールの構築までに時間をとる。セラピーが滞ったりするときは?抵抗が生じない、意外と続く、葛藤が見えづらい。抵抗を示す行動が出ると逆に深まることも。大きく変わっていくというよりも、段々と主体的な面や考え方が。元には戻れない。段々と終結に。エスカレータから降りたのも意味がある。以前より終結の兆しが見えづらい。自己を突き詰めていけるように。思春期青年期年齢の親御さんには?嵐が何時まで続く?内と外を分ける枠の話。膜を家の中と外とで分けている場合もある。外では何もないのに家には問題行動が。もしくはその逆。友達親子。オヤが壁と意識されない。ぶつかることで問題行動が出るのではと。体験として学ぶことも出来づらい。多様性の時代なのであるのかもだけど。子供は大人より柔軟な筈。怒ること叱ることで壊れてしまうことを。修復することで関係性が深まることは親子関係でも友人関係でも同じ。多くのアプローチがあるので理解するのは大事だが、体験して自分の核になる手法を身につける。スーパーバイザーも大事。思い切って1つの技法に。浅くしかアプローチ出来ないとクライアントも浅くなる。

 

臨床心理面接特論〈2〉心理療法の世界 (放送大学大学院教材)

臨床心理面接特論〈2〉心理療法の世界 (放送大学大学院教材)

 

 

廉潔。

「廉潔の士」と言う言葉を聞くのも絶えてない。今もそうだろうけど、昭和期の政治をするには金がかかった。政治家には廉潔の士と呼ばれた人間が何人か居たけれど、なかなかメインストリームmainstreamにはなれなかった。田中角栄という政治家には毀誉褒貶が絶えないけれど、集金力をバックにして政策を進めることが出来たのは誰しも認めるだろう。ただ昔も今も、政治に携わるには廉潔の士であるべきだという考えは根強い。昭和初期から敗戦時にかけては軍人に対する期待が集まったけれど、基本的に貧乏だったということも声望を集めた理由だと思う。

日本とアメリカの小学校教育。

前のエントリーで小学校の先生についての、放送大学の講義の殴り書きをアップupした。日本での学問の展開は諸外国との比較から始まることが多いが、この講義もアメリカのミシガン州との比較が展開された。州により事情が違うのではと思うが、かなりアメリカの小学校教育は日本と変わっている。給料の比較は無いけれど、マンパワーは日本より多いのではと感じる。日本では、教師は子供全体を把握すべきだとされ、現場もそのように回している。アメリカでは全てを把握するのは無理だという諦観が根底にあるのか、分業化が進んでいる模様。負担を減らすのならアメリカ式を導入するべきだと考える。けれど教育にそこまで資源を費やすというコンセンサスconsensusは形成出来るのか、という問題はある。日本では教師は聖職だと言うイメージは強い。けれど疲弊をもたらしてどうするのだろうか。

 

小学校教師の仕事 -日米比較から-(現代日本の教師第3回)

学校の現状を知りもしないで少子化が問題だとわめく人は少なくないように思う。地域が学校と関わる仕組みが求められているのかも。

 

教師教育論。力量を高めるにはどうしたら良いか、主に日米比較で。小学校に焦点を。教師は何をどのように仕事をしているか。仕事内容や働き方の特徴は?アメリカの小学校の教師と比較して。
かつては小学生だったから知っている?教師になって分かることは多い。リアリティショック。教職の実際について。現場の先生のインタビュー。公立の小学校に勤務して11年目。中堅くらいの位置。今までは1年生が1回、2年から6年まで2回ずつ。どの学年でも担当。1年生と6年生では違う。不安もあるが期待や喜びの方が大きい。授業準備は慌ただしくなるが。春休みに準備で大忙し。前の学年の報告書もまとめるし、方針の決定や遠足の下見など。どのように忙しいか。会議が沢山ある。社会科見学や運動会などの職員会議。書類の作成提出も。学年だよりであったり保護者に配るもの、指導要録の作成も。書類を沢山。異動で来られた方との顔合わせも。学級の準備。新しい学年を担当する最初が大事。学級開き。子どもたち自身も緊張しているので、安心できる居場所を。子供同士が交流できるゲームを。名刺交換。作って交換をする。互いに挨拶をしたり自己紹介をしたり。じっと眼を見られるので下手なことは言えない。学級担任制なので、安心できる居場所を。日本の学校の先生は自分のクラスだけしていれば良い訳ではない。チームワークで。学校全体の仕事は分担して。教務部や生徒指導部。研究部など。クラブ活動の管轄や図書室などの管理や学校行事の企画運営。PTAとの連携。外から見ても分からない。チームプレーで。打ち合わせや準備の必要。授業の合間や朝の時間、子供が下校してからの時間。7時位に学校に着くようにしている。睡眠時間は5,6時間程度に。残業しなければならない日が多い。夕方の1時間で授業の準備や学校の仕事を済ませるのは難しい。忙しいのは他の職業も同じ?自己管理が必要。特に教職の場合はこどもや保護者と関わる仕事。イライラしているとSOSを見逃してしまうことも。良くない忙しさもある。忙しいのでも子供に直接関わりがあるならやりがいがあると言える。子供の日記を見るなど。実際の多忙さと多忙感は違う。図工や音楽の時間は担任の空き時間になるから、教科担任制にした方が良い?それぞれの教科の特徴を把握できるのは大きいけれど。万能ではない。教務主任の際には、国語の一部や社会は専科の先生に。毎日居るわけではないので、子供の情報量は少なくなりがち。発達障害の子供や、子供の間のトラブルに気づかない。中学校のようにすると子供の生活を支えるのに無理がある。離婚しそうなので子供が勉強に集中できない、など。夏休みが1ヶ月あるから羨ましい?子供と同じ期間休めるわけではない。プールの指導や学習教育。部活指導で忙しい。地域によっては夏祭りなど地域連携を。様々な研修も受けなければならない。学校ごとの研修や市町村、都道府県などの。学んだ内容もレポートにしなければならない。教員免許更新制。期限が10年に。自分で30時間の講習を受けて試験に受かる必要がある。自己負担も多い。今は苦労して教員免許を取得しても10年で期限が切れる。教職を志望している人も止めようかなと考える?大変だと思うところもある。公務文書や会議、教材の準備も時間がかかる。最近では食物アレルギーによるもの。小麦などが含まれていたり。発疹が出来たり呼吸困難になったり。アナフィラキシー反応。その場で素早く判断を。注射をするなど。何も備えがないと出来ないので、年度初めに備えている。気を抜けない大変さ。生命に関わる。子どもたちの命を守る。教師になって良かったなと思えること。子供と触れ合うこと。男の子が計算を解いていて、書いては消しを繰り返していたら、「分かった」と手を挙げていていいなと思った。女の子。普段からか細い声しか出せなかったが、運動会で応援団に立候補して、涙ばかりこぼしていたが上手くいかないともどかしかった。やります、と大声で言っていてお互いにビックリした。決意の声で周囲も変わった。当日は大きな声を出すことができた。感動の涙。クラスも変わった。見違える変化を自分も。団結力も高まる。
日本の教職の特徴を見るために、アメリカの小学校の特徴を。ミシガン州の公立学校の教諭。黒人の女性の先生。アメリカの学校には職員室がない。出勤したら直接教室に行く。職員会議も必要な時以外しない。子どもたちが教室に来て授業が。授業の合間の休み時間に、遊んでいる子供のそばにいて子供の安全に気を配る。昼休みは教師専用のランチルームでゆっくりと。子供が帰れば先生も帰って良い。アメリカでは4年生の担当ならずっと4年生を。一旦教室を与えられると、退職するまでずっと自分の仕事場になる。マンネリになる?と日本の先生。アメリカの先生は無理だと思っている。教える学年を前提として専門性を高める。アメリカの教室の様子。教室の隅にカーペットが。子どもたちを集めて読み聞かせをする。円陣を組ませて議論をさせる。目を見て話をさせる。常に子供の顔を見ながら意見を聴く。綿密な授業計画を立てる習慣はない。学習指導が中心。生徒指導などは他の専門スタッフが担当する。貧困などの生活問題はソーシャルワーカーなどが担当する。教師たちが担う仕事の範囲が狭いので、専門性を高められる。子供にしても各領域の専門家に対応してもらえる。しかし問題点にもなる。教師の側にとっては、授業がマンネリ化しやすい。向上心をなくしやすい。子供の側にとっては大人がコロコロ変わるので、相談しづらい。貧しくて服装がみすぼらしくて問題が、カウンセラーも守秘義務があるので担任に話しづらい。子供や保護者の為に動く教師も多いけれど。日米の教職の違い。日本の先生は職務内容が際限なく増える。日本社会の労働の在り方がアメリカと異なる。濱口桂一郎。ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用。欧米では職務が明確に規定されている。職種別の賃金。日本では社員になるという契約。メンバーシップを得る。職務などは限定されない。転勤は拒否できないし、問題は職場全体の問題になる。職務内容も勤務時間も限定されないことのが正社員。そのかわり簡単には解雇されない。アメリカでは職能給。職務が無いと解雇される。日米の教職にもそのまま当てはまる。教職の職務を限定せず、子供の生活を支える。問題在る子供の学校への包摂を。しかし自己犠牲の側面も。広い県の何処に赴任させられるかは分からない。教師の職務は増え続けている。病気になる教師も増え続けている。特に心の病の。教育委員会や国も教師の過重労働を低減する試みを。労働環境の問題。中学校や高校生、幼稚園にも共通。
まとめ。アメリカの小学校の教師は授業を。日本では子供の生活をまるごと支えること。仕事量が増え続けている。学力を上げるだけでなく、体力や道徳教育。大災害への備えも。いじめの問題。食物アレルギーの子供への対応。登下校の管理。命を守るという重要性。地域との連携。保護者への対応。負担が大きくなっって心身を悪くする教師も。だからこそ学校の先生はとても大きな存在に。感謝されるし大きなやりがいがある。教職は大変な部分もあるし、至らない部分もあるけれど、一生懸命仕事をしている。子供のことを互いに手を取り合うようにしていけたら。学校教員は社会を知らない?社会の方が学校をよく知らないのでは?積極的に学校の中で何が起こっているかを知るべき。

 

現代日本の教師―仕事と役割 (放送大学教材)

現代日本の教師―仕事と役割 (放送大学教材)

 

 

先入観。

今更ながらだが、人間は先入観に判断などが左右される。先入観が妥当であるなら良いのだけれど、間違っていると結果は目も当てられないことになる。まあ間違っていても結果オーライなら良いのだが。高校入試の時に府立高校の受験校を選ぶのにはかなり悩んだ。結局は学区で最も難しい高校を受けたのだけれど、3年間は勉強漬けになるのかなあなどと先入観を持ってしまった。それが良い意味で裏切られたのは、3月31日から2日間のオリエンテーションorientation。弾けた校風であることを知り、選択は良かったことを知った。まあ勉強もしたのだけど。

教員によるイジメ。

神戸のある小学校で教員によるイジメが発覚して久しい。詳しい報道がなされているが、実は驚くようなことではない印象を持つ。学校組織と言えども人間の集まりなのだから、イジメがあり得るのは必然のことである。増してや現在の学校の職場環境は良いとはとても言えない。英語など教えることは増えるし、保護者や地域社会の要望にも対応する必要がある。必然的に長時間労働になり職場内のストレスも溜まる状態にある。同じような学校は身近にあるのでは?表面化してないだけで。

教員は大人だから棚上げにするとしても、児童の間のイジメも増えていると言う。何しろ注意する立場の人間がイジメをしているのだから、真似るのは自然なことである。そして小学校名を安直にばら撒いているのは不味かったのでは。マスコミや保護者や地域社会からの圧力で児童にもストレスが溜まるだろうし。一旦は学校閉鎖をするといった荒療治が求められるのではないだろうか?