【要約】
学習性無力感研究では、制御不能な経験後に逃避行動が低下することが示されましたが、すべての人が同じ程度に無力になるわけではありません。この個人差を説明するため、Abramson、Seligman、Teasdaleは1978年に帰属的再定式化を行い、原因帰属をinternal/external、stable/unstable、global/specificの3次元から捉えました。悪い出来事を一時的・特定的・比較的外的な原因として説明する傾向がoptimistic explanatory styleです。一方、ScheierとCarverは1985年、将来に良い結果を期待する一般的傾向をdispositional optimismとして定式化しました。両者は関連しますが別概念です。楽観性は広い意味でexpectancy-value的な自己調整理論と関係しますが、Atkinsonの1957年の達成動機モデルそのものと同一ではありません。
ーーーー講義録始めーーーー
(B群では「何もしなかった」のではなく、逃避行動が低下した)
前回、HirotoとSeligmanによる人間を対象としたlearned helplessness(学習性無力感)の研究について見てきました。先にinescapable tone(逃避不能な騒音)を経験したBグループでは、その後、実際には自分の行動によって騒音を止めることができるshuttlebox課題に移っても、escapable group(逃避可能群)やcontrol group(統制群)に比べて、逃避反応の獲得が低下しました。したがって、「Bグループの人は何もせず、ひたすら騒音がやむのを待っていた」と一律に表現するのではなく、「Bグループでは、その後の逃避反応が起こりにくくなった、あるいは逃避学習が遅れた」と説明する方が正確です。
(学習性無力感という解釈)
当時のlearned helplessness theory(学習性無力感理論)では、自分が何をしても結果を変えられないというuncontrollability(制御不能性)を経験すると、「自分のresponse(反応)とoutcome(結果)は関係がない」というexpectancy(期待)が形成され、その後、実際には行動によって結果を変えられる状況になっても、行動を起こしにくくなると考えられました。Bグループの逃避反応の低下は、このようなlearned helplessnessの表れとして解釈されたわけです。もっとも、前回お話ししたように、この初期理論はその後の神経科学研究によって修正されており、現在では「無力であることを学習する」という説明だけでは不十分だと考えられています。
(A群に「闘争心」が生まれたとは言えない)
他方、Aグループの参加者は、前の段階で「自分の行動によって騒音を止められる」というcontrollability(制御可能性)を経験していました。その後のshuttleboxでも比較的速やかに逃避反応を学習しました。しかし、これを「闘争心が生まれたため」と説明する根拠は原研究にはありません。研究上確認されたのは、事前に制御可能な経験をした群では、その後の逃避学習が妨げられなかったということです。したがって、「闘争心」という人格的・感情的な説明を加えるより、「制御可能性を経験していたため、後の課題でも行動と結果の関係を学習しやすかった」と説明する方が適切です。
(では、なぜ全員が同じように無力にならないのか)
ところが、人間を対象とした研究を重ねるにつれて、一つ大きな問題が生じました。それは、同じような制御不能な経験をしても、すべての人が同じ程度の無力感を示すわけではないということです。ある人では影響が比較的短期間にとどまり、ある人では別の場面にまで広がる。この個人差を初期のlearned helplessness theoryだけでは十分に説明できませんでした。
(1978年の帰属的再定式化)
そこで重要になったのが、Lyn Y. Abramson(リン・Y・アブラムソン)、Martin E. P. Seligman(マーティン・E・P・セリグマン)、John D. Teasdale(ジョン・D・ティーズデール)が1978年に発表したattributional reformulation of learned helplessness theory(学習性無力感理論の帰属的再定式化)です。この理論では、単に「制御不能な出来事を経験したか」だけではなく、その出来事の原因を本人がどのように説明するかが、その後の無力感の持続や広がりに関係すると考えました。
(説明スタイルの三つの次元)
この再定式化では、出来事の原因をどのように説明するかを、主として三つの次元から捉えます。一つ目がinternal versus external(内的―外的)、二つ目がstable versus unstable(安定的―不安定的)、三つ目がglobal versus specific(全般的―特定的)です。後のSeligmanの一般向けの説明では、これらはpersonalization(個人化)、permanence(永続性)、pervasiveness(普遍性・広がり)という言葉で説明されることもあります。
(悪い出来事を一時的な原因として捉える)
例えば、悪い出来事が起きたときに、「この原因はずっと続くものではなく、一時的なものだ」と捉えることは、unstable attribution(不安定的帰属)、Seligmanの後の表現ではtemporary explanation(一時的な説明)に近い考え方です。これに対して、「これはいつまでも続く」「自分はいつも失敗する」と考える場合には、stableあるいはpermanentな原因帰属になります。
(悪い出来事を特定の場面に限定する)
もう一つは、原因をどの程度広い範囲に一般化するかです。例えば、「今回、この仕事ではうまくいかなかった」と考える場合、その原因をspecific(特定的)に捉えています。一方、「仕事で失敗したということは、自分は何をやっても駄目だ」と考える場合には、原因をglobal(全般的)に広げています。optimistic explanatory style(楽観的説明スタイル)では、悪い出来事の原因を比較的specificに捉えるのに対し、pessimistic explanatory style(悲観的説明スタイル)ではglobalに一般化しやすいとされます。
(「自分でなんとかできる」は別の論点も含む)
「不快なことはすぐに消えるだろう」「自分でなんとかできるだろう」「この状況は今だけだろう」と考える人は立ち直りやすい、と説明されることがあります。このうち「すぐに消える」「今だけだ」という部分は、temporaryあるいはunstableな説明とよく対応します。一方、「自分でなんとかできる」という表現は、explanatory styleそのものというよりも、controllability(制御可能性)、self-efficacy(自己効力感)、coping expectancy(対処可能性への期待)など別の概念も含みます。したがって、三つをすべて説明スタイルの例として一括するのは避けた方がよいでしょう。
(内的―外的の次元は単純ではない)
また、悪い出来事について、楽観的な説明スタイルではexternal(外的)、unstable(不安定的)、specific(特定的)な原因帰属が多いと整理されてきました。反対に、悲観的な説明スタイルではinternal(内的)、stable(安定的)、global(全般的)な原因帰属が多いとされます。 ただし、これは「失敗はすべて他人や環境のせいにした方が健康的だ」という意味ではありません。責任を現実的に評価することと、悲観的な説明スタイルとは区別する必要があります。
(「楽観主義者」「悲観主義者」という表現について)
こうした説明スタイルの違いから、Seligmanは後にoptimistic explanatory style(楽観的説明スタイル)とpessimistic explanatory style(悲観的説明スタイル)という考え方を広く紹介しました。悪い出来事をtemporary(一時的)、specific(特定的)、比較的external(外的)な原因として説明する傾向を楽観的説明スタイルと呼び、悪い出来事をpermanent(永続的)、pervasive(広範囲)、personal(自分自身に原因がある)と捉えやすい傾向を悲観的説明スタイルと表現しました。
(ただし「楽観主義者」という固定的人格類型ではない)
ただし、「この人は楽観主義者」「この人は悲観主義者」と完全に二種類の人間に分類するというよりも、その人が出来事の原因を説明するときにどのような傾向を持っているのか、というcontinuum(連続体)として考える方が適切です。また、良い出来事と悪い出来事では帰属の方向も異なるため、単純な二分法ではありません。後の説明スタイル研究では、良い出来事については楽観的な人ほど原因をinternal、stable、globalに帰属しやすく、悪い出来事についてはexternal、unstable、specificに帰属しやすいと整理されています。
(Seligmanの楽観性とScheier・Carverの楽観性は同じではない)
ここで重要なのは、Seligmanらのexplanatory styleと、後にScheierとCarverが研究したdispositional optimism(特性的楽観性)を同じものとして扱わないことです。Seligmanらの理論では、過去や現在の良い出来事・悪い出来事について「なぜそれが起こったのか」をどのように説明するかが中心です。一方、ScheierとCarverの理論では、「これから先、良い結果が起こるとどの程度一般的に期待しているか」というfuture outcome expectancy(将来の結果期待)が中心です。
(楽観性研究は1990年代より前から本格化している)
したがって、1990年代以降、様々な研究者によって楽観性の行動科学的研究が行われてきたという説明は、年代として少し遅すぎます。Seligmanらの説明スタイル研究は1970年代後半から1980年代に発展し、ScheierとCarverは1985年にdispositional optimismを測定する尺度を報告しています。そのため、少なくとも1980年代には、現在につながる楽観性研究がすでに本格化していたと考える方が正確です。
(dispositional optimism――良い結果への一般的期待)
ScheierとCarverは1985年、optimismをgeneralized outcome expectancies(一般化された結果期待)という観点から捉えました。つまり、特定の一つの出来事について「うまくいく」と考えるだけではなく、人生全般について「将来、良い結果が起こるだろう」と期待する比較的安定した傾向です。この意味での楽観性がdispositional optimism(特性的楽観性)です。
(悲観性は悪い結果への期待)
これに対応して、pessimism(悲観性)は、将来についてnegative outcome expectancies(否定的な結果期待)を持つ傾向として捉えることができます。CarverとScheierの理論では、良い結果を期待できると、人は困難に直面してもgoal-directed behavior(目標指向的行動)を続けやすい一方、望ましい結果が得られないと強く予想すると、努力を減らしたり、目標からdisengage(離脱)したりする可能性が高くなると考えられます。
(将来への期待が行動を左右する)
このように、dispositional optimismとpessimismでは、将来にどのような結果を期待するのかが中心になります。「これから先、望ましい結果が得られそうだ」と考えるのか、「どうせ悪い結果になるだろう」と考えるのか。そのexpectancy(期待)が、目標に向けて努力を続けるかどうか、困難にぶつかったときに粘り強く対処するかどうかに関係するという考え方です。
(期待価値理論との関係)
この考え方は、より広い意味ではexpectancy-value theory(期待価値理論)と関係しています。期待価値理論では、ある行動をとるかどうかは、大まかに言えば「その行動によって望ましい結果を得られるとどの程度期待しているか」と、「その結果にどの程度価値を感じているか」の双方に影響されると考えます。CarverとScheierのself-regulation theory(自己調整理論)も、このようなexpectancy-value tradition(期待価値理論の伝統)と共通する考え方を持っています。
(Atkinsonの期待価値モデル)
expectancy-value theoryの歴史を振り返ると、John W. Atkinson(ジョン・W・アトキンソン)が1957年に提示したachievement motivation(達成動機づけ)のモデルは、その代表的な古典理論の一つです。Atkinsonは、achievement behavior(達成行動)がachievement motive(達成動機)、expectancy or probability of success(成功への期待・主観的成功確率)、incentive value(誘因価値)などによって決まると考えました。
(Atkinsonが「期待価値理論そのもの」を最初に作ったわけではない)
ただし、「期待価値理論はAtkinsonが1950年代に提唱した一つの理論」とだけ説明すると少し単純化しすぎます。expectancy-valueという考え方には、Kurt Lewin(クルト・レヴィン)、Edward C. Tolman(エドワード・C・トールマン)らの先行研究があり、Atkinsonはそれらを踏まえてachievement motivationに関する形式的なexpectancy-value modelを1957年に発展させました。後にはJacquelynne Eccles(ジャクリーン・エクルズ)やAllan Wigfield(アラン・ウィグフィールド)らによる現代的なexpectancy-value theoryも発展しています。
(Atkinsonのモデルを簡単に式で表すと)
Atkinsonの達成動機づけモデルでは、成功へ向かう傾向を単純化すると、次のような乗算的な関係で表すことができます。
ここで、
となります。
Atkinsonのモデルは単なる「期待×価値」だけではなく、個人の達成動機も含むモデルである点に注意してください。Atkinsonは1957年の論文で、motivationの強さをmotive、expectancy、incentiveの乗算的な関数として扱いました。
(楽観性と期待価値理論を同一視しない)
ただし、dispositional optimismそのものがAtkinsonのachievement motivation theoryから直接導かれたわけではありません。ScheierとCarverの楽観性理論は、behavioral self-regulation(行動の自己調整)に関する理論を背景にしており、そこではgoal(目標)のvalue(価値)と、その目標が達成できるというexpectancy(期待)が行動継続に重要だと考えられています。したがって、「楽観性=Atkinsonの期待価値理論」と理解するのではなく、将来への期待が行動や努力を左右するという点で、より広い期待価値的な考え方と接点があると理解するのがよいでしょう。
(学習性無力感から楽観性までを整理する)
ここまでを整理すると、研究史は一本の単純な線ではありません。まず、制御不能な経験がその後の行動を低下させるlearned helplessness研究がありました。その後、「なぜ同じ失敗を経験しても影響の出方が違うのか」という問題からattributional reformulationが生まれ、explanatory styleが研究されました。そして別の研究系譜では、ScheierとCarverが将来に対するgeneralized outcome expectanciesとしてdispositional optimismを研究しました。これらはいずれも「人が将来をどう見通すか」に関わりますが、同じ概念ではありません。
(健康への力という観点から)
「健康への力」という観点から考えると、ここで重要なのは、ただ「前向きに考えればよい」という話ではありません。困難な出来事を一時的・限定的なものとして捉えられること、将来に望ましい結果が得られる可能性を感じられること、そして自分の行動が結果に結びつくと考えられることは、それぞれ異なる心理的資源です。この違いを丁寧に区別していくことで、楽観性がストレス対処や健康とどのように関係するのかを、より正確に理解できるようになります。
