F-nameのブログ

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阪急高槻市駅のバス乗り場と再開発。

私は出勤の際には、阪急高槻市駅を下車してJR高槻駅の方面に向かっている。今日も下車して信号待ちをしていると、道に迷ったらしき方から呼び止められた。「京阪バス(の停留所)は何処ですか?」と。前方に広がるのは高槻市営バスの停留所だが、京阪枚方市駅(一応書いておくが「まいかた」とは呼ばない)に向かう京阪バスは、反対側に停留所がある。一緒に向かい案内したら、かなり驚かれている。まあバスターミナルは一緒の所にあるのが、利便性からも優れてはいるのだろうけど。JR高槻の駅前と違い、阪急高槻市駅前は再開発事業は進んでいない(計画があるのは聞いたことがあるが)。地権者にメリットmeritが無ければ、同意を得るのは難しい。まあ駅を使う人間にとり、再開発はしてもらいたいところだけど。

各論11・戦後のソ連化(日本政治思想史第14回)

中央線や西武線や東急線の比較は面白かった。関西圏も似たような分析が可能かもしれない。

 

原武史。戦後のソ連化。戦後の冷戦自体の超大国。日本は西側陣営の一角に。アメリカ化だけで考察は出来ない。ソ連の体制イデオロギーだった社会主義、マルクス・レーニン主義が。下部構造にあたる住宅や鉄道などのインフラがソ連と似た形で整備される。ソ連は戦勝国でありながら、ナチスドイツにより国土を蹂躙される。深刻な住宅不足。集合住宅で賄う。作られた時期。ほぼ日本と同じ。東京や大阪の郊外、モスクワとサンクトペテルブルク。3階から5階の団地。東欧諸国でも。アメリカでは集合住宅はない。モスクワでは地下鉄の建設が。フルシチョフ時代に一層進む。郊外に団地の建設も進む。モスクワの郊外。57年から団地の建設が。62年には地下鉄の駅が開業。ソ連では自動車の所有が認められていなかった。労働者は地下鉄で都心に。東京や大阪に似ている。東京のひばりヶ丘や大阪の枚方市。鉄道で都心に。都心のターミナル駅の乗降客の数が激増。明治以来鉄道が発達して自動車の普及が遅れる。高速道路は60年代まで出来なかった。アメリカとは対照的。日本はソ連に近い。55年。翌年に日ソ共同宣言を。日本住宅公団が出来る。鉄筋コンクリート製の大量の集合住宅を。団地。団地の先進国のソ連に視察させる。ソ連を意識する。団地は2DKが主体。水洗トイレやガス風呂、シリンダー錠などが完備。最新鋭の住宅。非常に人気が高く殺到して抽選に。運良く入れた人は憧れの眼差しで。団地族。プラスの意味が。奇妙なことに。アメリカは団地がなかったにも関わらず。最もアメリカ的なものとして。家電整備が完備していた占領軍の家族用住宅の記憶が。団地はコンクリートの壁でプライベートが確保し家電の普及率も高かった。60年の9月に皇太子夫妻が東京のひばりヶ丘団地と武蔵野緑町団地を視察。アメリカに行く前に最もアメリカ的な住宅を。団地住民は自由民主党より日本社会党の支持をする傾向が。住民が何千何万人も同じところで。団地は血縁や地縁が薄い。新しい勢力の支持基盤となるのに有利。非常に意識したのが日本共産党。60年代になると団地に細胞や支部を作る。支持基盤になる。インフラだけでなく、中に住む人々もソ連に近くなる。団地の生活。59年に東京都の北多摩郡に秋山駿が団地に入居。暮らしが一律の光景を。他の部屋にも適合。水声や人の声が。掃除洗濯買い物夕餉の団らん。洗濯機の置き方も同様。似ている24の同じような人が同じような生活の光景を。飽き飽きする。団地というのはどの世帯も同じ間取りで同じライフスタイルが。非常に恐ろしいほどに平等主義的。社会主義との親和性が。
ソ連の歴史。12年に分裂してボリシェヴィキが。レーニンが指導して17年にロシア革命が。19年に共産党と。ソビエト社会主義共和国連邦が成立。その後、スターリンの下で連合国の一員として戦う。戦後は超大国になる。東側陣営の中心に。冷戦体制が続く。ソビエト共産党による一党独裁が91年まで続く。戦前から無産政党と日本共産党があった。戦後は日本社会党に受け継がれる。日本共産党も合法化。長い社会主義の伝統があり、一定の支持を得る。日本社会党。47年に第一党。党内では右派と左派の対立を抱える。社会民主主義をモデルに。議会で社会変革を。議会主義を否定して革命を。水と油。51年からは右派社会党と左派社会党に。55年に合同する。自由民主党のきっかけに。日本共産党。戦前の弾圧から。徳田球一をメインに。綱領は社会党より急進的。46年の5月にはメーデーが開かれ、徳田球一が天皇の住む近くで天皇制廃止を。35議席を獲得して社会党に迫る。翌年の50年には所感派と国際派に分裂。徳田球一や野坂参三が所感派に。武装闘争路線に。暴力革命を目指す危険な政党というイメージに。52年には議席が0に。55年に国際派の宮本顕治らが和解。極左冒険主義として否定。平和革命路線への転換。六全協。党のイメージの革新を図る。赤旗の日曜版や赤旗まつり。手塚治虫が連載をしてまつりでも講座を。新日本婦人の会が結成される。60年代になると支持を飛躍的に拡大。72年になると39議席に増加する。党員数も66年には28万人に。70年には30万人を突破。赤旗も300万部を突破。統一地方選挙でも社会党との共闘で革新自治体が次々と。70年代には保革伯仲の時代に。
新左翼。55年の六全協での方針に反発して新左翼が。革命的共産主義者同盟。大学生が中心となり58年には共産主義者同盟、ブントを結成する。暴力革命を。共産党はトロツキストと非難。極左団体と。60年安保闘争では新左翼は実力行使で社会的注目を。しかし敗北で四分五裂に。革命的共産主義者同盟を母体として新たに中核派と革マル派などのセクトが。社会党から離れたセクトも。日本共産党や社会党を既成左翼と呼び非難する。大学生は山手線の内側の木造賃貸アパートに1人で住んでいることが多かった。そうすると核家族を対象とするようなコンクリート製の団地に住むことは勿論出来ない。新左翼の学習の多くは大学に通い木賃ベルト地帯に住む傾向。学生闘争。68年になるとセクトを越えた運動として全学共闘会議、全共闘が結成。山本義隆が東大では議長に。丸山眞男を批判。定年前に東大を退職する。中央線沿線の。東京の郊外に団地が多く建築された鉄道として西武鉄道を。池袋や新宿から埼玉県などを。中央線と比べ開発が遅れたが、ソ連的な風景が。新所沢などの駅が。西武グループの総帥が堤康次郎。60年安保闘争では安保改定を進める岸内閣を賛成する。西武沿線に新団体が相次いで生まれる。中央線との共通。単なる安保反対ではなく、同族経営を続ける堤康次郎への反対運動でもあった。西武という巨大資本に搾取されるという構図があった。社会主義的民主主義を。2DKの賃貸が中心。定住は考えられなかった。しかし68年から建設された滝山団地は違った。西武沿線でも大規模。3DKや3LDK。持ち家として購入。流動性が低い。共産党が着目。重点地区として支部を作っていく。住宅公団の団地。初期は画一的でないものもあった。道路もカーブさせたり。景観も変わる。滝山団地が5階建ての中層フラット住宅に。極めて同質的に。西武バスに乗らないと西武の駅に行けない。運賃値上げに反発。都心に行くサラリーマンと専業主婦。小学校が地域の中核に。75年まで住む。07年の「滝山コミューン1974」。ソ連の教育学者の集団主義教育から影響を受けた教育運動が主流に。主婦も積極的に支持。74年が1つの頂点に。ソ連的住宅に住む子どもたちがソ連的な教育を受ける。ソ連化の極北に。
15年からのSEALDsの奥田愛基。一橋のある国立の雰囲気。西武線について。そもそも西武線には?あまり乗ったことがなくイメージもない人が多い?西武沿線の光景が浮かばない。JRの方が太く書かれている。地図的に目立たない。かなり近いところを走りながら風景はかなり近い。団地と親和性がある。団地の名前が駅に。今の団地の光景。団地の時代は長続きしなかった。70年代前半にピークが。段々と下がる。残るのは老夫婦だけという世帯が増える。団地の人口が減っていき共産党の勢力も弱まる。創価学会が団地部を作り進出するのが70年代以降。都営住宅が中心だが支持を拡大。今やどの団地も深刻なのは住民の高齢化や建て替えの問題が。西武沿線もひばりが丘団地が建て替えられ別の名前に。例外的なのは滝山団地。現在もほぼそっくり出来た風景が。商店街や小学校も。60年代後半の光景のそのままの貴重な風景。西武沿線っぽい。変化を拒否する。東急沿線は日々新に変わる。政治風土も違ってくる。田園都市線。一戸建て主体。丘陵地をならしキレイな住宅街に。未だに人口が増え続ける。新保守。自民党では無いが。住宅がどのようなものかにより政治も違ってくる。

 

日本政治思想史 (放送大学教材)

日本政治思想史 (放送大学教材)

  • 作者:原 武史
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2017/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

地形の思想史

地形の思想史

  • 作者:原 武史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/20
  • メディア: 単行本
 

 

 

皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。

皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。

 

 

 

鉄道ひとつばなし (講談社現代新書)

鉄道ひとつばなし (講談社現代新書)

  • 作者:原 武史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/09/19
  • メディア: 新書
 

 

 

思索の源泉としての鉄道 (講談社現代新書)

思索の源泉としての鉄道 (講談社現代新書)

  • 作者:原 武史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/17
  • メディア: 新書
 

 

 

滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)

滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)

  • 作者:原 武史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 文庫
 

 

期限切れ。

法律上の障害者とされる人間には障害者手帳が交付されている筈である(もちろん定義には合致しても申請が無いと貰えない筈だが)。身体障害については基本的に期限はない。しかしながら精神障害の場合(正式には「精神障害者保健福祉手帳」と呼ぶが)は期限があり有効期限は2年である。期限が迫ると医師に診断書を書いてもらい更新手続をする。当然だが診断書から手帳を交付する必要性が無いと判断されれば手帳は交付されない。まあ延長する場合、同じ医師にかかっているなら診断書は容易に出すことが出来るが、新規に手帳を交付してもらう際には、医師も容易には診断書を出さない。行政も安易に出す医師については厳しく判断すると聞いたことがある。

百貨店のあちこちでの改装工事。

弊店が入居してからの百貨店はあちこちで改装工事をしている。というか弊店が入る前には、当然だが別の売場があり、色々と什器も据え付けられていた筈である。それを外して棚を据えるなどの工事を実施していて、パーティションが林立していたことであろう。実は1階にマツモトキヨシが7月にオープンする予定であるのだが、やたらとパーティションがあって見通しが悪くなっている。まあ、まとめてしまっても通路が減れば避難も出来なくなるからだろうけど。明日は弊店と同じフロアfloorに化粧品を扱う店舗がリニューアルオープンrenewal openするのだが、朝に出勤すると何人かの店員さんが来られていて準備にてんやわんやの模様。売上が伸びるのを祈念する。

キャリア理論(成人の発達と学習第14回)

会社で働いているだけで自動的にキャリアが形成される時代は、高度経済成長時代など特定の時期や組織に限られたものではなかったかと思う。

 

岩崎久美子。前田信彦。キャリア理論。職業や役割を人生の中心においたキャリア理論。自分の人生設計などを。前田信彦。日本型雇用のゆらぎを踏まえて、キャリアを。
キャリアという言葉。本来の車輪のついた乗り物。人生の軌跡の意味に。生涯に渡る仕事。時間的広がりを持つ。仕事が占める割合は大きく。職業上のキャリアに大きく影響。日本の職業キャリアを。日本型雇用の特徴を。職業能力と賃金の2つが重要。職業能力の育成。即戦力。日本の企業は新入社員に求めない。トレーニングを踏まえて貢献してもらう仕組みに。企業内訓練。企業により。それを通して職業能力を培う。一括で採用する。大学卒業したてから配置転換を繰り返し職業能力を。研修やインフォーマルな教育。上司や先輩がフォローをする。若手の職業能力に手間暇をかける。先輩から後輩に丁寧に。企業内の教育訓練はタダで教えるので企業にとりコストに。時間を割くことで能力を身に着ける。高い生産力を。若者が会社の中堅になると利益を得られる。OJTと呼ばれる。労働経済学では人材への投資。その間の給料は企業から。従業員の賃金をどう支払うかが重要。新規学卒一斉採用でコストをかけて教育訓練を。新人への給与もコスト。入社後から給料を払いながら教育を。給与は年齢が上がれば自動的に上昇する。年功賃金。従業員に長く働く動機をもたせる。働き盛りで回収をする。結果的に長く勤めることにメリットもある。結果的に長期の。終身雇用。長く働き続けることで問題が?賃金は年功で上がるが転職がしづらい。下がってしまうから。忠誠心も出てくるが、長時間労働になる傾向も。負の側面を持つ。日本の企業の能力育成。ジョブ・ローテーションが頻繁に。スペシャリストではなく。企業にしか通用しない企業特殊能力になってしまう。生活給としての賃金の側面が強くなる。おおよそのライフプランも可能になる。企業の方も頑張って働いてくれれば良いので。どちらにとってもメリットがあり、経済的合理性もある。ベッカーは人的資本の理論と。90年代に入ると経済のグローバル化が。終身雇用制や安定雇用が難しくなる。大企業を中心に組織の中核には機能しているが、周辺的部分では大きく変わる。正社員にあてはまらない非正規の従業員が増加する。パートタイム労働者や契約社員。国際的競争の中で賃金を減らしたり訓練を減らしたり。大企業も大規模なリストラや企業合併を。従来の日本の雇用システムでは標準的ライフサイクルが。望ましい主流のキャリアは標準的。日本型雇用とマッチする。典型的なキャリア。以前は性別分業がはっきりしていた。そういう人生が理想と規範として。固定的ライフサイクル。大きな物語を共有。ほぼ分かっているので窮屈だが見通しが立てやすい。職を転々とする割合は現在増えている。結婚しないなど標準的でないライフサイクルが増える。多様化は望ましいがしっかりとしてキャリア観が無いと不安定になる。流動的に。アイデンティティの形成が難しくなる。生き方が個人化。キャリアを自分自身で選ぶが難しい。リキッドモダリティ。液体のような流動的な社会。キャリア形成にとり大きな変化。状況に応じて変化する柔軟さや変化しない部分の一貫性。個人としての雇用可能性。キャリア形成は個人の責任。自律的なキャリアという考え方が重要に。自らの力でキャリアの形成を。
流動的な社会においてのキャリアの必要性。社会に求められる自律的なキャリアはどのように作るか。キャリア・アンカー。シャイン。外面的キャリア。配置転換や転職などで変化が。内面的キャリアは固定する錨のようなもの。確かに仕事を変えたりすると一見ではジグザグのような。しかし内面的な指針があれば一貫性があるといえる。多くの人が外面的キャリアに変化があっても一定のテーマがあると見出す。生きる上での指針。学校を卒業してなどに重要性が。流動性が激しい社会。内面的キャリアの一貫性が。学び続けることで育てる。キャリアの自律性は人との関わりも重要。主体性。皆が自立等と言ってしまうと組織を破壊させる。関係性から生まれる主体性が重要。自律的である、共同体を想定する。他者との関わりが重要。自律的キャリアはエージェンシーや公共に向かう自己を。成人になってからも改めて考える機会を。どう折り合いをつけていくか。シャインの理論が参考に。組織とキャリアの形成。反抗主義。順応のタイプ。過剰に適応。創造的機会として捉える。良いところと悪いところを見分けて。企業を変えていく創造性も必要。組織への順応も必要。其上で変革を。よき共同体の構築にどう貢献できるか。学習をどのように考えるか。知識基盤社会に。知識をどう使うか。21世紀型能力。知識がすぐに陳腐化するので学習を絶えずしていくこと。
スーパーのライフキャリアの虹。キャリア構築理論。5つの代表的なキャリア理論。グランボルツ。計画された偶発性の理論。何とかなるさ、と感じられる。人生は運命論的に、気が楽になる。計画的に全てがいくのではなく、なかなか思うようにならない。計画された偶然。偶発的な出来事を大事にして目の前のことを一生懸命に。思う通りにならないのも、視野を広げてくれる。新しいキャリアへの機会に。アメリカのデータでは18歳に思い描いた人生になっているのは2%。偶発性を前向きに捉える。ただ単に偶発性を待つのではない。意図的に意識しながら仕事や生活をして人生を切り開く。偶発的な出会いは日常の努力の上にある。ある方向に向かい努力するのがキャリア形成に大事。自由なキャリア観を想起させる。成熟という側面もキャリア論のポイント。成功や達成だけでなく衰退をpositiveに。家族の形成。ボランティアや地域活動など。人がどのように成熟するかが課題に。個人の成熟。人間は必ずしも地位の達成の上昇気流だけではなく、下り坂を感じることも。平坦で楽ではない。高齢期への移行。若い頃と同じには出来ない。身体の衰え。上昇することだけが成功とするのは違う。定年延長や生涯活躍社会に。高齢者の経済的安定も必要だが。身体的に衰えることは避けて通れない。キャリアを考える時は衰退も考慮を。高齢期のキャリアの重要性。日本が超高齢社会に。衰退という人生の後半部分をキャリア論にどう位置づけるかが問題。キャリアの成熟という概念を。人生のキャリア発達の上昇だけでなく衰退にも積極的意味を。老い。エイジング。高齢期のキャリアと成熟について。老年的超越。活動的な年代だけを価値の基準にしない。活動性や生産性などの規範が重要性を。高齢期から離脱するという。高齢の衰退にも老いの豊かさが。前向きに捉える視点が必要。日本人の自然観にも成熟という側面が。人生の統合に向けたキャリアの成熟が大事。
生涯に渡るキャリアを考える。社会的制度の整備も必要。近年の職業キャリアと労働時間の枠組みを変えるEuropaのやり方。ライフスタイルの多様化に合せて。裁量労働制などの労働時間の柔軟化。職業生涯の生活時間を柔軟に設定する制度を模索。長期休暇制度。ベルギーのタイムクレジット制度。キャリアブレイク制度。日本では?労働時間の再編成という観点で。労働時間が長い日本。心身を損なっている。労働時間の再編を。若い頃から壮年期まで長い労働時間という配分を変える。ライフサイクルの非制度化。人生設計が単線的なことから複線型に。自由に組み合わせる。標準的なライフサイクルが主流だった。人生の出来事が特定の年齢に組み込まれていた。そうではなく個人のスタイルに組み合わせて自由に主体的に構成する。若い時にボランティアを。中年期に学ぶ直しや職業訓練などを。典型的な職業生涯からの離脱。キャリアライフの非制度化。職業生活の複線化多様化。ライフコースが不確定性を増加させ不確実な時代だからこそ。リカレント教育に注目。仕事と学習を行き来する。かつてのリカレント教育よりも、生活時間を生活キャリアの観点から捉え直す。休暇に大学に行ったりボランティアにしたり。キャリアブレイク。生涯に渡るキャリア。子育てだけでなく仕事や余暇や学びを。個人のライフスタイルに応じて生涯学び続けることのできる政策を。Europaの事例は学習機会の確保の重要性を。
主体性と公共性を持つ自己としてのキャリア構築。日本型雇用が維持できなくなる。自律的キャリア。キャリアの成熟。長寿化が進み衰退を受け入れる重要性を。生涯学習における時間の配分。Europaの萌芽的な取り組み。仕事や人生に関わるキャリアについて。

 

成人の発達と学習 (放送大学大学院教材)

成人の発達と学習 (放送大学大学院教材)

  • 作者:岩崎 久美子
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2019/03/20
  • メディア: 単行本
 

 

要請。

読みが「ようせい」というだけの話であるが、茨木市の中央に茨木市立養精中学校と呼ぶ学校がある。場所はJR茨木駅と阪急茨木市駅との中間にあり、私の出身高校より長い歴史を持つ。ただ戦後の一時期には、東と西に分けられて違う新制高等学校と同居させられている(1年で元通りになったけど)。どうも2校あった新制高等学校を1つにしようと当時のGHQは考えていたらしいけど、それが頓挫した挙げ句に、新制中学と新制高校の一貫教育をする形になったらしい。しかし同居はかなり無理があった模様で、1年で元通りになっている。まあよく私の出身高校が無くならなかったものだと思う。

某国の選手団から陽性者。

オリンピックOlympicに参加するために某国の選手団が来日した(敢えてボヤかす表現をしている、以降も同様)。来日の前に2回ワクチンを接種したそうだが、その某国では感染が拡大傾向にあり懸念する方も居たようである。それで成田に到着して抗原検査をしたら、選手の中の1人が陽性になった。当然だがその選手は隔離されている。ところが他の人間は濃厚接触者なのかどうかも分からないのに、貸切バスに乗車して某市の某ホテルに到着した。市長は練習を自粛するよう要請している。某ホテルの人間にジャーナリストが取材すると、感染状況その他については当局に聞いて欲しいという。まあ私でもそう言うしか無いと思う。しかし濃厚接触者につき必要なのは2週間の隔離である(期間は議論があるが少なくとも2週間、ということ)。正直なところ某国の選手団から感染が拡大することも考えなければならない。そして来日する選手団が増えると同様の問題が出るだろう。オリパラは開催するとしても、開催直前や開催中に第5波が来るとどうなるかは見通せない。中止(もしくは再延期)した方がリスクは少ないと思われるが。