F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

4コマ漫画と「昨日の自分に勝つ」こと。

私の自宅の郵便ポストには毎朝1部聖教新聞が届く(購読しているとは書いていない)。まあ2部入っていたことはないけれど。日本の新聞の習いとして4コマ漫画が連載されている。今日の「ちーちゃん家」はなかなか示唆に富む。

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国語の試験としては、3コマ目の背の低い生徒が述べたことが正解であろう。しかしながら、2コマ目の背の高い生徒が述べているのも鋭いと言える。何しろ柔道のことである。昨日の自分と対戦出来ないのはその通りである(ついでに言うと時間はタイムマシンでも発明されない限り遡れない)。確かに国語の勉強は足りないかもしれないけど、そのことは柔道と関係は無いのでは(ちなみにフランスの柔道人口は日本の倍以上だけど、誰もが日本語を喋れる訳ではなかろう)。指導者たる者は生徒に理解出来る指導をするべきではないだろうか(急にエラそう)。という訳で今日の4コマ漫画は面白かった。まる。ううみゅ。

生活調査をどう政策構築へつなげるか(生活変動と社会福祉第3回)

過去も現在も地道な研究調査こそが現実を究明して解決策に至る道なのだろう。

 

山田知子。岡知沙登。生活調査と政策構築。イギリスでの2つの貧困調査。チャールズブースのロンドン調査、シーボームラウントリーのヨーク調査。COSやセツルメント運動。貧しい人々と暮らして。調査の方法が編み出されて生活の多側面で。生活調査。COSやセツルメント。貧困地域で暮らす人々と暮らして問題を。
チャールズブース。ロンドン調査。ブースは初期の段階でトインビーホールを使っていて地域調査のチームの拠点に。なにかしなければと行動を起こすのは社会福祉の最初の一歩。個別的な対応やボランティアでは足りない。何故貧しいかを社会的に究明するのが必要。ブースは多くの失業者が出ていた頃にロンドン調査を。成功した実業家。保守的な政治哲学の持ち主。ハインドマンが貧困調査をしてその結果に。ロンドンの25%が極度の貧困に。自分で労働者の調査を。基礎はロンドンの東の地域。日常的に子供の居る世帯と訪問員が居る地域に。子どものいる家庭を訪問して住宅などの状態などの総合調査をして子どもの実態を把握。その人からの情報と国勢調査をクロスさせて。調査結果から家族を8種類に。30.7%が貧困状態に。不定収入者。貧困線の上と下。それほど明確な基準ではなかったが。貧困線以上に属するグループと以下のグループに対比。普通の生活水準を維持しうる家庭とそうでない。貧困線の発明。社会科学に対する顕著な貢献。最低生活のあり方。貧困線を引いたことで社会生活上のサポートが。分類された世帯ごとの援助も分かりやすく。線を引いたことが革新的であった。社会的意義も他に大きなものが。85年から調査を。報告書が刊行され89年に初版が。全部で17巻。最終報告書は02年から03年。社会的意義は計り知れない。最初に貧困線の概念を初めて用いた。最大の都市で市民の30%が貧困の。とりわけ下の10%がたまにしか労働できない。ロンドンの街を経済階層で色分けを。目に見える形で明らかに。貧困原因を明らかにする。途上で雇用の問題や病気や虚弱や大家族の環境や失業の問題。それまでは貧困状態にある人は浪費者だったりする人は多くない。そのことが貧困のイメージを覆す。飲酒もあまり関係ないと。自分たちの力ではどうにもならない。貧困観の転換。調査の協力者の層の厚み。教育委員会の訪問員からの。労働組合の代表者や教会。情報の精度を上げる。トインビーホールの関係者を沢山お願いしている。後世に名を残す人も。ブースは産業調査も。過密線。30%以上は過密線の上に。貧困と安楽の線とほぼ同じと。劣悪な住環境は貧困と関連があると今でもされている。資料収集の過程で高齢であるということが。救貧施設。多くの高齢者が亡くなっているという現実。高齢であることが最大の貧困の理由。貧困高齢者の問題。統計的に明らかに。99年には老齢年金と貧しい人々への提案。一連の研究が起爆剤となり08年に老齢年金法が。ブースの調査をきっかけに。高齢であることは貧困であることが科学的に検証。ブースの貧困調査から多くを学ぶことが出来る。生活調査。政策構築への道を。説得力のある科学的な調査の重要性。優秀な調査チーム。セツルメント運動の活動家など。社会改良を志していたということ。ナショナル・ミニマム。ウェブ。クララコレットという女性も。後に女性労働の研究者に。収集したデータをどう読むかなどの議論を。調査はチームで実施されることが大切。同じ志を持った優秀なチームが。ブースの調査の情報が他の資本主義の国々に波及した影響力が。ヨーク調査も触発。日本でも。ドイツやイギリスでの留学。都市の問題を。刺激を受けた。明治32年に横山源之助の著書。「日本の下層社会」。精緻な生活調査の方法。世界を動かすのは統計でなく熱量。しかしその力は統計により導かれなければならない。
ラウントリーのヨーク調査。貧困状態の人間の性質を。ヨーク市の人を7つに分類。調査の概要。調査対象は1万以上の家族と街区388。4万人以上。全人口の3分の2の労働者階層の全数調査。貧困の幅と深さを測定する尺度を。調査項目。住居の状態や所得。稼ぎての数。家賃など。収集した情報は牧師さんや地区の訪問員など地域に精通した人に協力を求めて精度を上げる。標準家族。所得の高さに応じて7つに。家族の総収入。生活水準。手から口への暮らし。一週間でも病気で休んだりすると大きな影響が。借金に。食事へのしわ寄せ。飲酒が多い。必要な支出を犠牲に。個々に事例を上げながら発現の中身を描写して書き込んでいる。生活の苦しさや言葉を。100年以上前の暮らしぶりや困窮状態を知ることが出来る。ナラティブの研究アプローチ。単なる肉体的な効率の保持を。第一次的な貧困や第2次的な貧困。貧困状態にある人は2万人以上。貧困線をどのように設定したか。最低限の栄養を基準に。ラウントリーは当時アメリカの栄養学者の研究を利用。熱量3500キロカロリーなど栄養学の成果を取り入れる。個々の家庭の最低限の所得を。食事と家賃衣服などの推計と結合する。肉体的維持のための生活必需品の購入を推定して不十分な家庭を割り出す。日本でも採用されていたマーケットバスケット方式。最低生活費の算定も影響を強く受ける。日本の最低生活の算定基準も。貧困の原因も究明。6つを析出。稼ぎ手の労働が不能。稼ぎ手が働けない。主要な賃金の稼ぎ手が失業。不定期就労。家族が多い。低賃金。最も原因として高い比率は低賃金。更に貧困に陥る原因となるものは人生のスパンで。ライフステージ毎に異なる。長期的な生活変動が。労働者のライフサイクルという有名な図。労働者自身が幼少期に親の貧困からか。労働者自身が結婚して子供が産まれたとき。定年になったとき。人生には3回危機がやってくる。危機の時にきちんとした社会保障があれば収入が極端には変動しない。功績の1つ。元々はラウントリーの考えから。01年調査や36年調査、50年調査を。調査項目。家賃や部屋数、水道栓の共用の個数。同居者。家の中の乱雑さなど。家計のやりくり。整理整頓がなされて。知的好奇心や娯楽の内容。今日ではなかなか個人情報の観点から難しいが、暮らし方を加えて内側からのリアリティあふれる調査。生活調査の醍醐味はリアルに生活に迫ること。時に自暴自棄にも。苦しみながらも希望に出会える。暮らしの工夫。向き合う様々な事例を。問題の構造を見出すことが可能。どのように社会に発信するか。どのような実践が必要か。ラウントリーは貧困という調査の本の最終章の結論で。ヨーク市における生活。事実の重大な意義に心打たれる。総人口の4分の1以上が貧困生活を。この事実こそが核心を。多数の人々が。福祉において深き思いを。苦しい生活をする人は声に出して訴えないので知らずに過ごしてしまう危険があるが、事実を知るに至れば社会問題が解決を待っていることを。社会経済的状況に欠陥があれば正す必要がある。どんな方法を取ればよいか。現実の究明の目的だが社会進化の道をひらく。

 

執拗さ。

PCの画面でこのentryを書いていると、「「10年で変わったこと・変わらなかったこと」があなたの今を作る」という今週のお題が執拗に出されている。以前にも書いたが、このblogが使っているはてなブログが10周年を迎えた。なので今週のお題も10周年に合わせたものとなっている。私は前身のはてなダイアリーも含めると、2007年から14年ほどこのblogを書いているが中断期間もあるので、継続して書いているかは疑問符をつけざるを得ない。まあ執拗に書いていれば良いこともあるかもしれない。何よりblogを書くのは愉しいのは確かなことである。Twitterとはまた別のものである。

「契約」が出て来なかった昭和時代の学校教育。

今日の午後に睡眠不足で横になりながら放送大学の講義を聞いていたら、現在の中学校の社会科の公民分野では、「契約」というものを学ぶということを知って愕然とした。いや中学生には早すぎるとか言う話ではない。売買契約なんていうものをやらない人間なんて居ないのだから、契約という概念を学ぶのは当然である。愕然となったのは、私の受けた学校教育に「契約」というものが無かったという事実である(まあ昭和の話だからなあ)。中学校の公民分野の授業でも高校の政治経済の授業でも「契約」という単語を聞いた記憶はない(消費者契約法が出来たのは2000年のことである)。社会人になるための教育として相当抜かりがあったと今になれば言えることであろう。それどころか、私の進学した法学部の教育でも、法律学の最も重要な概念と言えるであろう「契約」というものについても、最優先で教えられた記憶がない(そもそも大学なのだから自分で学ぶべきであると言われればその通りであるが)。大学2回生になり民法総則から民法学を学ぼうとしたら、禁治産者制度やら法律行為制度やらが邪魔をする。3回生になり債権法の講義に出席すれば「請求権」の概念につき延々と論じられる。ついぞ契約という概念の理解には達することが無いまま私は大学を去った(まあ理解できなくても卒業する人間は多数居たと思われる)。恐らく今は契約の概念については最初の段階で教えられている筈であるが。まあのどかな時代ではあったと今にしてみれば思う。

ちなみに後日になりレックという司法試験予備校の民法のテキストを見れば、最初に契約の概念が説明されていた。大学の中には軽蔑する者が多かった(新入生には予備校に行かないことを推奨する教授も居た)が、少なくとも入門段階では予備校経由で習得した方が手っ取り早かったと言えるだろう。

 

生活教育と生活ガバナンス(生活ガバナンス研究第3回)

人間開発と人権を相互に関連させて考えるのが良いと気づいた。

 

赤塚朋子。生活教育と生活ガバナンス。前回は生活者と生活ガバナンスについて。生活力や生活ガバナンス力の。生活するための術、生きていく力と生活ガバナンス力。生活教育と生活ガバナンス。生活教育の種類や内容。生活ガバナンスに必要な力。
生活教育の定義。生活ガバナンスとの関係。生活力を身に着け問題を解決する力。グローバル化やIT化の進展は生活に変化を。対応するだけではなくどのような力が必要か。
国際的な動向と最近の日本の現状を踏まえて、生活教育のあり方。基本的権利。教育は基本的人権。生活教育は教育の基本。85年のUNESCOの学習権。自分自身の世界を読み解き教育のあらゆる手立てを。そして学習活動は今日の人類にとり決定的に重要な諸問題を解決するために。学習の4本柱。ともに生きること。人間として生きる事を学ぶことなど。如何に学び行動して。00年には万民のための教育。00年4月にダカールで。全ての市民や社会を対象とした目標達成のために。世界人権宣言や児童の権利に関する条約で裏付けられた考えを再確認。全ての子供青年成人は最も適切に充分合致した教育からの利益を。教育とは行動を起こすための他に学習すること自体を。可能性を見出し個々の生活を改善し社会の改革を。教育は基本的人権である。持続可能な社会や経済の鍵。21世紀における社会への効果的参加のための手段。万民のための教育目標は延期されるべきでない。学習ニーズは満たすことが出来て満たさなければ。社会を変革する基本的人権。安定のための鍵。21世紀における社会経済への効果的参加のための欠くべからざる手段。持続可能な開発のための教育の動向も視野に。02年の国民ESDの10年。環境を保全し経済が維持され公正な社会を実現するための行動様式の変化を。ESDは国際理解教育や人権教育とも関わる総合的な。我が国の教育への影響を新しい学力。人間力。社会を運営して自立した人間として生きる。OECDのキー・コンピテンシー。高等教育職業教育の就職基礎能力。基礎的なものとして向上可能な。地域社会の中で仕事を行うために必要な能力。労働政策。エンプロイアビリティ。イギリスで最も使われている定義。卒業生の就職と選択した職業で成功できる一連の学力。労働力コミュニティ経済の利益に。日経連。労働移動を可能に。継続的に雇用されることを可能に。持続的に雇用されうる能力を含める。21世紀型能力。コミュニティを基盤とする社会への転換など6つの。21世紀型能力を提案。生涯学習者としての責任ある市民として。グローバルな視野を持ち幅広い知識やICTリテラシー。人間関係力などの支えられて知識基盤社会を生きるために高度なスキルと知識の創造を。生活教育を捉える時に。生活力と生活ガバナンス力を身につける生活教育は社会を変革する高度なスキルを培う。
生活するための生活力。経営する活動は必須。出来るようになるにはどのような教育が?生活教育を。生活するために必要な能力。プロセスに関わり具体的に。生活の知識。人間が産まれてから死ぬまでの生活の営み全てに。1人の人間に閉じること無く過去と未来につながる。知識や技術を得るために生活教育が。食べる。要素が整えられて初めて可能。どのように知識や技術を。就学前教育でも現在を最もより良く生きる基礎を。生活教育の基礎。家庭における生活教育力が重要。人間らしく生きる生活教育を保障。生涯にわたり。家庭教育など。制度化された学校教育。無意図的教育。学校以外の。生活力を身につける点では家庭教育から移行しつつも相互に関連を。生活習慣や生活文化の影響を。経済的社会的背景に左右。識字率と経済の関連。最重点課題に。国連プレミアム目標。ターゲット3。15年までに全ての子供が初等教育の全課程を。10人に1人が学校に通えていない。子どもの貧困が進めば関係ないとは言えない。子どもの貧困率は16%以上。13年に生活困窮者自立支援法が制定。貧困と教育の関係について。学校教育においては家庭科が。日常に必要な基本的知識技能を。実践的態度を。小学校中学校高等学校と一貫して教科として位置づいて居るのは国際的にも重要。誰もがアクセス出来るように。持続可能な社会構築の鍵であることを共有して。生活ガバナンス。生活課題に直面して解決のために議論して環境を変えていく生活者の営為。どのように?生活力について理解を。身に付いているかを。知識があれば迅速に対応できる可能性がある。原因究明の予想が出来る。成果が活かされているはず。今日の行動を振り返る。無事で良かった?一週間は?きちんと計画している?より良くするにはどのように?生活教育の保障は誰でも何処でも生活力を身につける環境が。生活する上で困難を課題と捉えて社会に問うてデザインして創造するためには、生活ガバナンスの実現には知識と実践力が必要。それを身につける。生活ガバナンスに。シティズンシップ教育。共に働く教育。開発教育など。様々な試みが。21世紀のシティズンシップ教育。参加と政治的リテラシー。政治的シティズンシップや国際的シティズンシップ。基本的価値観に民主主義や人権。構成要素を市民的活動を。制度に関する知識や批判的な。異質な他人と関わる。クリックは政治的リテラシーを身に着けた人として。焦点に関する基本的な情報。資金の流れや制度の機能。ミッションを目的とするNPOは学習する組織。行為原則。継続的に学習機会を創造する。探究と対話を促進する。共同とチーム学習を奨励する。集合的ビジョンに向けて人々をエンパワメント。組織と環境を結合させるなど。NPOは集団的に共有してリーダーやスタッフが知を形成し社会に働きかける。特徴的な教育力を見いだせる。協同という言葉。共同、協同、協働。支援の活動を通して個人も集団も社会もエンパワメントする。生かされる場面は増えていく。生活ガバナンスは生活課題に敏感であればあるほど身につく。アクセスの保障が重要に。
生活ガバナンスに関連して人間開発アプローチから。人間開発が扱うのは人々が各自の可能性を開花して人生の開拓を。人々こそが国家の富。各々にとり価値ある人生を可能にする選択肢の開発。経済成長は重要ではあるが選択肢の拡大の手段。選択しの拡大の基礎となるのが人生においてなれるものの幅を広める。人的開発の。長寿で健康な。必要な資源の入手。人生の多くの機会を逸することのないように。開発に対する視点は目新しくはない。政治的指導者らは最終目的として人間の福祉を。富は他のものの為の手段に過ぎない。他の物を追求する過程で人権と1つの目的、自由を共有する。必要不可欠。人々には選択の権利の行使と。人間開発と人権は相互補完的。90年から人間開発指数を含めた報告書を国連が発行。文化的活動に参加して安全に住まうことが出来る。自尊心を持てることなどを豊かさと。13年の人間開発報告書。多様な世界における人間開発。ガバナンスの対話の責任には自分の声により表すことの出来ない人の利益を。まだ居ないからと言って将来世代に無関心ではない。声を上げられない人の利益も。将来世代も。他者と生活について。政策の要諦は自由の重要性に関して広範な社会的利害に向けて対話を。プライベートで自分だけの問題と捉えがち。他人に介入してはならないと。狭い自己中心の問題意識から広範な社会的利益に向けて。政策形成者の勘所。生活する立場でなければ気が付かない生活意識を大切に。日常生活は様々な行動で。意味が理解できなくなる。人々が自分の生活を形作るプロセスに参加できなければ持続可能な社会ではなくなる。自分の人生に創造することに参加できないとは?本来はありえない。誰にも変わることは出来ない。貧困のようにコントロール出来ないと生活は成り立たない。説明責任を見込めるように。良好な政策立案には社会の能力を拡充することへの傾注も求められる。生活を成立させる政策は社会をより良くする力と関連。生活ガバナンスが機能する教育は社会の能力に。人間開発の成果を維持することを14年の報告では。脆弱性に目を向ける。
生活力と生活ガバナンス力を事例。多重債務者の問題。被害の予防と救済を主な目的にして96年に設立した沖縄のNPO。年間500例以上の事例に助言して積極的に意見を発信し。親の代からの連鎖。労働市場に参加できなくなる。コントロールする力を。エンパワメントする力を。勉強会などに参加して外部に働きかける。個人個人の救済に留まらず貸金業法の改正へ。クレジットカードが借金であることなどの基本知識が重要。金銭に関する生活教育の成果。取り組みが重なることで行政の動きへとつながる。
生活教育により身に付いた生活力と生活ガバナンス力。社会を構築する。生活力に関する教育。目を背けず論理的に考え相互に伝え合う。ありのままという言葉。アナと雪の女王の主題歌。生活ガバナンス力を身に着け生きやすい社会に。

 

 

 

 

強迫観念。

心の病の中に強迫性障害と呼ばれるものがある。その疾病の中では極めて強い不安感や恐怖感が症状であるが、それを強迫観念と呼ぶ。例えば外出中に自宅の鍵を閉めたか不安になるなど。実際に自宅に戻る行為を強迫行為と呼び、この2つが揃うと立派な?強迫性障害とされる。ただ鍵をかけたか不安になること自体は必ずしも悪い訳でもなく、施設警備ではそのような心的性向がプラスに働く。というか施錠を確認してないのに確認したと見做し本当は施錠されていなければ、店舗内が窃盗の被害にあうことになり施設警備をする意味がなくなる。

 

今週のお題「あったか~い」と季節外れの日本シリーズ。

今週のお題「あったか~い」

 

という事であるが、「あったか~い」という天候では残念ながら今日は無かった。朝は雲ひとつ無い天気であったのだけど、午後になると急に氷雨がやってくる、そんな残念な話になっていた。まあこういう天候なら自宅に閉じこもっていれば良いのだけど、外出しなければならないこともあるから上手くはいかないものである。

今年ももうじき12月になるから、寒いのは当然である。今更言うまでもない。ところが、いわゆるプロ野球の日本シリーズは今晩も行なわれる。今日はオリックス・バファローズのホームであるのだが、大阪ドームが塞がっているので野外の神戸で。選手や観衆は凍えながら試合をするのであろうか。ラグビーやサッカーや駅伝ならいざしらず(かなり偏見)。こんな年の瀬にプロ野球をするのは、東京オリンピックで中断期間が発生したからなのだが、少し考えて欲しかったところである。ともあれヤクルトには罪はないが、一応は関西人なのでオリックス・バファローズの勝利を願う。