F-nameのブログ

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1995年の陰鬱な複数の事件。

昨日のentryで27年前の1月のことについて書いたが、この年の3月20日に東京で地下鉄サリン事件が発生している。ラッシュアワーに複数路線の地下鉄の車輌で同時にサリンによる攻撃が実施され、多数の死傷者を出した。世界史上初めて化学兵器による無差別多数に対するテロであり、世界に衝撃を与えた事件である。もちろん日本でもその後の報道は地下鉄サリン事件一色になった。NEWSに色々と触れて陰鬱な気分に何回もなったのを今でも記憶している。

1995年の8月30日には、兵庫銀行と大阪の木津信用組合が経営破綻した。金融機関は潰れない、潰させないと言う神話が脆くも崩れた。人々にバブルは崩壊してもう元には戻らないのを伝えた日でもあった。Facebookにも書いたが、1995年は日本では分水嶺に当たる年であったのかもしれない。

こころとからだのエイジング-からだを中心にして-(中高年の心理臨床第8回)

自分のこととして把握しておくのが必要な知識だと思う。

 

成本迅。こころとからだのエイジング。からだを中心にして。エイジングは身体の成熟が終了した後の衰え。適応能力の低下。感覚機能の低下。多方面の身体の機能の低下。個人差が大きい。遺伝的要因に加え生活習慣や環境が。失敗すると心の面の変化につながる。
エイジングのメカニズム。幾つかの仮説。活性酸素により細胞が損傷。プログラム。細胞の分裂の限界。遺伝修復エラー説。突然変異。老化を遅らせる研究。抗酸化物質を。
身体機能のエイジング。感覚。五感すべてで機能の低下。視覚聴覚。視力は生理的に低下。白内障など。明暗順応についても低下。特に暗順応。夜間に追いつかず転倒も。聴力。周波数の範囲が狭く。社会的交流にも。感覚機能の低下に伴い。環境整備。人が出たり入ったりするような場所は避ける。できるだけ落ち着いた環境で。聴力低下への配慮。コミュニケーション。聞き返す。分かったふりをする傾向。嫌な顔をされた経験から。本人が聞き取れているか確認を。バックグラウンドを消して補聴器がない場合は聞こえの良い耳から。視力低下。場所を明るく。メガネを持っている場合にはかけてもらう。適度な明るさで。白内障。明るすぎると見えづらくなう。文章を用いるときには自分で読んで貰う。運動機能。筋力低下以外に循環器系呼吸器系。筋肉の重量は30%低下。サルコペニア。転倒の原因に。サルコペニアの定義。ヨーロッパの研究。アルゴリズム。対象者を2つに。歩行速度が速い人は握力測定して2群に。低い群は筋肉量を測定。少ないとサルコペニア。加齢が原因。一次性サルコペニア。二次性も。活動性の低下の廃用性。疾患による。エネルギーやタンパク質の不足。運動など。運動器の障害。ロコモティブシンドローム。07年に整形外科学会による。運動器の機能低下でバランス機能などが低下して外出が億劫に。悪循環。片足立ちで靴下が履けない。すべったり。階段に手摺が。青信号で渡りきれない。2キロ程度の買い物が困難。家のやや重い仕事が困難など。歯。成人の歯は28本だが80歳には10個に。歩行の障害などにつながる。8020運動が提唱。虫歯にならないようケアを。義歯の装着が必要。誤嚥が少なくなる。食事を通して社会的孤立の防止に。口腔内の粘膜の弾力性が低下。治癒に時間が。高齢者に於いては実行機能障害などで支援が必要。嚥下機能。誤嚥に伴う肺炎。口腔内では舌の運動機能の低下。咽頭においては誤嚥が。収縮力が低下して唾液が。嚥下機能に影響する薬剤。抗精神病薬や睡眠薬。乾燥を。嚥下障害をきたす疾病には脳血管障害、パーキンソン病など。言語聴覚士によるリハビリ。認知症でも。認知機能が関連。生命維持に必要な食物ができなくなると胃ろうの問題が。家族が選択する選択しないで苦しむ。結果を肯定的に捉えられないか。悲しい気持ちが続くと精神科医に。家族へのサポート。心理的負担の低減。予め話し合いを。アドバンス・ケア・プランニング。人生会議。話しづらいが身近なケースやTVをきっかけに。本人の希望の共有を。エンディングノートなどに記録を。90代の人に胃ろうをするか。話し合いの経過が重要。豊かな食生活は重要だが機能の低下から難しい問題。料理には様々な一連の課題が。メニューを考えるには食材の知識などが。買い物で必要な食材を。調理では加工などで運動機能が。器具の使用方法などを。適切な味付けには味覚の維持が。食器を選択して適切な配分を。後片付け。食生活にまつわる様々な機能が低下。高齢者の生活パターンにより変化が。調理の習慣がないと殆ど他人と交流のない食生活を。70代になってから妻が病気になったので料理をしだす。コミュニケーションが増える。女性の場合は料理を作る気力が衰える。お惣菜や弁当を。準備する習慣は変わらず人数分作ることが。サポートが必要でレパートリーが同じに。
生理機能のエイジング。尿失禁。腹圧がかかって尿もれが。男性の場合は前立腺肥大で尿が出にくく。おむつ。Negativeな老化の自覚に。腹圧性尿失禁。尿道の異常。切迫性尿失禁。不随意の収縮。混合性尿失禁。尿の排出の障害。機能性尿失禁。認知症などでトイレが分からないなど。原因により対応や筋力強化のリハビリが必要。交流を避ける原因になる。おむつの利用は自尊心の低下に。処理で介護者の負担の増加。交換は何らかの介助が。自分自身を不完全と捉え自尊心を失い介護負担の増加に。介護者自身がおむつを利用する時点で自立を阻害。本人自ら処理が可能な場合も。助けることで保つことが。高齢になると排尿パターンも変化。50歳代から。夜間1回以上の排尿が。死亡率が高い報告が。メカニズム。血中のカテコラミン濃度。日内変動はあるが全体的に濃度が上昇。夜間の低下。尿の酸性が増加。夜間の睡眠が浅くなる。排尿回数が。睡眠。エイジングにより睡眠の構造が変化。ノンレム睡眠。レム睡眠。若年者では第1段階から始まりレム睡眠に至るサイクルを4回程度。深い睡眠である時間が短くなる。睡眠を誘発するメラトニンの分泌量の低下。夜間の睡眠効率が低下して昼間の睡眠が。制約が少なくなり昼間の睡眠が長くなる。せん妄の危険が。認知症患者で顕著。日没症候群。一般市民に対し指針が。健康づくりのための健康指針2014。適度な運動。生活習慣病の防止。休養感。昼間の眠気で困らない程度。環境づくり。勤労世代は疲労回復と効率アップに。熟年世代は適度な運動。眠くなってから。起きる時間は変えずに。眠れない苦しみを抱えずに専門家を。長い時間布団に居たり8時間の睡眠が必要?昼寝の制限と活発な運動。夜間の不眠に。生活習慣でも薬物療法が。他の精神疾患が隠れていないかを確認して睡眠薬を。高齢者では注意。50歳台から睡眠薬を処方されていた高齢者が夜中に冷蔵庫を。覚えていない。エピソードがあり危険な行為を。中止する際に反跳性不眠が。長期間にわたることも。最近では高齢者でメラトニンを刺激する薬を。新しいタイプの睡眠薬が臨床で。糖尿病患者の多くに睡眠障害が。肥満を併発する人は特に。睡眠障害を持つ人は肥満や生活習慣病が。インシュリン感受性が低下。食欲を亢進させるホルモンを上昇。リスクファクターに。
高齢期の身体疾患の治療。80歳になると侵襲的な治療は控える傾向。最近では麻酔薬や内視鏡手術が。主に生活の質を重視したものも。高齢者では個人差が大きく90歳でも全身麻酔が可能な人が。予後が改善したりするのなら高齢者でも侵襲的な治療は否定されない。高齢であるがゆえに。エイジズムという偏見。医療関係者も。高齢者の治療については多職種で検討をして治療方針の決定を。認知症により本人の意思が。エイジングの心理的影響。老性自覚。ライフイベントや友人の死亡など。身体のエイジングによる老いの視覚は撤退になりNegativeに。心理学ができることとして幾つかの取り組みが。ポジティブ心理学。自分の強みを再認識。グループで人生を振り返り困難な時期の対応を振り返り再認識。自分の価値を。ウェルビーイングの向上を。プログラムにまとめ。
中高年期は適応しながら生活を再構築。運動など積極的に対応する人もいれば社会的に孤立を深める人も。身体機能の低下に個人差が大きいように心理面も。生活史を振り返り経験や強みがないか考え援助を。心理学だけではなく身体機能の低下などについて知っておき一緒に考えることができるように。
学習課題。エイジングに伴う身体機能の低下。様々な低下が。改めて調べてまとめて。身体機能の低下や病気に対する心理的適応。種類により必要とされるものは様々。高齢者の身体的疾患とその治療。生活の質の改善が目標なことも。

 

中高年の心理臨床〔新訂〕 (放送大学教材)

中高年の心理臨床〔新訂〕 (放送大学教材)

 

 

懐疑主義。#アラン定義集未定義語

どんな組織でも採用に苦心していないところはないであろう。変な人間が職場に入ってしまうと一気に雰囲気が悪化してしまうことも有り得るからである。私が施設警備の事業所に属していたときに、虚言癖のある人間が入ってきたことがある。もちろん何もかも嘘を吐く訳ではないのだが、それだけに話すことを本当だと思って動くと、空振りだったりすることが往々にして発生するようになった。それで彼を追い出すのも簡単ではなく、半年ほどウンザリしていたことがあった。幸い彼は嫌気がさしたのか辞めてしまったので安堵したのを記憶している。採用にはくれぐれも懐疑主義で行なってほしいものである。

27年前の今日のことと私自身の衰退について。

今日1月24日は、私の肉親が亡くなってから丁度27年になる。27年と聞いてピンとくる方もいらっしゃるだろうが、1995年のことである。阪神・淡路大震災が起こってから1週間になる日のことであった。当時その肉親は好んでABCラジオを聞いていたのだが、ただただ震災関連の番組が続いており、気分が沈み込みアルコールに手を出していた模様である。炬燵に潜って亡くなっているのがわかったのが昼前のことだった。

何はともあれ葬儀をしなければならない。幸い町内会の会館を使用することが出来た。当時は家族葬なんてものは無かったので、数十人くらい弔問に来てもらったのを記憶している。それで近所の方々にも手伝って貰い、精進料理も総出で食べた。問題は火葬場の確保。震災で何処も混んでいた。被災地からかなり離れていた筈なのだけど。てんやわんやで弔いは終了。悲しむ余裕は持ちようもなかった。というか何処に行っても震災の話題が出ていて、双方の悲しみが混在していたのが真実かもしれない。ようやく震災の話題が出なくなったのは3月になってからであった。もちろん地下鉄サリン事件が発生したからである。思えば1995年はバブルの再来の希望が完全に断たれた年であった。それから27年が経過して、関西ならびに日本ならびに私は順調に衰退している。ううみゅ。

思春期・青年期と不登校・ひきこもり(思春期・青年期の心理臨床第8回)

不登校から連鎖して50代の人間に至るまで続いている状態。対する自身がどのように人生や社会を考えているか問われているのは言えると思う。

 

大山泰宏。思春期・青年期と不登校・引きこもり。いずれも思春期・青年期で社会的つながりが無くなる。成長の上での影響を周囲は心配して。どのような心的状態かを。
小さな子供には引きこもりはない。ある時から子どもたちは人との接触を退却して自分自身に引きこもろうと。心の成長に関わり。思春期以降。閉じこもりたくなるのは誰でもある。親との会話が減り自分の部屋で好きなことを。思春期青年期には内界が不安定に。馴染みのない感情に振り回される。自意識が強くなり自分自身を意識して人と比較して引け目を。劣等感。これからのことを考えて悩む。心に疾風怒濤。外側から遮断して自分の中の嵐に向かい合うために閉じこもる。社会や大人に対し反発を。否定するために距離を置き自分の世界を。自分への閉じこもり。しばしば興味のあることに没頭。シリーズ物の作品に。標本集めに。岩石を集めることなど。特定のラジオ番組を。動画サイトの特定の人の動画を。心に響くものを集めて自分の断片を。思春期青年期の子どもたちが閉じこもり自分を組み立てる。蛹の時期。蛹の時期があるように殻の中に閉じこもる。山中康裕。一旦ドロドロの体に。命がけのすさまじい変化。自分をばらして組み替える。外側から守られる必要があり。内側にエネルギーを。心のエネルギーが内側に。色んな形。アパシー。心が動くのを否定。物事に心が動かない、感情がない。本来であれば色んな物に興味を持つ時期だが、活動性なども低下する。日本では60年代から。非行の第2の波。大人社会への反発。学生運動も。豊かな社会になり進学率も上昇。アパシーの状態は特に大学生で観察される。無気力になり大学には行けない。鬱とは異なる。食欲減退は無く不眠もない。眠りすぎるくらい。単なる怠けでもない。学業からは逃避しても自分の興味のあることには熱中するはずだが。なんに対しても無気力な状態。60年代から観察。アパシーの状態は青年に見られる。引きこもりの状態の一部でも。モラトリアム。エリクソンが成年の心理状態について。社会的位置。マージナルマン。境界的な。社会的責任から猶予されている。半人前なのに引け目を。早く一人前になりたい。しかしエリクソンとは違う意味で。積極的に半人前に留まろうとする青年が。70年代辺りから。物にあふれる消費社会で中途半端な位置に。コミットせず逃避して受動的に消費する大衆消費社会。何かに自分を賭けて没頭するのが難しい。受身的。何かに打ち込む人を横目に見ながら密かな優越感を。前に進めない自分に劣等感を。とりあえず生きるのには困らないけど、どう生きるかの問いかけが含まれる。マイナスの要因はなくなったが幸せではない。自分がどう生きるかを問い続ける。終着点はない。自分の存在を賭けるものは?心理社会的アイデンティティを見つける困難な課題に直面している。
内に閉じこもることが学校と関連付けられると不登校に。学校は人為的に作られた不思議なもの。ルールが。学校に行けない子どもは世界にも多い。誰でも行けれるようになった時。障壁が無くなったときに。戦後すぐには農村部で特に。都市部では非行に走る子どもも。64年の頃には無くなったが、不登校の現象が。最初は学校恐怖症、学校嫌いと。その後は登校拒否と。更に不登校に。ニュアンスの問題。不登校は学校に行かないという行動面にのみ着目。疾患の単位ではなく症候群。一つの症状に着目。不登校という症状を引き起こす原因は様々であることを念頭に。登校拒否。学校に行けないという現象も含めて。病欠ではない年間30日以上で。小学校の低学年。分離不安。先生や友達が怖いなど。家では正常に見えるが。学校に入ることを拒否。なだめて一旦教室に入るとケロッとして過ごす。朝に頑張っていたのは?学校に居ることや家に居ることは大丈夫だが。移行する境界を超えることが問題。前思春期。3年4年。心が不安定に。チャムシップ。失敗したり仲間はずれになったり。高学年になるとグループに入れない、劣等感を。イジメにあう。人間関係の。80年頃から増えていった。教師の体罰や奇妙な校則などの問題。管理教育。学校バッシング。荒れる学校。実際に校内暴力やイジメが嫌で学校に行かない。社会的変化。家庭の生活水準が上昇した。学校の方が快適だったのが、自宅に個室やエアコンなど生活空間が。学校はエアコンもなければお湯も出ない。大勢が詰め込まれるニュアンス。社会的変化が不登校が増えた背後にある。92年に文部省は病理的現象ではないと。支援の必要性を提唱。誰にでも起こりうる。不登校には相当なエネルギーが必要だった。当の本人には必要性が。思春期内省として。認めてあげて邪魔しないように見守る。脱皮して外に出ていく。学校に行かないのが珍しくなくなる。無理していくのをやめるタイプの不登校が。学校の流れに乗れない不登校が多くなる。本人が自分に閉じこもるのを見守るだけでは解決しない。不登校の長期化。心理療法他の支援が必要。思春期内省だけではなく学校への復帰の手助けを。学校に行くことが当たり前でないことが。責任が。成長と教育の機会の保障。周囲の大人に責任が。18年で中学生の40人に1人が。教え育てていくのにどのような制度や手助けが必要か。
自分の内側に閉じこもる。引きこもり。学校と関わる間は不登校でも学齢期が過ぎれば。厚生労働省の定義。仕事や学校に行かず家族以外の人の交流をほとんどせず6ヶ月以上。医学的にも原因がはっきりしないまま長期化。不可解で心配で。本人にも劣等感が。昔からの現象。世間を捨てて仏門に入る人なと古典にも描かれる。少子高齢社会でただでさえ労働者が不足している経済的問題。身近な人にとり深刻な問題。作られた問題として片付けられない。引きこもりも行動的側面に着目して。原因や実際のあり方は多様。精神障害ではないが発達障害がベースになるものも多い。社会的関係で傷ついて。はっきりした原因がなくても社会的関係を保つ努力ができない場合も。人間がすることには何らかの必然が。状態に至ったことには必然的な理由が。本人にも分からず本人の努力では如何ともし難い。心理療法が。社会的スキルのトレーニング。支援のあり方は個別的で丹念なオーダーメイドの。その人なりの必然が見えづらいが模索していることは共通している。大切なものが有りそれを抱えているのは多くの事例で共通。自分に向かい合うことが難しい社会。すべてを拒否して自分に籠もることが出来づらい。コンビニに夜中に出かける。ネット社会で社会性があったり。実社会の歯車とは噛み合わない。思春期内省では没頭して出会うことに自分の断片を見つける。今ではそれも難しい。アニメや漫画などに振り回される。消費社会の中で自分を見失う。スマホでの応答に追われて自分を振り返る暇がない。学ぶことがあまりに多く。心理的アイデンティティを確立するのは難しくなっている。果てしない道になり。自分探しの放棄を。諦めが必要。社会に乗れたからと言って自分探しが出来ているわけではない。薄皮一枚の違い。失敗を機に引きこもる。固有の病理や心の状態はないのでは。働いている人にも共通する心の問題が。実は日本社会はこれまで働くことと心理的アイデンティティが確立することと一致していたとは言えない。探求を中断するあり方が。社会的に参画していても幸せではない。ニート。日本では何世代とツケになっていた問題を問い始める。引きこもりの状態が長く続くと焦りや社会的スキルの減退が。支援には逆説的には我々自身の探求が必要。何を大切にして生きているのかなどを問われている。カウンセリングや心理療法で。我々が問われている。

 

思春期・青年期の心理臨床〔新訂〕 (放送大学教材)

思春期・青年期の心理臨床〔新訂〕 (放送大学教材)

 

 

 

人格心理学 (放送大学教材)

人格心理学 (放送大学教材)

  • 作者:大山 泰宏
  • 発売日: 2015/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

臆病。#アラン定義集未定義語

先に朝のentryでアメリカ横断ウルトラクイズの罰ゲームについて書いたが、その中に敗者にバンジージャンプをさせるという代物があった。ここで漫然とバンジージャンプと書いているが、何しろ昭和のことであり大半の日本人にとっては初めてバンジージャンプというものを見たと考えられる。それは敗者にとっても同様である。結局は直前でストップが入り実際にはさせていない。ウルトラクイズの罰ゲームは事前にスタッフが試してみて実際に出来るものしか実施しなかったそうであるが、百戦錬磨のスタッフも流石にバンジージャンプが出来なかったらしい。今や令和になりバンジージャンプは日常になったが、私は試す勇気がない。ううみゅ。

違和感アリアリの保険会社のTVのCM。

某生命保険会社のTVのCMが流れていた。学校の教室を模した部屋に高齢者が生徒よろしく座っているのだが、制服を着ていて違和感がありありと。それで保険の時間ということで某教育学者が生命保険の説明をしているのだが、如何にも宣伝という趣き。掛け捨てではないとか保険料が上がらないとか85歳まで入れるとかで驚く生徒たち(但し高齢者)。そもそも30秒のCMを制作してTVに流している時点でコストが高くてお得とは言い難いのは考えてみれば分かると思うのだけど。まあTVの視聴者は情報弱者だから、少しでも保険に入る人が増えれば良いと保険会社は考えていて、多分その予想は的中するのであろう。ううみゅ。