【要約】
healthは古英語hælþに由来し、whole、heal、holyとは歴史的に近縁だが、holisticは別系統で、ギリシア語holosをもとにSmutsが1926年に提示したholismに由来する。holistic health movementは米国で1970年代に広がり、身体だけでなく人間全体を捉える考え方を重視した。holismは部分への還元だけでは全体を十分説明できないと考えるが、部分の科学的分析を否定するものではない。body–mind–spiritという枠組みはholistic healthで用いられるものの、WHOのphysical–mental–socialのsocialをspiritualに置き換えたものではない。spiritualityは宗教だけでなく人生の意味、目的、つながりなどにも関係する。Engelのbiopsychosocial modelは、biological、psychological、socialの各水準が相互作用すると考えるモデルであり、心理社会的ストレスも健康や疾病リスクに影響し得る。
ーーーー講義録始めーーーー
全人的健康――健康の語源とホリスティックな見方
(healthという言葉から健康を考える)
ここで改めて国際的に通用する健康の観点について再確認するため、健康を表す英語“health”について考えてみましょう。“health”は古英語の“hælþ”に由来し、「wholeness」、つまり全体として損なわれていないこと、健全であることを意味していました。この言葉は古英語の“hal”、つまり“hale”や“whole”に当たる言葉と歴史的に近い関係にあります。また、“healing”の“heal”は古英語の“hælan”に由来し、もともとは「wholeにする」「健全な状態にする」という意味を持っていました。“holy”の祖先に当たる古英語“halig”も同じ古いゲルマン語系の語族に属しています。この意味で、health、whole、heal、holyの間には歴史的な語源上のつながりがあります。ただし、ここで一つ注意が必要です。全人的、全体論的と訳される“holistic”は、これらと同じ語源ではありません。“holism”という語は、Jan Christiaan Smutsが1926年の著書『Holism and Evolution』で用いたもので、ギリシア語の“holos”、すなわち“whole”“complete”を意味する言葉から作られています。したがって、healthとholisticは「whole」「全体」という意味の世界ではよく響き合いますが、歴史的に同じ一つの単語から分かれたわけではありません。そしてアメリカでは、1970年代にholistic health movementが大きく広がっていきました。医学史の研究でも、1970年代にholistic health movementが再び活発になり、当時の医療制度や科学的医学だけでは十分に扱われないと感じられていた健康の側面に関心が向けられたことが指摘されています。
(部分だけでなく全体を見るholism)
holisticとは、holism、すなわち全体論というものの見方を背景に持っています。全体論は、「物事を細かな要素へ分け、その構成要素を調べれば、その仕組みを理解できる」と考えるreductionism、すなわち還元主義と対照的なものの見方です。ただし、これは「reductionismは間違っていて、holismだけが正しい」という意味ではありません。人間も臓器、組織、細胞、分子などへと分けて詳しく見ていくことによって、医学や生命科学の理解が大きく進んできました。この方法が非常に重要であることは言うまでもありません。しかし、それだけでは一人の人間の健康や病気、生活全体までを十分に説明することが難しい場合があります。そこでholismでは、部分を詳しく理解すると同時に、それらの部分が互いにどのように関係し、一つの全体としてどのような特徴を生み出しているのかにも注目します。つまり、全体を部分の単純な総和、すなわち単なる足し算だけで説明し尽くすことはできず、全体には部分相互の関係から生じる全体としての特徴がある、と考えるわけです。Smutsが1926年に提示したholismも、自然界において部分からwholeが形成され、そのwholeを部分だけに還元して理解することには限界があるという考え方を含んでいました。
(biomedical modelへの批判と全人的な見方)
これは、近代医学そのものを全面的に否定する考えではありません。むしろ、医学の中で強い影響力を持ってきたbiomedical modelが、生物学的な病態や臓器・組織の異常を中心に疾病を説明するあまり、患者の心理、生活、人間関係、社会環境などを十分に扱えなくなる場合があることへの批判として理解するとよいでしょう。1977年にGeorge L. Engelがbiopsychosocial modelを提唱した際にも、当時支配的だったbiomedical modelでは、病気のsocial、psychological、behavioralな側面を十分に説明できないという問題が指摘されました。ですから、「近代医学によって人間がまるごとの人として扱われなくなった」と一般化するよりも、「biomedical modelだけでは人間の健康や病気の全体像を十分に捉えられないという批判が生まれた」と考える方が正確です。
(body・mind・spiritというholisticな見方)
holistic healthの考え方では、人間を身体だけから見るのではなく、body、mind、spiritなどの複数の側面を持った一人の人間として捉える枠組みがしばしば用いられます。ただし、ここでWHOの健康定義との関係には注意してください。WHO憲章の正式な健康定義は、現在もphysical、mental、social well-beingという3つの側面を示しています。したがって、holistic healthで用いられるbody–mind–spiritという考え方を、WHOのphysical–mental–socialのうちsocialをspiritualに置き換えたものだと考えることはできません。この二つはそれぞれ別の文脈から生まれた枠組みです。一方で、どちらも健康を身体だけに限定せず、複数の側面から人間全体を見ることを重視するという点では共通するところがあります。
(spiritualとは何を意味するのか)
それでは、spiritやspiritualとは何でしょうか。神や霊という宗教的な意味合いを持つこともありますが、それだけに限定されるものではありません。医療やhealth careの文脈におけるspiritualityには、自分の人生にどのような意味を見いだすのか、何を人生の目的とするのか、何を大切な価値と考えるのか、自分自身や他者、自然、あるいは自分を超えたものとどのようにつながっていると感じるのか、といったことも含まれます。その意味では、「生きる意味」や「生きがいを持つこと」はspiritualityを理解するための重要な要素の一つだと言えるでしょう。ただし、spiritualityそのものを「生きがい」と同義語にしてしまうのではなく、それよりも広い概念として考える必要があります。米国National Cancer Instituteもspiritualityについて、宗教的な信念を含み得る一方で、peace、purpose、connection to others、meaning of lifeなどに関係するものとして説明しています。
(身体・心理・社会は互いに影響し合う)
実際のところ、身体、心理、社会環境は互いに独立しているわけではなく、相互に関係しています。このような人間の健康や病気を複数のレベルの相互作用として見る考え方としてよく知られているのが、George L. Engelが1977年に提唱したbiopsychosocial modelです。ただし、これはbody、mind、spiritという3つをそのまま医学モデルに置き換えたものではありません。biological、psychological、socialという異なる水準を考慮し、それらが互いに関係しながら健康や病気に影響するものとして捉えるモデルです。Engelの考え方にはsystems theoryの影響があり、人間を単純な3要素の足し算として見るというより、細胞・臓器・個人・家族・社会といった複数の水準が関連するシステムとして理解しようとするところに特徴があります。例えば、人間関係や仕事などから生じるpsychosocial stressは、必ず疾病を「つくり出す」とまでは言えませんが、ストレス反応を介して身体的・精神的な健康状態や疾病リスクに関係することがあります。反対に、疾病になることで仕事や家庭生活が変化し、人間関係や心理状態に影響が及ぶこともあります。また身体状態の変化が気分や行動に影響し、それがさらに社会的な関係に影響することもあります。つまり、身体、心理、社会の間には一方向だけではない相互作用があるわけです。このように、人を一つの部分だけから説明するのではなく、複数の水準とその関係を含む全体として理解しようとすることが、全人的な健康を考えるうえで重要になります。
