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老年期の喪失体験と精神疾患(発達心理学特論第14回)#放送大学講義録

-----講義録始め-----

 

ここまで、老年期の発達課題、心身の低下に伴う影響、それを踏まえた適応について概観してきました。エリクソンの発達課題においても、その失調要素として絶望が挙げられている通り、すべての高齢者が適応的な老年期を迎えるわけではありません。ここでは、老年期の喪失体験とうつ病について見ていきたいと思います。

喪失体験とは、その個人にとって大切な人や物、出来事が失われてしまう体験を指します。小此木啓吾は、対象喪失が死の原因になるとも指摘し、対象喪失による悲嘆などがストレッサーとなり、心身の疾患を引き起こす可能性を指摘しています。

対象喪失の体験には、以下のようなものがあります。1. 配偶者や父母、子供といった愛情依存の対象との死別、2. 住み慣れた環境や地位、役割、故郷などからの別れ、3. 自分の誇りや理想、所有物の意味を持つような対象の喪失。このような喪失体験は、誰でも経験し得るものですが、青年期や成人期には必ずしも経験するものではありません。しかし、老年期になると失われるものが多くなります。

長谷川和夫は、高齢者になると以下の4つの喪失が生じると述べています。1. 身体及び精神の健康の喪失、2. 経済的自立の喪失、3. 家族や社会とのつながりの喪失、4. 生きる目的の喪失。これらの喪失は、老年期の場合、老化に伴う心身の機能低下に加え、疾患による病的な老化が関与します。経済的自立の喪失は、定年退職によるものです。家族や社会とのつながりの喪失は、配偶者や同年代の友人の死によって交流できる人が減少することです。これらの結果、生きる目的を失う場合があります。この喪失は、老年期の大きな喪失と言えます。

さらに、老年期は複数の喪失が複合的に生じると述べています。つまり、老年期は喪失体験の時期であり、絶望に傾くと次に述べるうつ病を引き起こす可能性があります。

老年期のうつ病について、高齢者の精神疾患の中で、気分障害は認知症と並んで頻度が高いです。国内外の疫学調査によれば、認知症の有病率は現在65歳以上の高齢者の8パーセント程度です。気分障害については、高齢者の1.8パーセントに大うつ病、9.8パーセントに小うつ病、13.5パーセントに臨床的に明らかな抑うつ状態が認められています。うつ病はDSM-IV診断以降、気分障害のうつ病性エピソードに分類されます。

老年期のうつ病は他の世代と異なり、臨床症状としては、悲哀感が強いこと、心気傾向を示すことが多いこと、宣言しやすいこと、妄想形成(貧困妄想、心気妄想、罪悪妄想、迫害妄想)などが見られやすいことが特徴です。その背景には、脳の器質的変化、慢性疾患の合併、社会的役割の喪失や配偶者との死別などの喪失体験、経済的基盤の脆弱化、社会的孤立など、高齢者が抱えやすい状況があります。

治療に際しては、認知機能障害や身体合併症、死亡などのリスクを高めるため、適切な見立てと診断が重要です。また、老年期の不安障害についても、高齢者に見られる不安や抑うつ状態は、気質的な要因や心理的要因に加え、社会的な時代背景や生活史に関する要因も大きいため、判別と診断が重要です。