F-nameのブログ

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バンコクのアジア大会での高橋尚子選手の暴走。

今日も何かと忙しかった(百貨店の休業が5月末まで延びたので弊店も休業になるのが昨日決定したが)。

以前に東京オリンピックのマラソン競技について書いた。結局は札幌で実施することになりテスト大会も行なわれた。

それに絡めて高橋尚子選手が日本記録を出した98年12月のバンコクのアジア大会について書いた。たまたま映像がYou TubeにUPされていたので紹介する。ありがとうございます。

早朝に実施されたが、タイのバンコクはかなり暑い。2時間以上の映像なので暇がなければとても全部は見られないだろうから2つだけ。1時間42分から(右下の経過時間は2時間10分を過ぎたあたり)なのだが、陽炎が。はっきり言って現在にこんな状況でマラソンを実施したら非難轟々であろう。下手したら死者が出てもおかしくない(幸い高橋選手含め10人がスタートしたが死者は出なかったが)。後は1時間53分からのゴールの瞬間とその後。彼女はあっけらかんとしている。率直に書くと、もはや人間じゃないだろうというレベルである。タイムは2時間21分46秒であった(自らが持つ日本新記録を3分以上更新した)。他の場所で走っていたら20分を切っただろう(後に彼女はベルリンで達成したけど)。まあ二度とこんな選手は出ないだろう。

戦後の生活と文化(日本の近現代第13回)

私が生まれて居ない頃(高度経済成長の爛熟期に生まれた)の話なのでなかなか実感が湧かないというのが正直な印象。

 

有馬学。戦後の生活と文化。戦後70年。現在でも一言で言うときに戦後の日本、戦後社会と。随分と長い戦後。日露戦争の戦後70年は1975年。ベトナム戦争の終了。前年に田中角栄総理が辞任。戦後社会と呼ぶのは当たり前ではない。何故に特別扱い?
戦後的なものとはなにか?8月14日にポツダム宣言の受諾を決める。9月2日に降伏文書を。GHQの日本統治が。直近の過去、敗戦直前の生活との対比で。我に返り誰もが目の前の生活に必死。インフレと物不足。闇市の活気に。欲しがりません勝つまでは、などの建前。統制のもとでの極端な窮乏。民主化と報道統制。心理は戦争末期の体制への批判に。戦後を戦前戦中とは異なる時代に。強力に作用。何が戦前戦中とは異質なのかは単純ではない。日本国憲法に象徴される法律や制度の変化。戦後の吉田茂の軽軍備や経済に。新たな国是に。社会のあり方はそれほど単純ではない。女性の社会進出。強くなったのは女と靴下?極めて戦後的。55年から10年間に。戦争の力。婦人の職業への考え方を変える。婦人に不向きな仕事にも就く。沢山の婦人は踏みとどまる。女性の社会進出は戦後的?内務省でも仕事をした女性官僚。占領下の日本を戦前戦中と異質とする。
実際のところ、国民の生活の変化は?復興と庶民文化。戦後啓蒙思想。民主化の理念と、近代は達成されていないと批判的に。日々の生活に必死。戦争中の建前から解放された私益を追求することへの肯定。消費の豊かさへと。庶民を疲れから解放するのは歌謡曲や落語など、量産された映画。街頭テレビのプロレス中継。サブカルチャーは知識人のハイカルチャーとは別のものだった。ラジオ放送。TVの時代の前。この時代のラジオは広くて深い国民文化。26年に民間放送ができるまではNHK。占領軍の統制下にあったが。CIE。民間情報教育局が指導に。娯楽番組にも及ぶ。46年の話の泉。20の扉。人気番組はアメリカのクイズ番組に範を。すべてが押し付けだったわけではない。視聴者の参加という形式を切り開く。敗戦の翌月に始まった該当にて。あるテーマのもとでInterview。街頭録音という言葉が番組名にも。社会派のドキュメンタリーの側面も。録音の例。有楽町のガード下に佇む女性への。通りがかりの酔客と一緒になろうと。昼間に映画に行ったり。中流家庭以上の人が。生活に困っている人は少ない?真面目に働いている人には?皆続かない。カタギにしようとしたが。気軽に音楽が聴けるメディアはラジオ。健全性を全面に出した新しい音楽。多くのヒット曲が生まれる。ラジオの娯楽番組。落語や浪曲、講談など。銭湯にいけば素人浪曲を。連続ラジオドラマ「君の名は」。2年続いた。菊田一夫。主人公の男女がなかなか会えないすれ違いドラマ。真知子巻きの流行。社会現象を生み出す。庶民の娯楽の王様は映画。占領期の映画の公開はGHQの強い統制下に。脚本の事前検閲。民間検閲局による検閲。時代劇は軍国主義の温床とされ製作不可能に。軍国主義の否定が求められる。52年にGHQの廃止で映画は隆盛に。新東宝や東映が設立させたり、日活も54年に製作の再開を。チャンバラ映画も復活。時代劇の東映。週2本を。新作の配給を。毎週新作が封切られる。中村錦之助などの新しいスターが誕生。50年代は日本映画の黄金期と。日本映画が国際的名声を獲得。ベネチアでは羅生門や雨月物語などがグランプリ。立て続けに受賞を。地獄門なども。頂点は58年とされる。映画人口は11億人以上に。国民一人当たり年12回に。この年は東京タワーが。TVの時代に。高度経済成長に。
いわゆる高度成長。50代中頃からの経済成長と社会変化。70年まで平均で年10%の経済成長。根本的に姿を変える。時間的なズレがある。日本人の生活水準が戦前に回復するのは50年代の初期の頃。国民が果実を手にするのは先のこと。貧しいが戦後の混乱から脱出した小春日和。もはや戦後ではない。白書の本来の意図は、谷から這い上がるのに必死な時代。回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化により支えられなければならないと。消費者の欲望だけでは今後の成長は困難。技術などの面がないと。一息ついた国民が誤解しても無理からぬ事。経済学者の分析では地方社会は?宮崎県の55年頃の指標。55年当時の年間所得は9万円。工業出荷額。16.3倍。自動車保有量は90倍以上に。「ロンドン東京五万キロ」。トヨペットクラウンで。国産車で走り抜けたのが売りになっている。ロンドンに陸揚げされた日本車。軽工業だけではないという警戒感。より高給なイギリス車が買える。しばらくすると絶え間なくオーバーヒートに。まだ高速での巡航に適しなかった。国産車の道中記を楽しむ人でも、車の運転にリアリティを持つ人は少なかった。高度成長の入り口でも農業社会を脱していなかった。50年の就業者。農林漁業は40%以上。高度成長が日本社会の均一化を。同時代の東京。64年の前までは東京も水の都。都心部では外堀が景観上の特徴を為していた。数寄屋橋。単なる交差点ではなく外堀にかかる橋だった。東京高速道路の建築。外堀や汐留川などが姿を消す。東京タワーの完成は58年。高層ビルがなかった東京ではかなりの場所から見ることが出来た。目黒区でも工事を日々眺めていた。時代の象徴に。TVの時代の幕開けを告げる。
高度成長とTVの時代。耐久消費財の普及動向。様々な耐久消費財の中でTVが特徴。都市部と農村。農村部でもTVは普及。所得階層別。殆ど違いがない。TVはさほど豊かでなくても地方でも実際に購入されていた。普及力を持つのはTVだけ。受像機の普及で大衆文化の王様に。53年には本放送が。866件。民間放送も。街頭テレビに群がる。スポーツ中継や歌謡曲。西部劇なども。力道山のプロレス中継。プロ野球が多くのファンを。59年の皇太子ご成婚。64年の東京オリンピック。TVを抜きに語ることは出来ない。それまでと違う社会文化が。都会と地方の地位を解消。中村隆英。70年代に西洋に追い越す。気が付かないうちに。変化の中に居る人間が変化を認識するのは難しい。60年代の人にとって自家用車を持つのはリアリティがなかった。
庶民に慰めを提供したのはメディア。独自の戦後大衆文化を。TVの時代。都市と農村の違いを無くす。

 

日本の近現代―交差する人々と地域 (放送大学教材)

日本の近現代―交差する人々と地域 (放送大学教材)

  • 作者:季武 嘉也
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2015/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

日本の近代4 - 「国際化」の中の帝国日本 1905~1924 (中公文庫)

日本の近代4 - 「国際化」の中の帝国日本 1905~1924 (中公文庫)

  • 作者:有馬 学
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2013/03/23
  • メディア: 文庫
 

 

 

帝国の昭和  日本の歴史23 (講談社学術文庫)

帝国の昭和 日本の歴史23 (講談社学術文庫)

  • 作者:有馬 学
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/05/12
  • メディア: 文庫
 

 

消すこと。

どのビルにも消防設備というものがある(仮になければ問題である)。大抵は消火栓や消火器(「消化器」と誤変換することがある)があり、スプリンクラー設備もある。私の属していた警備の職場では、消火栓の操作を競う大会に出場することになり、精鋭を選んで通常の勤務時間以外を使い練習をしていた。それで大会に出場するとタイムなどを競うわけである。優秀な成績を収めると社内で大々的に褒められたりする。ただ精鋭だけが優秀でも、他の警備員が何も出来ないと非常の際に役に立たない。消防OBの方はまめに訓練を促したりしていたけれど。

府道の全通と危険な交差点。

今日もサイクリングcyclingの写真を(もちろん言いたいことはあるけど)。

高槻市内で中途半端な開通しかしてなかった大阪府道14号線が全通?して国道171号線に繋がった。以前に私は自動車教習所で一部を走行したことがある(免許は取ったが運転が出来ないのは書くまでも無い)。

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交差点から府道を撮影。

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高槻の東側から枚方市方面まで運転する時、171号線を八丁畷まで行き、そこから左折して170号線に入るのが常である(まあ淀川の堤防沿いを走るのも可能だと思うが)が、どうしても混雑する箇所は多くなる。府道14号を使えば少しは混むのも少なくなるし走行距離も短い。

ところが良いことばかりでもない。合流した交差点は小学校の前である。

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地元でも問題視されていて、信号の具合などを修正してもらったりもしているそうである。まあこれだけ走行車両が多いから小学生たちも気をつけるのではとも思うが、つい車道に入ったりする事故につき、以前はよく聞く話だった。まあ登下校時にはボランティアvolunteerの方や学校関係者が注意しているのではと思うけれど。

異言語としての日本語(2) -日本語の文法をつくる-(異言語との出会い第13回)

中学の国文法の授業で聞くと面白く感じられたかもしれないが、難し過ぎる?

 

滝浦真人。異言語としての日本語。日本語の文法をつくる。文法をつくる?言語の文法は初めからあるもので勝手に作るものではない?明治の日本語は標準語を作るところから。日本語の文法も作るところから始まる。分かりづらい?品詞の分類のようなことをすれば良い訳ではない。品詞の分類が難問。英語では構文の中で品詞が決められている。形容詞とは何かとの基本認識も一致しない。西洋の言語はギリシア語やラテン語の伝統が。日本語はEuropaの言語と一々違っている。日本語のための文法が無くはないが、西洋に比べて大雑把。分析には向かない。明治の文法家たちはこのような状況で課題に取り組んでいった。
文法とは何か?随分と遡るが。話全体が最初に触れたときにはピンとこない。文法体系を如何に立てるか。唯一の正解はない。振幅が大きいが共通点が。初めて問題が分かる。ヨーロッパ語について文法が何を指すのかが分かること。品詞という言葉。名詞や動詞など。分類の引き出しに入れるのは難しくない?文法はそれだけではない。英文法の教科書。確かに品詞。助動詞などの章がある。覚えれば良い?しかし分からない感覚。外国語の壁に。英語の場合は?例えば冠詞。定冠詞や不定冠詞。名詞を使うときに可算名詞だったり不可算名詞だったり、単数形や複数形。何度練習しても最後の最後で分からないですねとネイティブに言われてしまうところが。最後になってよくわからないところが外国語の壁。時制。現在過去未来。完了形や進行形。掛け算で6通り。現在完了あたりで。仮定法。もし自分が鳥ならこの空を飛べるのに。しかしそんなことは一般に言わないだろう。英語の文法を理解する上で欠かせないエッセンス。ある種の単語を使うとに観点がスイッチになっていて。1つの値に決める。そうなっているときに文法範疇を。categoryの訳。わかっているかそうでないか、数えられるか。文法範疇のリストを。人称。格。極性。能動受動。直接法や仮定法。実際の文法書ではバラバラに混じっていて、読み進めていく。プラスチック片。1個の列車を作る。図形には決まった種類があるとする。角の丸い四角だったり。一つ一つの形の種類が品詞にあたる。次にプラスチックの図形には色を付けなければならない。選ばなければならない色が文法範疇。ではそれでプラスチックトレインが完成する?ここまでは部品の話だが、単語をつなぎ合わせるパターン。文型。統語規則。ルールブックにする。どのように作られていくか分かる。文成立論と呼ぶ。文法を作る3つの部門や要素が揃う。品詞分類論、文法範疇論、文成立論。3つの部門。それぞれの例でおさらいを。
日本語の文法の話。最も影響があるのは英文法。文法範疇論や文成立論を日本語でどう扱えばよいかが難しい。文法家の苦労が。文法範疇論。定冠詞や不定冠詞は日本語にない。日本語では文法範疇ではないものも。英語では人称が変わると動詞の形が変わるが日本語はそうではないので文法範疇ではない。動詞。どれかに決めなければならないかの線引が難しい。なかなか想像が及ばない。
初期文法研究。日本語という文法の意識を。大槻文彦。最初らしさがアチコチに。松下大三郎と山田孝雄。大槻文彦の文法は和洋折衷。江戸時代の後期になると国学が盛んに。本居宣長などの文法研究が。基本的に単語の分類学。4つの分類が成果。実質的か文法的か。活用がある言葉か変化しない言葉か。今風では内容語と機能語の対立。用言と体言。用と体。組み合わせると分かりやすい。用言の方の内容語。動詞や形容詞。活用しない方の体言の内容語。名詞や副詞。機能語。活用する方は助動詞。助詞。和の成果。洋の成果。英文法の品詞は8種類に。大槻文彦の分類と違う点だけ。助動詞やテニヲハがあって英語にはない。英語の代名詞。実質的に意味が無いわけではないが、文を作るときに主語としなければならない印。日本語にはない。前置詞。英語では前に来て後ろに名詞。日本語では逆。後ろに置かれる。後置詞と言ったり助詞と言ったり。助動詞。英語では助動詞は品詞ではなく動詞の下位分類に。機能語。助動詞と助詞が品詞として入る。問題があって、日本語では単独に言えない。品詞というからには自立して言えないといけない。日本語の助動詞や助詞は単語ではない?品詞分類の話。
文法範疇の話。助動詞とされた単語の例。現在過去未来、能動受動、肯定否定。幾つか入ってくる。日本語の場合。大槻文彦の場合は品詞分類論に取り込む。文成立論。大槻文彦の場合は西洋語の文法の成果をそのまま取り込む。文は主語と説明語が必要で、それらがあれば必ず文。述語とは言わないが。まずとにかく主語。日本語の文では主語と述語があると言えない。言わないのが自然。必須要素は述語の方。文成立論では大槻文彦は英語に引きずられている。大槻文法は品詞分類論に。
2人の強烈な個性。四大文法。松下大三郎。科学的才能に富んでいた。日本語のタイプライターを。非常に現実的に学校を作り中国人留学生の教育を。科学的で体系的。日本語以外の言語にも通じる大きな体系を。用語が難しすぎたが。実用志向。静岡の話し言葉の延長。01年に文法書を。話し言葉の文法を書く。文法は難解と言われる。とっつきにくい。上から眺めると整然としていて何を考えているかが明瞭になる。2つに枝分かれしている。3部門の。句の論を。トータル全体の中に3つの部門が収まっている。大きな図の枝分かれが固有的な働きと偶有的な働き。品詞分類論。右半分。偶有的。単語が専用でなく併せ持つ。一番下のレベル。肯定否定などの項目。文法範疇論を図にしたもの。まず大きく文成立論を別立てにして。文法範疇論が最も大きな部門になっている。全面に押し出したのは珍しい。理解されなかった理由でもあるが。日本語の文法範疇論は厄介。日本語にない項目がたくさんある。その上に表し方も違う。日本語にある文法範疇を。敬語など。待遇。敬語は文法範疇だとピンとくる?スイッチみたいになっている。何かを言おうと思うと常に決めているもの。待遇というスイッチはれっきとした文法範疇。見事な発見。西洋語にはない文法範疇を見つけたと喜びすぎ。日本民族のメンタリティに一足飛びにいってしまった。
山田孝雄。よしお。強烈な人物。国学を復興しようとした。一部としての国文学を。日本文法論が08年に。未だに一番厚い日本語の文法書?語論。品詞分類論に。文法範疇論は品詞分類論に吸収。句。ある思想のまとまりを。句論。2つに分かれる。述体。何かを述べる構え。喚体。呼ぶときの。違いは?述べているのが述体。つれないことよ、喚体。詩的な文章に欠かせないので大きく位置づけられる。何かについて述べる。主語と述語。係助詞。かつて本居宣長が係り結びと。1種の呼応。構えの典型例。トピックを立てて。「わ」というのは述語が立ち上がる力を。いわゆるポピュラー。be動詞が具体例。述語の機能が発動する力を持つ。卓見。文成立論に特徴がある。
観点を持つと面白い。

 

異言語との出会い―言語を通して自他を知る (放送大学大学院教材)

異言語との出会い―言語を通して自他を知る (放送大学大学院教材)

  • 作者:滝浦 真人,佐藤 良明
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2017/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

ポライトネス入門

ポライトネス入門

  • 作者:滝浦 真人
  • 出版社/メーカー: 研究社
  • 発売日: 2008/08/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

しつけ。

子供が産まれてから育てるのに、躾が全く要らないと考える養育者は居ない。そもそも躾が無いと野生児と同様になってしまう。もちろん、躾と呼ばれるものも様々であり、時代と場所により何処まで許されるのかも問題になる。それから何時までも保護者が躾を行なえる訳ではない。子供が自分の足で歩くことが出来るようにするのも保護者の重要な役割である。ただ様々な意見が氾濫しているので、実際に育てるのは難しい課題になる。並行して稼ぐことも家庭の維持には必要であるから。こうして書くと自分の親には感謝するしかない。

新幹線の高架下をcycling。

昨日は良い天気(^^)

高槻市の中心部に出かける所用があった。ただ駅から距離がある。降水はない模様なので、自転車で遠乗りを。

新幹線の高架(そもそも踏切はないから全線が高架だけど)沿いをサイクリングする。

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途中に巨大な空き地があったが、物流施設が出来る予定。まあホームセンターが間近にあるので商業施設は難しいか。

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新名神高速を敷くということで彼方此方が工事中である。帰りはJRの北側を通ったのだが、田んぼが整地されていて通るのに迷う(写真は新幹線沿いのもの)。

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