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詩の分析(1) -詩的言語について(文学批評への招待第2回)

一つ一つ言葉を噛み締めつつ読んでいく経験を積んだ方が面白く生きられるかもしれないと感じる。濱中博久氏の朗読や講師の先生の話す声もとても詩的に聴こえた。講義を受けられる人間が羨ましいとも思う。

 

エリス俊子。詩的言語について。詩とは何か。詩の読み方。ジャンルの規則が在るわけではない。決まったものはない。外的な形式から定義することはできない。言葉は何時どのように詩になるのか。
詩は言葉の連なり。素材となるのは多くの場合に日常的に使われている言葉。特別な語彙は存在しない。在る特定の作りを成す。つなぎ方。その相互の関係。まとまりを為している。その言葉のまとまりが一定の効果を持つ。
詩的言語の効果。文学としての詩として想定されているもの。一斉唱和を前提としていない。皆が同じということを前提としていない。一斉唱和を前提とするものは?顕著な例は政治的スローガン。アメリカ大統領選挙のキャンペーン。52年のアイゼンハワー大統領。アイライクアイク。知らない内に口ずさむ。歌まで出来る。何度も言っている内に、いつの間にか好きになってしまう仕掛けが。オバマ大統領のイエス、ウィ・キャン。出来るんじゃないかと。トランプ大統領。メイクアメリカアゲイン。皆で唱和しているうちに信じるようになる。信じさせる人に投票したくなる。スローガンの仕組み。
日本語の場合、七五のリズムが発話しやすい。至るところに。サイン・コサイン・タンジェント。暑さ寒さも彼岸まで。地震雷火事おやじ。演歌にも。北の宿。七五調。キャッチコピーや選挙の標語でも。文学における詩の風景。七五調を元にした唱和するための詩。日本近代詩。明治後半から大正まで、詩人は様々な詩のリズムを模索。北原白秋。片恋。七五調の唱和のような。アカシヤの。ほのかな恋心を。高揚した。吐息がフット漏れるように恋が散っていく。リズミカルに言葉が重ねられる。優しい感触。小唄のような。一斉唱和も出来るし、個人的に感傷に浸ることも出来る。北の宿に近い構造。近代日本の詩人は新しい経験や新しい世界を探ろうと。七五調の枠を脱して。新しいリズムを。口語自由詩。話し言葉を基調とした。現代詩にも通じる新しい詩の言葉を。言葉の羅列にどのように向き合うのか。詩を読むとは?七五調が少しずらされた時。アレっと感じる。何らかの揺さぶりを。日常的感覚とは異なる違和感から詩が誕生するかもしれない。見えてないものが見える。見ている風景に裂け目が生じる瞬間。違う世界が立ち上げられる。一行詩。馬、春。萩原朔太郎。1886年生まれの詩人。月に吠える。世に出た時大きな衝撃が。大正6年。竹。国語の教科書にも掲載されていた。竹。青竹。竹ばかり。竹が生え。竹の風景は誰でも知っている風景だが。竹が伸び上がる風景が想起される。上への運動に巻き込まれる。目は竹の根に。空に向かって地上の竹と竹の根。交互に描かれる。入れ替わるように思える。光と影の交錯する空間に。気がつけば最初に戻って歌い始める。竹が生えてくるのが見える。竹は古くから日本文学に。明治40年の斎藤茂吉の竹の短歌。動きがない。音の中に情景が吸収されて静けさだけが残る。寒々とした季節。何も音が残らない。音はリズムの中に吸収される。音のない寒村の風景。朔太郎の竹。変わった言葉は使われていない。一定のリズムを保っている。七音と五音。リズムも持っている。11音が続く。第二連は最後が全て五音に。リズムを崩すところも。ぐにゃりと。突然切れ目の悪いリズムが。そしてリズムの回復。後半ではバリエーションを展開するが、繰り返しが刻まれる。効果は?読むやすいけれど読めない感覚。リズムが崩れて何かが見える経験は?その後竹やぶを見て新しい風景が見えない?全体のうねり。違った形で世界を切り取る。亀裂を入れる。新しい風景を見る。詩的機能の1つ。萩原朔太郎は何編か竹を。様々な解釈が。今までに見たことのない竹の風景。竹といえば通常は竹多き姿、竹やぶの姿。一本一本の竹が生えていく。異様な生命力。そもそも竹というのは大変早く伸びることで知られる。語源は勢いよく生えることから。生命力だけではなく突き破る様子。エネルギーの。噴出する欲望。ひたすら天に。どうしようもない渇望や祈り。地下の根の動きと対を成して神経の震えを。そもそも何故竹の詩が?竹なのが偶然でない。国民意識の高揚。松竹梅。桜富士などが流通。日露戦争後に日本のロゴマーク。再編成デフォルメしていく。ナショナリズムのモードを共有する。美しい日本を象徴するイメージを。雑音を響かせて小さな裂け目を。
朔太郎は他にも象徴的な日本を素材に。月に吠える。春の実体という作品。七語のリズムは消えている。春の感覚。虫けらの卵で春が膨らむ。小さくて透明な卵が春の空間一杯に。数限りもしれぬ。全て平仮名で。具体的な情景の説明。見渡せば。万葉集の時代より歌が幾つも。五文字を耳に。日本詩歌の伝統を。懐かしい日本の風景ではない。どこもかしこも卵でギッシリ。桜の花。無数の小さな卵が透き通って。柳の枝にも。勿論。春の歌に歌われたモチーフ。ガチョウの如きもの。羽は卵で形作られる。今度は鳥。蛾のような。胡蝶。古典で。イメージが遠く隔たる。空気いっぱいに広がりピカピカ光る。春の気持ち悪さだけではなく、この時期に桜のイメージの大量生産。日本的なものへの批判的眼差し。
一行詩。馬。春。馬については2つのナイゾウ。動詞形。抱えている。内臓。肉付きの内臓。軍港をナイゾウ。戸惑いを。イメージが一定の像を結ばない。多方向へ意味を探る。馬と軍港とぐにゃぐにゃした内臓と。戦争に備える?多層的な確実に不安を誘うような。多様な読みが出来る。無数の読み方がある。言葉の一つ一つが開かれていく。意味の宙吊り状態におかれたまま入り込む。豊かな世界が立ち現れる。生活の中で見えなかったものを。今までと違う風景に。知らなかった自分に。

 

文学批評への招待 (放送大学教材)

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