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放送大学の西洋音楽史第10回(改訂前)。#放送大学講義録

数年前に放送大学の書き殴りをUPしていたのだが、ChatGPTが現れて文章化が容易になった。なので過去のentryを掘り起こして文章にしてUPする。

今日は西洋音楽史の第10回。と言っても改訂前で今とは講師も違う。

西洋音楽史第10回 - F-nameのブログ

ベートーベンは以前の音楽家と一線を画していた、という話。

 

-----講義録始め-----

 

ベートーベンはフランス革命後の出生であり、彼はポスト革命世代の代表格とも言える存在です。彼の前時代の偉大な音楽家たち、ハイドンやモーツアルトは、骨の髄まで18世紀の人々で、宮廷の優雅さや貴族の趣味を反映した作品を生み出していました。しかし、ベートーベンはその流れを打破しました。彼は、宮廷や貴族社会に迎合する必要のない、フリーの作曲家として最初に成功した人物です。職人から芸術家への転換を象徴する彼は、自らの個性を懸命に把握し、個性ある作品を創造することを求められました。

また、ベートーベンの交響曲の数が少ないのは、彼が常にオリジナリティを追求していたからです。彼の作品は見間違えることのないほど個性的で、たっぷりと推敲に時間をかけることが可能だったのも、彼が自由な芸術家であったからこそです。

作品にまつわるエピソードが多いのも彼の個性的な一面です。例えば、「英雄」などはその一例で、ベートーベンを境にして、作品と人生のつながりが生まれていったと言われています。彼は自己の内面を表現することで、背後にある人生のドラマティックな物語を描き出しました。彼は主観の芸術、つまりロマン派の魁として、自分自身の勝ち誇るようなジェスチャーを音楽に込めました。

ベートーベンの音楽には宮廷の優雅さの欠落が見られますが、それは彼が貴族社会では成功し得なかった作曲家であるからです。そのため、彼の音楽は政治集会とも似た雰囲気を持つことがあり、あくまで端的に、力強く、そして粗野なほどに表現されるその点は、今のロック音楽とも共通するところです。

また、ベートーベンは革命後としての新たな共同体を追求し、その象徴とも言えるのが第9交響曲の合唱部分です。それはユートピア的な理想を描き出し、音楽が社会を創造するという彼の思想を表しています。