F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

冷える。

立春は3日前のことであった。暦というか旧暦では春に突入したということになる。しかし皮肉にも気温が低下している。夜寝る前に置時計の温度表示を見るのだが、昨晩は7度にまで下がっていた。この冬の最低温度のレコード(日本語が変な気もするが)になっていた。毛布に包まって眠るのだが、なかなか暖まらない。ある意味で震えながら就寝している。whether newsの予報ではもう直ぐ暖かくなるとのこと。流石に寒さは身体に堪える。北海道などの寒冷地ではもっと冷えるのだろうけれど。幸運にも現職場の弊店は暖かい。まあ空調が効かない店には誰も入って来ないだろう。今更ながらビルメンテナンスの方々は偉大である。

日本伝統音楽の超知覚構造(音楽・情報・脳第7回)

西洋の楽器の方が心地よく聞こえてしまうのは、自分が西洋音楽に毒されてしまっているせいだろうか。

 

音楽を構成する音そのものの成熟。尺八と琵琶などの。人間の知覚では捉えられない。
日本伝統音楽。尺八。古代中国に起源を。独自の発達。ノーリード。普化尺八。普化宗。虚無僧。虚無僧尺八と。尺八奏者。作曲家でもある。特徴。手穴が非常に大きくなり数が減った。開けるか閉めるかしかなかったのが、微妙な音程を生み出せるように。微妙な音の高さの変化。唄口。太くなった。下に一音、上に半音変えられる。歌口への息で。組み合わせて様々な音色を。同じ音程でも様々な無限の音色が。可能にしたのが尺八の歴史の中で微妙な操作が自在に。楽器の構造が。綴。巧みな操作で多様で複雑な表現を。小島富子。一本の竹でどんな楽器でも実現できない音の宇宙が。対照的なのはフルート。19世紀半ばにドイツで正確な半音階を。フルートではトーンホールが増えていった。16個にも。15個の複雑なキーを。決まった音の高さと音色を安定して出す。最大エントロピーMEスペクトルアレー。尺八は高周波の。ミクロな時間のスペクトル構造。MEスペクトル。尺八の演奏音。ダイナミックな変化。複雑な揺らぎ。尺八は情報構造が大きく変わる。唄口の構造から。安定性に欠けた仕組みによって。不安定な仕組みを逆手に取る。フルート風。異なる奏法による。MEスペクトルアレー。フルートと区別できない。音色が尺八らしく、変化が大きい。虚無僧尺八の奏法。可聴域を超える複雑な揺らぎ構造。表現力の真髄。独自の奏法。更に音の複雑性が高まる。超高周波成分。波乱万丈の揺らぎ。1本の竹をもって衝撃を与える。ミクロな時間構造の揺らぎ。知覚限界を超える領域で。先端的な手法でようやく可視化出来る領域。数百年も前からの伝統知。
琵琶。起源は西アジア。よく似た楽器が分布。雅楽で使われる。2つの系統に。鎌倉時代に平家琵琶。薩摩琵琶。筑前琵琶が。独自の琵琶の文化。半田純子。種類は多い。薩摩琵琶と筑前琵琶。薩摩琵琶。上の方には弦の音の高さを。指で押さえることで音階を。弦。絹糸で。微妙な余韻が。鉢の使い方。奏法としてトレモロなど。蝶がヒラヒラと。柘植で出来ている。こすって。桑の木で。大変複雑な音の高さと音色の複雑さ。リュート。MEスペクトルアレー。薩摩琵琶では超高周波成分が。可聴域上限を超えるスペクトル。琵琶では著しい。超知覚構造を。砂張と呼ばれる楽器の構造。コマと弦とが触れ合う。
尺八や琵琶には超知覚情報が。4種類の楽器以外でも日本と西洋では同様の性格を持つ。楽譜に記せば単純だが、可聴域を超える分野で。音楽を感じるのは。ハイパーソニック・エフェクト。伝統の音楽は基幹脳を高度に。音を産み出す楽器の歴史的変遷。均一な音の為の複雑な機構を。互いに変換可能に。伝統楽器では構造を単純化して、柔軟性を確保。波乱万丈の変化を。西洋近代音楽の発想ではマイナスの要素だが。サウンドスペクトルの連続性を。演奏者の生命の揺らぎ。知覚を超える表現戦略。一音成仏。音の中に森羅万象を。
日本伝統楽器の表現戦略。武満徹。オーケストラと琵琶や尺八の為に。2つの楽器の組み合わせを。ノベンバー・ステップス。67年にニューヨークで初演。日本音楽の精髄を。数十人のオーケストラを圧倒。楽曲が佳境に入った部分の分析を。スペクトルの対比。複雑な楽譜。MEスペクトルアレー。五線譜に表すと単純極まりない。しかしオーケストラを凌ぐ複雑性を。整然とした幾何学性ではなく。脳の聴覚系や報酬系を活性化するのが音楽。非定常的な構造は楽譜で表せない。演奏者自身が選択する。尺八と琵琶の音。演奏される時にこそこの上なく自由。一音は極めて複雑、それだけで完結している。自然の音のように無に等しくなるものに。作曲家として関与出来ることは限定的。日本伝統音楽の特質。ノベンバー・ステップス第1番。第2、第3のものは作らなかった。記号操作という作曲。

 

音楽・情報・脳 (放送大学大学院教材)

音楽・情報・脳 (放送大学大学院教材)

 

 

祝福。

「神の祝福」という概念が、キリスト教の聖書の中には多く出てくる。内容が多岐に渡りまとめるのは容易ではないが、要は神が人間に恩恵を与える、ということだろうか。まあ、その「恩恵」というのは何でも入る。とんでもなく悲惨な事態になっても、それは課せられた試練で人を成長させるエンジンになるのだ、と言っておけば「恩恵」には入れることが出来る。書いていてどうかと思わなくもない。ちなみに、創価学会員にとっての神は、池田大作「先生」に該当すると考えられる。生き神ということに。しかし「先生」が居なくなればどうなるのだろうか。

人が居ない京都。

新型肺炎が中華人民共和国を中心に蔓延している。来日される旅行客も減るし、感染を恐れて外出する人も少なくなる。近頃の京都は冬のシーズンオフseason offでも観光客で溢れていたのだが、かなり減っている模様。逆に言えば、あちこちを訪れるには絶好の機会になっている。冷やかしで店に入っても歓迎してもらえるかもしれない。東山界隈は人が多いので避けてきたけれど、久し振りにぶらぶらしても良いかも。新型肺炎で絶望的な気持ちになってしまうことも多いけれど、メリットmeritを見つけるのが、このような時期でも大事なのだろう。

ヘルスリテラシー(1)ヘルスリテラシーとは(健康への力の探究第7回)

確かに健康情報には流されがちであるなあと感じる。

 

ヘルスリテラシーとは。健康情報。情報入手と意思決定。エビデンスとナラティブ。定義。ヘルスケアの場面とヘルス・プロモーションの場面。健康や医療の情報は溢れている。オールドメディアやニューメディア。ドキュメンタリーのような健康食品の宣伝。記事なのか広告なのか分からない。ヘルスリテラシー。意思決定に必要な情報を活用。WHOを含め世界の健康政策の中心に。情報を的確に選ぶ。よりよい意思決定の為に信頼できる情報が欠かせない。科学的根拠に基づいているかどうか。エビデンス。証拠。実際に効果があるか検証しているか。経験者の体験談。集団に対しての情報に対し個人の情報。語りや物語。ナラティブ。語ったもの。人生を描く。杉原輝雄。エビデンスを知った上で生活を優先した。ナラティブな情報の信頼感。挙ってマスコミが取り上げる。機会を持ちやすくなる。マスメディアによる議題設定効果。重要と思われる。誰にも常にも。話題にのぼらないと重要ではない?ナラティブに流されやすく。意思決定には価値観やエビデンスが欠かせない。何を重視して意思決定するか。ナラティブ。資源とニーズがあるか。資源とは環境や条件。ニーズとは不足している場合に必要な程度。家族に予防接種を受けて欲しい、メリットとデメリットを。感想を紹介する。可能な施設や予算。3つの情報を重ね合わせる。人の体験談は説得力が在る。広告の個人の体験。まだ紹介できるエビデンスがない。ある情報へ流す意図も。エビデンスと一緒にする必要。信頼できる情報をわかり易く。国立医学図書館は日本にはない。健康情報はnetで?ボドックス。英語で検索する。アメリカの国立医学図書館がメドラインプラスとして情報を。解説やビデオ論文などの情報源が。日本はまだまだ不足している。メディアの情報は自己責任が原則。健康情報の5つのポイント。「かちもない」5つの確認。か、書いた人は誰か。匿名だったりすると信頼できない。専門家。所属や肩書も。専門は?論文は書いている?ち、違う情報と比べたか。1つの情報だけで考えるのは危険。どんなものでも長所も短所も在るはず。も、元ネタは何か?エビデンスとなる論文を。な、何のために書かれたか。商業目的かもしれない。中立的でなく。い、何時の情報か。情報が古いかもしれない。日々更新されている。最新のものかを確認。作成日や更新日、発行日を。文字を入れ替えると「いなかもち」。聖路加国際病院のヘルスプロジェクト。
エビデンスの見方。科学的な確実性にレベルが。真の値からズレさせる要因があって、誤差も含まれている。ある理由がある場合。バイアス。偏り。TV番組で5人に対しある体操が効果があるか?1ヶ月間で4キロ減った。バイアスはあるか。バイアスが入る原因。対象者を選ぶときのバイアス。動物は人間には当てはまらない。無理やり太らせた人の場合も。異なった特徴を、選択バイアス。測定に関する。体重計の設定が正確でない、縦長に映す。測定バイアス。要因の数。痩せるプレッシャーで食生活に変化が。コウラクバイアス。真の要因を見逃す。ブラセボ効果。偽の薬でも効く心理的効果。エビデンスレベル。最も低い、データに基づかない。数の少ない症例の報告。検証されているとは言えない。人を対象としてデータを統計的に処理。過去に原因を求める。対象として違いがあるかを比較。乳がんである人とそうでない人を、タバコに多く接していた場合に原因の1つ?病気の原因と予想されるデータの収集。既に日常的に運動しているいない人をずっと観察して心臓病の有無を。研究対象者に原因を作ったり無くしたり。大豆製品を取ってもらう。観測した値。病気になった率。少ないと偶然の誤差が。減らすためにはより多くの人間に対して。信頼性。誤差が小さいことでも在る。エビデンスを理解して活用できる力、ヘルスリテラシー。環境リテラシーなど。そもそもリテラシーとは英語のletter、読み書き能力、識字。社会に参加し自らの目標を達成するための手段。リテラシーの中でも批判的リテラシーが重要。批判的意識化。ブラジルの農村では沈黙する文化が。人々が沈黙の文化を意識し客観的に認識、主体的に変える。エンパワーメント。環境を変える力。健康や医療の情報を知らない、知っていても行動に移せないなどで沈黙している人も。ヘルスリテラシーの定義。12年の代表的な定義。健康情報を。ヘルスケア疾病予防ヘルスプロモーションについて。情報を得て意思決定。問題解決行動。選択肢を知りメリット・デメリットを。活用。意思決定をして行動に移す。実際には一緒に。大きく分けると、ヘルスケアとヘルスプロモーション。
ヘルスケア。医療用語の読み書き。因果関係を。ヘルスリテラシーの低い人に対するコミュニケーション。ユックリと時間をかける。家庭医。初診に時間を。患者が話したいだけ話せるか。3分間。医学教育を受けていない人間には用語が理解しづらい。経口は口から、など。国立国語研究所。57の言葉について。絵を見せたり描いたりする。視覚的なイメージは。1回の情報量を制限して繰り返す。重要な情報に絞り込んで。複数の職種で。リーチバックを使う。理解できたかを確認。患者に説明してもらい、出来なければもう一度説明する。帰ったら病院で何を言われたか。コミュニケーションは情報を共有する意味。意図した情報が伝わるか確認する。質問しても恥ずかしくない環境を。雰囲気。わかったフリになりやすい。具体的に何を質問すれば?アスクミー。3つの質問。感染して危険なこと。何をすれば?飲まないし飲んたりした結果は?対処方法が何故重要なのか理解する。納得してこそ実行できる。標準予防策の考え方。事実の有無に関わらず想定して行動。ヘルスリテラシーが低いと想定する。よく喋る人が高いとは限らない。それに合わせてコミュニケーションを。医療者においてもヘルスリテラシーの高い低いがある。コミュニケーションが出来る能力。
ヘルスプロモーション。地域コミュニティや組織づくり、製作づくりなど、あらゆるアプローチを。支援するために環境を変える。エンパワーメントを。ヘルスリテラシーを資源とみなす。アンブレラターム。様々な概念を入れている。理論的動向を。60年から70年代の健康教育、キャンペーンが中心。新しいことの良い面を。教育レベルの高い人にしか効果がなかった。80年では人間関係に焦点を。配偶者などが期待していることに影響を。他者の成功や失敗から学ぶ。個々人について他者との関係に合わせて行動変容を。マーケティングの理論を取り入れる。規範意識など。多様な集団を認識、それぞれの社会規範に合わせて。情報提供と教育に頼っていた。多様な集団の健康ギャップを埋めることは出来なかった。環境そのものを変える必要がある。WHOによるヘルスプロモーション。健康の要因をControlできるように。背景にある原因の原因。社会的要因。自分の健康的なライフスタイルなど要因を変える。機能的ヘルスリテラシーだけでなく、相互作用的ヘルスリテラシー。周囲がサポーティブである場合。批判的ヘルスリテラシー。環境はサポーティブでない場合。職場での状況を変える力。労働関連の法律の改定の動きに。集団の利益に結びつく。集団の能力。ヘルスリテラシーはソーシャル・キャピタルの重要な要素。互いに信頼し合う風土。築き上げることが重要。

 

健康への力の探究 (放送大学教材)

健康への力の探究 (放送大学教材)

 

 

願い。

誰しも初詣には行くであろう。例外としては学会員が挙げられる。学会と言っても、学術のそれでは無く、創価学会員のことである。そもそも日蓮の教えにそぐわないと聞いたことがある(今では池田大作「先生」の教えの方が大きいと思うが)。ただ、無視して何処ぞに初詣をしている人間は多いのではないかと思う。私も学会員(であることは聖教新聞で認識する程度だが)だが、初詣にはほぼ毎年行っている。八坂神社に行くことが殆ど。最近願うことは、自分や家族の健康のこと。それさえ万全なら、後は何とかなるのかなと考えている。

「男性専用車両」。

Facebookで2年前に「男性専用車両」に乗ってしまったことを改めて知る。ある意味で異様な環境だった。最近はかなりの路線で女性専用車両が設定されている。乗り慣れている路線ならまだしも、慣れていないところだと間違えて乗ってしまうことも経験した。まあ女性専用車両には独特の雰囲気があるので間違えてもすぐに分かる。一般の車両には女性や男性も一緒に乗っている。ただ、一度だけ女性が居ない車両に乗った。言わば「男性専用車両」と化している。それも異様というか怖かった。自分も男性だろう、と突っ込まれるかもしれないが。男性が大多数を占める環境はまだまだ多い。少数派の女性は怖い思いをしてい?のを忘れないようにしたいと思う。ちなみに大学1回生のクラスには50人中に女性は6人しか居なかった。その内の1人が予備校で同じクラスにいたので、色々と話すことは出来たけれど。