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死生学のフィールド(死生学のフィールド第1回)

日本に特有の問題と世界共通の問題の双方があることに注意が必要。

 

死生学の概要。4つの焦点。知の営みの性質。フィールドとの関連。
この科目の死生学のフィールドと死生学入門の関係。相互補完的。どちらの科目も死生学という広範な射程を持つ。内容的にも重なる部分があるが、スタンスが異なるので重視する点も異なる。書籍されている死生学入門も。どのように死生学を?社会人類学などの社会科学を背景に。日本にほけるHIVの差別。ケアや支援。若者の性。縁あって東京大学の死生学の寄付講座に。相田薫子先生。寄附講座で死生学の枠組を意識して。死生を巡るマスメディア。大切な人を失ったときの。死別の悲しみや苦しみに共感的なコミュニティ。扱ってきたテーマがバラバラ?一貫性がある?かなり多様で共通点がない研究を?一貫した関心が。日常における生き辛さを解消する視点や方策を。現代日本の社会的な死に纏わる関心。生きづらさは様々なフィールドに。少しでも苦しむ人を減らしたい。出来ることは限られるが。何故受講しようと決めて何を期待しているか。死生学は体系化を進めていく途中にある。一緒に建築を。
初めて死生学を目にしたときの印象は?死ぬこと生きることの研究?死生学よりも成り立ちが古い哲学歴史学などの諸分野で。死生学では死に纏わる多様な現象を。まずもって死に纏わることそのものを。サナトロジー。日本語に訳すと「死学」。歴史的経緯。それに留まらず、そこから死と裏腹にある生についても。「生死学」でも良い?死生観という言葉。では何故?島薗進。加藤の著書。古今東西の比較研究。仏教的なものとは異なる精神のあり方を。近代的精神としての死生観。死を考究することでより良い生を。死生学には学際的で実践的で実存的な。学際性。多様かつ多面的。ヒトだけではなく動物やロボットやAI。社会や国家といったものの死生。1つの分野ではカバーできない。個別に死生の問題を扱うことは出来るが、死生学という看板のもとで幾つかの学問体系が共同作業を通じて知を共有。学際性から幾つかの学問が。これまでの学問の枠組が解体して独自の体系を。最終的に学際性は失われる。幾つかの学問体系に対して。上智大学。死生学専攻。神学宗教学など多彩な。スピリチュアルケアの受験資格を。専門分野を学際的に。実践性。人生や生活で起こる多様な死生に対して。実践的な対応が期待されている。あらゆるタイプの死生学が実践性を持つわけではない。臨床死生学。極めて実践的。ある文化における死生観の歴史的な。実践的寄与は簡単に確認しづらい。実存性。自分はこのように問題でありこのように考えるという価値判断。死生の問題を考察するには価値判断としてどのように対応していくのかを内省して責任を持つのが求められる。自分の価値判断に反省的であるということ。以上が死生学の定義の問題。独自の体型を持つ段階ではない。発展途上。一人ひとりも学問体系の形成にDynamicに携わっている。
死生学の構想と発展における近代化。議論を理解するのに4つのKEYWORD。近代国家、都市化、世俗化、医療化。死生学が求められる社会的背景。2面性を死にもたらす。公的な死。近代法制や行政制度、死亡届の義務付け。近代化以前は共同体で完結していた。近代国家の成立。国家にとっての関心事に。死を自らの関心事として記録。警察やマスメディアの近代的な機関で記録。私的な死。都市化により地域共同体の弱体化。私的な死とは二人称の死。かけがえのない交換不可能な人の死。または一人称の死。公的な死は三人称の死。近代化の産物。近代化する前の社会では死の捉え方の区分はなかった。死は共同体の関心事。家族にとっての死、自分にとっての死ではなかった。地域共同体の解体。伝統的共同体の縛りから解き放たれる。家族にとっての関心事。生も同様。家族の人間関係が最重要。家族という人間関係を親密なものに変化。親密圏の発生。一人ひとりの存在が互いにとり非常に重要。家族のメンバーは互いにとりかけがえのない。家族の死。絆の喪失、強い悲嘆。交換不可能なあなたの死、二人称の死の発生。家族以外は親密圏の外、交換可能な死。三人称の死の概念の発生。公共圏におけるありふれた死。公的な死の拡大。一人称の死の概念はどのように生じた?公的な死の拡大や私的な死の先鋭化。世俗化。脱宗教化。宗教的影響の衰退。宗教による提供から、死後の世界のvisionや死者儀礼は科学や合理性にとってかわり説得力を失う。死に纏わる公的な物語。表現手段。野辺の送りなどの儀礼。世俗化で失われる。ゴーラー。西洋社会において死に纏わる行動が信憑性を失う。恥ずべきものに変化する。死のタブー化タブー視。世俗化だけでなく都市化とも関係。遺族への接し方に不安が、遠ざけて無視する。死の不安や恐怖を植え付ける。医療化。医療の範疇に取り込まれる。近代以前の社会では宗教の範疇。現代社会における死は医療の範疇に。私的な死の先鋭化。死の囲い込み。遠ざけられた死、ショックを与え不安の根源に。生き死にに纏わる事柄を囲い込んだ医療者も問題に。臨床死生学の問題。死の二面性。困難に人々が直面。死生学の必要性が出てくる。
蛍の光の旋律。オールド・ラング・サイン。スコットランド民謡。別れや終わりを惜しむ。元々の歌詞は旧友と再会し懐かしみながら酒を。日本人が歌詞をつけて独自の発展を。日本の死生学の発展も似ている。60年代から70年代にサナトロジー。70年代後半から80年代にかけて日本の死生学が勃興。本邦初の学会。77年に設立。淀川キリスト教病院の柏木哲夫。死生に纏わる転換点。先の死の臨床研究会。病院で死ぬ人が自宅で亡くなる人を上回る。病院が死を囲い込む。新聞紙上にホスピスという言葉が。ホスピス運動の展開。82年に上智大学でセミナー。多くの人の関心を。生と死を考える会が翌年発足。伊那にもある。日本の人々の哲学的関心や宗教的関心。88年には医療者を対象にした死生学の教科書。日野原重明。歴史的社会的出来事の大雑把な確認。学者たちにより。一方で欧米のサナトロジーに。59年に論集を。62年にはフランクルの「夜と霧」。生きる意味についての議論。67年にはキューブラー・ロスの著作。現在にも強い影響力。同じ年には近代ホスピス運動を。70年には「オメガ」という雑誌が。77年にはサナトロジーの雑誌が。欧米のサナトロジー。死の認知運動という社会現象に基づく。根底には死のタブー化を払拭する、死への恐怖を克服する。3つのことがサナトロジーのもとに。死への恐怖や不安を直視。悲嘆の発生過程を理解する。死の準備教育を。デス・エデュケーション。死の恐怖や不安に打ち勝つ。日本の死生学の背景にも似たような社会現象に対応した歴史が。死のタブー化にしても認識にしても死の教育にしても欧米社会とは異なる歴史的背景のもとに。サナトロジーの射程を越えたものに。日本における近代化は欧米の近代化と同じではない。死生学が現在の日本における実践的方策に。日本の文化や歴史を考察する責務を負っている。
死生に纏わる多様なフィールドを。宗教やスピリチュアル。民俗。戦争などの暴力の問題。近代社会として欧米社会との共通の死の問題。終末期医療。ケアの問題。死別悲嘆のケアや支援。葬儀埋葬の問題。死生を巡るマスメディア。デス・エデュケーション。

 

死生学のフィールド (放送大学教材)

死生学のフィールド (放送大学教材)