F-nameのブログ

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選択的夫婦別姓制度について。

昼のentryでは、放送大学の講義で「家族と法」という単元であった。民法の中での家族法は、家族関係についての基本となる法律の位置づけになる。その中で、婚姻をする男女(厳密には婚姻届を出す場合で出さない事実婚は除く)は男性か女性かどちらかの性を決めなければならない。要は男性か女性のどちらかが自分の性を変えなければならない。現代の日本では多くの場合、女性が男性の性に買えることになるが、それは女性に大きな負担を生じさせる。元々の性(旧姓と呼ぶ)を使用することも出来るが生活が余計に煩雑になってしまう。そして女性は自分の名前が変わるのでアイデンティティidentityの喪失感を持つことが多い。それで男性と女性が希望する場合にはそれぞれの性をそのままに出来るよう希望する人間が少なくないし訴訟も起こっている。選択的夫婦別姓制度と呼ばれる。あくまで希望する場合だけで一緒の性に出来ない訳ではない。なので私もこの制度の導入に賛同するが反対する方も多い。賛同すると書いているので、私も婚姻をする際には私が変えてもいいと考えているが、その機会が来る兆しは全く無い。ううみゅ。

家族と法(民法第14回)

夫婦別姓を認めると家族の美徳が云々言う人が居るけれど、夫婦別姓の国で家族が成立していないことを示して欲しいと思う。

 

円谷峻。本山敦。家族と法。現代の家族について法の立場から。家族法を専門にされている本山敦教授を招いて補足説明を。
現代社会における家族法の観点から基本原理を。家族法は戦後に憲法制定に基づき22年に改正。基本原理は個人の尊厳、両性の本質的平等を。2条で解釈の原理として。戦前の家制度とは全く異なる。基本原理は今日の家族関係で貫徹されている?家庭内暴力や夫婦間の役割分担が意識的無意識的。妻は家庭を守ることが前提になり社会制度も維持。このような役割分担論には問題が。女性の社会参加も進展。個人の尊厳と両性の本質的平等という基本原理を維持しつつ社会参加を支えるための法律が必要に。平成12年に男女共同参画社会基本法が制定。1条で男女の人権が尊重され豊かな活力ある社会を。男女共同参画社会の形成に関し基本理念を。現代家族法の課題とは?現代家族法の課題。国際化高齢化多様化情報化。国際化。国際結婚の割合が増加。昭和40年は0.4%。最近1割に迫る。日本人男性とアジア系女性が。国際離婚も増えて。11年7月にニューヨーク州が同性婚を。各国で07年から同性同士の関係を認める。LGBT。これらの人々を法律にどのように取り込むかは大きな課題。渋谷区や世田谷区が条例を。地方自治体のレベルでの取り組みは広がる。婚姻は従来は男女のものとされたが、多様な家族を。情報化。家族紛争に変化。家事調停委員でも夫の浮気相手が離れている。出会い系サイトで知り合う。携帯やスマホの普及で珍しくない。ICTの発達は家族法に影響。家族法においても今日的課題が山積。
婚姻。婚姻意思の合致や婚姻届を。婚姻障害事由のないことが必要。特に民法733条規定の再婚禁止期間。1項で女性は前婚の解消取消から100日経つまで再婚出来ない。嫡出推定の問題が。成立の日から200日を経過した後以降などに産まれた子は嫡出が推定。双方の嫡出推定を受けることになるのを防ぐ。夫も平成27年の最高裁の判決では。12月16日の違憲訴訟大法廷判決。憲法に反すると判断。6ヶ月の再婚禁止期間は長すぎると。民法733条の期間は100日に変更。事実婚。婚姻の実態があるが届け出が無い。内縁。法律婚に至るべき過度的な状態というニュアンス。戦前は婚姻予約とされた。夫婦別氏の方が良いと事実婚を選ぶ人も。婚姻の効力。夫婦の氏、夫か妻かどちらかの氏を。多くの場合は夫の氏が称される。夫婦の氏については激しく論じられる。夫婦は同一の氏を名乗る750条の規定の意味は?女性の社会進出が。妥当性が疑問視。平成8年の改正要項。希望すれば別氏でも良いという選択的な制度。夫婦別氏を合憲と判断。立法により解決すべきと。婚姻その他の効力。夫婦の同居協力扶助の義務。夫婦間の扶助義務とは生活の一部として自らの水準まで。
離婚。協議離婚、調停離婚、裁判離婚。協議して離婚。整わない時には裁判離婚による。直ちに裁判離婚を求めることは出来ず。家裁で調停前置主義。調停は調停委員会で。裁判離婚。調停が不調になることを前提にして訴訟を提起できる。どのような場合に認められるか。770条1項で具体的離婚原因を列挙。不貞な行為。悪意の遺棄。3年以上の生死不明。強度の精神病で回復の見込みがないなど。婚姻が破綻したことも原因。離婚原因を破綻主義に基づくと。有責配偶者の離婚請求。婚姻関係を破綻させたことに付き責のある者は離婚を請求できる?夫が別の女性と愛人関係になり婚姻が破綻した場合など。かつては請求を認めると妻が踏んだり蹴ったりになるから認められないという主張が一般だった。しかし破綻した以上は覆水盆に返らずだから請求を。財産分与などの手当が必要。離婚の効果。財産分与。復氏。氏を改めた夫婦の一方は。婚姻前の氏に戻った者は届け出て称していた氏を称することもできる。婚氏続称。離婚により婚姻前の氏に戻らなければならないとすると社会的不利益も。子どもの問題もある。財産分与。768条により相手方に対し財産分与を請求できる。財産分与については当事者に協議が整わないなどの時は家裁に処分を請求できる。しかし2年の制約。家庭裁判所は当事者双方が分与をさせるべきか、額や方法を定める。精算的な要素や扶養的要素がある。財産分与に慰謝料的な要素が含まれるか。一切の事情を考慮して分与額が。含まれるとして良い。離婚と子ども。婚姻している父母は共同で親権を。離婚する場合はどちらか一方を親権者として。単独親権者を決められないケースも。家裁の審判に因るが、子供の将来に大きな影響を及ぼす。裁判は後処理だが子供の将来の問題なので難しい判断。未成年の子供がいる場合は8割が母が単独親権者。現実には女性の地位は低く小さいこどもを抱えたシングルマザーは貧困の危機に。子の父であることに代わりはないのだから分担の必要。養育費の規定を作れるのは4割で実際に払われるのは2割。子どもは両親を見て大人像を形成する。面会交流を。定期的に会っていれば養育費の分担を。平成23年に養育費や面会交流の規定を定める。両親の離婚という辛い経験をした子どもが健やかに育つように。養育費や面会交流に規定が出来たことは大きな意味を。言いやすくなる。
親子関係。772条1項。懐胎した子どもは夫の子と推定。2項所定の要件で婚姻中に。嫡出推定を受ける子。覆すためには嫡出否認の訴えを。知ったときから1年以内に。777条。婚姻前に懐胎し成立後200日以内に結婚した子どもは推定を受けない嫡出子とされる。親子関係不存在確認の訴え。人事訴訟法。訴えの利益のある者なら何時でも。推定の及ばない子。形式的には適用要件を満たしても不合理な場合。夫が長期間不在だったり別居状態だったり。嫡出推定に関して無戸籍の子という問題が。婚姻中の女性が夫のDVで別居をしている。離婚に応じてくれない間に別の男性の子どもを妊娠出産。夫の子と推定されてしまう。しかし夫の子ではない。推定されてしまう、夫の子としての抵抗が。届け出ないと選択。無戸籍児。国民として認知される大前提で、住民票や福祉教育のサービスを受けられない。対応するために超党派の国会議員による検討を。男女間の子を嫡出でない子と。父や母が認知できる。認知には任意に。780条。強制認知。出生の時にさかのぼりその効力が生じる。科学技術と親子関係。科学技術の発展は親子法に影響。第三者からの提供された卵子や精子を使って。提供を定めたり代理出産を定めた法律は日本にはない。科学技術の発展の一方で民法のルールが追いついていない。どのように取り込むかは価値観の問題が。停滞状態が長らく続いている。扶養。870条から直系血族や兄弟姉妹には互いに扶養義務が。夫婦間に。相互の扶養義務を過度に強要することは憲法25条の要請と抵触する。生活保護を受ける時に扶養義務を盾に硬直的に拒否するのは問題。社会福祉政策の重要な課題に。
平成8年の法律案要項。民法の一部を改正する法律案要項。実現されていない。家族が大きく変化したことを受けて必要な民法の改正を。再婚禁止期間に関する。面会交流に関する。非嫡出子の相続分などは最高裁の判例で。多様化。結局は多様な意見を持つので一本化することが難しく。紛争が多様化して一般的ルールも難しくなる。

 

民法 (放送大学教材)

民法 (放送大学教材)

  • 作者:円谷 峻,武川 幸嗣
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2017/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

債権総論―判例を通じて学ぶ

債権総論―判例を通じて学ぶ

  • 作者:円谷 峻
  • 出版社/メーカー: 成文堂
  • 発売日: 2010/10/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

民法VI 親族・相続(第5版) LEGAL QUEST

民法VI 親族・相続(第5版) LEGAL QUEST

 

 

 

家族法 第2版 NBS (日評ベーシック・シリーズ)

家族法 第2版 NBS (日評ベーシック・シリーズ)

 

 

突飛なこと。

以前に出身高校に入るとかなり突飛なことがあったのを書いた。

 

blog.kaname-fujita.work

 それで高校を卒業して大学受験予備校に行って京都大学法学部に入学したのだが、当時は入学生を迎えるのに「イカ京コンテスト」という催し物を大教室で開催していた。「イカ京」というのは「いかにも京大生」の略である。それで2回生などの出演者が必要になり、私にも何故か?役割が割り振られた。何でもリカちゃん博士という設定である。恐らく新入生は誰も適役だとは思わなかったであろう。なお法学部というのは京都大学の中では最も常識的なところであるのは徐々に知ることになる。

総理の意思決定についての雑感。

日本に住んでいる人間は既に皆が知っているであろうが、菅総理大臣が自民党の総裁選に出馬しないことで総理も辞任することになった(今の政界では自民党総裁が必然的に総理大臣になるから)。色々とマスコミでは論じられているが、結局は八方塞がりになったから辞任する決断をされたのだろう(というのは昨日のentryでも書いた)。1年前に総理に就任したときから今に至るまで自身も話していたことだが、最優先事項というのは新型コロナウイルスの感染拡大の防止である(まあ他の人間が総理になっても同じことだろうが)。五輪やGOTO事業や携帯料金の値下げなど、菅総理が成し遂げたことは様々ある。だから悉く批判するのは止めておくべきかもしれない。しかしそれらは優先順位は、感染拡大防止より下の事項の筈である。それで現状はどうか。9月1日に感染者は全国で累計150万人に到達した。それで8月の感染者は約55万人である。端的に言って感染が抑止されるどころかかえって拡大している有様である。まあ感染者が多くなっても重症化した人間が少なければ良いのだがそうなってはいない。自宅待機している感染者が亡くなる事例が多発している。そして医療体制は逼迫している。どう考えても失敗と呼ぶしかどうしようもない。

結局は菅総理は職を辞すしかどうしようもなかったと思われる。辞めるよう説得した人間も居たと思われる。まあ自民党にとり辞任の意思決定は良かったと考えられる。ぶっちゃけ後継の人間は現総理と違うことを主張すれば良いのだから、その点では楽である。恐らく今回の辞任で損をするのは自公政権での野党であると考えられる。というか無責任だという主張が野党には多いが、言うだけなら言えるよね、というのが率直な感想である。

精神分析批評(1) -テクストの無意識(文学批評への招待第8回)

文学の批評は基本的に勝手に出来ないものだと思うけれど、よく知る文学作品なら自分なりの解釈に手を染めたくなるのだろう。

 

山田広昭。濱中博久。精神分析批評。テクストの無意識。精神分析とは?特に言語や文学の問題とどう繋がっていたのか、フロイトの考えに即して。精神分析批評の歴史的意味付け。ラカンの仕事を参照して。読みの方法論として、例として日本の作家の評論を。フロイトが神経症の治療をする際の基礎として理論と治療技法を。最大の発見は無意識概念の発見。心のなかに意識の届かない活発な領域。活発に活動。独自性は意識化を妨げている抑圧など心の防衛メカニズムに求めた。意識できないのはそこに意識化を妨げる力が存在しているから。神経症の症状は意識に表れ出ようとしているものとそうでないものとの葛藤が形を変えて現れたもの。葛藤の原因として広い意味の性を。精神分析が一般理論としてはるかな射程を持つことを。00年の「夢解釈」。夢の本質が偽装された欲望充足、メカニズム。夢の仕事。無意識の理解の鍵に。心の働きと心理学への道を。性の概念を大きく押し広げる。性欲を主張したので激しい批判がありながら、関心を集め20世紀最大の心理学に。文学批評の立場から。そもそもの始まりから言葉の関係と密接な関連を持つ理論と実践。1895年の「ヒステリー研究」。研究。5人の女性の症例研究。トーキングチェア。秘密は話をさせるということにある?語る動物としての人間。話すことは原則として1人では出来ない。話すとは誰かに向かって話しかけること。常に話しかけられる可能性を含む。関係性が持つ。単独に心は存在しているわけではない。話すことは根源的には物語ることに繋がる。両方を1語で話すことができるのは独逸語やフランス語で。自分に話すことは自分史を語ること。自分史は本来の意味での歴史、属している共同体の歴史を語ることと常に繋がる。誰よりもフロイトが意識。ヒステリー研究での理論的総括。精神療法だけでなく他の者と同じように局所診断などの教育も。病歴は短編小説のように読みうる。学問性の欠如に奇異な思いが。事柄の性質故のことだとして自分を慰める。心理学的公式を用いるにしても、ヒステリーのある種の洞察を。神経生理学者としての訓練。精神科の臨床の前にはニューロンシステム、中枢神経の研究を。心の動きを。物理学的心理学を。しかし大事な思いが抜け落ちているという疑念。心の問題にはナラティブの経由を。いかなる批評の実践か。ひとりひとりの無意識の世界。多くが著者の分析へと還元しようとする傾向。マリーボナパルト。精神分析批評の記念碑的作品。精緻な作品読解としてポーの伝記的事実を。しかし少なからず問題。診断学的。無意識的コンプレックスの材料に過ぎなくなる。典型的に還元主義的な批評。文学以外に答えを求めようとする問題。そもそも文学テクストの分析を応用心理学とみるのでは、単なる拡張の場や例示の場に過ぎなくなる。60年代にロラン・バルトが「作品からテクストへ」。作者からの自立を主張するテクスト論へと。テクストの意味を作者の無意識に還元する。現在では作者とその時代と切り離すという主張は影を潜める。作品を作者の自己表現という考えに戻って良いとは言えない。無意識を作者のそれと一旦切り離しテクストの無意識を。精神分析と言語との関係。ジャック・ラカンの仕事を。構造が主体に先立つ。主体のあり方を規定する。構成主義。レヴィ・ストロース。象徴しているものよりも現実的。シニフィアンはシニフィエに先立ちつつそれを規定する。内容と表現。普通は内容が先になる。これを逆転させて表現の体系が先にあると。民族学的観察からの事実の究明を。主観的感情で説明するのではなくシンボル体系で規定されていると。ラカンは無意識の理解そのものに持ち込む。無意識は個人の生育歴で説明されるのではない。ラカンがポーの短編「盗まれた手紙」。57年にゼミの参加者の前で。ラカンには文学批評に画期的。3つの短編の最後。Dという頭文字の大臣が王妃と思しき貴婦人の手紙を盗み自宅に隠匿している。これを盗み返す。門前で盗みが。最初の盗みは王妃の部屋で。大臣が入ってきて自分のポケットから手紙を脇に置き、報告を済ませた後に代わりに王妃の手紙を。王妃は気づくが何も言い出せない。手紙の奪還は大臣の屋敷の書斎。警察が調べても手紙を発見できないのを見て、人目のつくところに違いないと判断し、真ん中に吊り下がっているのを無造作に。そっくりの手紙を用意して騒ぎを外で起こして奪還。手紙への3つの視点。何も見ていない視線。第1の視線が何も見ていないことを知る目線。その両方を目にとっている目線。手紙の保有者。隠さなければならない者。この場所。第1の場面から第2の場面。視線の担い手はすり替わる。変化を引き起こしたのは手紙の移動。大臣が居る場所は同じものになる。この移動を通じて他の登場人物の位置も移動。何も見えていない視線の。盲目性は警視総監の無能に象徴。第3の視線を占めるのがデュパン。デュパンの振る舞いも大臣のそれを繰り返す。同じ頭文字のD。ラカンは登場人物の心理を決定しているのが手紙という保有するシニフィアンを。シニフィアンとの関係で三角形上の位置を。無意識の内に決定。ラカンに先立ち解釈を試みたポナパルト。手紙の存在に言及。知られざる母の恋人。罪の観念と結びついている。手紙は不倫の罪の象徴。隠し場所に選ばれる暖炉。マントルピースの形態と女性の下半身の形態。盗まれた手紙は不在のペニスの象徴。去勢を受けていることの象徴。吊り下げられるのは否認。同じ精神分析的手法といっても大きな距離がある。ラカンは知っていて敢えてずらした。
言語と文学との関係。フロイト。歴史的位置づけ、ラカン。無意識の概念。抑圧を始めとする心の防衛System。意識化を妨げている。葛藤。広い意味での性。言葉の問題と密接な関係を持つ。annnaO。話す治療。話すことは原則として1人では出来ない。話しかけられる可能性。関係性。単独で心は存在しているのではない。物語ること。歴史と同じ用語。自分史。共同体の歴史と繋がる。
ラカンの読解を見たが、精神分析批評がテクストに何を発見するのかではなく、どのように発見するか。精神分析的アプローチの特徴。フロイト。精神分析に首を突っ込む以前にロシアの人間が画家の再吟味を行い模写を区別することを。ヨーロッパ各地の美術館に革命を。主要な特徴を度外視せよと。見過ごされていた事柄を。そこまで正確にしなくても良いと思っていた些細な部分を強調することで。ロシア名は偽名。本当はモレルビンというイタリアの医者。医学的精神分析的なもの。あまり注意されていない諸特徴から。「推論的パラダイムの根源」。フロイトの精神分析へ繋ぐ。認識論的パラダイムの転換。推論的パラダイム。細部を無意識的記号として。核心にあるのは意識の外の要素を中核として見るということ。みたところ何の重要性もないような細部に。精神分析。形式のゆらぎやちょっとした空白などのテクストの注意しないと見落とすようなものを。兆候とみなす。精神分析批評が持つ方法論的固有性。一般的な読みの方法を。懐疑の解釈学。精神分析批評はテクストの中に探り出すコンプレックスなどではなく、兆候的読解と言いうるものに。マルクス主義的世界観を。カルチュラル・スタディーズやポストコロニアリズム。批評が目指すのは歴史的政治的なものの検出。社会的な力を明るみに。書き手の意識や読み手の意識から省かれている。実際に行っていることと行っていると思っていることは多くの場合一致しない。社会的行為や政治的行為の裏側に無意識の広大な領域が。「政治的無意識」。兆候的読解の例。そこにはフロイトのフの文字もない。日本の作家坂口安吾の評論。「白痴」などを。「日本文化私観」や「堕落論」。戦後に古代史への関心を。数多くの文章を。「飛騨高山の抹殺」。古代の日本で東に向かう交通路として重要だったはずの飛騨について公式の歴史書に不可解な空白が。隣の信濃は国譲り神話の最後の抵抗地。飛騨諏訪と2国特別の扱い。飛騨は古代史上1つも重大な記事がない。それはそうだが何も無いのが不思議。隠されていると推量せざるを得ない。空白がはっきりした空白ではない。ある特別な視点が見つけ出す空白。あまりにも重大であるが故に編纂者が隠さざるを得なかった兆候として。鍵は飛騨に残された伝説。1つの身体に2つの顔。それぞれ手足がある。分身の兄弟。古事記の景行天皇記。兄弟か姉妹。2組の話は多いが著しいのは神武天皇など。空白と対を成す過度な反復。8世紀初めの古事記や日本書紀が隠す。壬申の乱。秘密が重大で隠す必要があるのはそうしなければならない現実的に生々しい。記紀編纂が必要だった理由。正統性の問題。その重大なことを分散して繰り返し手を変え品を変えてシンボライズ。神話の多くは悲劇に満ちている。編纂した側が殺したから。悲しいながら美しいと。記紀編纂の差し迫った必要性。飛騨が空白のままなのは近江への進軍に関わっているから。正鵠を得ているかの議論は置くとして、テクストでの着目点は精神分析的。短編小説のファンだった。自らの方法を兆候的読解術と呼んでも不思議はない。推理小説こそ文学的に体現するから。

 

文学批評への招待 (放送大学教材)

文学批評への招待 (放送大学教材)

  • 作者:丹治 愛,山田 広昭
  • 出版社/メーカー: 放送大学教育振興会
  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

三点確保―ロマン主義とナショナリズム

三点確保―ロマン主義とナショナリズム

  • 作者:山田 広昭
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2001/12/01
  • メディア: 単行本
 

 

不死の。

今年の夏に立花隆先生がお亡くなりになられた。様々な著作を作り上げた方なので説明は不要かもしれないが、恐らく世間を最も騒がせた作品は、「田中角栄研究」であったと思われる(ただ当人はそれが気に入らなかったようだが)。

 

 氏には「臨死体験」という題名の著作もある。死を意識してからの著作である。私は全く関心がなく臨死体験の話を信用していないので読んでないが、改めて読むと面白いかもしれない。

 

 

総理不出馬と迷宮ラビリンス。

菅義偉総理が今月にある自民党総裁選に出馬しないのが本人の発言から明らかになった。12時過ぎにYahoo!NEWSで知ったのだが驚いている。歴代総理の大半もそうであるが、菅総理も政権を維持しようと様々なことをしてきたと思われる(NEWSにならない話もあるだろう)。不評と言われる二階幹事長に辞任してもらうことも模索されていたが、自民党の有力議員からの反発を招いたと考えられる。

そもそも菅義偉総理のコロナ禍への対応に国民は満足していなかった。ワクチン接種が進んだのは評価出来るが、感染の抑止にはなっていない。そして自身への求心力を高めようとオリンピックを強行開催したけれど、オリンピックについて好感度が増したとしても、それが政権維持には結び付かなかった。最後は八方塞がりになってしまっていた。恐らく岸田氏には勝てないと菅総理も認識せざるを得なかったろう。

9月3日の昼の時点で総裁選や総選挙がどう転がるかは分からなくなった。菅政権下では政権与党がどれほどの議席減で済むかの攻防になったのだろうが、不透明感は高まっている。野党としては現在の総理に続投して貰えればと考えていたとも思える。