F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

労働者の協業義務と秘密保持義務、損害賠償責任の範囲と制限について解説。不正競争防止法と営業秘密の保護も重要。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め------

労働者の付随義務としては、協業義務と秘密保持義務があります。この2つについて、ごく簡単に見ていきましょう。

協業義務というのは、勤めている会社と協力して仕事をするという義務のことです。こうした義務は認められるかが1つの争点となりますが、現在では在職中、つまり労働契約が存続している間は、労働者に協業義務があると解されています。 ただし、退職後については、職業選択の自由が保証されていますので、労働者と使用者の間で特別の定めがある場合に限られるというのが裁判例の傾向です。 協業義務の内容があまりにも厳しい場合には、公序良俗違反で無効とされることがあります。

また、秘密保持義務というものもあります。労働契約上の秘密保持義務としては、在職中は企業の秘密情報などを漏洩しないことが求められます。 ただし、退職後については、学説でも争いがあります。秘密保持の関係では、不正競争防止法が営業秘密についてルールを定めています。営業秘密に当たるような情報については、退職後も情報を開示してはならないというルールになりますので、その点は注意しておく必要があります。

次に、労働者の損害賠償責任について見ていきましょう。民法上の原則は、故意または過失によって損害をもたらした場合には損害を賠償するというものです。ですので、例えば自分の過失によって皿を割ってしまったといった事案であれば、民法のルールからすると損害賠償責任を労働者が負うということになります。

しかし、この原則をそのまま適用することは、労働者に過酷な損害賠償責任を負わせることになります。アルバイトで居酒屋などで働いた経験がある人はわかるかもしれませんが、皿を不意に割ってしまうということはよくあることですし、また、ビジネスにおいても、ある程度の物品が壊れてしまうというのは、想定の範囲内で事業を営んでいくものです。

この点、最高裁は、損害の公平な分担という観点から、労働者の損害賠償責任を限定しています。損害額はいくらになるかは、個別の事案によって変わってくるので一概に言うことはできませんが、業務の内容や勤務態度、損害の程度等を考慮して金額が定まるということになります。仕事をしている最中にミスをしてしまうというのは、人間ですからある程度想定されるべきものです。営業上想定される損害については、原則としては使用者がリスクを負うものです。ただし、わざと物品を壊したりした場合には、当然労働者も損害賠償責任を負うことになります。

 

 

 

 
 

職務専念義務に関する最高裁判決と、政治プレート着用問題、勤務中の私用メールやスマホ利用の合理的限度を解説。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め------

 

次に、職務専念義務についても簡単に確認していきましょう。

労働者の職務専念義務とは、労務提供の際に仕事に集中することが求められるというものです。最高裁の昭和52年12月13日判決である目黒電報電話局事件では、就業中に政治プレート着用行為が職務専念義務に違反するとして争われました。

ここでは、職務専念義務として次のように述べられています。最高裁は、勤務時間及び職務上の注意力の全てをその職務遂行のために用い、職務にのみ従事しなければならないとして、プレート着用は職務専念義務に違反すると判断しています。

これが職務専念義務に関する最高裁判決の一般論ですが、この考え方は学説において厳しすぎると言われています。なぜなら、精神的活動の面から見ても、注意力を全て職務遂行に向けることは現実的には不可能であるからです。少し注意力を逸らしただけで職務専念義務違反として処分の対象になるのは、厳しすぎると考えられます。この点、大津事件においても、伊藤裁判官が補足意見でこのような考え方を示しています。

また、最近では、勤務時間中の私用メールやスマホの利用も問題になっています。これも形式的には職務専念義務違反と考えられるところですが、勤務時間中の私用メールが問題となった裁判例においては、職務遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も極めて軽微な場合は、必要かつ合理的な限度内で社会通念上許容されると判断しています。

 

 

 

労働者の私的自由と職場の身だしなみ基準の衝突、髪型と髭の規則の合理的制約に関する裁判例を解説。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め------

 
もう1つは、労働者の私的自由に関する論点があります。男性職員の髪型、髭を禁止とする規律が有効であるかどうかが争われた事案として、郵便事業身だしなみ基準事件があります。これは、髪型と髭を一律に禁止というルールを設定したという事案です。これを守らず、髪型と髭で勤めていた男性職員に対して、人事評価においてマイナス評価とし、賃金カット等の不利益を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めたというのがこの事案になります。大阪高裁は、請求を一部認め、次のように述べています。使用者が事業の円滑な遂行上必要かつ合理的な範囲内で身だしなみについて制約を加えることは、例えば、労働災害防止のため作業服やヘルメットの着用を義務付けたり、衛生確保のため髪を短くしたり爪を整えることを義務付けたりすることは許されると述べています。ただし、労働者の服装や髪型等の身だしなみは、元々は労働者個人が自己の概観をいかに表現するかという労働者の個人的自由に属する事柄であり、また、髪型や髭に関する職務上の規律は義務関係または労働契約の拘束を離れた私生活にも及ぶものであることから、こうした規律は事業の遂行上の必要性が認められ、その具体的な制限の内容が労働者の利益や自由を過度に制約しない合理的な内容の限度で拘束力を認められると述べています。本件では、一律に禁止するのは合理的な制限であるとは認められず、こうした基準は顧客に不快感を与えるような髪型及び髭は不可とするとの内容に限定して適用されるとして、この労働者は、髪型の髭も整えられているとして、基準が禁止する男性の髪型及び髭に該当しないとして判断がなされました。

皆さんの中にも、髪型や服装をアルバイト先で指定されたり整えたりするといった指導がされたことがあるという人も多いと思います。こうした身だしなみに関するルールについて厳しく制約することは許されると思うでしょうか。この点を皆さんに考えてほしいと思います。

 

 

 

業務命令権の根拠と制約を解説し、労働契約と就業規則の役割、最高裁判決を通じて業務命令の適法性を考察。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め------

 

では、ここで業務命令の問題について考えていきましょう。

業務命令権の根拠は労働契約に求められます。業務命令の根拠は就業規則にも規定されることがありますが、その就業規則によって労働契約の内容が形成され、根拠付けられるということになります。就業規則の内容が合理的なものであれば、それは労働契約の内容に取り込まれて業務命令権の根拠となります。

しかし、業務命令権にも制約があります。それが以下に列挙してある事項です。まず、労働契約に予定されていない範囲を超える労働は命じることができません。例えば、職種が契約上限定されている場合、その契約を超えた職務について命じることはできないということになります。また、生命身体に危険を及ぼすような業務命令、違法行為や法令に反する労働も命じることはできません。労働者の人格権を不当に侵害するような労働も命じることはできません。そこで、業務命令の限界について、もう少し具体的な事案に沿って見ていきましょう。

業務命令の適法性が争われた事例としては、国鉄鹿児島自動車営業所事件、最高裁平成5年6月11日判決があります。この事案は、鉄道会社が駅員に対して火山灰の除去作業に従事することを命じたものです。火山灰の除去作業を1人で、炎天下の8月の間、広範囲にわたって命じられたことで、身体的、精神的苦痛を伴う違法な業務命令であるとして、労働者側は訴訟を起こしました。一審及び控訴審は労働者側の請求を認めましたが、最高裁は現判決破棄自判として、使用者側を勝たせました。そこでは、火山灰除去作業が社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものと言えず、労働契約上の義務の範囲内に含まれると判断し、職場規律の観点からやむを得ない措置であるとして、違法とは言えないと判断しました。この事案には、労働組合運動の背景があり、その事情が影響しているとの評価もあります。

しかし、現在では、いじめやハラスメントが問題になっています。こうした業務命令が許されるかどうかは、慎重に検討する必要があります。

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 

労働契約上の主たる義務と付随義務を解説、労働者の労働と使用者の賃金支払い、安全配慮や人格権保護に焦点。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め-----

 

では次に、2番目のポイントである労働契約上の権利義務について見ていきましょう。

労働契約の主たる義務と付随義務について図示したのがこちらの図です。左側が労働者、右側が使用者です。主たる義務と付随義務を整理してありますが、まず主たる義務から見ていきましょう。

主たる義務とは、労働契約の基本となる義務で、労働者は労働義務が主たる義務になります。これに対して使用者は賃金支払い義務を負います。ここで吹き出しが2つありますが、左下の吹き出しから見ると、労働義務とは、単に働くだけではなく、労働者が使用者の指示命令に従って働くことが求められます。ですので、指揮命令に従わない働き方をしても、労働義務を果たしたことにはなりません。また、職場秩序を乱さない誠実労働義務、そして職務専念義務も含まれます。使用者側については、右側に示されており、労働者が提供する労働に対して、人事権や業務命令権、懲戒権などを行使できるとされています。労働契約は、主たる義務だけでなく、付随義務もあります。付随義務として、労働者側は、協力義務や秘密保持義務などを負います。これに対して使用者側は、右側にありますが、安全配慮義務、これは労働契約法に規定されています。そして、職場環境配慮義務、解雇回避努力義務、また労働者の人格権保護などが付随義務として使用者側にあります。

さらに、最近では労働者のプライバシーや人格権を保護する要請も強くなっています。使用者は、働かせる際にこれらの付随義務を履行することが求められています。

 

 

 

労働契約法と合意の原則に基づく労働条件の変更、最高裁判決による個別合意と不利益変更の検討。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

-----講義録始め------

 

ここで、労働者の個別合意についてもう少し具体的に見ていきましょう。労働契約法第8条は、労働契約の変更について次のように定めています。すなわち、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」としています。

この労働契約法第8条は、合意によって労働契約の内容を変更できると規定しています。そこで問題となるのは、労働者と使用者が合意した場合に、文字通りそれを合意として認定してよいのかどうかが問われることになります。会社側からの提案にはいと承諾すれば、それを合意として見なしてよいのか、会社から書面にサインするように言われて、それにサインしたということをもって、すべて合意したとしてよいのかという問題になります。皆さんはどう考えるでしょうか。

この点、就業規則の変更の場面において労働者の同意の有効性が争点となった事案として、山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日判決があります。この事案は、信用組合の合併に伴い、退職金の規定を変更する提案がなされました。職員は、変更について説明を受け、同意書に署名押印しましたが、説明を受けて以降、支給基準の変更などが追加され、それで退職金が不支給となったという事案です。これは、労働者の個別同意による就業規則の不利益変更という論点ですが、ここで最高裁は、労働契約法第8条及び第9条に言及しつつ、合意の認定のあり方について述べています。この事案において、第一審及び二審は、労働者側の請求を棄却しています。そこで上告したのがこの最高裁判決です。

最高裁は、現判決破棄差し戻し、つまり労働者側を勝たせる判断をしています。最高裁は、大きく2つの重要なことを述べています。それは、第1には、労働契約法第8条、第9条が定める合意の原則についてです。就業規則の変更は、労働者と使用者の個別合意によって変更することができるという原則を確認しています。そして、2番目に重要なのが、合意の認定に関する最高裁の考え方です。そこでは、労働者と使用者の立場の違いを指摘しています。最高裁の判断を見ると、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に従属してその指揮命令に服する立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであると述べています。その上で、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件変更に対する同意の有無について、当該変更を受け入れる旨の労働者の同意があったかどうかだけではなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその対応、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解しています。

少し難しく感じるかもしれませんが、簡単に言えば、労働者の同意は慎重に判断されるべきであること、そして、同意の有無を判断するにあたっては、その内容の変更や具体的な経緯なども考慮しつつ、合理的理由が客観的に存在するかどうかを裁判所として審査していくということを最高裁が明らかにしたということになります。そして、本判決では、不利益な変更が行われるという点について、情報提供や説明が不十分であったことを重視して原判決を覆しています。このように、合意の判断のあり方においても、最高裁が労働関係においては慎重な判断が必要であるという立場を鮮明にしています。

以上で労働契約の基本原則や合意の判断について簡単に見ていきましたが、今後の雇用社会を考える上では、労働契約法が今後ますます重要な役割を果たすことになるでしょう。そこで、労働契約法の役割について深く学びたいという人に、荒木尚志先生、菅野和夫先生、山川隆一先生が書いた書籍「労働契約法第2版」を紹介しておきます。この本では、なぜ労働契約法が必要とされたのか、立法の背景から個別の条文の趣旨、今後の課題についても詳しく解説されています。条文の数が少ない労働契約法ですが、この法律が持つ意味を理解する上で学ぶことができる1冊になっています。

 

 

 

労働契約法の5つの基本原則:労使対等、均衡考慮、仕事生活調和、信義誠実、権利禁止を濫用禁止を解説。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

一部記述がダブっていて、読みづらくなり申し訳ありません。修正しました。

 

-----講義録始め-----

 

そして、労働契約法は、労働契約の基本原則について定めています。労働契約法第3条には、5つの基本原則が定められています。

第1は、労使対等の原則です。労働契約法第3条第1項には、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、または変更されるべきものとする。」と定めています。これは、実質的対等性を確保するために、労働契約法を解釈し、適用していくことが重要であるということを確認した規定です。

第2は、均衡考慮の原則です。これを定めたのが、労働契約法第3条第2項です。すなわち、「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、または変更されるべきものとする。」と定めています。これは、具体的な社会的格差を是正するという理念が表明されている規定です。

第3は、仕事と生活の調和の原則です。これを定めたのが第3条第3項です。職業生活と家庭生活の調和、これはワークライフバランスと呼ばれ、我が国にとって重要な観点です。この労働契約法の規定は、人事権の行使などの場面で解釈指針として意味を持ってきます。

第4は、信義誠実の原則です。信義誠実の原則は、民法第1条第2項に規定されています。労働法の分野では、裁判所の判決において、この原則が労働契約を解釈する上で重要な機能を担ってきました。労働契約法では、信義誠実の原則を基本理念の1つとして、民法の原則を改めて確認しています。

第5は、権利の濫用禁止の規定です。我が国の労働法ルールは、この原則によって裁判所が判決を確定してきました。

また、労働契約法第4条は、労働契約の内容の理解促進について規定しています。第4条第1項は、「使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。」と規定しています。第4条第2項では、「労働者及び使用者は、労働契約の内容(労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。」としています。これにより、内容の理解を促進し、書面での契約内容の確認を通じて合意の原則を担保しようとしています。