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労働契約法と合意の原則に基づく労働条件の変更、最高裁判決による個別合意と不利益変更の検討。(雇用社会と法第4回)#放送大学講義録

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ここで、労働者の個別合意についてもう少し具体的に見ていきましょう。労働契約法第8条は、労働契約の変更について次のように定めています。すなわち、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」としています。

この労働契約法第8条は、合意によって労働契約の内容を変更できると規定しています。そこで問題となるのは、労働者と使用者が合意した場合に、文字通りそれを合意として認定してよいのかどうかが問われることになります。会社側からの提案にはいと承諾すれば、それを合意として見なしてよいのか、会社から書面にサインするように言われて、それにサインしたということをもって、すべて合意したとしてよいのかという問題になります。皆さんはどう考えるでしょうか。

この点、就業規則の変更の場面において労働者の同意の有効性が争点となった事案として、山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日判決があります。この事案は、信用組合の合併に伴い、退職金の規定を変更する提案がなされました。職員は、変更について説明を受け、同意書に署名押印しましたが、説明を受けて以降、支給基準の変更などが追加され、それで退職金が不支給となったという事案です。これは、労働者の個別同意による就業規則の不利益変更という論点ですが、ここで最高裁は、労働契約法第8条及び第9条に言及しつつ、合意の認定のあり方について述べています。この事案において、第一審及び二審は、労働者側の請求を棄却しています。そこで上告したのがこの最高裁判決です。

最高裁は、現判決破棄差し戻し、つまり労働者側を勝たせる判断をしています。最高裁は、大きく2つの重要なことを述べています。それは、第1には、労働契約法第8条、第9条が定める合意の原則についてです。就業規則の変更は、労働者と使用者の個別合意によって変更することができるという原則を確認しています。そして、2番目に重要なのが、合意の認定に関する最高裁の考え方です。そこでは、労働者と使用者の立場の違いを指摘しています。最高裁の判断を見ると、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に従属してその指揮命令に服する立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであると述べています。その上で、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件変更に対する同意の有無について、当該変更を受け入れる旨の労働者の同意があったかどうかだけではなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその対応、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解しています。

少し難しく感じるかもしれませんが、簡単に言えば、労働者の同意は慎重に判断されるべきであること、そして、同意の有無を判断するにあたっては、その内容の変更や具体的な経緯なども考慮しつつ、合理的理由が客観的に存在するかどうかを裁判所として審査していくということを最高裁が明らかにしたということになります。そして、本判決では、不利益な変更が行われるという点について、情報提供や説明が不十分であったことを重視して原判決を覆しています。このように、合意の判断のあり方においても、最高裁が労働関係においては慎重な判断が必要であるという立場を鮮明にしています。

以上で労働契約の基本原則や合意の判断について簡単に見ていきましたが、今後の雇用社会を考える上では、労働契約法が今後ますます重要な役割を果たすことになるでしょう。そこで、労働契約法の役割について深く学びたいという人に、荒木尚志先生、菅野和夫先生、山川隆一先生が書いた書籍「労働契約法第2版」を紹介しておきます。この本では、なぜ労働契約法が必要とされたのか、立法の背景から個別の条文の趣旨、今後の課題についても詳しく解説されています。条文の数が少ない労働契約法ですが、この法律が持つ意味を理解する上で学ぶことができる1冊になっています。