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グローバル化と都市の変容(グローバル化と私たちの社会第3回)

東京至上主義というのは改める時に来ているのではないか。だったら大阪に集中しろ、というのでは当然無い。

 

北川由紀彦。都市社会学の議論を。都市という言葉を二分法におけるものではなく。都市化が進んだ社会、村落に近いものも含めて。グローバル化は国を超えて。社会変動の1つ。世界レベルの、遠い世界ではなくローカルな現象でも。生活の場である都市に変化を。認識にも。都市社会に関する研究の基本枠組、どのように変わってきているか、世界都市論。グローバル化と都市の変化の事例。05年の愛知万博の事例を。
都市社会の研究でグローバル化が。80年代に世界都市論、世界都市仮説が。グローバル化という社会変動の中に。都市。研究対象とする都市の性質。人口や経済基盤、業種。社会。住民生活やその属性。都市と社会を。世界都市論以前の。矢印。相互の影響。人口が大きく人口密度の高い。地域が都市化することが社会にどのような関係を及ぼすか。都市が社会によりどのように変化しているか。世界都市論の意義はどのようなものか。与件として設定されていた都市それ自体が。変化させられるものとして。世界都市論はグローバル化という社会変動と社会生活との。媒介変数としての都市。幾つかの仮説。都市ヒエラルキー。限られた幾つかの都市が結節点としての世界都市となる。各地の都市には序列がつけられていく。Friedman。世界都市の階層性という図。幾つかが世界都市として。序列と繋がり。中核。世界経済の中核的な国家。半周辺的な国家。世界都市としての基準。その都市が主要な金融センターか。多国籍企業の本社など。主要な輸送拠点か。86年はまだソ連がありインドや中国もそれほど組み込まれていなかった。グローバル管理機能集積仮説。結節点の世界都市。様々な機能が。国境を超えて活動。資本と労働の最も効率的な、利潤が上がる組み合わせを世界各地で。統括する部門が必要。中枢管理部門は一部の世界都市に集中。付随して事業者向けサービスや個人向けサービスも集積。法律事務や会計事務、情報ビジネス。ビル清掃業や警備業。ホテルやレストラン。エンターテインメント産業など。限られた世界都市に集積する。階層分極化仮説。高収入高学歴のホワイトカラーが世界都市に。下支えする事業が。小売業などの低賃金労働が拡大。非熟練非正規の労働者が。低所得層が厚みを増し中間層が減少し二極化。後の2つについては垂直的分化への。結節点形成と都市ヒエラルキー仮説。世界経済の中で序列がつけられる。企業の経営戦略で人や資本が集積する。その一方で都市と都市に序列が。意識にも影響を。都市は固有の歴史が。序列がつけられるには多様性を捨象して同一のものさしで。都市についての認識の枠組みは競争を促進。13年の東京都のパンフレット。東京が世界を代表する都市として。呼び込める都市に。都市ランキングが。4つの機関の世界の都市のランキング。複数の指標を組み合わせて。ランキングの中での順位でなく、東京都が現在と将来の自画像を提示するにあたりランキングを積極的に参照すること自体。序列は単なる事実に留まらず住民にランキングでのわが町の順位を意識させる効果が。激化する都市間競争で。グローバル化で競争に遅れるなと言う前提を。人々を駆り立てる圧力として。グローバル化という社会変動。立地や集積、特定の産業の集積で変化を。世界レベルの。都市認識にも都市間競争のランキングの意識を。都市住民の側の都市の認識。掛け声と共に維持や改変、再開発の要請にも。
都市の変容の過程は都市の改変が要請されるという一方向ではない。愛知万博の事例を。計画から実施への過程。「市民参加型社会」という論文集に依拠。万博の計画や開催過程で重層的なせめぎあいが。様々な誘致や再開発については様々な視点や評価が。一般的に論じるのではなく。都市間競争。国際的な博覧会やスポーツ大会の開催。魅力を上げるために。会場建設の開発により空間の改変を。都市の経済的成長を促進する役割も。05年の愛知万博の場合も例外ではない。開催の発案は88年から89年頃に地元の経済界の主導で。中部新国際航空などのプロジェクトの起爆剤に。給料地域での学術施設の建設の梃子に。道路開発事業や住宅建設事業が。当初の会場計画。是非を巡り紛糾し開催が危ぶまれる。多くの主体による話し合い。開発面接の大幅な縮小など計画の変更を。発案から計画実施への経緯。88年に愛知県知事が構想を発表。同年に財界などで誘致準備委員会が。90年に海上予定地として瀬戸市南東部の海上の森という里山を含む地域を。主な会場にするので道路などを開発。跡地に住宅を。人と自然の共生をテーマに。計画段階から環境万博の開催に開発をするという矛盾を抱えていた。90年頃から自然保護の立場で反対運動が始まる。候補地指定がされて反対運動がおこり里山への注目が高まる。海上の森の生態系について様々な調査や申し入れが。反対または慎重な団体の連携も進む。博覧会の意思決定過程について影響力は行使できなかった。97年に博覧会国際事務局。BIEの総会で愛知県での博覧会の開催が承認。99年にNGO団体の1つである日本野鳥の会愛知県支部がオオタカの営巣が確認。隣接する公園へと変更。海上の森への計画はほぼ維持されていた。国内広域の団体。日本自然保護協会などが連名で道路事業の根本的な変更を愛知県知事に求める。開催側には充分に受け止められなかった。グローバルな国際NGOに万博会場計画の問題点などを書く書簡を。BIEはそれらの団体から指摘を受ける。BIEの活動に危険。ハノーバー博などにも悪影響を。直接の関心ではなく、グローバルな環境NGOから批判を受けることにより国際博覧会一般への悪影響を。BIEの発言により関係者に変更の必要性が認識され、00年に新たな会議体が設置。当初から支持していた推進派であった団体だけでなく、自然保護団体などもメンバーに。週1回というハイペースで開催され粘り強い議論が。会場面積の縮小を伴う内容の変更、住宅事業や道路事業を中止する。05年に開催。
万博の事例から。一部の地区の問題というローカルな問題。開発の計画。アクター。主体がそれぞれの利害や希望を訴え根拠の正当性を巡り対立するのはよくある。愛知万博の場合はローカルなレベルだけでなく、日本政府。ナショナルなレベルのNGOに加えてグローバルに活動する団体も。アクターの連関の図。計画をめぐるせめぎあいはとてもローカルな場。そのせめぎあいにはナショナルやグローバルなレベルが。ローカルな都市の現象でもグローバルな。グローバル化はローカルな現象としても起こっている。万博の当初の計画。愛知県及び中部圏の経済を活発に。しかし住民から積極的に要望されたわけではない。計画変更の過程では国際機関が国際NGOを。地元のNGOの働きかけが。グローバル化は都市間競争と都市の開発を促したが、地元の地道な取り組みが外圧をもたらして大幅な計画変更に。グローバル化は地元の活動を活性化する。都市間競争と開発。具体的な都市で暮らす現在と未来の。都市間競争から逃れることは不可能。様々なメディアで世界の情報に。外部からの序列を見なかったことにするのも無理。経済活性化で都市間競争を勝つという圧力だけではなく。他の都市と比べるので都市の魅力は語れるわけでもない。一定の距離をおいて。都市の固有性やアイデンティティを位置づけて将来像に繋げる。

 

グローバル化と私たちの社会 (放送大学教材)

グローバル化と私たちの社会 (放送大学教材)