F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

臨床心理面接特論(’13) 第11回 セラピストによる「読み」 # 放送大学講義録

いわゆる自然科学とはかけ離れたものであることが分かる、良くも悪くも。

 

blog.kaname-fujita.work

 

-----講義録始め-----

 

臨床心理面接特論(’13) 第11回 セラピストによる「読み」

「読み」とは、セラピストがクライアントの心の動きや背後にある意味を感じ取ることを指します。この「読み」は、セラピストの「器」としての能力や感受性に基づくものであり、セラピストが持つ独特の視線や感じ取り方によって形成されます。この視線は「レンブラント光線」とも称され、個性的なものであることが強調されます。セラピストは、自分が持つこの視線や感じ取り方を自覚しないまま、クライアントに与えていることが多いのです。

セラピストの「読み」は、「問いかけ」と密接に関連しています。問いかけは、クライアントの内面にアクセスし、その深い部分と繋がるための手段となります。このプロセスを通じて、クライアントは自分の内面の変更やイメージの変容を経験することができます。しかし、この変容は意識的に行うものではなく、セラピストとクライアントが共に見守り続けることが重要です。

精神分析学派とユング学派は、心理療法のアプローチとして知られるものの、その基盤はかなり同一のものと言えます。しかし、それぞれの学派が持つ少しの違いが、治療のアプローチや理論に多様性をもたらしています。このような背景から、「言葉化」という概念が重要となります。言葉化は、クライアントが自分の感情や考えを言葉にすることで、それを自分のものとして体験することを可能にします。

セラピーという空間は、クライアントが自分自身と向き合い、自分のものであることを体験できる場となります。しかし、この体験は、クライアントだけでなく、セラピストも自主的に抱えていく必要があります。セラピストは、自らの内省を通じて、自分の個人的な傾向や盲点を意識することが求められます。これは、セラピストが一つの型にはまることの弊害を避けるためです。

臨床の知は、自然科学とは異なり、正しいものは一つではありません。ある個性を持ったセラピストが、あるクライアントと出会うことで、個性的な治療が生まれるのです。この出会いは、両者の世界観が交わることを意味します。夢の解釈や活用方法も、この出会いの中でどのように活かされるかが重要となります。

最後に、セラピストは、自分とクライアントの関係性を常に正面から見ていく必要があります。これは、セラピストの内省や自己認識を深めるため、またクライアントとの関係性をより良いものにするための不可欠なステップとなります。