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学校の裏側🎒:カリキュラムの真実 生徒指導と教育相談第7回(その3) #放送大学講義録

潜在的なカリキュラムには私も影響を受けているかもしれない。特に高校の段階では。

 

-----講義録始め------

 

それでは、生徒指導のあり方を2つのカリキュラムの視点から検討しましょう。従来、生徒指導の定義は領域概念よりも機能概念で主に議論されてきました。文部科学省は生徒指導に関する提供を行い、それは2010年、平成22年に公表されました。この提供は、いわゆる生徒指導のハンドブックとしての役割を果たしています。そのハンドブックには、教育機能としての生徒指導が教育課程のすべての領域で行われるべきであると明記されています。

カリキュラムの観点から生徒指導の機能を考察すると、それは生徒が学校生活に適応するための社会的学習を支援する活動となります。この社会的学習は、専門用語で「社会科」とも呼ばれます。学校は子供にとっての小さな社会であり、その学校社会への適応過程がカリキュラム、つまり学びの履歴として形成されます

カリキュラムには二つの側面があります。顕在的な学習と潜在的な学習です。顕在的な学習は表面に現れる部分で、これは一般的に教育課程を指します。対照的に潜在的な学習は、英語で「ヒドゥン」、つまり隠れたカリキュラムと呼ばれる部分を指します。この隠れたカリキュラムとは、学生が学校で結果として学ぶ内容のことで、その存在が意識化されにくい灰色の領域、英語で「グレーゾーン」とも言われるため、「隠れた」と表現されます。

この二元的なカリキュラムの視点から見ると、必ずしも教えた内容がそのまま学ばれるわけではないこと、そして予期しない内容が学ばれている可能性が高いことが理解できます。特に生徒指導の場では、顕在的と潜在的の両方の学習が行われているのが特徴です。学校での理想的な行動や生活習慣は、生徒指導を通じて顕在的に伝えられます。しかしその他の知識や技能、例えば知恵や対人スキルなどは、指示されずに自然に学ばれることも多いです。

70年代以降、従来の楽観的な生徒指導論は潜在的な学習の視点から再評価されるようになりました。これは教育観の転換、つまり「教えから学びへ」という新しいパラダイムの影響を受けたものです。このパラダイムの変化は、カリキュラムや生徒指導の方針にも影響を及ぼしています。

知識基盤社会におけるカリキュラムの最終目的は、自律的な生涯学習者を育成することです。受け身の教育よりも、主体的な学びや自己認識の重視が強調されています。この主体的で深い学びの重要性は、生徒指導だけでなく、教育全体の文脈で強調されています。

また、学校の文化、英語で「スクールカルチャー」とも呼ばれるものは、各学校の特有の伝統や雰囲気、教師や生徒の行動様式などを包括します。この学校文化は、生徒指導の核心部分となり、生徒が適切な行動を示す指針として機能します。学校文化は、隠れたカリキュラムの主要な構成要素とも言えます。この観点から、いじめの問題は学校全体のカリキュラムの問題として取り組むべきであることが明らかとなります。