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パレイドリア現象と擬人化について解説します。私たちは物を人の顔や感情を持つ存在として認識することがあります。自律性を感じる動きや動機の解釈が関係しています。#放送大学講義録(心理と教育へのいざない第9回)

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それでは、私たちはどのようなものを人の顔と認識するのでしょうか。

パレイドリア現象の場合、その引き金となるのは多くの場合、知覚的な類似性です。例えば、丸い点が2つ並んでいると、それだけで私たちは目と捉えてしまいます。電源コンセントが顔に見えるのは、上にある2つの穴が目に見えることに伴い、下にある1つの穴が口に見えるからでしょう。また、自動車は正面から見たときにフロントライトが目に見えることから顔と認識されやすく、メーカー側も顧客の好みそうな顔を意識して自動車を製造しているようです。

皆さんもぜひ、身近に顔に見えるものがないかを探してみてください。また、インターネットで「パレイドリア」をキーワードにして画像検索をすると、人の顔に見える自然物や人工物がたくさん出てきますので、ご覧になってみてください。

ただ、擬人化という現象をもう少し広い意味で捉えた場合、私たちが物を人間として誤認識する引き金はほかにもあります。実際、人間として扱うには相応しくない単なる幾何学図形であっても、その動きを見て感情や意志を持った人間と認識することがあります。

ある有名な研究では、大きさの異なる2つの三角形と小さな丸が画面を動き回る動画を学生に見せ、後からその動画の内容を説明するように求めました。すると、ほとんどの学生が「大きな三角形が小さな三角形をいじめている」とか「小さな三角形が小さな丸を守ろうとしている」など、動画に登場したただの図形が動機を持って動いているかのように擬人化した説明をしました。別の研究で、同じ動画を乳児に見せた場合、他の図形をいじめているように見える大きい三角形から乳児が視線を外す様子が見られたことから、乳児であっても図形を加害の意図やパーソナリティを持った関わりたくない存在として認識していたことがわかります。

この科目はラジオ講義なので、ここで動画をお見せできないのが残念ですが、今ご紹介した研究で使われた動画もインターネットで検索すれば出てきますので、ぜひご自身でもどのように見えるかを試してみてください。このように、私たちは認識する対象の動きに自律性を感じたり、その動きが簡単には予測できないものだと感じたりすると、その対象をまるで人であるかのように扱うことがあります。そこに心や意思を仮定することで、動きに説明がつき、納得できるからだと考えられています。

最近はあまりないかもしれませんが、私が大学生の頃はパソコンの性能が今ほど良くなかったので、突如フリーズしてしまうことが頻繁にありました。そんな時、今日は機嫌が悪いななどと言ってなだめながら再起動をかけたりしたものでした。