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新しい学校像と「学力低下」問題(戦後日本教育史第14回)

結局はゆとり路線はきちんと意図が把握されていたのかどうかは疑問の余地がある。個性重視は誤っていないのではと。

 

貝塚茂樹。臨時教育審議会答申が示した自由化多様化の模索。学校選択の自由化。ゆとり路線に対する学力低下批判。学習指導要領は学力重視に方向転換。具体化したのが平成20年版学習指導要領。教育課程の変化を視野に入れて内容について整理検討を。子どもたちの変化について。学級崩壊に象徴される新しい荒れが。背景と対応、特に道徳教育の観点から。
臨時教育審議会答申が掲げた個性重視の主張。個人の尊厳、自己責任の原則の確立。93年に文部省が業者テストの禁止を。児童生徒の能力や適性に応じた教育を。一般には教育の自由化多様化と。学校選択の自由化。公立の小中学校を。学校選択制。市町村教育委員会が通学区域に基づき指定するのが原則だったが。学校選択の自由化。通学区域の弾力化を容認。学校選択制が東京都品川区を始めとした全国に。市場原理を持ち込むのは公教育の理念を歪める?地方分権と規制緩和の流れには対抗できず。学校教育をサービスと見る国民の意識。反対論は大勢とはならず。
開かれた学校づくりを巡る改革の動向。96年7月の中央教育審議会の答申に反映。その後の教育改革の主流に。中等教育学校の設置。学校教育法の改定。中高一貫教育制度が選択的に導入。実施形態として他には設置者が同じ中学校と高等学校を接続する。他に連携型。社会に開かれた学校づくりを。開かれた学校運営。地域社会への開放など98年に中央教育審議会の答申。学校の自主性自立性の。学校の裁量権の拡大などの整備。アカウンタビリティの確立。職員会議の補助機関化や学校評議員制度。校長の求めに応じて地域社会との連携などに意見を。意向を把握し協力を得る。学校運営の状況を周知して説明責任を。新しい形の公立学校。コミュニティ・スクール。保護者や地域住民が権限を持って参加。04年の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正により正式に発足。学校運営協議会の設置。主に校長が作成する基本方針の承認。意見を述べることが出来る。教職員の任用につき教育委員会に意見を。文部科学省のホームページのコミュニティ・スクールの組織のイメージ図。学校運営への参画。コミュニティ・スクールには基本的方針を協議して承認するプロセス。連携の深まりを。小中一貫教育。全てをコミュニティ・スクールとする自治体も。中教審答申を受けて義務教育学校が。心身の発達に応じて普通教育の9年間を小中一貫で。
ゆとり教育と学力低下問題。目的の一つは受験戦争への対応。個性重視の原則を実現する方策として。学校での不足した授業時間を補うために塾通いをする生徒が増加。中学受験の加熱。経済格差が広がり教育格差に繋がる。週5日制。授業時間が窮屈に。教育内容の削減が優先されてかえって学習理解を妨げる結果に。ゆとり教育は児童生徒にとっても教師にとってもゆとりにならない。授業時間と内容の削減に因る学力低下。分数計算が出来ない、簡単な英文が読めない大学生を指摘した書籍。著書は大学生の学力低下はゆとり路線にあると。多くの関心が。主な対象は平成10年版の。この時の大学生の学力低下が影響を受けるはずはなく。昭和52年版以来のゆとり路線の攻撃。相次いで発表された国際学力調査の結果。03年の学習到達度調査と国際数学理科教育調査。PISA調査。それぞれ前回の結果を下回る。読解力は14位で平均にまで低下。こうした調査結果について学力低下が。反論も有り多様な解釈が錯綜する。その後の09年と12年では読解力の成績が上昇したので根拠が改めて問い直される。児童生徒の学習離れを指摘。学校外の学習時間の推移。97年までの20年間の分布で大きく減少。3時間以上勉強した生徒は半数に。学校外での勉強時間が0分の生徒が35%に上昇。緩み教育に。苅谷剛彦。教育の多様性が階層間の格差の拡大に。教育格差の実態を実証的データで裏付ける。学力低下を巡る議論。教育の本質的問題への関心を。大村はま師の書籍への関心が高まる。代表的な著書として73年の「教えるということ」。教えることの意味を。文庫本としても手に入る。この本でも繰り返し主張したことは、教師の仕事は教えることと。しかし単純ではない。主体的学びにより掛かるものでもない。教師が子どもの将来を見据えて基礎となる事項を様々な工夫で。教えることに拘った書物がゆとり路線の議論で注目される。子どもの学びを支援するのが教師の仕事とするのが主流だった時期に。ゆとりと学力、教えることと学ぶことを再確認する機運が。教育課程改革の一つの契機に。
平成10年版学習指導要領への学力批判。大きく修正する。ゆとり路線から学力重視へ。02年1月に学びのすすめ。発展的な学習で個性に応じて子どもの力を伸ばす。最低基準であることを明確に。学習指導要領の一部改正で具体化。基準性を踏まえて最低基準とする。総合的な学習の時間の一層の充実を。各学校において目標や内容を定め全体計画を。個に応じた指導を強化し発展的な学習を。多くのマスコミはゆとり路線からの方向転換と。実際この改正で世論のゆとり路線への批判は沈静化。論点も多岐にわたる。ゆとり教育を巡る議論は基本基礎の再認識が。基本的データの必要性が再認識。40年ぶりに学力調査テストが。平成10年版学習指導要領の改定から3年後に教育基本法が改定。たくましい日本人の育成。新しい理念が。中央教育審議会は08年に学習指導要領等の改善についてを答申。平成20年版学習指導要領を告示。教育の理念を踏まえ生きる力を。教育内容。理数教育の充実、道徳教育の充実など。具体的に平成20年版学習指導要領では小学校においては授業時数の増加が。外国語活動の新設。総合的な学習の時間の授業時数を削減。中学校において男女とも武道を必修化。年間授業時間時数の比較。総合的な学習の時間の時間の削減。平成20年版学習指導要領は平成10年版と同様に生きる力の育成を目的とする点では同じだが、40年ぶりに内容の増加は重要。昭和52年版から始まったゆとり路線が変化して学力重視へと。
最後に学級崩壊に象徴される新しい荒れ。兵庫県神戸市須磨市で男子中学生が逮捕。自身が通学していた校門に頭部を置き、メモを添える。酒鬼薔薇聖斗事件。義務教育を生み出した社会への復讐。道徳教育の重視や少年法の改正への議論に。98年には栃木県の教師が生徒に刺される事件が。普通の子が突然キレる行動が問題に。80年代にかけての教育荒廃とは異なる新しい荒れとして。象徴するのは学級崩壊。一般には突発的な行動を取る児童に呼応して秩序が荒れる。幼児帰りしたような状態に。学級崩壊に直面した教師はこれまでの指導法が通じないことに苦慮。様々な指摘。子育て法に関連。70年代までは良くない行為とされた赤ちゃんの添い寝が一転して良い行為に。子ども中心の子育てに。赤ちゃんの要求に親が付き合うべきという子育てが。学級崩壊は心を通わせる段階にまで成長していないと。個性尊重の原則を重視した教育政策と連動。歴史的には学級崩壊を引き起こす親の世代は70年代に教育を。子ども中心の子育て。新しい荒れを。中教審の答申。01年に21世紀教育。心のノート。02年から使用が。子どもたちの具体的対応。国家による心の統制との批判も。心理主義的内容に批判が。道徳の教科化を巡る議論に。

 

戦後日本教育史 (放送大学教材)

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