------講義録始め------
それでは、ここで改めて社会心理学とはどのような学問かについて、ある社会心理学者の定義をもとに考えていきましょう。彼は、あるテキストの中で、社会心理学を「他者が実際に存在したり、想像の中で存在したり、あるいは存在することがほのめかされていることによって、個人の思考、感情および行動がどのような影響を受けるのかを理解し、説明する試み」と定義しました。この定義を紐解くことで、社会心理学とはどのような学問であるのかが見えてきますので、次の3つのポイントをもとに考えていきましょう。
1つ目のポイントは、社会心理学の定義と言いながらも、その定義には「社会」という言葉が一度も出てこないということです。その代わりに出てくるのが、「他者の存在」という言葉です。冒頭で述べたように、社会とは何らかの形で他者の存在を仮定できる環境のことでした。この社会心理学者は、他者の存在が与える影響を理解し、説明する試みが社会心理学という学問だと定義しています。
2つ目のポイントは、他者を実際に存在している、つまり目の前に物理的に存在している他者に限定していないということです。具体的には、他者が実際に存在したり、想像の中で存在したり、あるいは存在することがほのめかされていることで影響を受けることも含んでいます。つまり、他者を心の中で思い浮かべたり、気配を感じたりする場合であっても、それは他者の存在が仮定できる環境、すなわち社会と呼ぶことができるのです。
最後に3つ目のポイントとして、定義の後半にある「個人の思考、感情および行動がどのような影響を受けるのかを理解し、説明する試み」という部分に注目したいと思います。このように、この定義では、社会心理学は個人の思考、感情および行動への影響に関心を向ける学問だと言っています。つまり、社会心理学が着目するのは、主として私たち一人ひとりの思考や感情および行動であり、この意味でも集団行動や集団力学など、集団に関連した事象のみを扱う学問ではありません。
この定義を平たく解釈すれば、社会心理学とは、他者の存在が仮定できる環境、すなわち社会によって私たちの心がどのような影響を受けているのかを調べる学問です。しかし、私たちが社会からどのような影響を受けているのかを知るためには、そもそも私たちが社会をどのように認識しているのかを知る必要があります。それは、こうした認識の違いによって、社会からの影響も異なってくると考えられるからです。
繰り返しになりますが、社会とは他者の存在が仮定できる環境です。したがって、私たちが社会をどのように認識しているのかという問題は、私たちが他者をどのように認識しているのかという問題と読み替えることができます。そして、これこそが今回の授業テーマである対人認知なのです。