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ハスラムは非人間化を物化と動物化に分類し、人間らしさの否定が評価に影響すると指摘します。対人認知は評価や関わり方を決め、擬人化と非人間化が現代社会で重要なテーマとなっています。#放送大学講義録(心理と教育へのいざない第9回)

------講義録始め------

 

ところで、先ほどの説明では、人を人として認識しない現象を単に非人間化と呼んでいましたが、ハスラムという研究者は、非人間化には人間を無生物とみなす物化と人間以外の動物とみなす動物化があることを指摘しています。物化とは人間の本質に関わる特性を否定すること、動物化とは人間に特有の特性を否定することと説明しています。

人間の本質に関わる特性とは、人間が生まれつき持っている本質的な特性のことで、人間らしさとでも言うべきものです。したがって、これはマインドサーベイの経験性次元におおよそ対応しています。ハスラムによれば、物化された人間は感情や温もり、柔軟性や能動性を欠いており、取り替えが可能な機械のような存在と見なされるとされています。一方、人間に特有の特性とは、他の類似する対象と区別される人間の独自性のことで、マインドサーベイの行為性次元に対応します。動物化された人間は、粗野で教養や知性に乏しく、自制心がない存在とみなされます。物化と動物化は否定される特性が異なりますが、いずれも自分と比べて相手を劣った存在と位置づける点では共通しています。

既にご説明したように、対人認知は単に他者を認識するだけの過程ではなく、相手を評価する過程でもあり、それによってその後の相手との関わり方が決まってきます。非人間化のうち、動物化が起き、人間に特有の特性が否定されると軽蔑や嫌悪の対象となりやすく、物化が起きると人間の本質に関わる特性がないとみなされ、相手への無関心や共感性の欠如などが生じます。

今回の授業では、擬人化と非人間化という現象を通じ、対人認知という社会心理学における重要な研究テーマについて考えてきました。人間を人間として認知するというごく当たり前のことが、実は複雑な心の働きに支えられていること、また、対人認知は単に他者を認識するということを超えて、評価やその相手との関わり方を決めるものであるということを理解していただけたでしょうか。

擬人化と非人間化の問題は、私たちの日常生活においてますます身近になっています。国と国との対立や葛藤の中で、外集団の人々を非人間化して貶めるといった不幸な現実がある一方で、ロボットなどテクノロジーは擬人化され、ユーザーフレンドリーになっています。人間に似た顔を持つコンピューターに提示されたアンケートは、社会的に望ましい反応を増加させるという研究もあり、やはり私たちは人に似た存在に対しては人と同じように振る舞うようです。これらはいずれも人間が社会的動物であるが故に起きる現象です。