F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

リンデマンの成人教育論 #放送大学講義録(成人の発達と学習第7回その2)

ーーーー講義録始めーーーー

 

リンデマンの貢献
それに先立ち、アメリカの成人教育学の基礎を作ったとされるエドゥアルド・リンデマン(Eduard Lindeman)についても触れたいと思います。
リンデマンは1926年に『成人教育の意味』(The Meaning of Adult Education)という著作を書いておりますが、堀先生はこの成人教育の古典的な本も翻訳されております。
リンデマンが『成人教育の意味』で掲げた成人の教育の特徴を紹介していただけますでしょうか。

リンデマンの成人教育の4つの特徴
堀先生:はい。リンデマンは、お話しくださいました通り、アメリカで成人教育を最初に体系的に示した人物だと言ってもよいわけですが、彼は、成人生活への準備としての教育に対して、それとは質的に異なる学校卒業後の大人の生活における教育を構想したわけです。つまり、学校教育での教育と大人の教育では質的に異なるのではないかということです。
彼は成人教育の目的を生活(経験)の意味の探求として位置づけ、その上で、まず第1に成人教育の特徴として、教育は生活であるという大胆な説を出しました。これはデューイ(Dewey)の考え方に近いものです。
2つ目は、成人教育は非職業的な性格を持つ。
3つ目は、成人教育は状況を経由するものであって、教科を経由するものではない。
そして最後の4つ目は、成人教育の重要な資源は学習者の経験に求められるということです。

ノールズへの影響
そうですか。最後の「成人教育の重要な資源は学習者の経験に求められる」という点など、後にノールズが成人学習の特徴として強調した論点と重なるところが多いですね。
ノールズはリンデマンからかなり影響を受けたということでしょうか。
堀先生:そうですね。ノールズは、マサチューセッツ州の全米青年局(National Youth Administration:NYA)での仕事の中でリンデマンと出会い、リンデマンがノールズの指導役(メンター)になったとされています。
またノールズ自身もリンデマンの『成人教育の意味』を読んで「興奮して手放せなかった」こと、さらに「四半世紀にわたる着想とアイデアの主要な源泉になった」趣旨を述べています。

アンドラゴジーという概念の“前史”
アメリカで最初にアンドラゴジーという概念を用いたのはリンデマンだ、という話もありますが、研究史的には、リンデマンがMartha Andersonとともに1920年代後半の著作(Education Through Experience など)で “Andragogy” を成人学習と子どもの学習の対比として用いた、という整理が示されています。
そして、その後しばらくは用語として定着せず、概念アンカーとして広く採用され、成人の学習・教授をまとめる旗印になっていくのは、ノールズの仕事(とくに1960年代末以降の議論)を待つ、という見取り図になります。

リンデマンとノールズの相違点
なるほど。そうしますと、リンデマンとノールズとは、成人教育にあたってほぼ同じ考えに立っていたということでよろしいんでしょうか。
堀先生:そうですね。リンデマンもノールズもデューイの影響が濃いという意味では一緒です。したがって、多くの類似点が見られます。ただ、必ずしも全てが同じというわけではありません。
例えばどんなところでしょうか。
堀先生:リンデマンは、本人はアメリカ生まれですが、移民家庭(出自については“ドイツ語圏のデンマーク系”など複数の記述があります)に生まれ、またデンマークのフォルケホイスコーレ(民衆高等学校)などヨーロッパの成人教育の伝統から強い示唆を受けています。
従いまして、彼の成人教育観は、成人に対する全ての教育というよりは、成人に対するリベラルな教育、教養主義的な教育という意味合いが前面に出やすい。この点において、のちに職場や企業内教育・訓練の領域でも広く用いられる形で理論を展開していくノールズとは、力点が異なるのではないかと思われます。
そうですか。先ほど挙げていただいたリンデマンの成人教育の特徴の2つ目は、成人教育は非職業的性格を持つということでした。その点などは、やはりヨーロッパ的なリベラルな成人教育という教養主義的なものなんでしょうね。
堀先生:そうなんです。リンデマンは職業的なことではなくて、むしろ労働者教育や民主主義の担い手の形成という社会的な射程を強く意識しながら、学習者の経験と討議を重視する方向で成人教育の方法を考えた、という整理ができます。
それに対してノールズは、職場や組織の中で成人が学ぶことをも強く視野に入れ、実践の改善に資する形で成人学習の原理を“使える手続き”として提示していった面が大きい。この点において、両者は考え方の重心が異なると考えられます。

ノールズの実践的アプローチ
なるほど。リンデマンとノールズは同じアメリカの成人教育の系譜の中にいますが、リンデマンがヨーロッパの成人教育運動(討議・学習サークル等)にも強く目を向けたのに対して、ノールズはアメリカ的な現場主義、実用主義的な面を重視するなど、違った面があったんですね。
堀先生:そうです。ノールズは成人教育の原理を、成人教育者が現場で組み立てて使えるように、平易でプラグマティックな手続き論として展開していったということですね。
確かにノールズの著作のいくつかは、成人教育の場面を想定したマニュアルのような内容も多く、それ故に利用しやすいという面もありますね。

ノールズの経歴
堀先生:それは、ノールズがハーバード大学でA.B.を取得(1934年)したのち、マサチューセッツ州の全米青年局(NYA)で訓練部門を担う仕事(Director of Training)に就き、そこで職業技能の需要を調べ、講習を組み立て、受講者を組織していくような実務に携わったことが大きいと思います。
そして、1940年代にはボストンのYMCAで成人教育の担当になり、さらにデトロイトのYMCA、のちにシカゴのCentral YMCAへと移って、成人教育の運営を担っています。こうした現場経験を踏まえつつ、ノールズはシカゴ大学で修士(1949年)を取得し、さらに博士号(1960年)へと進んでいきました。
このような経歴なので、ノールズの成人教育には実践的な、そして成人の生活に直接役立つような面が強く出ているということになるかと思います。

(図表)リンデマンとノールズをめぐる主要年表(講義補助)

  • 1885 リンデマン誕生(ミシガン州)

  • 1913 ノールズ誕生

  • 1926 リンデマン『The Meaning of Adult Education』

  • 1935–1940 ノールズ:NYA(マサチューセッツ州)で訓練部門を担当

  • 1940–1943 ノールズ:ボストンYMCAで成人教育を担当

  • 1949 ノールズ:シカゴ大学でM.A.

  • 1997年11月27日 ノールズ死去(84歳)

堀先生の研究の始まり
研究者の関心というものは、多分にその人の経歴に関わるものですから、堀先生の場合は、どのような形で成人教育の学問を始められたのでしょうか。
堀先生:私の場合ですね。私は大学の学部入学の時から、地域の社会人の人の学習に触れる機会がいくつかありました。そして、これも非常に面白いなとぼんやりと考えていたんです。しかしまあ、元々心理学を勉強したいということもあり、心理学を勉強していたんですが、卒業論文で社会教育における自発性の問題を書き、そして社会教育という世界を考えるようになりました。
大学院におきましては、アメリカの成人心理学、つまり大人の心理学ですね、それからエイジング(aging)や生涯発達の問題を生涯教育あるいは成人教育の基礎に位置付けてみてはどうかという、そういう研究を考えていました。
アメリカにおきましては、人生後半の発達やエイジングの問題が教育学の基礎になっているという、そういう多くの研究があることを知ることができました。
したがって、この発達、エイジングと大人の教育、学習をつなぐ理論は何か、そこの橋渡しはどうすればできるんだろうかと考えた時に目についたのがノールズのアンドラゴジーだったんです。それで、ノールズの本をアメリカから取り寄せてもらって、それを勉強して、そこに新しい道があるんじゃないかと確信するようになりました。
そうしますと、修士論文からですから、堀先生はノールズの晩年に至る研究まで、本当に長くお付き合いされてきたのですね。
堀先生:そうですね。ノールズは、晩年までコンサルテーションやワークショップ等の形で成人教育の実践と普及に関わり続けたとされています。
また、ノールズは1997年11月、84歳で亡くなるまで成人学習をめぐる活動を続けたと整理されています。
そうですか、ノールズ自身が。そうしますと、成人学習者のモデルになりますね。
堀先生:そうですね。