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アルコール依存と家族・社会への影響(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

アルコール依存症がもたらす人間関係への影響

これまで述べてきたように、アルコール依存症は本人の身体的・精神的健康に深刻な害を及ぼしますが、それにとどまらず、家族や周囲の人間関係に深い傷を残すことも、きわめて重大な特徴です。

もともと社会的責任を果たしていた人物が、依存症の進行に伴って次第に変化していきます。たとえば:

  • 職場では遅刻・欠勤・業務ミス・責任転嫁などが重なり、信用を喪失

  • 家庭には収入を入れず、貯蓄を浪費し、家事や育児を放棄

  • 感情の制御がきかず、**家族への暴言・暴力行為(ドメスティック・バイオレンス)**に至る

加えて、どれほど説得しても「言い訳」「責任転嫁」「約束違反」が繰り返され、行動の変化が見られない。これらはすべて、アルコール依存症の行動症状として医学的には理解されるべきものであり、治療の対象です。しかしながら、当事者の家族は日常的に傷ついている被害者でもあり、当人を「患者」として受け止めることが極めて困難です。


家族の崩壊と悪循環

現実には、多くの家族は限界まで忍耐を続け、やがて離婚・別居・絶縁といった形で関係を断ち切ります。その結果、患者本人はさらに孤立し、絶望感から再び酒に逃げ込むという悪循環に陥ります。これは、精神医学における「病的適応の連鎖」としても典型的です。


スクリーニングと人間関係の破綻

アルコール依存症のスクリーニング検査として知られる「久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(Kurihama Alcoholism Screening Test:KAST)」では、人間関係の破綻がきわめて重視されています。

たとえば、**旧版KAST(9項目版)**の中で最も重み付けが高い項目は以下のものでした:

酒が原因で、家族や友人など大切な人との人間関係にひびが入ったことがありますか?

この質問に「はい」と答えた場合、依存症の可能性は極めて高いと判断される構造になっています。これは、アルコール依存症が単なる個人の問題にとどまらず、対人関係の崩壊を通じて社会的問題へと拡大することを如実に表しています。

現在使用されている改訂版KASTでは、性別に応じた設問の差異を設けるなど、より実態に即した評価が可能になっています。


世代を超える影響:子どもへの影響

また、親のアルコール依存症が子どもの性格形成や成人後の生活行動に影響を及ぼすことも、国内外で数多く報告されています。

  • 自己肯定感の低下

  • 対人関係への過敏性

  • 自身の依存症リスクの上昇(いわゆるアダルトチルドレン問題

これらは「トラウマの世代間伝達(intergenerational transmission of trauma)」として、精神医学・臨床心理学の大きな関心領域となっています。


結論

アルコール依存症は、本人の問題にとどまらず、家族、職場、社会にまで影響を及ぼすシステミックな疾患です。従って、医学的治療だけでなく、家族支援・社会資源の活用・心理的介入が包括的に行われる必要があります。依存症治療においては、本人だけでなく家族を対象とした包括的支援体制の構築が不可欠です。