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アルコール依存症の精神・認知障害(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

アルコール依存症における精神症状

アルコール依存症では、単に身体的な問題や飲酒行動の異常だけでなく、多様な精神症状が現れることが知られています。


1. 妄想性障害と精神病性症状

アルコール依存症では以下のような精神病性症状が見られることがあります。

  • 被害妄想現状妄想(誤解釈的な現実認識)
    → 統合失調症の陽性症状(妄想・幻覚)と類似しており、鑑別診断が難しいことがあります。

  • アルコール性嫉妬妄想(Othello Syndrome)
    → 主に男性患者に多く、パートナーが浮気をしているという妄想を抱く。
    → 妄想に基づいて暴言・暴力行為に至る例も少なくなく、**家庭内暴力(DV)**の原因となります。
    → 背景には、自身の社会的・性的な機能低下への劣等感や自己否定感が関与していると考えられます。


2. うつ病との併存・関連性

長期にわたる大量飲酒は、抑うつ状態を引き起こしやすく、以下の点が重要です。

  • アルコール依存症患者の**約30%**にうつ病を合併するというデータがあります。

  • 逆に、抑うつや不眠の苦しさをまぎらわせるために飲酒量が増え、依存症に至る例も多数報告されています。

飲酒は一見気分を軽くするように思われがちですが、実際には抑うつ症状や睡眠障害を悪化させることが科学的に明らかになっています。抗うつ薬の効果を妨げる場合もあります。


3. 慢性期における脳機能障害

長期にわたるアルコールの過剰摂取により、不可逆的な脳機能障害が生じることがあります。

コルサコフ症候群(Korsakoff's Syndrome)

  • 主な原因はビタミンB1(チアミン)欠乏

  • 症状:重度の短期記憶障害(直前の出来事を思い出せない)、作話(confabulation)、見当識障害など

  • 多くは**ウェルニッケ脳症(Wernicke's encephalopathy)**の進行形態として発症し、「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」と総称されることもあります。

認知症との関連

  • アルコール依存症患者では認知症の発症率が高い

  • 原因:慢性的な栄養障害、脳血管障害(高血圧や血管脆弱性)、酩酊時の頭部外傷

  • 頭部打撲による慢性硬膜下血腫(subdural hematoma)は、認知機能低下の原因の一つです。


まとめ

アルコール依存症は、行動異常・身体疾患・精神症状・認知機能障害といった多面的な影響をもたらす複雑な病態です。したがって、治療・支援には精神科的・身体科的・社会的アプローチの統合が求められます。単に「酒をやめさせる」だけではなく、背景にある心理的脆弱性や家庭環境への包括的理解と介入が不可欠です。