【要約】
健康生成論では、慢性疾患があることと健康でないことを同一視せず、健康―健康破綻の連続体上でその人の状態を捉えます。ストレス研究では、Hans Selye(ハンス・セリエ)が stress(ストレス)を身体が要求に対して示す非特異的反応と定義し、慢性的なストレッサーへの反応を General Adaptation Syndrome(GAS:汎適応症候群)として、警告反応期・抵抗期・疲憊期の3段階で説明しました。Richard S. Lazarus(リチャード・S・ラザルス)とSusan Folkman(スーザン・フォークマン)は、人と環境との相互作用を重視し、出来事をどう捉えるかという cognitive appraisal(認知的評価)と、それに対処する coping(コーピング)の重要性を示しました。アントノフスキーはストレッサーを、主要なライフイベント、日常的ないらだち、慢性ストレッサーの3種類に分類し、ストレッサーそのものではなく、そこから生じる緊張にどう対処するかが健康に重要だと考えました。
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ストレスとストレッサーの基礎知識──セリエとラザルス
(慢性疾患とともに生きるということ) 花粉症だけでなく、アレルギー性疾患、高血圧、糖尿病などのいわゆる慢性疾患は、長期にわたって治療や管理を続けることが多い疾患です。ただし、「慢性疾患は治すのではなく、うまく付き合うもの」と一括してしまうのは少し正確さを欠きます。高血圧は生活習慣の改善や薬物療法によって治療でき、糖尿病も食事、運動、薬物療法などによって血糖を管理し、合併症を予防したり遅らせたりすることができます。また、疾患によっては寛解や大きな改善が得られることもあります。それでも、多くの慢性疾患では、診断がついた後も長期間にわたって病気と付き合いながら生活することになります。ここで大切なのは、慢性疾患があることと、その人が「健康でない」ことを完全に同じものとして考える必要はない、ということです。健康生成論では、病気があるかないかの二分法ではなく、ease/dis-ease continuum(イーズ/ディス・イーズ連続体、健康―健康破綻の連続体)の上で、その人がどの程度よく生活し、健康側へ向かうことができているかを考えます。こうした慢性疾患とともに生活する人々の実態を考えると、疾病生成論的な健康/病気の二分法だけではなく、健康生成論の連続体モデルの方がよく説明できる場面も多いのではないでしょうか。
(健康生成論とストレス概念) 健康生成論を説明している中で、stressor(ストレッサー)という用語が出てきました。ストレスやストレッサーとは何かを理解することは、実は健康生成論を理解するうえで大変重要です。アントノフスキーは、人間は日常的に様々な変化や要求にさらされており、それらはしばしばストレッサーになり得ると考えました。そのため、健康を支える要因とは何かを探る前に、次のセクションではまず stress(ストレス)と stressor(ストレッサー)について、基本的な考え方を整理していきましょう。
(ハンス・セリエとストレス研究) ストレス研究の歴史を考えるうえで重要な人物が、Hans Selye(ハンス・セリエ、1907–1982)です。セリエはオーストリア=ハンガリー帝国に生まれ、その後カナダで研究活動を行った医師・生理学者で、1936年に動物実験をもとに、後に General Adaptation Syndrome(GAS:汎適応症候群)と呼ばれる考え方を発表しました。セリエは、人間や動物の身体が、寒さ、外傷、感染、薬物、運動など様々な要求に直面すると、その要求の種類にかかわらず共通する身体反応を示すことに注目しました。そして後に、stress(ストレス)を「身体が何らかの要求に対して示す非特異的な反応」と定義しました。一方、その反応を引き起こす外的・内的な要求や刺激を stressor(ストレッサー)と区別しました。
(汎適応症候群の3段階) セリエは、ストレッサーへの反応が長期間続いた場合の身体の適応過程を、General Adaptation Syndrome(GAS:汎適応症候群)として説明しました。まず alarm reaction(アラーム・リアクション、警告反応期)では、身体が突然の要求に対応するために急激な生理反応を示します。次に stage of resistance(ステージ・オブ・レジスタンス、抵抗期)では、ストレッサーが続く中で身体が適応し、一定の機能を維持しようとします。そして長期間にわたって強い要求が続き、適応のための資源が消耗すると、stage of exhaustion(ステージ・オブ・エグゾースチョン、疲憊期)に入り、健康障害が生じる可能性が高まると考えました。したがって、セリエの理論を「厳しい環境に耐えようとする状態をストレスと呼んだ」とだけ説明するのではなく、ストレッサーという要求に対する生体の非特異的反応全体をストレスと呼んだ、と理解する方が正確です。
(ラザルスが加えた人と環境の相互作用) さらに心理学の立場からストレス研究を発展させた重要な人物が、Richard S. Lazarus(リチャード・S・ラザルス)です。ラザルスはSusan Folkman(スーザン・フォークマン)とともに、人と環境との相互作用を重視する transactional model of stress and coping(ストレスとコーピングのトランザクショナル・モデル、相互作用モデル)を発展させました。ここでは、ある出来事そのものが自動的にストレスになるのではなく、その出来事と本人との関係がどのように評価されるかが重要だと考えます。例えば、同じ仕事上の課題でも、ある人には「自分には対応できない脅威」と感じられ、別の人には「努力すれば乗り越えられる挑戦」と感じられることがあります。このように、出来事が自分にとってどのような意味を持つのかを評価する過程を cognitive appraisal(コグニティブ・アプレイザル、認知的評価)と呼びました。
(一次的評価と二次的評価) ラザルスとフォークマンの理論では、認知的評価はさらにいくつかの側面に分けて考えられます。まず primary appraisal(プライマリー・アプレイザル、一次的評価)では、その出来事が自分にとって無関係なのか、好ましいものなのか、それとも害・損失、脅威、挑戦に当たるのかを評価します。次に secondary appraisal(セカンダリー・アプレイザル、二次的評価)では、「自分にはどのような対処方法があるのか」「利用できる資源はあるのか」「その状況に対応できそうか」といったことを評価します。したがって、人は環境から一方的にストレスを受けるのではなく、自分と環境との関係を評価しながら、その状況への反応を形成していくと考えるわけです。
(コーピングとは何か) そして、この認知的評価を行いながら、人は周囲からの様々な要求や、それに伴って生じる感情に対処していきます。この過程を coping(コーピング、対処)と呼びます。ラザルスとフォークマンは、コーピングを、本人の資源を超える、あるいは負担になると評価された外的・内的な要求を処理するために行う、認知的・行動的な努力として捉えました。代表的には、問題そのものを変えようとする problem-focused coping(プロブレム・フォーカスト・コーピング、問題焦点型対処)と、状況によって生じた感情を調整しようとする emotion-focused coping(エモーション・フォーカスト・コーピング、情動焦点型対処)に区別されます。例えば、仕事量が多すぎる場合に上司と相談して分担を変えることは問題焦点型対処に近く、不安が強いときに気持ちを落ち着かせたり、人に話を聞いてもらったりすることは情動焦点型対処に近いと考えることができます。
(ストレッサーとは何か) stressor(ストレッサー)とは、一般にはストレス反応を引き起こし得る刺激、出来事、要求、条件などを指します。ただし、同じストレッサーでも、すべての人に同じ影響が生じるわけではありません。セリエの生理学的ストレス研究では、生体に要求を与える刺激としてストレッサーが捉えられました。一方、ラザルスの心理学的理論では、人と環境との関係を本人がどう評価するかによってストレス経験が異なると考えます。またアントノフスキーは、人間は常に何らかのストレッサーにさらされていることを前提として、そのストレッサーにどう対処し、健康を維持・向上させるのかを考えました。したがって、健康生成論においてストレッサーは単純な「悪い原因」ではなく、対処の過程を考える出発点として重要な概念なのです。
(アントノフスキーによるストレッサーの3分類) アントノフスキーは、ストレッサーを大きく3種類に分類して説明しています。1つ目は major life events(メジャー・ライフ・イベント、人生上の大きな出来事)です。家族の死、離婚、失業、転職など、生活の中で大きな変化をもたらす出来事が含まれます。2つ目は daily hassles(デイリー・ハッスルズ、日常的ないらだちや煩わしさ)です。職場での小さな衝突、交通渋滞、家事上の細かな問題など、日常生活の中で繰り返し経験する小さな負担を指します。3つ目は chronic stressors(クロニック・ストレッサーズ、慢性ストレッサー)です。長期にわたる病気や障害、貧困、継続的な家庭・職場上の問題など、長期間持続する条件がこれに当たります。アントノフスキーは、こうしたストレッサーが存在すること自体は人間生活の通常の一部であり、大切なのは、そこから生じる緊張をどのように処理するかだと考えました。ここでは、それぞれについて簡単に見ていきましょう。
