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博物館の価値と文化政策の視点(博物館経営論第1回)♯放送大学講義録

-----講義録始め------

 

次に、文化政策から捉えた博物館の価値を見てみましょう。ここでは、英国の政策シンクタンク「デモス」に所属し、文化政策経営学を専門としているホールディンが述べている文化の3つの価値の考え方を紹介します。ホールディンは、文化が持つ価値として、本質的価値、手段的価値、共同体的価値の3つを挙げ、それらは互いに排他的ではなく補完的な関係であるとしています。

印刷教材の図のように、ホールディンはこれらの価値を実践の三角形で結んでいます。本質的価値とは、三角形の頂点に位置する価値で、不可欠な価値です。博物館や演劇などの芸術形式には、それぞれの表現手段として固有の性質があり、他とは共有できないものがあります。それらに鑑賞者が触れることで、楽しさ、美しさ、崇高さなどの価値を感じます。

手段的価値とは、文化が地域の経済再生や個人の学力向上、入院患者の回復時間の短縮など、本質的価値とは異なる目的を達成するための手段としての経済的価値、社会的価値を持っていることを指します。これらを合わせて手段的価値と呼びます。

共同体的価値とは、博物館をはじめとする文化施設が持つ、組織として社会に対して生み出すことができる公共的な価値を指します。例えば、文化施設での催しにおける市民との関わりの中で、人々が相互に信頼し、公正で平等な社会に生きているという感覚を持つこと、親しみと礼節を持って交流することなどが含まれます。これを共同体的価値と言います。

一方で、図には実践の三角形と重なった点線の三角形があります。これは、今説明した3つの価値を最も重視しているのは誰かを示しています。市民や公衆は、鑑賞者として文化を主観的に享受し、知的、感性的、情緒的な刺激を受け取ろうとします。つまり、本質的価値を求めています。また、政治家は、文化を政策や社会的なツールとみなし、文化が経済の役に立ったり福祉の現場で使われたりする手段的価値に注目しています。

そして、専門家、例えば研究者は、文化が長期的に社会全体に影響を与える共同体的価値に関心を払うとホールディンは述べています。ただし、ここで大事なことは、3つの価値全てを文化の不可欠な側面として、優劣のない視点で捉えることであると説明しています。本質的価値に重きを置きすぎると、芸術が希少なものとしてエリートに独占されます。手段的価値を重視しすぎると、アーティストと専門家が阻害されます。また、共同体的価値のみが過度に扱われると、芸術自体を見失うことになると注意を促しています。