ーーーー講義録始めーーーー
ストレス反応の基本メカニズム
人の心が衝撃的なライフイベントにさらされた時、どのような反応が起きるのでしょうか。ショックや負荷がかかった際に現れる反応を「ストレス反応」と呼びます。
このストレス反応について重要な説明を行ったのが、CannonとSelyeの二人の研究者です。
Cannonの説明
Cannon(ウォルター・キャノン)は、生体は負荷を受けるとホメオスタシス(恒常性)が乱れるため、それを保つための反応としてストレス反応が生じると説明しました。
例えば、寒さにさらされれば体は体温を上げようとします。このように、生体は負荷や衝撃の種類に応じて適切な状態を維持するために様々な反応を示します。
Cannonが特に強調したのは**闘争・逃走反応(fight-or-flight response)**です。恐怖やショックを感じた時には交感神経が活性化し、胃腸の動きが低下し、心拍数や血圧が上昇します。これにより、生体は戦うか逃げるかという緊急対応に備えるのです。この反応は「急性反応」とも呼ばれます。
Selyeの説明
一方、Selye(ハンス・セリエ)は、ストレス反応はストレス要因の種類に依存せず、共通して副腎皮質ホルモンの変化が起こり、それにより適応的な反応が生じることを示しました。これを**汎適応症候群(General Adaptation Syndrome, GAS)**と呼びます。
汎適応症候群には以下の3段階があります:
-
警告反応期:ストレス要因に直面した直後の急性反応
-
抵抗期:ストレスに適応し、耐えようとする段階
-
疲弊期:長期にわたりストレスが持続すると心身が疲弊する段階
このように両者の説明は異なる側面を強調していますが、ショックな出来事に直面したとき人がストレス反応を示すこと自体は明らかです。
一般的なストレス反応の種類
日本人を対象とした調査から明らかにされた一般的なストレス反応は、大きく情緒的反応と認知的反応に分けられます。
情緒的反応(感情面の反応)
-
抑うつ・不安:気持ちが沈む、なんとなく心配になる
-
不機嫌・怒り:イライラする、感情の起伏が激しい、憤りが募る、悔しさを感じる
認知的反応
-
自信の喪失や自己嫌悪
-
不信:人が信じられない、人に優しくできない
-
思考力の低下:複雑で柔軟な思考が難しくなる
-
非現実的な願望:どんな手段を用いてでも事態を変え、解放されたいと強く願う
-
無気力や引きこもり
-
落ち着かず焦燥感に駆られる
心的外傷後ストレス障害(PTSD)
体験した出来事が生死を脅かすほど強烈であった場合には、**心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder: PTSD)**が生じることがあります。一部の文献では「PTSR」「PTSS」と呼ばれる場合もありますが、現在はPTSDが標準的です。
PTSDの主な症状は以下の3つです:
-
侵入症状:出来事に関する不快で苦痛な記憶が突然蘇り、感情が揺さぶられる
-
回避症状:出来事を思い出すことや考えることを避けようとする
-
過覚醒症状:神経が過敏になり、集中力が低下し、些細な刺激にも強く反応する
東日本大震災での具体的なストレス反応
2011年3月の東日本大震災後、人々のストレス反応を調査するために用いられた「ストレス反応尺度」では、以下のような具体例が報告されています。
現実感覚の喪失
-
見た情景が現実と思えなかった
-
一時的に時間の感覚が麻痺した
恐怖と感情コントロールの困難
-
自分や周囲の人に強い危険を感じた
-
とてもイライラし、些細なことで気に障った
-
理由のない怒りがこみ上げてきた
記憶や思考の困難
-
避難の際に優先順位を判断できなかった
-
興奮や混乱で合理的な判断ができなかった
-
どう行動すればよいのかわからなかった
-
防災グッズの場所を忘れて思い出せなかった
生活リズムと身体反応
-
入眠困難や浅い眠り
-
過食あるいは食欲の消失
-
強い動悸
-
胃の不快感や吐き気
-
異常な発汗
これらは病的な印象を受けるかもしれませんが、生死に関わるほど強いショックを体験すれば、誰にでも起こりうる自然な反応です。

四者比較図を作成しました。
-
左(青枠)Cannon:闘争・逃走反応(交感神経活性化・心拍数上昇・胃腸低下など)
-
中央左(緑枠)Selye:汎適応症候群(警告反応期 → 抵抗期 → 疲弊期、副腎皮質ホルモン関与)
-
中央右(赤枠)PTSD:侵入・回避・過覚醒の症状、不安や日常生活への影響
-
右(紫枠)東日本大震災の具体例:現実感覚の喪失、恐怖と感情コントロール困難、記憶や思考の混乱、生活リズムの乱れ、身体反応
