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人間の安全保障とは何か——恐怖・欠乏・尊厳から考える持続可能な社会の基本視点 #放送大学講義録(持続可能な社会と生活第5回その1)

ーーーー講義録始めーーーー

 

人間の安全保障とは何か——概念の定義と基本的な考え方
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今回は、人間の安全保障についてお話ししていきます。人間の安全保障という概念は、持続可能な発展に取り組む上で、一つの切り口、あるいは問題の捉え方として大変有用なものです。特に、貧困、紛争、感染症、気候変動、災害、経済危機のように、一見すると別々の問題に見えるものが、実際には人々の生活の現場でつながっていることを理解するために役立ちます。

安全保障といえば通常は、軍事力を整え、外部からの侵略や武力攻撃から領土や国民を守る国家安全保障を思い浮かべることが多いと思います。もちろん、国家安全保障は今も重要です。しかし、人間の安全保障の考え方は、それだけでは捉えきれない問題に目を向けます。つまり、国家ではなく一人ひとりの人間に視点を置き、人間の生存、生活、尊厳を脅かすさまざまな脅威を包括的に見ていく考え方です。これは国家安全保障を否定したり置き換えたりするものではなく、国家中心の安全保障だけでは見えにくい脅威を補い、人々の現実の暮らしに即して安全を考えるための視点だといえます。

この概念が国際社会で広く知られるきっかけになったのは、国連開発計画、すなわちUNDPの『人間開発報告書1994』でした。この報告書では、安全保障を「領土」だけでなく「人々」に関わるものとして捉え直し、また「武器」だけでなく「開発」と結びつけて考える必要があると示されました。そこでは、人間の安全保障に関わる領域として、経済の安全、食料の安全、健康の安全、環境の安全、個人の安全、共同体の安全、政治の安全といった複数の側面が挙げられています。これは、人間が安心して生きるためには、戦争がないというだけでは十分ではなく、食べるものがあること、病気になったときに医療にアクセスできること、災害や環境破壊から守られること、暴力や差別から自由であること、政治的抑圧を受けないことなどが必要である、という考え方です。

この概念の形成と普及に大きな役割を果たした人物の一人が、緒方貞子氏です。緒方氏は、国連難民高等弁務官として難民支援の現場に深く関わり、その後、人間の安全保障委員会の共同議長も務めました。緒方氏の考え方に沿っていえば、人間の安全保障には、人々を深刻な脅威から守る「保護」と、人々自身が自分の生活や地域社会をより安全にしていく力を高める「エンパワーメント」、つまり能力強化の二つの側面があります。ここで重要なのは、人々を単に援助の対象として見るのではなく、自分たちの生活を立て直し、将来を選び取っていく主体として見ることです。

現代社会に生きる人間は、実にさまざまな脅威にさらされています。例えば、貧困、飢餓、気候災害、武力侵攻や内戦、テロ、難民化、人身売買、感染症、金融危機などがあります。さらに、失業、教育機会の喪失、ジェンダーに基づく暴力、地域社会からの排除、情報格差、環境汚染なども、人々の安全を脅かす要因になりえます。こうした脅威は、一人ひとりの個人にとっての問題であるだけではありません。放置されれば、地域社会の不安定化、国家の統治能力の低下、さらには国際社会全体の不安定化につながることがあります。だからこそ、人間の安全保障は、個人の問題と社会の問題、国内の問題と国際的な問題を切り離さずに考えるための枠組みになるのです。

国連総会決議66/290では、人間の安全保障について、人々が自由と尊厳のうちに生き、貧困や絶望から免れ、恐怖からの自由と欠乏からの自由を享受できるようにする考え方として整理されています。また、人間の安全保障は、人々を中心に置き、包括的で、文脈に即し、予防を重視する対応を求めるものとされています。ここでいう「包括的」とは、経済、食料、健康、環境、暴力、政治的自由などをばらばらに扱うのではなく、それらが互いに関係しているものとして見るという意味です。また「文脈に即する」とは、すべての国や地域に同じ処方箋を当てはめるのではなく、その地域の歴史、制度、文化、経済状況、人々の実際の困難に合わせて対策を考えるということです。

また、人間の安全保障は、人間の自由や尊厳を守り、脅威に立ち向かうために必要な選択肢や機会、能力を増進することを目指すものです。そのため、世界人権宣言、経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約、そして市民的及び政治的権利に関する国際規約といった国際人権の考え方とも深く関わっています。ただし、人間の安全保障は人権そのものと同じ概念ではありません。むしろ、人権、開発、安全保障を相互に結びつけ、人々が現実に恐怖や欠乏から逃れ、尊厳を持って生きられるようにするための実践的な考え方だと理解するとよいでしょう。

したがって、人間の安全保障を学ぶということは、「安全」とは何かを問い直すことでもあります。安全とは、単に国境が守られていることだけを意味するのではありません。家庭で安心して暮らせること、病気になっても必要な支援を受けられること、災害が起きても取り残されないこと、差別や暴力に脅かされないこと、学び、働き、社会に参加する機会を持てることも、安全の重要な中身です。持続可能な社会を考えるとき、人間の安全保障は、一人ひとりの生存、生活、尊厳を出発点にして、社会全体のあり方を見直すための大切な視点になるのです。