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戦略的情報システム(SIS)とは何か―SABRE事例で学ぶ情報技術と競争優位 #放送大学講義録(経営情報学入門第4回その5)

ーーーー講義録始めーーーー

 

戦略的情報システム(SIS)の登場とアメリカン航空SABREの事例

さて、2つ目のお話として、1980年代に登場し、1980年代後半から90年代前半にかけて大きな注目を集めました戦略的情報システム(SIS)を振り返り、情報と情報技術の戦略的活用について、事例を基に考察しましょう。SISという考え方は、1980年代前半から中頃にかけて、情報システムが単なる効率化の道具ではなく、競争優位に関わる可能性を持つものとして論じられる中で形成されていきました。F. Warren McFarlan は1984年に Information Technology Changes the Way You Compete を発表し、さらに Wiseman らの1985年の議論では、American Airlines の予約システムなどがすでに代表的な事例として挙げられています。

先ほど戦略論のところでも触れましたが、1970年代の大きな経営環境の変化で、企業間の競争がますます激しくなりました。そうした中で、競争に勝った企業と負けた企業の差が何なのかを見てみますと、情報システムの活用によってその差が生まれているのではないかというふうに思われるような事例が散見されるようになっていきます。1985年の Porter and Millar の論考も、情報革命によって情報の取得・処理・伝達コストが大きく低下し、情報技術が競争優位に直接関わるようになったことを強調しています。

折しも、1980年代に入りますと、経営戦略論の分野では先ほどのポーターが競争戦略論を提唱し、またマクファーラン(F. Warren McFarlan)は情報技術と企業の競争の関係について論じます。こうして1980年代中頃になると、それまで効率化あるいは省力化を大きな目的として構想されてきた企業の情報システムに、従来とは異なる考え方が登場していきます。その代表的なものが、戦略的情報システム(SIS:Strategic Information System)と呼ばれるものです。

SISの提唱者の1人、ワイズマン(Charles Wiseman)は、その議論の中で、情報システムを企業の競争戦略に結びつけて考えるべきであると主張しました。後年の整理を通して確認できる彼の代表的な考え方では、戦略スラストは企業戦略と情報技術活用を結ぶ基本的なリンクであり、戦略的情報システムはその戦略スラストを支援し、また形成するものとされます。したがって、それまでの情報システムに対する見方が、主として会計的あるいは意思決定論的な観点に傾いていたのに対し、それを戦略的観点へと転換することで、企業は競争優位を獲得・維持する可能性を高められると考えられたのです。

ワイズマンは、ポーターの競争戦略論を基礎として、それまでの情報システムは基本的なプロセスの自動化や意思決定のために情報を得ることに主眼が置かれてきたけれども、それを企業の戦略実現の手段として構築するように転換するべきであるとし、「戦略スラスト(Strategic Thrust)」という概念を提示いたします。スラストとは推進力のことですね。その戦略スラストの具体的な中身は、差別化・コスト・革新・成長・提携の5つです。

【図7:ワイズマンの戦略スラスト概念図】

企業のある状態 X ────[戦略スラスト T]────→ 競争優位を獲得した状態 Y
               ↑
        戦略的情報システム(SIS)
    (差別化・コスト・革新・成長・提携の5つのスラスト)

 

企業のある状態Xから競争優位を獲得した状態Yにするためのスラストが働くという図で、その戦略スラストの具体的な中身は、差別化・コスト・革新・成長・提携の5つです。そして、それら戦略スラストを実行するための情報システムが、戦略的情報システム(SIS)ということになります。Wiseman らの整理でも、これら5つの strategic thrusts は、企業の戦略と情報技術利用を結ぶ基本概念として位置づけられています。

1980年代後半から90年代にかけてSISは世界的なブームとなりますが、当時SISとして取り上げられた企業には様々なものがあります。今回は、このうちのアメリカン航空の事例を簡単に紹介いたします。Wiseman らの1985年の議論でも、アメリカン航空のコンピューター予約システムは、Merrill Lynch や American Hospital Supply の事例と並んで、すでに「古典的事例」として挙げられています。

アメリカン航空のCRS(Computer Reservation System:コンピューター予約システム)ですが、SABRE(セイバー)と呼ばれるもので、これは最もよく知られるSISの事例の1つとなりました。SABRE の起点は1953年、American Airlines の C. R. Smith と IBM の R. Blair Smith が偶然同じ飛行機に乗り合わせたことにあると IBM は説明しています。その後、SABRE は1960年に試験運用され、1964年には American Airlines の予約業務を本格的に引き継ぐようになりました。したがって、単純に「1957年から開発開始」と言うよりも、1953年の着想を起点に、1960年試験運用、1964年本格稼働へと発展したと理解する方が正確です。

SABRE は、アメリカン航空がIBMと協力して構築したコンピューターによる予約システムです。これによって、従来は平均90分かかっていた予約処理が数秒に短縮され、1960年代半ばには1時間あたり7,500件の予約を処理できるようになりました。さらに、Computer History Museum は、SABRE が 2,000 台の端末を 65 都市で結び、どの便の情報も3秒未満で返せたと説明しています。したがって、SABRE は単なる事務の機械化ではなく、リアルタイム処理によって予約業務そのものを大きく変えたシステムであったと言えます。

これによって、アメリカン航空は、予約手続きの迅速化・正確化と、空席管理や業務処理の高度化を達成いたしますが、それだけではありません。SABRE はその後、システムの端末利用を社内にとどまらず旅行代理店に拡大していきます。IBM の社史では、American Airlines が Sabre を旅行代理店に拡張したのは1976年とされており、GAO も、航空会社系 CRS が旅行代理店に提供され始めたのは1976~77年であると報告しています。

SABRE は、社内の予約システムにとどまらず、やがて他社便の座席予約、さらにホテルやレンタカーなど、旅行にまつわる様々な商品やサービスを扱うシステムへと発展していきます。1996年の SABRE Group の SEC 提出資料では、Sabre の加入者は350社を超える航空会社、55社を超えるレンタカー会社、190社を超えるホテル会社の情報にアクセスできたとされています。この意味で、SABRE は American Airlines の社内予約システムから、旅行代理店や旅行関連事業者を巻き込む GDS(Global Distribution System)へと進化していったのです。

このことは、規模が小さく資金力が乏しい多くの旅行代理店にも大きな意味を持ちました。1992年の GAO 報告によれば、航空会社系 CRS は旅行代理店の国内航空券販売の90%超で使われるようになっていましたし、1995年時点の SEC 資料では、SABRE は米国内14,500超の旅行代理店拠点で利用され、米国の旅行代理店経由の航空予約の40%超が Sabre 経由で行われていたとされています。つまり、SABRE は American Airlines の販売チャネルであるだけでなく、旅行代理店の業務基盤としても強い地位を占めるようになったのです。

1987年には、アメリカン航空は企業向け利用を意識した「Commercial SABRE」の提供を始めます。1987年初頭には Commercial SABRE の導入が報じられており、1996年の SEC 資料では、Commercial SABRE は旅行会社が関係の深い企業に提供する仕組みで、利用者がパソコンから予約内容を入力し、それを Sabre 旅行代理店が確認して予約や発券を行うものと説明されています。したがって、これは、企業の出張手配や旅行管理を、旅行代理店とシステムを通じてより効率的に結びつける仕組みであったと理解できます。

また、SABRE は企業の旅行管理にも踏み込んでいきます。関連研究では、Commercial Sabre や Corporate Travel Policy Record が、企業が従業員の出張予約を社内で統制し、経費や旅行方針の管理を強めるのに使われたことが指摘されています。つまり、SABRE は単なる航空券予約システムではなく、旅行代理店、企業、旅行者をつなぐ情報基盤として、ビジネス出張の管理そのものにも関与するようになっていったのです。

アメリカン航空がこうして代理店や顧客企業との結びつきを強めていた結果、SABRE は、American Airlines にとって単なる社内業務のためのシステムではなく、重要な収益源へと成長していきます。1996年の SEC 資料によれば、1995年には booking fees が電子旅行流通サービス収益の89.7%を占めていました。また、SABRE は旅行会社や企業、さらには航空会社・ホテル・レンタカー会社など多様な事業者を結びつける流通基盤になっていました。したがって、SABRE を通じて American Airlines は、航空会社であると同時に、情報サービス企業としての性格を強めていったとみることができます。ただし、「税引後利益の過半が手数料収入であった」「航空サービス事業より情報サービス事業の収益の方が多かった」とまで断定するだけの根拠は、今回確認した資料からは得られませんでしたので、その点は慎重に表現しておく必要があります。